観光前にチェック!京都「嵐山」の歴史と観光地スポットとは?

京都の西側に広がる「嵐山」。訪れたことがある方も多いのではないでしょうか?はるか平安の昔から貴族の別荘地として賑わい、春は桜・秋は紅葉と四季折々の美しさを堪能できる場所です。現在でも日本さくら名所100選・日本紅葉の名所100選に選定され、京都の代表的な観光地として賑わっています。今回は、嵐山の歴史とその魅了について詳しくご紹介していきます。

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嵐山とは?

嵐山の歴史

嵐山の歴史

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京都の北西部にある嵐山。
一度は訪れたことがある方も多いのでしょうか?京都の観光地と言えば、祇園と並んで嵐山が有名です。
この地は、平安時代から桜と紅葉の名所として知られており、古くから大変雅な地として人気がありました。
沢山の和歌にも詠まれており、

”吹きはらふ紅葉のうへの霧はれて峯たしかなる嵐山かな”(藤原定家)

”大井川ふるき流れをたづねきて嵐の山のもみぢをぞ見る”(白河院)

”あらし山名所の橋の初雪に七人ななたりわたる舞ごろもかな(”与謝野晶子)

など有名な歌人にもその素晴らしさを詠まれています。

嵐山の地名の由来ですが、一説には日本で現存する最古の歴史書と言われる『日本書紀』によると、487年に月読尊(つくよみのみこと)からのご神託により、宇田荒洲田(うらあらすだ)の地を奉ったとされています。
この宇田荒洲田(うらあらすだ)が嵐山の地名の起こりと言われています。
、宇田荒洲田(うらあらすだ)にある山であるため「あらす山」となり「あらし山」となったと言われています。
また、この神託によって作られた神社が、嵐山から少し下った松尾大社近くにある月読神社と伝えられています。
「宇田荒洲田」とは、「宇(良い)田(地)であり。
荒洲(中洲)にできた田(地)」と言う意味と言われています。
つまり、桂川の土砂が貯まってできた肥沃な大地なのです。
そこにある山が嵐山となったのですね。
また、一説には、山桜や紅葉を吹き散らす嵐を起こす山から「嵐山」となったという叙情的な説もあります。

嵐山のみどころ

渡月橋(とげつきょう)

渡月橋(とげつきょう)

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渡月橋は、嵐山のシンボルとも言える代表的な観光名所です。
桂川の北側と中州である中ノ島公園を結ぶ全長155m・橋幅11m・2車線と両側に歩道がある間に架かる橋で、全体が右京区にある。
橋長155m、幅11m、車道は2車線で、両側に一段高くした歩道がある橋となっています。
渡月橋の名前の由来は、鎌倉時代の第90代亀山天皇が、満月の晩にこの地で舟遊びをし、橋の上空を移動していく月を眺めて「くまなき月の渡るに似る」と詠われたことからに渡月橋と名付けられてと言われています。

渡月橋は、834年〜848年に承和年間(834年 – 848年)に平安時代前期の真言宗の僧であった道昌が架橋したのが始まりとされています。
その後、応仁の乱などを経て、戦国時代から江戸時代初期にかけて活躍した京都の豪商であった角倉了以が現在の位置に橋を架けたと伝えられています。
現在、私たちが渡ることができる橋は、1934年(昭和9年)に完成したもので、橋脚と橋桁は鉄筋コンクリート製となっています。
しかし、欄干部分は景勝地である美しい嵐山の風景に違和感を持たせないように木造となっています。
この渡月橋は、観光パンフレットや旅行ガイド、映画やドラマなどにも多用されており、自然と調和がとれた美しい建造物となっています。

天龍寺(てんりゅうじ)

天龍寺(てんりゅうじ)

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天龍寺は、京都屈指の観光地である嵐山を代表する寺院の一つです。
中ノ島から渡月橋を渡り、北側へと向かう賑やかな通りに面して門を構える宗臨済宗天龍寺派大本山。
室町幕府の将軍家であった足利家と平安京を造った桓武天皇ゆかりの禅寺として、京都五山の第一位とされています。
また、「古都京都の文化財」として世界遺産に登録されています。

元々この地には、平安時代初期の第52代嵯峨天皇の皇后であった橘嘉智子が開いた檀林寺がありました。
その後、荒廃してしまった檀林寺の地に鎌倉時代の第88代後嵯峨天皇とその息子である亀山天皇が離宮を造り、「亀山殿」と称しました。
ちなみにこの亀山とは、天龍寺の西側の紅葉の名所として古くから知られた小倉山のことです。
そして、この亀山殿を天龍寺と改めたのが、室町幕府を開いた足利尊氏でした。
そして、夢窓疎石を開山として第96代天皇後醍醐天皇の菩提を弔うため、亀山殿を寺に改めたのが天龍寺の始まりです。

天龍寺は、室町時代に栄えましたが、将軍家であった足利家の没落や、数々の戦乱により次第に荒廃していきました。
素晴らしい建築物は、度重なる戦火のために焼失し、現代でも創建時のものは殆ど残っていません。
現在見ることが出来る建造物の多くは、明治以降のものなのです。

天龍寺は、紅葉の名所として知られています。
参道の南側にある天龍寺前庭には、楓の木が数多く植えられており、紅葉の季節には沢山の観光客で賑わいます。
また、天龍寺の一番の見どころは、曹源池庭園です。
この庭園は名園中の名園として知られており、開山である夢窓国師の作庭とされています。
池中に立石群が配置されており、嵐山・亀山などの美しい風景を背景として取り込むこんでおり、独特の日本画のような幽玄の美しさを醸し出しています。
この庭園にも、楓の木が数多く植えられており、秋の紅葉は大変素晴らしいと嵐山の中でも屈指の観光スポットとなっています。

法輪寺(ほうりんじ)

法輪寺(ほうりんじ)

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嵐山の中腹にある法輪寺。
この寺院は、大変長い歴史があります。
713年(和銅6年)に 第43代元明天皇の祈願により、奈良時代の有名な僧侶・行基が創建したのがはじまりとされています。
この法輪寺は、平安時代の清少納言が書いたとされる随筆『枕草子』では、京都の代表的な寺院として記録が残されており、また、本尊の虚空菩薩像のご利益は平安時代末期に成立したと見られる説話集『今昔物語』にも描かれています。
法輪寺のお堂などは、幕末の禁門の変などにより大半が焼失してしまいました。
現在見ることが出来るお堂や山門・多宝塔などは明治以降の再建です。

そもそも、嵐山の有名な渡月橋は、法輪寺の道昌が造ったのが始まりとされ、江戸時代までは法輪寺橋と呼ばれていました。
その法輪寺橋こと渡月橋から嵐山を望むと、山の中腹に法輪寺の多宝塔を見ることができます。
法輪寺の山門から石段を上がって進んでいくと、途中に珍しい電気・電波を守護する神様が祀られている『電電宮』があります。
そのさらに石段を登ると、正面見えるのが法堂。
その左手には多宝塔。
その右手には見晴台があり、ここからは、渡月橋をはじめ嵐山付近が一望でき、京都市内までも見渡すことができるビュースポットとなっています。

また、この法輪寺派は十三詣りで大変有名です。
関西で特に行われている行事で、旧暦の3月13日前後に、数え年13歳のお祝いのことで子供の多福・開運を祈願し、寺社に参拝して祈祷をしてもらいます。
法輪寺の本尊の虚空菩薩は、十三番目に誕生した智恵と福徳を司る菩薩とされていることから、知恵詣りまたは智恵もらいとして有名です。
面白い言い伝えに、法輪寺で祈祷してもらったあと、本殿から渡月橋まで決してふり帰っては行けない。
振り返ってしまうと知恵を返さないといけないと言われています。

嵐山の楽しみ方

嵐山花灯路(あらしやまはなとうろ)

嵐山花灯路(あらしやまはなとうろ)

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嵐山花灯路は、2005年(平成17年)から始められた灯りを題材とする観光イベントです。
毎年12月中旬に嵐山周辺地区に約2500基の行灯(あんどん)を配置し、文化遺産である寺社仏閣や竹林などの自然景観を活かして行われる灯りと和のイルミネーション。

嵐山から始まり、嵯峨一帯の歴史的・文化的景観を活かしながら、多数の行灯や私たちの背丈ほどはあろうかという大きな生け花がライトアップされます。

嵐山花灯灯路は、阪急嵐山駅からはじまり法輪寺・渡月橋周辺・時雨殿・宝厳寺・天竜寺・JR嵯峨嵐山駅・野宮神社・大河内山荘・常寂光寺・落柿舎・二尊院までとかなり広範囲にあたります。
嵐山花灯路で、一番人気のスポットは野宮神社から大河内山荘へ抜ける小径である竹林エリアです。
昼間は青々とした竹林に囲まれ清涼感を感じることが出来ますが、ライトアップされた夜間は黄金色に染まった竹林に囲まれどこか異世界を訪れたような気持ちにさせてくれます。
大変込み合うスポットなので、ライトアップ直後の午後5時(開始時間は毎年変わる可能性もあります。)や消灯直前の午後8時30分前後の平日がゆっくり散策できるのでおすすめです。

もちろん、嵐山のシンボルでもある渡月橋もライトアップされます。
黄金色に輝く渡月橋と背景の美しい山々は紫に映し出され、さながら一枚の絵のような幻想的な風景を作り出します。
ぜひ、大堰川を背景して、渡月橋全体を写真に収めてみて下さいね。

嵐山もみじ祭り

嵐山もみじ祭り

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嵐山もみじ祭りは、嵐山の秋の風物詩とされています。
昭和22年から行われており、毎年11月の第2日曜に開催されています。
大堰川にて、天龍寺船・野宮船・今様船などが浮かべられ、能楽・舞楽・今様歌舞・長唄等々など平安管絃等の伝統芸能が船上で披露されるとても雅なイベントです。
また、岸辺では嵯峨大念仏狂言や島原太夫の道中やお手前が行われ、日本の伝統芸能と嵐山の素晴らしい紅葉を堪能することができます。

嵐山もみじ祭は、午前と午後に分かれています。
午前は10時30分から始まり、筝曲小督船の船上舞台での筝曲からはじまり、今様船での今様披露・嵯峨大念仏狂言船・平安管弦船・東映太秦映画村船・京楓流「いけばな船」が参加し、色とりどりの船が大堰川の川面に浮かび、紅葉の茜色とあいまって、大変美しい情景です。
午後は、13時から天竜寺船・画船・能楽舞台船・大覚寺船、車折芸能船、野々宮船、御神酒船、大覚寺船などの寺社各船が出船します。
河畔では、舞台では嵯峨大念仏狂言が上演され、亀山公園下の嵐亭の前では、島原太夫による野点茶会が行われ、嵐山は一日中大変盛り上がります。

嵐山鵜飼い

嵐山鵜飼い

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嵐山の夏の風物詩である鵜飼いも大変人気です。
鵜飼いの歴史は、大変古く1000年以上も前から行われていました。
平安時代の代表歌人である在原業平も”大堰川うかべる舟のかがり火にをぐらの山も名のみなりけり”と詠んだように、平安時代にも鵜飼いが行われていたことがわかります。

現在、大堰川に鵜飼船を浮かべ、その風情を愛でたという平安貴族の優雅な船遊びを再現して、平安装束をまとった船頭が操る王朝風に装飾された見物船で、鵜匠の巧みな手さばきや篝火に照らされた幻想的な情景を楽しむことができます。

鵜飼いは、7月初旬から9月中旬まで行われており、普通の鵜飼と宮廷鵜飼の2種類を見ることが可能です。
普通の鵜飼いは、半被で船も装飾のないものになります。
宮廷鵜飼は、平安装束で船も平安王朝風の装飾が施されています。
それぞれ、食事の有無や見学料金が大きく違いますのでご注意下さい。
1000年以上前から行われているアユの伝統漁法を間近で見ることが出来る貴重な体験ですので、ぜひ興味のある方は専用サイトから予約してみて下さい。

四季折々の美しさがある嵐山へ!

いかがでしたでしょうか?嵐山の歴史から見どころ、楽しみ方をご紹介させていただきました。
渡月橋や天龍寺などの嵐山の観光名所をゆっくり堪能するも良し、夏の鵜飼い・秋のもみじ祭り・冬の花灯路など四季折々の催しを楽しむのも良いと思います。
嵐山を訪れたことがある方も、まだ、一度も足を運んだことがない方もぜひ、ゆっくりと嵐山の美しさをその目で堪能してみて下さい。
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