中国4000年の歴史でたった一人の女帝「則天武后」の歴史

公開日:2020/3/7 更新日:2020/3/7

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日本史にはちらほらと女性天皇が登場しますが、同じアジアで4000年の歴史を誇る中国では、何とたった一人しか女帝はいないんですよ。それはいつのことかというと、唐の時代です。日本がちょうど遣唐使を派遣して、文化やもののやり取りをしていたころですね。その女帝は則天武后(そくてんぶこう)。皇帝の後宮の一女官にすぎなかった彼女が、いかにしてのぼりつめ天下を取ったのか。とても気になるドラマがありそうだと思いませんか?

則天武后ってどんな女性?

mio37gono77 (引用元:Instagram)

則天武后は、中国史上唯一の女帝となった人物です。
唐の3代皇帝・高宗(こうそう)の皇后となりましたが、夫の存命中からすでに実権を握っており、その死後に皇帝に即位しました。
そして、国号を唐から「周」に変えてしまったんですよ。
この国号は彼女一代で終わりますが、家の中にあって夫や息子に仕えるのがふつうだった当時の中国にあって、誰もが想像もしなかった出来事だったんです。

ちなみに、則天武后は「武則天」とも呼ばれますが(中国ではこちらが一般的のようです)、この記事では「則天武后」で統一していきたいと思います。

中国三大悪女のひとり!?

則天武后は、中国で唯一の女帝として有名であるだけでなく、「中国三大悪女」のひとりとしても名を馳せています。
これは、漢の高祖・劉邦(りゅうほう)の妻・呂后(りょこう)と清末期の西太后(せいたいこう)、そして則天武后なんですよ。

呂后は、劉邦の側室の両手と両脚を切断し、「人豚」と名付けて厠に放置したという残虐な仕打ちが伝わっていますし、西太后は、皇帝を操り長年にわたって政治の実権を握っていたことで知られています。

そんな女性たちと肩を並べているのですから、則天武后も底知れぬ恐ろしさがあったのでしょうか。

それについては、次の項目から見て行くことにしましょう。

「天に昇る」と予言された少女

則天武后は、624年に地方の軍司令官の娘として生まれました。
姓は武、名は昭といいます。
家は裕福だったため、小さい頃から高い教育を受けて育ったそうです。
見た目も美しく利発な少女でした。
ある道士(道教の僧)が彼女を見たとき、「この娘はきっと天に昇るだろう」と予言をしたそうなんです。
それを聞いた彼女の父は、彼女にありったけの教育をして、ゆくゆくは皇帝のそばに…という思いがあったようですね。

しかしまさか、娘が皇帝になってしまうとは思わなかったことでしょう。

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