【フランスの世界遺産】42個の世界遺産を全部一挙ご紹介!(2017年時点)

長い歴史と豊かな文化を持つフランス。

この国の世界遺産は42件と世界で3番目の多さを誇る登録数です。
その中には有名な教会や宮殿もありますが、「こんな歴史があったんだ」と今まで知らなかったフランスの歴史や文化もあります。

今回はそんな多種多様なフランスの世界遺産の特徴を一挙ご紹介したいと思います。

1. [ノルマンディー] モン=サン・ミッシェルとその湾 (1979)

1. [ノルマンディー] モン=サン・ミッシェルとその湾 (1979)

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フランスの世界遺産の中でも日本人の中で最も有名なのがモン=サン・ミッシェルではないでしょうか。

ノルマンディー地方の西海岸、サン・マロ湾に浮かぶ小さな島の上に立つ修道院で、カトリックの巡礼地として中世のころから信仰の聖地としてたくさんの巡礼者を受け入れてきました。

「西洋の驚異」とも言われ、潮の満ち引きで島が湾の中に浮かびあがる景観は世界でも珍しい景勝美です。

この修道院は708年にアヴランシュ司教オベールが夢の中で大天使ミカエルから「岩山の上に聖堂を建てなさい」というお告げを聞いたことに始まります。
この島は元々墓の山と呼ばれる先住民のケルト人が信仰する聖地でもありました。

修道院の主要部分はゴシック様式がおおいのですが、内部にはカロリング朝の様式やノルマン様式を含む中世の様式を観ることができます。

フランスと英国との間にあるため、百年戦争の際には要塞として使用された軍事施設も残っています。

また世界遺産の「サンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路」の一部としても登録されています。

2.[サントル・ロワール] シャルトル大聖堂 (1979)

2.[サントル・ロワール] シャルトル大聖堂 (1979)

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パリから南西に離れたシャルトルにあるフランスの中でも美しいゴシック建築の代表作と言われるカトリックの大聖堂です。

シャルトル大聖堂は何度も火災にあった歴史を持っています。

そのため、現在の聖堂の正面で観ることができる鐘楼はアシンメトリーで、時代の異なる鐘楼が並んでいます。

12世紀のロマネスクとゴシックの塔を残しているのが特徴です。

また壁面にずらりとたたずむ彫刻群と170以上の窓にはめ込まれたステンドグラスが大変美しく、13世紀の信仰の姿を現在に伝えます。

中でも「シャルトル・ブルー」と呼ばれる青のステンドグラスは特徴的で現在でも再現できない色で、その光がより聖堂内を美しく彩ります。

現在でもパリからの巡礼が絶えない聖堂です。

3.[イル・ド・フランス] ヴェルサイユの宮殿と庭園 (1979)

3.[イル・ド・フランス] ヴェルサイユの宮殿と庭園 (1979)

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パリ南西に20キロの位置にあるヴェルサイユにある、ブルボン王朝最盛期の王・ルイ14世が建造したフランス絶対王政を象徴するような壮麗な宮殿とその庭です。

宮殿は贅を尽くした装飾や彫刻で彩られたバロック建築で、オーストリアやプロイセンなどのヨーロッパの王宮のモデルになったほど。

その影響力の大きさを感じさせます。

また宮殿の裏側に広がる庭園は40年の歳月をかけて造られ、フランス式庭園の最高傑作といわれています。

ヴェルサイユの土地は元は沼地で水が豊かではない場所でした。

それを干拓し、水道技術を駆使してパリから水を引き入れています。

これによって自然をも支配できる権力を誇示する目的もありました。

また、この宮殿に貴族たちを住まわせ、パリの喧騒から政治の場所を動かしました。
さらに市民からの反感を得ないよう、民衆の出入りを許しその力を見せつけたのです。

4.[ブルゴーニュ] ヴェズレーの教会および丘 (1979)

4.[ブルゴーニュ] ヴェズレーの教会および丘 (1979)

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ブルゴーニュ地方の街ヴェズレーの丘とその上に建つサント=マドレーヌ大聖堂の世界遺産です。

この聖堂は878年にローマ法王ヨハネス8世によってマグダラのマリアに捧げられたもので、そのマリアの聖遺物が奇跡を起こしたという伝説が伝わります。

中世ではその聖遺物を一目見るために、当時の王などの権力者たちを含めた巡礼者がこの教会を訪れました。

教会はバジリカ式呼ばれる身廊と側廊を柱で分けられた教会堂で、初期カロリング様式の面影が残ります。

ノルマン人によって一度破壊されましたがロマネスク様式となりました。

また、教会正面の入口上にある「聖霊降臨」はロマネスクの彫刻の傑作とも言われています。

「サンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路」の始点として、世界遺産を掛け持ちしている場所でもあります。

5.[アキテーヌ] ヴェゼール渓谷の先史時代の史跡および壁画洞窟群 (1979)

1940年に4人の少年たちが犬を探しているときに見つけたことで有名なラスコーの壁画を含めた、ヴェゼール渓谷に点在する旧石器時代の装飾洞窟です。

その装飾洞窟の数は25。

これらの壁画や史跡は民俗学、人類学、美術史学の中で非常に大きな価値を持ちます。

先史時代の15000年前のクロマニョン人がどのような生態を持っていたのかを知ることができる世界遺産なのです。

その鮮やかな色や野生動物の生き生きとした姿をとらえる観察能力は高く、それを再現するだけの工夫と技術を持っていたことが分かります。

観たものを描いただけでなく、中には鳥人間のように空想して描いたものもあります。
また洞窟内に絵を描いていますが、暗闇でも作業できるように灯を活用していたこともわかっており、さらに天井に煤がないことから油と芯を使ったランプの原型がすでにあったこともうかがえます。

先史時代の生活の場であった洞窟を後の世代にも引き継ぐべき世界遺産として登録されました。

6.[ブルゴーニュ] フォントネーのシトー会修道院 (1981)

6.[ブルゴーニュ] フォントネーのシトー会修道院 (1981)

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中世の時代に栄えたブルゴーニュ公国の首都ディジョンから北西にあるシトー会最古の修道院です。

シトー会とはブルゴーニュ出身の聖ベルナールが1098年に創設した修道会で、この修道院は1118年に建立されました。

清貧・質素を厳格に守る修道士たちが生活していた修道院は華やかな装飾はなく、慎み深い雰囲気が感じられます。

祈りと奉仕を中心に生活していた修道士たちが瞑想の時を過ごしたであろう中庭の回廊はとても心が落ち着きます。

その静けさは自分の心の中を見つめる手助けをしてくれそうです。

この修道院はフランス革命の後、敷地ごと売却・転売されました。

一時期、製紙工場として利用されましたが、エイナール家の所有となってから12世紀の佇まいに戻し、現在は一部を一般公開しています。

静謐な修道院の教会や、修道士たちの寝室など中世の時代に信仰とともに生きた人々の足跡を感じることができます。

7.[プロヴァンス] アルルのローマ遺跡とロマネスク様式建造物群 (1981)

「ガリアのローマ」と呼ばれたアルルの地に残るローマ時代の遺跡と巡礼の始点であるロマネスク建築などの建造物の世界遺産です。

アルルは紀元前1世紀にカエサルのガリア戦争でローマの属州となった街。
ローマにとってガリアを治める要地だったアルルには総督や軍隊が滞在していたため、ここはイタリアかと錯覚するほどのローマ遺跡がたくさん残っています。

アルルの街の中心には紀元前1世紀に建てられた円形闘技場や古代劇場と古代フォーロム地下回廊があり、ローヌ川のそばには4世紀のコンスタンティヌスの共同浴場が、北と東には城壁の一部も残っています。

劇場から発掘された「アルルのヴィーナス像」は現在はルーブル美術館に展示されています。

そんなローマの栄光の跡たちの間に、繊細なアーチと静謐な回廊をもつ12世紀に建てられたサン=トロフィーム教会があります。

ここには聖トロフィムスの聖遺物が収められており、元々は大聖堂でしたが、フランス革命の後に小教区となり現在に至ります。

正面入口の上部に刻まれたロマネスク期の美しい彫刻はロマネスク芸術の代表のひとつとされています。

8.[ピカルディー] アミアン大聖堂 (1981)

パリから北にあるピカルディー地方の都市アミアン。

その地のカトリックの中心になる「ノートルダム大聖堂」が「アミアン大聖堂」です。

この大聖堂はゴシック建築の様式で、フランス最大の規模を誇り、高さは42.5メートルもあります。

着工されたのは1220年。
当時は教会を100年単位で作ることが当たり前でしたが、この大聖堂は68年というとても短い工期で建てられたといわれています。

採石場で石を加工して運んだため工期を短縮することに成功。

さらに工期が短かったため、建設設計が変わったり、様式が混ざったりすることがなく、切り出した素材の揺らぎもなくとても画一的で整った聖堂となりました。

この大聖堂には「バプテスマのヨハネの頭蓋骨」という聖遺物が安置されています。

また、聖堂の内外には聖書にまつわるモチーフやキリストの生涯などをテーマにした彫刻があり、文字の読めない人たちへの教えを助けています。
その圧倒的な量から「石の百科全書」と呼ばれているほど。

そして、正面入口の上部にずらりと並ぶフランス国王の像も見ごたえがあります。

内部の床には大聖堂建築ではよく見られる、巡礼者が神に近付くための「ラビリンス」が描かれており、今でもひざまずく信者の姿をみることがあります。

9.[イル・ド・フランス] フォンテーヌブロー城および庭園 (1981)

パリ南西にあるフォンテーヌブロー。

ここには中世のカペー朝の王の時代から狩猟の場として過ごした森がありました。

ここに王の館を建てたことが城の始まりですが、フランソワ1世からルイ16世までの7代の王たちが増改築を行ったことから、12世紀から18世紀までの建築様式を観ることができる城となりました。

基本的な様式は16世紀のフランソワ1世が作ったルネサンス様式の建築が土台となっています。
フランソワ1世の回廊や舞踏の間の壁画と天井がなどが見どころです。

王だけでなくナポレオンもこの城を自分の居住とし、ナポレオン3世が作った劇場も修復され、現在では見学できるようになっています。

城の周りにある庭園はヴェルサイユの庭園を設計したル・ノートルによる花壇やカトリーヌ・ド・メディティスが造らせたでき亜布庭園、イギリス庭園など趣の異なる庭園があるのも特徴です。

イタリアのルネサンスの様式とフランスの伝統などが融合した城と庭園はフレンチルネッサンスの集大成ともいえます。

10.[プロヴァンス] オランジュのローマ劇場とその周辺及び「凱旋門」 (1981)

フランス南東部にある町オランジュに残る初代ローマ皇帝アウグストゥスの治世下に建造されたローマ劇場と紀元前20年ごろに建てられた凱旋門からなる世界遺産です。

ローマ劇場はヨーロッパのあちこちにその遺跡を観ることはできますが、オランジュのローマ劇場はその中でも保存状態が舞台背後の石壁は約2000年前の姿をほぼ完璧な状態で残しています。

大きさも全長103メートルの舞台幅をもち、その大きさから1万人の観客を収容することが可能で、現在も毎年夏に行われるフェスティバルでも利用されています。

凱旋門は当時ガリアを平定し、その主要地であったリヨンとアルルを結ぶアグリッパ街道にあります。

パリの凱旋門に比べるとその規模は小さなものですが、前面にレリーフが刻まれ、カエサルのガリア平定やアクティウムの海戦などのローマの戦歴を知ることができます。

これらの遺跡はローマから遠く離れたプロヴァンスの地にも、パクスロマーナの恩恵があったことを物語ります。

11.[ポワトゥー・シャラント] サン=サヴァン・シュル・ガルタンプ修道院付属教会 (1983)

フラン南西部にあるポワティエから東に40キロほど離れた場所にあるサン=サヴァンにある中世の教会。

この教会は12世紀に建てられたのですが、権力や税収などの欲にかられた修道士長や百年戦争・フランス革命などによって破壊と修復を繰り返し、時を刻んできました。

この教会の特徴は1100年ごろに描かれたといわれる天井一面に描かれたフレスコ画です。

天井画は36枚あり、「ノアの箱舟」「バベルの塔」など聖書や旧約聖書の物語が描かれています。

ロマネスク絵画がほぼ完璧な形で残っていることは大変貴重なのです。

12.[ロレーヌ] ナンシーのスタニスラス広場、カリエール広場、アリアンス広場 (1983)

フランス北東部のロレーヌ地方の中心都市ナンシーにあるロココ装飾が美しく、都市開発により広場の文化的価値を高めた広場を持つとして世界遺産に登録されました。

スタニスラス広場はルイ15世の義父であるロレーヌ公スタニスラス・レスチンスキーから命を受けたエマニュエル・エレが設計した広場です。

ロココ特有の植物の蔦が絡み、優美な曲線が特徴的の金飾で彩られた鉄の門と美しい豪華な噴水。

装飾の美しさだけでなく、大通りを境に分かれていた中世の旧市街地と新市街地の統一の役割を果たしています。

カリエール広場はスタニスラス広場に近く、凱旋門をくぐって北側に長方形に広がる、中世の時代は競技場(カリエール)であった場所。

この広場にはバロック式のロレーヌ公宮殿があり、ここも同様に市街を統一する広場の一部でもあります。

スタニスラス広場から少し離れた東側にあるアリアンス広場。

比較的こじんまりとした広場で中世の古典的な様相をもち、中央に噴水があります。

13.[コルシカ] ピアナのカランケ、ジロラータ湾、スカンドーラ自然保護区を含むポルト湾 (1983)

フランスの世界遺産の中でも3つしかない自然遺産のひとつで、コルシカ島北西部にあるカルヴィとアジャクシオ間にあるポルト湾を中心とした世界遺産です。

この世界遺産は人々が近付きにくいリアス式海岸。

そのため自然が豊かに残っており、自然公園の保護区には鳥などの生息地でもあり、海の生物たちも多い場所です。

ピアナのカランケ、ジロラータ湾のように地中海特有の岩だらけの複雑な入り江や湾はその景観が特徴。

コルシカ島は火山活動で山から流れてきた赤い花崗岩でできた島のため、ピアナの奇岩群が独特の景観となり美しいサンゴ礁とのコントラストが印象的です。

14.[ラングドック・ルシヨン] ポン・デュ・ガール (1985)

プロヴァンス地方のニームとアヴィニョンの間にあるガール川にかかる三段のアーチ構造が大変美しい巨大水道橋ポン・デュ・ガール。

紀元前19年ごろに人口が増えたネマウスス(ニーム)に水を引くために初代ローマ皇帝アウグストゥスの腹心アグリッパの命で造られました。

近郊の水源ユゼスからニームまでは50キロ。

街の高低差が12メートルであったにも関わらず、この水道橋によって一日2万立方メートルの水が供給されたと言われています。

現在残る橋は、高さ最高49メートル長さ275メートルほど。

その川を渡すため三層のアーチ構造を生み出し、アーチの大きさを統一し、わずか5年で建設したそうです。

古代ローマの水利技術と土木建築が結集した最高傑作ともいえ、その景観の美しさからも芸術作品でもあります。

15.[アルザス] ストラスブールのグランディル (1988)

ストラスブールはフランスとドイツの国境近くにある都市で、市内に流れるイル川が分かれ合流する「グランディル(大きな島)」と言われる歴史地区が世界遺産として登録されています。

この都市はローマ時代に造られた駐屯地から始まり、中世・近世・現代までフランスとドイツそれぞれの支配に翻弄されてきた場所です。

文化的にもどちらの国の要素を持つ特異な地域で、フランスの華やかさとドイツの牧歌的田園風景を思わせる独特な街だといえます。

この街のノートル・ダム大聖堂は赤色左岸で造られ鮮やかな色とレースのような繊細な彫刻で覆われた姿は圧巻です。

176年から250年の歳月をかけて建築され、中世に建てられた教会としては大変高い尖塔で、フランスのゴシック建築はここからドイツへ伝わったとも言われています。

教会内にあるからくり人形の天文時計も有名です。

その他、ストラスブール司教ロアンの宮殿だった優美なロアン宮や「プティット・フランス」と呼ばれるイル川が4つに分かれた地域には白壁に黒い木骨組みの建物が並んでおり、この街らしい景観が見られます。

16.[シャンパーニュ] ランスのノートルダム大聖堂、サンレミ旧大修道院及びトー宮殿 (1991)

パリから北東にあるシャンパーニュにあるランス。

ここはフランク王国初代国王クローヴィスが496年にカトリックに改宗して、国王戴冠の秘蹟を授ける聖別式を行った場所です。

それ以降の歴代フランス国王は1825年のシャルル10世まで、ランスのノートルダム大聖堂に保管されている聖油によって国王として聖別式をこの地で行うことが、正統の国王である証とされました。

現在のノートルダム大聖堂は1210年に火災で焼失した教会に代わり、建てられたゴシック建築の最盛期の傑作と呼ばれています。

入口の彫刻群は圧巻で、その中でも西側入口にある「ほほえみの天使」は有名で、その人懐こいほほえみはルネサンスに通じる彫刻の表情とも言えます。

サンレミ旧大修道院は初代国王クローヴィスの聖別を行った聖レミに捧げられた11世紀のロマネスク建築の佇まいを残すバジリカ様式の聖堂です。

革命や世界大戦などで破壊された部分もありますが、後陣のステンドグラスや聖レミの歴史を残したタペストリーは現存しています。

トー宮殿は16世紀に建てられた大司教の館で、建物が上から観るとギリシャ文字の「T(トゥー)」の形をしていることからその名がつきました。

ノートルダム大聖堂に隣接した館で、戴冠式の際には国王が滞在する館でもありました。

現在は戴冠式の用具や宝物を保管する美術館となっています。

17.[イル・ド・フランス] パリのセーヌ河岸 (1991)

花の都・パリの中心を流れるセーヌ川に沿って、建ち並ぶ建築的建造物と街並みを含めた世界遺産です。

具体的にはセーヌ川上部サン・ルイ島にかかるシェリー橋からエッフェル塔近くのイエナ橋までのセーヌ両岸にある中世から近代と現代の建物と景観。

その中にはルーブル宮殿・エッフェル塔・コンコルド広場・ノートルダム大聖堂・コンシェルジュリー・ポンヌフ橋など、24の建物と地域と橋が含まれています。

セーヌ川からパリの変遷と歴史を知ることができるとしてその周辺を世界遺産として登録されました。

18.[サントル・ロワール] ブールジュ大聖堂 (1992)

フランスのちょうど真ん中あたりに位置するブールジュには、パリのノートルダム大聖堂やランス大聖堂、シャルトル大聖堂と並ぶゴシック建築の最高傑作と言われる大聖堂があります。

その聖堂の正式の名前は「サン・テティエンヌ大聖堂」。

12・13世紀に建てられ、その他の大聖堂と比べて内陣が大きく、翼廊がないところが大きな特徴です。

正面のタンパンに刻まれた「最後の審判」は12世紀の姿が現存しており、内陣を飾る中世の時代のステンドグラスは赤が特徴的。

ブールジュは古代ローマ時代に造られた街・アワクリウムが発展した街です。
古代ローマ時代からキリスト教の信仰の篤い地域で、フランスで最初にキリスト教の教団ができた場所でもあります。

現在でも巡礼に向かう人々が通る街でもあり、「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」の一部として世界遺産に登録されています。

19.[プロヴァンス] アヴィニョン歴史地区:法王庁、大司教座総体および、サン・ベネゼ橋 (1995)

フランスのプロヴァンス地方にあるアヴィニョンには14世紀に法王庁が置かれていた時期があります。

法王宮殿を中心にして栄えた地区が世界遺産として登録されています。

当時フランス国王とローマ法王は対立していましたが、元ボルドー大司教が法王となり、フランス国王に屈し法王庁ごとアヴィニョンに移住することになりました。

これが「アヴィニョン捕囚」と呼ばれる時代で1309年から1377年の約70年間続きました。

その際に建てられた法王の居住である法王宮殿は新殿と旧殿に分かれており、増築を繰り返したためゴシック式宮殿としてはヨーロッパ最大の大きさになります。

教会大分裂(大シスマ)解消後、この宮殿は法王庁の管轄となりますが、年々荒廃していき、フランス革命の際に略奪にあい、14世紀の栄華を感じさせるものはほぼなくなりました。

街全体が城壁に囲まれており、天然の岩壁を利用した堅牢な要塞のようで、中世時代の都市城塞建築の姿を観ることができます。

また、アヴィニョンの西に流れるローヌ川を挟んだ対岸へ渡る橋の一部であるサン・ベネゼ橋は12世紀にかけられた石の橋で、童謡で有名なアヴィニョン橋とされています。

その他法王宮殿を囲むロマネスク様式の大聖堂など、中世のキリスト教会世界に大きな影響を与えたアヴィニョンを知ることができる遺跡群が点在しています。

20.[ラングドック・ルシヨン] ミディ運河 (1996)

フランス南部に流れるガロンヌ川沿いにあるトゥールーズから分岐し、地中海近くにあるトー湖を結ぶ約240キロの水路がミディ運河です。

このミディ運河は17世紀に塩税徴収請負人だったピエール・ポール・リケが大西洋と地中海を結ぶ運河を発案したことで生まれました。

当時、大西洋側から地中海への物流はスペインのあるイベリア半島を回り、ジブラルタル海峡の関税を払って運用されていたため、物流の時間も短縮でき、関税をスペインに支払わないこの計画はルイ14世に認められて着工されました。

運河に水を一定量流すために人口のため池を造ったり、水道橋やトンネル、閘門(ロック)など300以上の構造物が造られ、リケの私財もつぎ込まれたそうです。

当時の土木工事の技術が結集されただけでなく、発案者のリケが建築美と景観美にもこだわったため運河沿いの通路には木陰になる木々が植えられ、その全体の姿は芸術作品とも言われています。

産業革命で鉄道が引かれるまでフランスの経済を支えた運河です。

21.[ラングドック・ルシヨン] 歴史的城塞都市カルカソンヌ (1997)

フランス南西部にある都市カルカソンヌの中に、3キロの二重の城壁に囲まれたシテと呼ばれている地域があります。

ここは古代ローマ時代以前から築かれていた要塞都市だったのです。

地理的に大西洋と地中海を結ぶ間にあり、ガリア人からローマ人、西ゴート族にフランク王国と中世までの間でこの地を得るために戦いが繰り広げられました。

封建時代の11世紀ごろはこの周辺一帯で信仰されていたカトリックのアルビジョワ派(カタリ派)が根付き、大聖堂などの建築と城壁がより堅牢になるよう修復を繰り返しました。

13世紀初頭にローマ方法インノケンティウス3世によって異端のカタリ派を一掃するためにアルビジョワ十字軍が出され、それに屈しました。

その後王国領となってからは、スペインとの国境線の最前線となり、二重の城塞が建造されました。

その後1659年にピレネー条約が結ばれたことで軍事的要塞の役割は失われ、フランス革命を通して兵器や食糧の貯蔵する場所として利用されました。

中世時代の防衛システムや城塞都市の作り方などを知ることができる遺跡として世界遺産に登録されました。

22.[ミディ・ピレネー] ピレネー山脈のモン・ペルデュ (1997)

スペインとの国境にあるピレネー山脈の中心にあるモン・ペルデュ。

「モン・ペルデュ」は「失われた山」「迷子の山」と言う意味で、フランス側から見るとその他の山や圏谷に阻まれて見えないことからそう呼ばれています。

この山は全体が石灰質でできており、ヨーロッパでもっとも大きな石灰質の山でもあります。

この地域はヨーロッパの山岳地帯の農牧民の生活を色濃く残していおり、農家や牧草地や納屋などその牧歌的な営みを今に伝えています。

ピレネー山脈の氷河によって浸食された圏谷の景観とこの地域だけに残るヨーロッパの伝統的な農牧民の生活が合わさり、フランスの世界遺産の中で唯一の複合遺産として登録されています。

23.[アキテーヌ他] フランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路 (1998)

フランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路は、スペインでも登録されている世界遺産のフランス側の巡礼路になります。

エルサレム・ローマへ向かう巡礼とサンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼は参内巡礼地としてローマ教会から認められており、この大巡礼を行うと自らの罪が祓われ許されるとされています。

中世の時代にはたくさんの人々が、フランスを縦断してピレネー山脈を越えてスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラへ向かう巡礼路を歩きました。

フランスの巡礼路は大きくパリとアルル、ヴェズレーとピュイ・アン・ヴレーの4都市を起点としています。

巡礼路の途中にある都市の歴史的建造物や聖遺物などをひとつひとつお参りしていくのです。

フランスの世界遺産の中にはこの世界遺産に含まれる重複したものもあります。

キリスト教への信仰を知ることができる世界遺産です。

24.[ローヌ・アルプ] リヨン歴史地区 (1998)

フランス南西部にある都市リヨンの西部にある旧市街地とクロワ・ルースと呼ばれる古い街並みとだまし絵の景観が特徴的な地区が世界遺産として登録されています、

リヨンは古代ローマ時代にはガリアを治める街として紀元前1世紀にローマ人が作った街。

現在でもフランス第2の都市として政治や経済、文化の発展に大きな役割を果たしています。

旧市街地にはどこからでも観ることのできるフルヴィエールの丘の上にはフランス国内最大の古代ローマ劇場の遺跡があります。

またその丘からソーヌ川へ下った地域はローマ時代からルネサンス時代の建物が色濃く残っており、とても道が狭く中世の時代を感じる石畳の道が続きます。

「トラブール」と呼ばれるリヨン独自の建物の中を通り抜けることができる通路があちこちにあるのもこの街なみの特徴の一つ。

リヨンは18世紀に絹織物産業が発展し、その時織物を雨で濡らさずに運搬するために、またはデザインを盗まれないようにするために生まれたのがトラスブールだと言われています。

丘のふもとにあるサン・ジャン大聖堂は1180年から1480年に作られた司教座聖堂で、ロマネスク様式からゴシック様式の過渡期を感じさせる入り混じった様式が特徴的です。

1600年にはブルボン王朝の始祖であるアンリ4世と、フィレンツェの君主メディチ家出身のマリー・ド・メディシスの婚礼が行われたと伝わります。

25.[ノール・パ・ド・カレ他] フランスとベルギー鐘楼群(1999)

この世界遺産は、当初は1999年に世界遺産に登録されたベルギーのフランドル地方とワロン地方にある32の鐘楼群だったのですが、2005年にフランスのノール・パ・ド・カレ地方ととピカルディー地方の23の鐘楼群を追加登録された世界遺産です。

フランスとベルギーは中世の時代から交通の要衝だったため、この地域には物と人が多く行きかい、経済的にも豊かな地域でした。

中には大きな経済力を持った街もあり、広場や聖堂など公共の場所に鐘楼を建てたのです。

その鐘楼は中世都市において自分たちで勝ち取った経済的自由と富の象徴でもありました。

イタリアやドイツなどでは自由の象徴として市庁舎を建てるのですが、この地域では鐘楼の建築が重視されたことも特徴です。

11世紀から17世紀にかけて建てられた鐘楼たちは、ロマネスクやゴシック、ルネサンスからバロックとその時代ごとの建築様式を反映しており、さまざまな鐘楼を観ることができます。

26.[アキテーヌ] サン・テミリオン地域 (1999)

南西部あるワインの産地として有名なサン・テミリオンの地域は美しい景観のブドウ畑とその周辺8つの市町村を含んだ世界遺産です。

中世からブドウ栽培やワインの醸造が盛んな地域で、その畑を含む景勝地とワインの文化を継承する地域として高く評価されています。

またサン・テミリオンにあるモノリス教会は1枚岩をえぐって作られた70ぺクタール規模を持つ地下回廊があり、その他の中世キリスト教への信仰を伺える修道院などもあります。

この地域は交通の要所でもあったため、巡礼が多く訪れた場所でもあります。

「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」の一部でもあります。

27.[サントル・ロワール] シュリー=シュル=ロワールとシャロンヌ間のロワール渓谷 (2000)

フランス中部を流れるロワール川には中世からルネサンス時代に建てられた城や街などが点在している地域があります。

その流域のシュリー=シュル=ロワールとシャロンヌの間に建ち並ぶ古城は300を超えるほど。

代表的な都市と城の例としてはアンボワーズ、アンジェ、シュノンソー、ブロワ、オルレアン、シャンボールなどがあります。

百年戦争の際にジャンヌ・ダルクが王太子だったシャルル7世に初めて謁見したのもこの流域にあるシノン城でした。

フランソワ1世がパリに住むようになるまでフランス王はその居城をこの流域の城を中心に移動しており、そのため政治の場も動いていた時代があったのです。

フランソワ1世に呼ばれたレオナルド・ダ・ヴィンチが最後の時を迎えたのもアンボワーズ城の一角でした。

この世界遺産は「シリアル・ノミネーション・サイト」として登録されています。
「シリアル・ノミネーション・サイト」とは「連続性のある遺産」と言う意味で、文化と歴史的背景や自然環境などを共通とする資産を1つの場所や建物でなく全体で登録するという考え方です。

中世の時代よりフランスの庭園と言われたこの流域の古城などは一連の文化や歴史背景をそれぞれが関連していることから登録されました。

28.[イル・ド・フランス]中世市場都市プロヴァン (2001)

パリ南東部90キロの位置にある小さな街プロヴァン。

この小さな街は9本の街道上にに位置し、中世の時代にはパリをもしのぐ流通と経済の中心地として繁栄を享受しました。

年に2回行われる「シャンパーニュの大市」はその規模の大きさは有名で、ヨーロッパ中にその名は知れ渡っていたほど。

イタリアからフランドルまでの交易路の途中であり、羊毛産業の形成と発展で街は栄えたのです。

また、この地域はバラを使ったお菓子が有名で、現在でも薔薇ジャムやシロップ漬けなどが売られています。

14世紀になりペストの流行や交易路が変更されてことにより街は急速に衰退。
タイムカプセルのように中世の街並みを残すことになりました。

交易の市場が発展した11世紀や13世紀の教会や建物、防衛のための城壁の一部が残されており、中世の街並みや羊毛産業の盛衰を知ることのできる世界遺産となりました

29.[ノルマンディー] オーギュスト・ペレによって再建された都市ル・アーヴル (2005)

英仏海峡に面した港町ル・アーヴルは第二次世界大戦中の爆撃やノルマンディー上陸作戦などの戦闘で大きく破壊された街でした。

その戦火は約8万人の死者を生んだといわれています。

街のほとんどが廃墟となったル・アーヴルの再建したのが、ベルギーの「コンクリートの父」と呼ばれるオービュスト・ペレでした。

戦火で廃墟になった街を元の街の姿に戻す復興がされる中、ペレはあえて残った中世の街並みに融合する近代的なコンクリートの建物や整備された道路を計画し再建しました。

その景観の統一感と融合が美しい街と生まれ変わったのです。

戦後の建築や都市開発に新しい価値観が生み出した都市の景観は、その後のヨーロッパ全体での都市開発に大きな影響を与えたと考えられています。

30.[アキテーヌ] 月の港ボルドー (2007)

大西洋につながる港を持つボルドー。

この街の名前はワインの名産地として広く知られているのではないでしょうか。

この街は古代ローマ時代の植民都市から始まります。

中世のころはイギリス領として、ワインの生産地と交易によって発展し、フランス革命前には植民地からの砂糖とコーヒーの中継貿易によって大きく発展しました。

2000年にわたり交易の中心地として歴史的にも大きな役割を果たしました。

「月の港」とはボルドー市内に流れるガロンヌ川が大きく湾曲した地域が最も発展しており、川沿いの三日月の形状から「月の港」と呼ばれるようになりました。

世界遺産として登録されているのは貿易によって大きく富を得た18世紀に啓蒙時代の思想を反映した新古典主義建築の都市計画と古代ローマ時代の景観が見事に融合された地域。

主に新古典主義建築の代表例として水鏡が美しいぶるす広場や大劇場などが有名です。

31. [アルザス他] ヴォーバンの防衛施設群 (2008)

ルイ14世のお抱え軍事建築家として活躍したセバスティアン・ル・プレストル・ド・ヴォーバン。

彼の作る城塞は大変堅牢であったことから「ヴォーバンの要塞のある街は絶対に陥落しない」とまで言わしめたほどの築城の名手でした。

彼は生涯を通じて150以上の軍事施設に携わりました。

そのうち彼の確立した城塞システムや土木時術が明確にわかるもの、地形に応じたもの、築城後に大きな修復をしていないものを基準に12件が世界遺産に登録されました。

彼の城塞建築はその後のヨーロッパの軍事建築物やその他の地域での建築に大きな影響を与えました。

32.[ニューカレドニア] ニューカレドニアのラグーン:リーフの多様性とその生態系 (2008)

フランスの世界遺産42件のうち、自然遺産は3件のみ。

このニューカレドニアのラグーはそのうちのひとつで、フランス本国ではない海外県で初めて登録されました。

ニューカレドニアのバリアリーフの規模は近隣の小さな島々を取り巻き1600キロに及び、リーフの大きさはグレート・バリアリーフに次いで2番目の大きさで、世界の三大サンゴ礁のひとつでもあります。

リーフには多様な生物種が生息しており、その中には固有種も多く、絶滅危惧種のジュゴンやアオウミガメの姿も見られます。

サンゴ礁の美しい光景と、それを含むマングローブから牧草地などの生態系は世界で最も多種多彩な海洋生物が生息している地域として世界遺産に登録されました。

33.[フランシュ・コンテ] サラン・レ・バンの大製塩所からアルク・エ・スナンの王立製塩所までの製塩所(2009)

フランスとスイスの国境近くにあるフランシュ・コンテ地方。

この地域は中世より塩を含む井戸からの塩水を利用し、製塩業を営んでいました。

1982年に18世紀に建てられた「アルク・エ・スナンの王立製塩所」が、啓蒙思想をもとに築いた大型産業建築物を理想的空間として世界遺産に登録されました。

その後、この地域の製塩業の歴史の流れを知ることのできる中世からあった「サラン・レ・バンの大製塩所」が2005年に追加登録されました。

「アルク・エ・スナンの王立製塩所」はルイ16世の治世下で、産業を効率的に、監督者と労働者の効率的な生活などが営める産業都市を理想形としてその建物などが作られており、その後の産業建築の模範のひとつとなりました。

34.[ミディ・ピレネー] アルビの司教都市 (2010)

フランス南部にあるアルビは、13世紀にカタリ派の討伐のためのアルビジョワ十字軍の後にローマカトリック教会からの司祭が街を治めた街です。

ベルビ宮殿、サント=セシル大聖堂などの宗教的建築と中世の姿を留める旧市街の街並みなどが世界遺産として登録されました。

周辺で建築資材になる石が採れないため、建物は赤い煉瓦造り。

西日が当たると街全体が赤く輝き、「バラの街」と称賛される景観を観ることができます。

35.[レユニオン] レユニオン島の尖峰群、圏谷群および絶壁群 (2010)

インド洋南西部にあるフランス海外領レユニオン島。

この島にあるふたつの火山を中心に、断崖や峡谷、深い森が生い茂る盆地などの独特な景観美を作りだしています。

ふたつの火山のうちひとつは現在も噴火を繰り返している活火山で、噴火のたびに新しい景観を生み出しています。

大地が生まれて自然が織りなす営みを知ることができる場所です。

36.[ミディ・ピレネー] コースおよびセヴェンヌ地方 - 地中海の農業・牧畜の文化背景 (2011)

フランス南部のコース地方とセベンヌ地方に残る、地中海の伝統的農業と牧畜の文化的景観は世界遺産に登録されました。

フランス中央高原の石灰石が密集するこのふたつの地方は樹木の生えていない地帯として知られ、春と秋に降る大雨によってはぐくまれる豊かな牧草地でもあります。

牧草を求めて羊とともに移動する伝統的な羊の牧畜が今でも続けられています。

コース地方は世界的に有名な羊の乳を使ったブルーチーズ、ロックフォールが生まれた地域。

自然の力で熟成する伝統的な製法が今でも残っており、人と羊の織りなす文化と歴史を今に伝えます。

37.[フランシュ・コンテ他] アルプス山脈周辺の先史時代の杭上住居群 (2011)

紀元前5000年ごろから紀元前500年ごろまでに建設されたアルプス山脈周辺の杭上住居群はフランスをはじめとする6カ国111件からなる先史時代の遺構の世界遺産です。

新石器時代と青銅器時代のアルプス地方の生活や、共同体の環境、初期農耕社会の貴重な資料として評価されています。

38.[ノール・パ・ド・カレ] ノール=パ・ド・カレーの鉱業盆地 (2012)

このノール・パ・ド・カレ鉱山盆地は、ベルギーどの国境にある炭鉱のある地域で、その大きさはドイツのルール鉱脈の次に大きいものです。

この炭鉱は鉱脈がすべて地下に埋まっていることが大きな特徴。

この地域は日照時間や降水量など気候にも恵まれて、農業が盛んだったのですが、広範囲な鉱脈が見つかって以降は3世紀にわたり炭鉱がこの地域に富をもたらしました。

採掘の穴や立杭、ぼた山など石炭採掘建築と昔からの農村の風景が融合した盆地の景観は特徴的です。

39.[ローヌ・アルプ] ショーヴェ=ポン・ダルク洞窟とも呼ばれるアルデシュ県ポン・ダルクの装飾洞窟 (2014)

フランス南部のアルデシュにあるショーヴェ洞窟に描かれた人類最古の洞窟壁画の世界遺産です。

この壁画は約3万2000年前の旧石器時代に古代の人が残したもの。

ラスコーの洞窟壁画よりもさらに1万8000年も古いもので、外気の浸食を防ぐために現在では大部分が非公開となっています。

しかし、2015年に忠実に再現した複製洞窟が公開され、古代の人々が生き生きと描いた絵を観ることができるようになりました。

壁画の数はは現在260点。

その中には今のヨーロッパでは絶滅した野生の牛、馬やサイ、ライオンなどをはじめとし、フクロウやヒョウなどが描かれています。

古代人が生きた時代を知る貴重な文化遺産です。

40.[シャンパーニュ・アルデンヌ] シャンパーニュの丘陵、メゾンとカーヴ (2015)

ワインに詳しい人でなくても知っているシャンパン。

このスパークリングワインで「シャンパン」と名乗れるのは、フランスのシャンパーニュ地方で作られたものだけなのです。

この地方で作られるスパークリングワインはボトルの中で二次発酵をさせる独自の製法で作られています。

その技法なども含めたシャンパーニュのブドウの丘陵・家屋・地下貯蔵庫などシャンパン製造全体が世界遺産として登録されました。

17世紀から作られ続けていたスパークリングワインの製法を工業化初期にその生産方法を開発・発展させフランスの産業のひとつとして確立させ、その営みの歴史を伝えています。

また、シャンパンにまつわる音楽や美術や文学にまで影響をもたらしたとして評価されました。

41.[ブルゴーニュ] ブルゴーニュのブドウ畑のクリマ (2015)

フランスワインの2大名醸地、ボルドーとブルゴーニュ。

ボルドーのブドウ栽培地域としては「サン=テミリオン地域」が世界遺産に登録されています。

ブルゴーニュではディジョンの南部に広がるコート・ド・ニュイからコート・ド・ボーヌの丘の、クリマと呼ばれる明確な土地区画で仕切られたブドウ栽培地域が世界遺産として登録されました。

フランスのワイン畑は地質や日照条件で明確に格付けされており、その畑の特徴を活かしてワインづくりが行われています。

今回登録されたのはその中の1247区画の畑です。

2000年前から営まれているブドウ栽培とワイン造り。

なだらかな丘に広がるブドウ畑にその長い歴史とともにつくられた景観が映し出されます。

42.ル・コルビュジエの建築作品-近代建築運動への顕著な貢献- (2016)

「近代建築の三大巨匠」のひとりであるル・コルビュジェの建築作品群17件の世界遺産です。

この世界遺産はフランスをはじめとするドイツ、アルゼンチン、インド、日本と大陸をまたぐ世界遺産で、「トランスコンチネンタル・サイト」として初めて登録されました。

ル・コルビュジエは「ドミノ・システム」と呼ばれる鉄筋コンクリートの構造システムを考案しています。

この構造システムは鉄筋コンクリートの床と最小限の柱と階段で構成される建築法で、それまで天井を支える壁をなくすことで自由な建物を構築することができるようになりました。

この世界遺産は3度も登録候補に挙がりながらも、なかなか登録には至らず、2016年の際には近代建築運動への貢献が評価され登録に至りました。

この建築作品の中には日本の国立西洋美術館も含まれており、20世紀の建築技術を知ることができます。

奥深い文化と自然を持つ国フランス

フランスの世界遺産の中で新しい発見はありましたでしょうか?

フランスは歴史が長く、世界史の中でも他国との影響が大きく、さまざまな文化で彩られた国です。

世界遺産をまとめてみると、壮麗な宮殿から重厚な教会、産業の営みを伝える工業地域や豊かな自然、牧歌的な生活が残る地域と、本当に幅広い文化を持つ国だと改めて感じることができました。

フランスに旅する時にはパリからひとつ足を延ばして観てみたい、そう思える世界遺産でした。

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