日本最古の名湯「有馬温泉」の愛される魅力とは

六甲山の麓に広がる関西の奥屋敷にして紅葉の名所とも知られる温泉郷「有馬温泉」は、近年注目の気軽な温泉地であり隠れたパワースポットとして人気の場所。
7つの泉源から湧き出る魅力あふれる温泉に神戸ならではの多彩なグルメ、散策にぴったりなスポットから日本最古の温泉地の一つとして紡がれた奥深い歴史が今なお息づく有馬温泉の魅力についてご紹介します。

アクセス抜群の上質な温泉地「有馬温泉」

アクセス抜群の上質な温泉地「有馬温泉」

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神戸市中心から県道15号線で約40分、電車なら約45分ほどで行ける有馬温泉は、京都や大阪からでも一時間ほどで遊びに行ける身近な温泉街として古くから人々に愛されている場所です。

日帰りの立ち寄り湯や気軽に利用できる足湯も多く、休日のちょっとしたリフレッシュタイムを満喫したり、自分へのご褒美にもぴったりの観光地でもあります。

上質なランチ付きの日帰りプランのある旅館から、ゆっくり宿泊でラグジュアリーな時間を堪能できるプランもあって、カラコロと浴衣で温泉街を散策するのもおすすめ。

まさに日常使いにぴったりで、気軽に贅沢な時間を過ごせるのも「有馬温泉」の魅力の一つです。

「有馬温泉」の魅力的な泉質

「有馬温泉」の魅力的な泉質

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有馬温泉の最大の魅力は赤く濁る不思議な「金の湯」と無色透明の魅力「銀の湯」の二つの温泉が楽しめる事ではないでしょうか。

鉄分を多く含んだ『鉄塩化物泉』湧出時には透明なのに空気に触れて赤くなるのが特徴で通称「金の湯」、タオルが赤くなるのが難点ですが湯冷めしにくくて殺菌作用が強いので怪我の治療や冷え性対策にもぴったりの療養温泉です。

「銀の湯」はラジウム泉と炭酸水素泉が混じり合った『炭酸ラジウム混合低湯泉』で、泉質がアルカリ性なので肌表面の古い角質を溶かして新陳代謝を促す美肌の湯として効果的。
炭酸効果でほこほことした湯上り感にツルスベ肌にもなれる女性に嬉しい泉質です。

泉源は7つありそれぞれのお宿で引いているお湯が違うので、入り比べをしたり足湯で気軽に楽しむのも有馬温泉の楽しみ方の一つ。
一期一会のお湯との出会いをぜひ楽しんでみてくださいね。

温泉を楽しんだついでに神戸三田周辺へ

温泉を楽しんだついでに神戸三田周辺へ

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有馬温泉の周辺、神戸三田のあたりには魅力的なレジャースポットがたくさんあります。

たとえば有馬温泉から30分の場所にある日本最大級のアウトレットモール『神戸三田プレミアムアウトレット』(兵庫県神戸市北区上津台)や日本一のロールケーキが味わえる人気パティシエのお店『パティシエ エス コヤマ』(兵庫県三田市ゆりのき台)へも近く、温泉を楽しんだ行き返りにふらりと立ち寄れるのも嬉しいポイント。

さらにアウトレットから少し足を延ばせばビール好きには嬉しい『キリンビール神戸工場』で工場見学や試飲などのツアー、子供も楽しめるビオトープツアーがあって時間を忘れて満喫できます。

神戸三田の周辺は良質なゴルフ場がある事でも有名なスポットですので、ゴルフの帰りに温泉で一服というのもおすすめです。

神代から愛される「有馬温泉」の歴史

神代から愛される「有馬温泉」の歴史

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さて数多くの名旅館や温泉施設を有し、その周辺も魅力あふれるレジャー地域でもある有馬温泉は、どのような歴史を歩んで現在のような街へと発展してきたのでしょうか。

日本最古の温泉街の一つ「有馬温泉」の歴史についてご紹介しますね。

三羽の烏が教えてくれた温泉

三羽の烏が教えてくれた温泉

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有馬温泉の起源は神話の時代まで遡り、すでに伝説の中の話しになります。

その昔、日本書紀や古事記に登場する島根県の出雲大社の祭神であり国造りや農業、医療などを司る神様として有名な「大国主(おおくにぬし)」こと「大巳貴命(おおむなちのみこと)」と、「大巳貴命」の国造りを手伝いお酒や薬、知識などの神様として全国で祀られる「少彦名命(すくなびこなのいこと)」の二柱が、国造りの後に国中の病や怪我を治す方法と薬草を探して旅をしていた頃、有馬の地を訪れた際に三羽の傷ついたカラスを発見しました。

カラスたちは毎日のように同じ場所で赤い色をした水溜まりで水浴びをしていたのですが、気づくと彼らの傷が癒えていたのです。
それを不思議に思った「大巳貴命」達はカラス達が水浴びをしていた場所を調べたところ、それが治癒効果のある温泉だとわかり万病に効く温泉として言い伝えられるようになりました。

その際に温泉を教えてくれた三羽のカラスを有馬温泉の守護神としてこの地にカラスだけが暮らすことを許したそうです。

このお話がいわゆる『有馬の三羽烏』伝説として伝わり、現在も有馬温泉の中心部にある『湯泉神社』に祀られています。
湯泉神社は子宝の神社としても有名で、有馬温泉にある願いの叶う泉源と共にパワースポットとして注目されているポイントですよ。

帝や貴族が愛した温泉と菩薩伝説

帝や貴族が愛した温泉と菩薩伝説

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神話の時代から進んで奈良時代に入る頃には有馬温泉は湯治場としてすでに知られる場所となっていました。

そんな有馬温泉がさらに有名となる出来事が日本書紀の記述にある631年の「舒明天皇(じょめいてんのう)」と647年の「孝徳天皇(こうとくてんのう)」の行幸によって更に知られるように。
二人の天皇が有馬の地を訪れた事で白浜、道後に並ぶ温泉地として有馬温泉の名前が広く知られるようになり、数多くの貴族たちが観光や湯治に訪れるようになりましたが、それでも徐々に衰退していきます。

そんな時代の中で再び有馬温泉の再興のきっかけを作ったのが、奈良の大仏建造の責任者であり東大寺の四聖の一人に数えられる「行基上人(ぎょうきしょうにん)」です。

灌漑事業や寺院の建設など様々な慈善事業を行い民衆や「聖武天皇(しょうむてんのう)」の信任が厚く日本で最初の『大僧正』の位を授けられた人物でもあります。

そんな「行基上人」が大阪の伊丹のあたりで池を掘る工事をしていた時、通りかかった人物が彼に「自分は治らない腫れ物がありずっと苦しんでいます。
有馬の山奥に何でも治す霊泉があると聞いたので、そこへ連れて行って欲しい」とお願いをしました。
その人物を憐れんだ「行基上人」はその人を背負って一緒に有馬まで行くことに。
その道中でもその人は生魚を食べたい、膿を吸い出してほしい等の様々な無茶ぶりのお願いをしては「行基上人」が望みを叶え献身的に看病をしました。

そして一時期の繁栄の面影なく荒れ果てた有馬の地に辿り着いた時、その人物が突然黄金に輝く薬師如来へと姿を変えて「行基上人」に有馬の復興を願い紫雲に乗って天へと消えたそうです。

その出来事に感銘を受けた「行基上人」は薬師如来の像を掘りそれを本尊とした『温泉寺』を建立して、温泉の入り方を広め有馬温泉の再興に尽力しました。

この後平安時代になると数多くの公家貴族が訪れるようになり、枕草子や古今和歌集など数多くの書籍に有馬温泉を称える歌や詩が残されています。

ちなみに「行基上人」は数々の慈善事業や逸話から知恵の仏様である文殊菩薩の化身とされ、入滅後に朝廷から諱を「行基菩薩」を授かり呼ばれるようになりました。

中興の鎌倉時代と宿坊の始まり

中興の鎌倉時代と宿坊の始まり

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鎌倉時代い入ると有馬温泉の人気は再び陰りを帯びるようになります。

その要因の一つとして平安時代後期の1097年に起きた大洪水と山津波により有馬温泉は壊滅的な被害を受けて、一部を残し温泉機能が麻痺した事で再び廃れていきました。

そんな有馬温泉を再び人気にさせたのが吉野山の『高原寺』の住職だった「仁西上人(にんさいしょうにん)」。

源平合戦の直後、権力が平家から源氏へと移る鎌倉時代へと時代が流れる真っ只中の1191年の頃、「仁西上人」は現在の奈良県、三重県、和歌山県をまたぐ紀伊山地の熊野三山に籠っての修行の最中に、熊野の神様である「熊野権現(くまのごんげん)」が夢の中に現れて有馬温泉の再興をするようにと神託を受け、それに従い高原の人々を連れて有馬へ行き様々な再興事業を行い始めます。

温泉地の整備から洪水でダメージを受けていた温泉寺の再建、そして薬師如来を護る十二神将をイメージし象った12の坊の建設と、温泉寺に「熊野権現」を勧請して薬師如来と共に祀り、有馬温泉を再び活気あふれる土地へと戻していきました。

この時「仁西上人」が建てた12の坊はそれぞれ現在に続く温泉旅館の基礎として名残を残しており、中の坊や北の坊、池の坊などの名前が使われています。

ちなみに12の坊の一つである御所坊は初代総理大臣である「伊藤博文(いとうひろふみ)」や『細雪』や『刺青』などの文学を残した文豪「谷崎潤一郎(谷崎潤一郎)」、『みだれ髪』や『君死にたまふことなかれ』などの詩を残した「与謝野晶子(よさのあきこ)」など、多くの著名人や文豪が愛しその痕跡を残すノスタルジックな宿としても人気があります。

「仁西上人」が復興させてから800年の歴史を刻む宿坊で、過ぎた時代の面影を想う時間を感じるのもおすすめです。

天下人「太閤秀吉」愛した温泉地

天下人「太閤秀吉」愛した温泉地

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さて「行基上人」から「仁西上人」へと受け継がれ発展してきた有馬温泉は、戦国時代には多くの武将が戦の傷を癒し愛され、「豊臣秀吉(とよとみひでよし)」が天下を統一した安土桃山時代に更なる発展を遂げる事となります。

1528年と1576年に起きた大火災、1545年の「三好政長(みよし まさなが)」と「別所吉治(べっしょ よしはる)」による大きな合戦の余波により壊滅的な状況へと陥ってしました。

そんな乱世の流れに乗ってまたも荒廃してきた有馬温泉は1583年「豊臣秀吉」によって再び活気づく事に。

古くから心身の疲労や傷を癒す名湯として知られていた有馬温泉へ、天下統一を果たしてひと段落ついた「豊臣秀吉」が湯治に訪れ、その際に大変気にいって何度も訪れるようになりました。
生涯で9度有馬温泉に湯治に訪れたと記録があり、またその際には奥さんの「ねね」や側室の「よど」、側近であり茶聖である「千利休(せんのりきゅう)」を連れて来ては盛大な茶会や部下達の慰労会などを開いていたとか。

1596年に起きた『慶長伏見地震』で更にダメージを受けた有馬温泉を「豊臣秀吉」が1597年に大規模復旧工事を行い、12あった坊を20に増やし一大温泉地へと改修復興させたのです。

1598年には「豊臣秀吉」が描いた新有馬温泉が完成したのですが、残念ながら病に倒れてしまった「豊臣秀吉」は入る事ができませんでした。

しかし彼が残した功績と愛した有馬温泉には各地に「豊臣秀吉」を示す『太閤』という名前のついた温泉や施設多く残されています。

その中の一つに六甲側沿いにある旅館『兵衛向陽閣』は「豊臣秀吉」が命名したお宿としても有名で、金の湯を露天風呂からローマ式のお風呂、足湯などで楽しむ事ができます。

開湯以来、有馬温泉の基礎を作った「行基上人」、中興の祖であり宿坊を作り再興させた「仁西上人」、そして有馬温泉を大きく発展させた天下人「豊臣秀吉」の三人は、今も有馬温泉の『三恩人』としてその面影と共に語り継がれているのです。

江戸時代に大ヒットした「有馬温泉」

江戸時代に大ヒットした「有馬温泉」

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徳川幕府が開かれた江戸時代になると、有馬温泉はさらなる繁栄を迎える事になります。

「豊臣秀吉」の直轄領から一度兵庫藩へと領地は度もされましたが、江戸時代に入り江戸徳川幕府の直轄の幕領として統治されるようになりました。

元々有名だったことと江戸幕府の財源として発展させた事もあり、有馬温泉には大名や公家、文人や僧侶など様々な人達が訪れては、そのお湯の良さや食べ物、景色などについてある人は書物として記し、ある人は言葉にして広めるなど口コミによって更に人気になっていきました。

また有馬温泉という場所が姫路と京都を結ぶ街道沿いの温泉地という事もあり、庶民の寺社詣が大流行した江戸時代中期以降に出版された多くのガイドブックの人気温泉ランキングに、当時の最高ランクだった『西の大関』に指名されて関西を中心に伊勢や熊野に並ぶ憧れの旅行先として多くの湯治客で賑わいました。

かつての衰退が嘘のように賑わう有馬温泉は、「豊臣秀吉」によって増えた20の坊をもとに宿泊もできる宿坊(旅館)として機能するようになり、さらにその数を増やしていったと言います。

さらに明治に入ると避暑地としても人気となり、神戸港に来航した外国人も多く訪れるように。
鉄道もこの頃に整備された事もあり有馬温泉はますます評判を高めていき、高級旅館だけでなく食事や芸妓文化などの『おもてなし』も洗練され、現在でも上質な時間を気軽に楽しむ事ができるのです。

7つの泉源を回るおすすめスポット

7つの泉源を回るおすすめスポット

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有馬温泉は活火山の上にある温泉ではなく、ユーラシア大陸プレートとフィリピン海プレートという活断層のぶつかり合った山の上にある土地です。

長い年月をかけてぶつかり合っては休んでを繰り返す断層の圧力によって地下水が温められ、それが温泉となって湧出しており、長く愛されて利用されています。

そんな活断層の影響を受ける有馬温泉は地下水が通ってくる地盤によって、様々な彩りと愉しみを魅せてくれる7つの泉源をご紹介。
ぜひ旅の参考にしてみてくださいね。

神社の境内にある「天神泉源」

神社の境内にある「天神泉源」

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学問の神様で有名な「藤原道真公(ふじわらのみちざねこう)」を奉る『天神社』にあるフォトスポットとしても人気の代表的な泉源の一つ。

この神社は数々の災害に見舞われた有馬温泉の厄除け神社として信仰されており、毎年1月25日と7月25日に盛大なお祭りが行われています。

昭和23年に神戸市の温泉掘削によって発見された泉源で、地下185mから海水よりも高濃度の塩分と鉄分を含む『含鉄ナトリウム』で98℃と大変高温のお湯が出る『塩化物強塩高温泉』でもあって、神経痛や慢性消化器病、冷え性、慢性婦人病などに効能があり、天神泉源近くの『上大坊(かみおおぼう)』や『四季の彩 旅篭(しきのいろどり はたご)』といった複数の旅館で楽しむ事ができますよ。

有馬温泉の駅前から広がる商店街の先、979年に京都市にある北野天満宮の「藤原道真公」を勧請して創建された神社が『天神社』で金泉の影響なのでしょうか、ところどころ茶褐色に染まった石階段や狛犬が出迎える先の境内では白い湯けむりが立ち上る風情ある景観が楽しめ、丸いレトロな雰囲気の給湯器と湯煙を背景にした写真が人気です。

飲泉もできる「太閤泉」

飲泉もできる「太閤泉」

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現在有馬温泉の代表的な日帰り温泉施設である『金の湯』の隣の大きな瓢箪が目印の飲泉場が『太閤泉源』。

旧有馬温泉会館があった場所で透明な銀泉が出る場所として神代の時代から親しまれてきた泉源でしたが、昭和41年に湯量の減少と共に枯渇し、泉源が絶えてしまい廃止されてしまいました。

しかし平成7年に起きた『阪神淡路大震災』の大きな影響によって、一度枯渇した太閤泉は再湧出。

この出来事により火山がない地域なのに温泉が湧くという長年の謎を解く切っ掛けとなり、現在では温泉の湧出には活断層が関係し火山が無くても高温の温泉が出る事が証明されたのです。

今なお多くの爪痕を残す震災がもたらした自然の恩恵というべき太閤泉は、新しい地質学の発見と自然の驚異、そして多くの人々を癒し元気づける場所とも言え、なんとも複雑な気持ちを抱いてしまいますね。

その後この泉源は平成17年に『金の湯』の横に飲泉場の施設として「豊臣秀吉」にちなんだ大きな瓢箪を目印にオープン。
気軽に利用できる温泉として、また有馬温泉のシンボルとして地元の人や観光客に愛されています。

飲泉ができる温泉という事で慢性便秘や貧血、食欲不振などの慢性消化器病に効果があると言われ独特の苦みと強い塩味、金気があるのが特徴。

有馬温泉初心者なら絶対に行くべきおすすめスポットでもあります。

温泉が嫉妬する?「妬泉源」

温泉が嫉妬する?「妬泉源」

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嫉妬の『妬』を使って「うわなり」と読む『妬泉源(うわなりせんげん)』は、商店街の左手にある赤い鳥居が目印の『妬神社(うわなりじんじゃ)』の境内の中にある泉源。

その名前の由来は神社の近くにある小さな井戸から温泉が湧いていたのですが、この中へ夫に浮気された妻がその愛人を殺し自分も井戸へと身を投げました。
それ以降この温泉の近くを美しい女性が通るたびに嫉妬してはぐつぐつと煮えたぎって大きく吹き出すという話しが伝わっています。

この小さな井戸は枯れてしまい現在は新たに掘った二つ目の泉源で、93.8℃という高温の金泉が湧き出て『御所泉源』を通って『御所坊』や『花小宿』といった旅館へと運ばれ利用されています。

元々の湯は枯れてしまっているので、女性が通っても嫉妬で温泉を噴き出される事がないので安心して観光する事ができますね。

天神泉源と同じように神社の境内の中に給湯場がありますが、こちらの泉源の方がこじんまりとした印象で隠れスポットのような場所になっているのも魅力です。

天然サイダーが出てくる「炭酸泉源」

天然サイダーが出てくる「炭酸泉源」

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有馬温泉街の坂を上った先、高台にある『炭酸泉源公園』内にあるのが『炭酸源泉』。

その名前の通り二酸化炭素を多く含みごく少量のラジウムもある『炭酸ラジウム混合低温泉』の銀泉が、公園の中にある手水場のような四方柱の四方吹き放しの瓦屋根が特徴の泉源上屋の丸い石から滾々と湧き出ています。

この炭酸源泉は有馬では昔から飲んだら死ぬ『毒水』と言われて忌避されていましたが、明治6年に有馬郡湯山町(現在の有馬町)の町長にあたる戸長「梶水源治郎」が有馬町の杉が谷に炭酸ガスを含む温泉があるという話しを聞き、その水を当時の内務省(現在の総理府、財務省、経済産業省、国土交通省等の省庁が一まとめになった組織)の検査を受けて、浴用としても飲み水にも適した素晴らしい水質の鉱泉というお墨付きを貰いました。

これにより長らく誰も近寄らなかった炭酸泉源に明治19年に泉源上屋が設置され、さらに明治40年には地元を活気づける名物として、この炭酸源泉を使ってお土産としても人気の『炭酸せんべい』が作られるようになったのです。

現在はこの源泉から直接飲む事はできませんが、昔は汲み取った炭酸水に砂糖を入れて天然サイダーとして楽しんだとか。
泉源上屋の手前に飲用の蛇口があり飲めるようになっていますが、微炭酸でのど越しは良く少し鉄分独特の香りが後味として残るのが特徴です。

天下統一の願いを込めた「極楽泉源」

天下統一の願いを込めた「極楽泉源」

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かつて「豊臣秀吉」が天下統一を願い、それに応えるように湧いたという極楽泉源は近くに『ねがいの泉』や『温泉寺』『銀の湯』『極楽寺』などの人気スポットに囲まれた泉源です。

有間温泉発祥であり中心的存在の『温泉寺』と樹齢250年を誇る沙羅双樹が美しく「豊臣秀吉」の正室「ねね」の別邸があったとされる『念仏寺』の間にある「ねがい坂」を通り、『太閤の湯殿館』の裏手『』極楽泉源は湧いており、別名「願いの湯」とも呼ばれています。

金泉らしく濃い塩気と金気を持つ94℃の高温泉で、「豊臣秀吉」は自分の屋敷にここから金泉を引いて楽しんでいたと言われています。

平成19年に改修工事が行われたために現在は他の金泉のような白い湯煙を見る事ができませんが『極楽寺』と『銀の湯』という二つの建物の間とあって、ひっそりとした雰囲気の中にかつての天下人の夢の片鱗を垣間見る事ができそうな場所となっていますよ。

庭園散策ができる「御所泉源」

庭園散策ができる「御所泉源」

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竹垣に囲まれ夜間にはライトアップもされる御所泉源は、昭和26年に発見された有馬温泉の中で比較的新しい温泉です。

硫黄と鉄臭が強く塩分濃度も高いので、湯上りにはさっと身体を流す必要のある金泉で『含鉄ナトリウム塩化物強塩高温泉』という泉質になるのが特徴。

天神社から下った赤いポストから商店街の近くにあり、周囲を美しい庭園に囲まれているので、泉源見学のついでに散策するのもおすすめです。

名前の由来となった『御所坊』は1191年(建久2年)に創業され多くの歴史上の有名人や著名人が利用し、現在も『陶泉 御所坊』という名前の旅館として御所源泉、妬源泉の混合湯を上質なサービスと美味しい料理を楽しめます。

御所泉源と庭園は、温泉街特有の喧騒と自然が織りなす豊かな音色と温泉特有の香りが楽しめて疲れた心をそっと癒してくれるそんな気持ちにさせてくれるおすすめスポットですよ。

隠れた名所「有明泉源」

隠れた名所「有明泉源」

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有馬の街を流れる有明川沿いに昭和17年に採掘され湧出したのが有明泉源です。

この泉源は温泉を示す標識も説明の看板も無く、赤い欄干が有名な『ねね橋』を渡った先に続く杖捨坂を辿り、白い湯煙を上げる高い櫓だけが目印となるとても小さな施設。
昭和初期のコンクリート製の建屋内へ引かれたパイプから高温の金泉が溢れて、数多くの施設へとお湯を運んでくれています。

湯溜め部分には長年使われてきた証の水酸化鉄の波紋状の膜が出来上がり、積み重ねられた有馬泉源の時間を見る事ができるのです。

現在の給湯施設は昭和17年当時の1号機ではなく新たに建設された2号機になりますが、高濃度の鉄含ナトリウム塩化物泉に触れ続けた事による褐色化や錆びが見れて、荒廃しているわけではないのに何故か廃墟のような退廃的な雰囲気を感じられますよ。

そんな有明泉源はひっそりとした知る人ぞ知るフォトスポットとなっているので、ぜひ有馬温泉に行った時にはこっそりと近くの金泉銀泉の足湯と共にお楽しみください。

泉源めぐりと一緒に行きたい「有馬温泉」のおすすめスポットと行事

泉源めぐりと一緒に行きたい「有馬温泉」のおすすめスポットと行事

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有馬温泉は温泉や宿だけでなく、長い歴史が生み出した様々な観光スポットと行事が存在しています。

そんな温泉以外におすすめしたい、お祭りなどのイベントや立ち寄りにピッタリの散策スポットをご紹介。

伝説にまつわるものから、近代的なもの、他ではちょっと見れないスポットなどがありますよ。

泉源めぐりのついでに立ち寄りたい自然スポット

泉源めぐりのついでに立ち寄りたい自然スポット

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有馬温泉随一の桜と紅葉の名所として知られる『瑞宝寺公園』は別名「日暮らしの庭」または「錦繍谷」とも呼ばれる美しい庭園が広がっています。

世界を淡く染め上げる春の桜シーズンはもちろん11月ごろの紅葉シーズンには園内約2000本の木々が色づいて、花の季節とは違う幻想的で冬を前にした独特の寂寥感を漂わす、日本人の心に訴えかける風情溢れる景観が楽しめ、また「豊臣秀吉」が「千利休」と連れて何度も瑞宝寺(明治6年に廃寺)で茶会を開いた事から毎年11月2日と3日に『有馬大茶会』が催されます。

この有馬大茶会は瑞宝寺公園以外にも樹齢200年の一重枝垂れ桜の「糸桜」が出迎えてくれる『善福寺』での献茶式や、『有馬グランドホテル』内にある茶室『雅中庵』や念仏寺などで裏千家の茶会が催され、美味しいお抹茶が振舞われていますよ。

またマイナスイオンで心身ともにリフレッシュできる『鼓が滝』もおすすめスポット。

この滝がある『鼓が滝公園』は春の桜に初夏の新緑、夏のホタルに秋の紅葉と四季折々の自然の美しさを楽しめ、その一番奥にある鼓が滝は瀑布が反響する音がまるで太鼓を叩くようだった事からこの名前の付いた滝は、能の『鼓滝』の舞台ともなった場所です。

お土産探しにも最適な有馬温泉だからこそ出会えるお店

お土産探しにも最適な有馬温泉だからこそ出会えるお店

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神戸港開港以降様々な文化が混じり、華やかに文明開化を行い発展してきた神戸の文化は、もちろん有馬温泉にも根づいています。

そんな中でおすすめなのが、ついつい童心を思い出し大人も子供も楽しめる『有馬玩具博物館』。

ドイツのおもちゃを中心に世界各地から約4000点以上のおもちゃを集めた博物館には、懐かしいレトロなおもちゃから現代のおもちゃ、機械とは違うからくり人形などヨーロッパの温もりのあるおもちゃが展示してあり、実際に遊ぶことが出来るようになっていて、あっという間に時間が過ぎてしまいます。

この他にも『切手文化博物館』は江戸時代からある土蔵を改装した赤と青のポストが目印になっていて、日本の郵便が始まってから今日まで、様々な年代の切手が揃っています。
珍しい記念切手もあるので見ていて飽きません。

有馬温泉で有名なお土産なお土産物の一つに『人形筆(または有馬筆とも言う)』という絹糸を手で巻いて柄に美しい模様を作り、握って書こうとするとぴょこんと小さくカワイイ人形が飛び出るという物で、可愛いお土産物として高品筆で使い勝手の良さと「孝徳天皇」の奥さんが有馬温泉に入ったら子供に恵まれた事という由来から、人形筆は子宝のお守りとしても人気の伝統工芸品です。

しかし残念ながら現在唯一の人形筆の工房であり室町時代から続く『灰吹屋西田筆店』が2016年起きた火災に巻き込まれ工房をふくめて全焼してしまい、休業中となっています。
しかし伝統のある兵庫県の重要無形文化財にも指定され古くから愛されてきた人形筆を絶やしてはいけないと、地域の人々が再建に向けて頑張っています。

その様子はまるで様々な災害によって壊滅的ダメージを受けては力強く発展してきた有馬温泉そのもののようで、一日も早い復興と、可愛らしく美しい人形筆に出会える日を祈るばかりですね。

どんな災難にも負けないパワーがある有馬温泉

有馬温泉は約450年周期に大きな地震に見舞われていると言われていますが、それだけではなく洪水や火災など数々の災難を経験しています。

しかしそのたびに多くの人々が尽力しその歴史と伝統を守り、時には新しい文化を取り入れてきたからこそ現在のように人気観光スポットとしてたくさんの人に愛される温泉街として栄えてきたのではないでしょうか。

しっかりと腰を据えるも良し、ふらりと物のついでに立ち寄るも良しな有馬温泉は温泉以外にも豊かな自然と文化とグルメで溢れて、何度行っても飽きの来ない魅力が満載。

そんな神話まで遡る深い歴史と有馬の土地と温泉を大切に育んできた人々の気持ちが作り出す極上の時間で、日常につかれた心と身体をゆったりと癒してみてはいかがですか。

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