【沖縄】首里城近辺の世界遺産「玉陵」「識名園」そして重要文化財の街並み「首里金城町の石畳道」をお散歩

はいたーい!Churakoです。

今回は、首里城周辺の観光スポットをお届けしたいと思います。首里といえば首里城にスポットが当たりがちですが、

琉球王朝、第二尚氏のお墓である「玉陵(たまうどぅん)」や、個人的に首里城よりも好きな「識名園」(識名園は正確に言えば首里じゃないのですが……)。

この2つは、首里城と共に、「琉球王国の城(グスク)及び関連遺産群」として世界遺産登録されている史跡です。

それから、国の重要文化財に指定されている「首里金城町の石畳道」も歩いてきましたよ。

「首里金城町の石畳道」は、国の天然記念物でもある「大アカギ」の木がある「内金城獄(うちかなぐすくたき)」というパワースポットもあり見逃せない場所です。

それでは参りましょう~!

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1.首里の観光について-首里の観光名所へのアクセスについて詳細に書いてみました!

100586:1.首里の観光について-首里の観光名所へのアクセスについて詳細に書いてみました!

撮影/Churako

首里、と一言で言っても広い地域を差します(首里○○町という地名がたくさんあります)。

ここではアクセス方法別に解説していきますね!

1-1.沖縄都市モノレール「ゆいレール」の首里駅からのアクセスがやっぱり便利

1-1.沖縄都市モノレール「ゆいレール」の首里駅からのアクセスがやっぱり便利

image by PIXTA / 31346385

那覇市の中心を通る沖縄都市モノレール「ゆいレール」。

首里駅へは、国際通りの最寄り駅である、牧志駅からは11分。
那覇空港からは27分と、観光拠点からは一番アクセスしやすく、時間の計算もしやすいです。

モノレールで首里駅まで行って、そこから目的地へ徒歩もしくはタクシーやバスで向かうというのが、限られた時間を効率的に使うのに良い方法です。

首里駅からは玉陵までは徒歩で15分~程度で、充分歩けます。

金城町の石畳道は首里城・玉陵から近くなので、玉陵~石畳道までは徒歩でも大丈夫です。

しかし、識名園は首里駅から徒歩で30分はかかりますので、識名園に行きたい方はタクシーかバスの利用を検討してください。

個人的に首里でのレンタカー移動はあまりおすすめできないです。
(理由は1-4.をご覧ください。)

1-2.タクシーを使うことでより効率的な移動が可能に

100587:1-2.タクシーを使うことでより効率的な移動が可能に

撮影/Churako

首里は観光地なので、タクシーが首里駅の下をはじめ、あちこちに待機しています。

首里観光は歩く距離が長くなるので、暑い季節は熱中症予防のためにもうまく活用しましょう。

タクシーは1メーター550円です(2017年7月現在)。

運転手さんと交渉すればガイドもしてくれる……かも?

1-3.バスを使いこなせればもう沖縄観光の達人?

100588:1-3.バスを使いこなせればもう沖縄観光の達人?

撮影/Churako

交通費を節約したい人にはバスもおすすめ。

首里駅から首里城・玉陵・識名園・金城町石畳道など各要所にはバス路線があります。

以前は首里城をはじめとした那覇市内の観光スポットを巡る観光周遊バス「ゆいゆい号」というのがありましたが、

平成27年8月31日(月)をもって運行は終了しています。

バス停で検索ができるシステムがありますので、バス路線や最寄りバス停で調べてみてくださいね。

※注意※ 那覇バスターミナルは2018年3月末まで工事しており、その間ターミナル発着のバスは別のバス停に振替えになります。

(3)玉陵・金城町の石畳道(真珠道の上から下る場合)の最寄りバス停は「首里城前」もしくは「首里城公園入口」

【玉陵・金城町の石畳道を真珠道の上から下る場合】

首里城が近いのでこちらのバス停がおすすめ。

・沖縄バスの7・8番路線の首里城下町線に乗る場合は「首里城前」

・那覇バスの「首里城公園入口」

「市内線」は1・14・17番線・「市外線」は 46番線糸満営業所~西原営業所

【金城町の石畳道を中間地点から下る場合―大アカギ最短ルート】

・沖縄バスの7番路線 首里城下町線「石畳入口」にて下車

【金城町の石畳道を下から登る場合】

那覇バス15系統寒川線「石畳前」-本数が1日4本とすごく少ないです。

(4)識名園の最寄りバス停→「識名園前」

こちらは那覇バスのルートになります。

那覇から識名園に行くルートは、首里城方面は通らないので注意してくださいね

市内線(那覇バス)2・3・4・5・14番路線

・2番 識名・開南線 (県庁前が近い方はこちらから)

・3番 松川新都心線(おもろまち~安里から来る方はこの路線)

・4番 新川おもろまち線(おもろまち~国際通り~県庁前を通るルート)

・5番 識名・牧志線(県庁前~安里~国際通りを通るルート)

・14番 牧志開南循環線(首里~安里~県庁前を回って識名方面へ行くルート。
首里から乗ると相当遠回りなので注意)

1-4. 車・レンタカー

首里の観光に実はおすすめできないのが車・レンタカー。
以下にその理由を述べます。

◆道が狭い

首里は、一部の道路を除いては、とにかく道が狭く(なぜか電柱が道の真ん中付近までせり出していたり……)、一歩通行や行き止まり、さらには急こう配の坂が多いため、運転に不慣れな人には相当辛い道路状況です。

(「カーナビで近道♪」と思ったら、すれ違いできない急な坂道で対向車が大型車で死にそうになったことも経験あります……)

◆常に渋滞

首里は那覇インターが近く、交通の要所ということもあり、基本的に道が渋滞しています。

特に通勤時間帯は、バスレーンで通行止めの区間もあったりするので、要注意です。

バスレーンについては、警察がよく取り締まりをしており、レンタカーの人も容赦なく切符を切られますよ!(←私もかつて切られました)

◆駐車場がない・混んでいる

首里城近辺には駐車場がありますが、基本的に満車のことが多いです。

限られた時間であれば駐車場を探す時間がもったいないですし、ちょっと外れた場所に止めて歩くくらいなら、初めからゆいレールで来ればよかったと思うかもしれません。

特に金城町石畳道は坂道なので、いったん下ったら駐車場のあるところまで戻ることを考えると、一番車での観光がおすすめできない場所です。

さらに駐車場がほとんどありません。

とにかく、ゆいレールをはじめとした公共交通機関利用・もしくはツアーでの観光がおすすめなのが首里という街なのです……!

現場からは以上です。

1-5.首里観光のおすすめルート

長々とアクセスについて書きましたが、

個人的なおすすめルートは

(1)首里駅→玉陵まではタクシーもしくは徒歩

(2)玉陵の後、石畳道を上から歩いて下る

(3)下の「石畳入口」付近からタクシーで識名園へ

もしくはこの逆ルート(識名園から廻り、石畳を登って最後に玉陵を見るプラン)

です。
首里城観光を挟む場合は(1)の玉陵の前に入れてください。

泡盛工場見学がしたい人は(3)識名園の後、最後に入れる方が良いかと思います。

金城町の石畳は、下から登るとかなりきつい坂道なので、上から下り、下でタクシーを捕まえるのがおすすめ。
意外に流しのタクシーが走っています。

それでは、次の章からこのおすすめルート順「玉陵」-「金城町石畳」-「識名園」に紹介していきますね!

2.世界遺産「玉陵」(たまうどぅん)

100589:2.世界遺産「玉陵」(たまうどぅん)

撮影/Churako

世界遺産である玉陵まで到着しました。

玉陵と書いて「たまうどぅん」と読みます。
英語表記は「TAMA-U-DUN」です。

玉陵は世界遺産であるだけでなく、国の重要文化財・指定史跡でもあります。

世界的に有名な墓所の世界遺産としては、メンフィスとその墓地遺跡(つまりピラミッド群)、秦の始皇帝陵、タージマハルなどがありますが、

世界遺産になっている墓所というのは、世界でもたった58箇所、日本では実はここ「玉陵」のみです。

実はすごい史跡なのですよ。

2-1.玉陵の歴史

100590:2-1.玉陵の歴史

撮影/Churako

玉陵は1501年に尚真王(しょうしんおう)が、父の第二尚氏王朝の始祖、尚円王(しょうえんおう)の遺骨を改葬するために作り、第二尚氏王統の陵墓として使われていました。

明治時代の廃藩置県により、琉球王国は沖縄県と名前を変え、国王一家は東京に移住することになりました。

玉陵には、琉球王国最後の国王であった尚泰(しょうたい)の長男である尚典侯(しょうてんこう)に至るまでの王と王妃、そして限られた親族の方が眠っているのです。

玉陵は沖縄戦でほとんど破壊されてしまいましたが、沖縄の本土復帰後、1974年から3年余りの月日をかけて修復工事が行われ、当時の姿を取り戻しています。

2-2.玉陵に入場します!

100591:2-2.玉陵に入場します!

撮影/Churako

玉陵は首里城から歩いてすぐです。
首里城の賑わいとは異なり、墓所ということもあるのでしょうか……ひっそりとしています。
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撮影/Churako

入り口で観覧券(300円)を購入します。
ちなみに、JALグループの機内で配られる「ちゅらナビ」を持っていくと、20%OFFになるそうです。

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撮影/Churako

受付事務所の地下には「玉陵史料館」がありますので、玉陵拝観前後に立ち寄ることでより知識を深めることができます。

冷房も効いていますのでおすすめ。

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撮影/Churako

玉陵までの道のりはそんなに長くはありません。

まっすぐな道が100メートルほど続いています。
両側には気が植えられ木陰が気持ちいいです。

2-3.かつては門番がいた東西の「番所」

100595:2-3.かつては門番がいた東西の「番所」

撮影/Churako

かつては、門の東西に「御番所(うばんしょ)」が置かれていました。

しかし入口手前の「西(いり)の御番所」は沖縄線で焼失してしまい、遺構すら残りませんでした。

現在は石碑を残すのみとなっています。

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撮影/Churako

奥にあった「東(あがり)の御番所」は基礎部分が焼失を免れたため、再建されています。

東の番所は葬儀の際に王の控え室としての役割も果たしたそうです。

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撮影/Churako

御番所の建物内には靴を脱いで上がることができるようになっています。

座敷には、戦前の玉陵の様子などの写真が展示されており、往時の様子を見ることができます。

2-4.いよいよ「玉陵」の門の中へ

100598:2-4.いよいよ「玉陵」の門の中へ

撮影/Churako

それでは、門をくぐります。

玉陵には門が2つあります。

かつては2つめの中門をくぐって、実際のお墓を見ることができたのは、王家とその近親者の方だけだったそうです。

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撮影/Churako

こちらは第一の門と中門(第二の門)の間の内庭にある玉陵碑です。

よく見ると文字が書いてあります。

玉陵碑には玉陵に入るべき人を定められており、条件を満たした人だけが玉陵に葬られているのだとか。

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撮影/Churako

こちらが中門。
高さは約150cmです。
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撮影/Churako

あえて高さを低く作っているのは、腰を折ってお辞儀をするように入るためとも言われています。

しかし狭すぎて、遺体を乗せた輿が通らないので、当時はお葬式の度毎に門を壊し、修復していたそうです。

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撮影/Churako

中門から見た玉陵の全貌。

沖縄に来たことがある方は、見かけたことがあるかと思いますが、沖縄のお墓はお家のような形をしており、一族の遺骨を骨壺に入れて中に安置するようになっています。

この独特な大きなお墓の形態は、その昔、遺体を白骨化するまで安置した風葬の習慣があったためとも言われています。

現在でも、お墓の前に親族が揃って先祖供養を行う「清明(シーミー)」をはじめとして、お墓の前に集うことが少なくありません。

そのため、沖縄のお墓は独特の進化を遂げてきました。

もちろん、玉陵はさすがに王家のお墓というだけあって、敷地面積もその大きさも圧倒的に大きいです。

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撮影/Churako

さて、玉陵には3つの墓室があるのですが、それぞれに意味があります。

(※墓室には入れません)

真ん中の中室は、洗骨前の遺骸を安置する部屋です。

遺体が白骨化するまで安置し、年月を経てから骨を洗い、“蔵骨器”と呼ばれる厨子のような立派な入れ物に入れてから、左右の部屋に埋葬するようになっていました。

中室に安置した遺骸の骨を取り出すタイミングは、次のお墓に入る人が出た時だったそうです。

左側の東室には王と王妃、右側の西室には玉陵碑に記された王族が葬られました。

現在では、最後の琉球国王の息子であった尚典侯(しょうてんこう)までの遺骨が納められています。

トータルのお墓の面積は2,442平方メートルもあるそうです。
私の家なら50軒くらい入りますね……

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撮影/Churako

こちらが遺骨を安置されている厨子の一例です。

それぞれの国王や王妃の蔵骨器については、受付事務所の地下にある「玉陵資料館」で見ることができます。

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撮影/Churako

どこに誰が入っているかの図解もされています。

しかし、沖縄戦で玉陵の西室を食料庫として使っていたため、混在して誰のものかが不明になってしまった蔵骨器も少なくありません。

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撮影/Churako

廟の上にたたずむ獅子像。

玉陵を守る獅子像は三体いて、東が雌、西が雄。
真ん中は性別不明だそうです。

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撮影/Churako

廟の前には階段がありますが、もちろん登ってはいけません。
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撮影/Churako

レリーフについては仏教や儒教における縁起ものが彫られています。

獅子に次いでアジア圏では幸福のシンボルである蝙蝠が多いのも特徴です。

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撮影/Churako

敷地内にある拝所。
今なお祈りをささげる人がいるということですね。

敬虔な気持ちで玉陵を後にしました。

次は、このまま首里金城町の石畳道に向かいます。

3. 首里金城町の石畳道を歩きましょう。

100610: 3. 首里金城町の石畳道を歩きましょう。

撮影/Churako

首里城から国場川の真玉橋に至る道は、かつて「真珠道(まだまみち)」と呼ばれ、首里城と那覇港方面を結ぶ主要な道路の一つでした。

国王が識名園に行幸する際にも使われた道路です。

沖縄戦で真珠道の大半は破壊されてしまったのですが、首里金城町に現存する238mの区間は戦災を免れ、

「首里金城町の石畳道」として、琉球王国当時の姿を現在に伝えています。

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撮影/Churako

沖縄県の指定文化財である他、「日本の道100選」にも選ばれている道です。

NHK朝の連続テレビ小説「ちゅらさん」ではこの地は撮影地になり、主人公はこの道沿いに自宅があるという設定

になっていました。

そのため、ご覧になった方も多いのではないでしょうか?

3-1.首里金城町石畳道を首里城方面から下る

100612:3-1.首里金城町石畳道を首里城方面から下る

撮影/Churako

おすすめコースは首里城方面から真玉道~石畳道を下る道です。

石畳道はけっこう急な坂道ですので、スニーカーなどの歩きやすい靴で行くのがおすすめ

また、石畳道は太陽を遮るものがほとんどありませんので、暑い日は熱射病の可能性などもあります。

途中には自販機や休憩どころもありますが、日よけと水分補給の準備を万全にしてくださいね!

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撮影/Churako

この後に立ち寄る「石畳茶屋 真珠」にあったわかりやすい地図。

上から下まで一気に行き、下ったところの道でタクシーを拾うか、あるいは石畳入口までバスで来る

……というのが私のおすすめコースです。

その日の気候と体調と相談してくださいね。

たった286m、されど286m。

(私は取材のために往復しましたが相当辛かったです。
昔の人の体力はすごい)

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撮影/Churako

それでは真珠道の上から降りていきましょう。

最初は木陰がある大きな木立に囲まれた道を下っていきます。

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撮影/Churako

ハブ注意の看板。
沖縄の草むらには普通にいますので要注意です。

私も以前道を横切るのを見かけたことが……

3-2.石畳茶屋「真珠」で休憩

100618:3-2.石畳茶屋「真珠」で休憩

撮影/Churako

石畳道の上から下って行くと、すぐにこちらの石畳茶屋「真珠」があります。

せっかくですから休憩をしていきましょう。

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撮影/Churako

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撮影/Churako

メニューはこの通り。
お茶もスイーツもありますよ。
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撮影/Churako

取材当日は暑い日だったのでマンゴーかき氷をオーダーしました!

マンゴーがゴロゴロと入った贅沢なかき氷です。

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撮影/Churako

美味しくいただきました!

やっぱりくたびれた体には甘いものですね~!

(ここから先が長いのですが……)

石畳道を歩く際にはぜひ訪れたいカフェです!

英気を養ったところで、次に目指すのはパワースポット「内金城獄(うちかなぐすくたき)」と天然記念物の大アカギです!

3-3.パワースポット!「内金城獄(うちかなぐすくたき)」「首里金城の大アカギ」へGO!

100623:3-3.パワースポット!「内金城獄(うちかなぐすくたき)」「首里金城の大アカギ」へGO!

撮影/Churako

真珠道を下ると、いったん通りに突き当たります。

この通りは「赤マルソウ通り」と呼ばれており、「石畳入口」バス停はこの通りにあります。

かつてこの通りに、オリオンビールの母体となったという「赤マルソウ」という会社があったことから名付けられました。

(赤マルソウは、現在は移転して糸満市にあるそうです)

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撮影/Churako

赤マルソウ通り沿いにある「首里金城の大アカギ」の石碑。

(なんと天然記念物です!)

横にある細い通りから、ダイレクトに大アカギのある場所「内金城獄(うちかなぐすくたき)」に行くことも出来ますが、

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撮影/Churako

ここはやはり石畳を歩いていくことにしましょう。
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けっこう急です。
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撮影/Churako

石畳道周辺にある文化財がわかる地図。
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撮影/Churako

下っていくと、「こちらが大アカギだよ」、と言う看板があります。

私がはじめて来たころは何もなかったのですが、有名になったからでしょうか。

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撮影/Churako

住宅街の細い道を進んでいきます。
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撮影/Churako

奥にはこのように開けた場所が。
周りの暑さが嘘のように静かで澄んだ空気が広がっています。

ここが「内金城獄(うちかなぐすくたき)」です。

街中にも関わらずひっそりとした不思議な空間となっています。

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撮影/Churako

そしてこの奥には、

樹齢300年を超え、旧暦の6月15日にこの木に神様が降りられ、願いを1つだけ叶えてくれると言われる大アカギがあるのですが……

現在は保護のため、柵ができてしまって近寄れないようになっています。
柵の向こうから静かに見守りましょう。

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撮影/Churako

かつて柵がなかった時に、近くまで行った写真を貼ってみますね。

2014年に撮ったものです。
木の根元の穴は、祠として使われていました。

近づいてみると。
とっても神々しさとパワーをを感じる大木でしたよ。

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撮影/Churako

境内には、他にも戦火を逃れた大アカギの木が6本残っています。
樹齢200年を超えているものだそうです。

かつて、アカギは沖縄では良く見られる木だったのですが、沖縄戦でほとんど焼けてしまいました。

首里城の近くでありながら、戦火を免れたこのアカギ群は奇跡的な存在といえるでしょう。

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撮影/Churako

奥には別の拝所も。

沖縄には旧暦の12月8日に、月桃の葉でくるんだお餅を食べる「ムーチー」という行事があるのですが、

内金城獄はその風習の発祥の地と言われています。

首里金城町の石畳道から少し入ったこの場所では、まさにパワースポットと言われるにふさわしい神秘的な空気を感じられます。

ぜひ行ってみてくださいね。

3-4.休憩スポット「金城村屋」で一休みして金城町の石畳道を踏破

100641:3-4.休憩スポット「金城村屋」で一休みして金城町の石畳道を踏破

撮影/Churako

さてどんどん下に行くと…おや、たまたまテレビ取材の一団に出くわしました。

この場所は金城村屋といって、民家を模した休憩所です。

石畳道の真ん中位にあり、お手洗いもあります。

休憩所だけでなく、近所の子供たちの遊び場など、公民館的な役割も果たしている場所なのです。

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撮影/Churako

金城村屋の前には、大きなガジュマルの木が。

金城町の石畳道は日影がほとんどない道なので、この木の存在はありがたいです。

昔の人もこの木の下で涼んだりしたのでしょうね。

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撮影/Churako

ガジュマルの隣には水場もあります。

ここは「金城大樋川(かなぐしくうふふぃーじゃー)」と呼ばれ、村の共同の井戸だった場所です。

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撮影/Churako

無事に1番下まで到達しました。
入り口前の写真でポーズ。

ちょうどこの降りたところは、道幅が広くなっていて、タクシーなども捕まえやすいです。

しかし私は上に車を駐車しているので、この炎天下の中戻らなければなりません……

がんばります。

4. 美しい庭園で癒される!世界遺産「識名園」へ

100645:4. 美しい庭園で癒される!世界遺産「識名園」へ

撮影/Churako

さて、今回最後のスポット「識名園(しきなえん)」です。

識名園の入り口には大きめの駐車場(無料)がありますので、識名園だけに来るのであれば車が楽ちんでおすすめ。

しかし、首里城や金城町の石畳道も一緒に回りたいと言う方には、

レンタカーよりもモノレールなどの公共交通機関を効率的に使うことをおすすめします。

よく首里城と識名園は場所が近いように思われていますが、実際に歩くにはかなり辛い距離なので、

無理しないでくださいね~

なお、識名園の開園時間は

4/1~9/30まで…9:00~17:30

10/1~3/31まで…9:00~17:00

毎週水曜がお休みです。

水曜日が休日・若しくは「慰霊の日」である6/23の場合はその翌日がお休みになります。

識名園の入場料は大人400円

こちらも「玉陵」と同じくJALの「ちゅらナビ」で割引がありますよ。

4-1.識名園の歴史

4-1.識名園の歴史

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1799年に作られた「識名園(しきなえん、シチナヌウドゥン)」は、琉球王家にいくつかあったもののうち最大の別邸で、その広さは41,997平方メートルル、約12,726坪。

当時の琉球王国は、中国の清王朝の冊封国でしたので、識名園は冊封使の接待にも使用されました。

王家の迎賓館的な位置づけの建物だったようです。

美しい庭園は、大きな池を中心とした廻遊式庭園となっており、、琉球・日本・そして中国の造園スタイルが取り入れられています。

4-2.識名園を歩いてみよう

それでは、識名園を4つのパートに分けてご案内しますね!

(1)入口~御殿までは木陰が気持ち良い散策路

100646:(1)入口~御殿までは木陰が気持ち良い散策路

撮影/Churako

順路に沿って歩いていきましょう。
庭園にたどり着くまではこのような林の中を抜けていきます。
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撮影/Churako

こちらは「番屋(ばんや)」といって、お付きの人の詰所であったと言われています。
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撮影/Churako

識名園の入口は後から作られたもので、

当時はこちらの正門と手前にある通用門の2つが識名園の入口でした。

国王の一家や中国からの冊封使などは正門から、それ以外の方は通用門から出入りしたそうです。

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撮影/Churako

整備された石畳を歩いて行くと、道が開けてきました。
100650:

撮影/Churako

識名園の池が眼前に広がります。

池の水が空や木々を反射して美しくきらめいています。

(2)御殿(うどぅん)の縁側からお庭を眺める

100651: (2)御殿(うどぅん)の縁側からお庭を眺める

撮影/Churako

石垣の道を抜けると現れるのが「御殿(うどぅん)」です。

赤瓦屋根で、当時の上流階級のみに許された格式のある木造建築に、民家風の趣を取り入れています。

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撮影/Churako

御殿の中は靴を脱いで上がって見学することができます。

御殿には15の部屋があるのですが、こちらは中国からの冊封使を迎えた一番座です。

二番座、三番座と続いています。

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撮影/Churako

一番座からの景色。
この庭の風景は私が沖縄で好きな景色の1つです。
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撮影/Churako

それでは御殿の裏側にまわってみます。

裏には、部屋のほかに台所などもあります。

当時はここで国賓に出すお料理などが作られていたのでしょうか。

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撮影/Churako

御殿の縁側に座ってのんびりと庭を眺めていたいところですが、メインのお庭に出かけますよ~

(3)池を中心とした廻遊式(かいゆうしき)庭園を散策

100656:(3)池を中心とした廻遊式(かいゆうしき)庭園を散策

撮影/Churako

それでは庭を歩いてみましょう。

この日は快晴でとても暑い日だったのですが、太陽がまぶしく照りつけるほどに、池の水に反射して景色がとても美しく映えるのです。

池には橋が二つかかっています。

どちらも橋の中央が高いアーチ形で中国風のデザインですが、手前は琉球石灰岩をそのまま使い、奥は切り出した石を組み合わせた橋になっています。

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撮影/Churako

橋を渡って左に曲がると「六角堂(ろっかくどう)」があります。

六角堂は、池に浮かぶ小島に作られた、六角形をした東屋です。

島には一つ石で作られた琉球石灰岩のアーチの橋を渡っていきます。

東屋の周りには柱が立っており、柱の上に屋根がしつらえられていますが、屋根の形や瓦の色に中国の趣を感じさせます。

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撮影/Churako

東屋と言いつつ、ちゃんと部屋になっています。

中には入れないのが残念。

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撮影/Churako

池の向こうから六角堂と御殿。

本当にこの日は空がきれいでした。

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撮影/Churako

池のほとりまで来ました。
ここは「船揚場(ふなあげば)」です。

昔はここから船を浮かべて船遊びを楽しんだのだとか。

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撮影/Churako

金城町の石畳道に続き、識名園にもハブに注意の看板があります。

ハブは沖縄では大変メジャーな存在で、その辺の草むらにうっかり入ってしまうとかまれると言う被害がよくあるのです。

本当に気を付けてくださいね!

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撮影/Churako

石橋と御殿。

どこから切り取っても絵になる庭にうっとり。

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撮影/Churako

「滝口(たきぐち)」

溢れた池の水が、石作りの掛樋から勢い良く落ちる様を眺めることができます。

かつてこの側にも東屋があって、夏場の涼み場所になっていたそうです。

取材前日はちょうど雨だったので、滝口から水が落ちる涼しげな様子を眺めることができましたよ。

ここでお庭の散策を終え、今度は少し登って勧耕台(かんこうだい)を目指します。

(4)どこからも海が見えない!?識名園の秘密

100664:(4)どこからも海が見えない!?識名園の秘密

撮影/Churako

順路に従って階段を上って行きます。

舗装はされていますが、階段の大きさもなかなかバラバラな感じですよ。

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撮影/Churako

坂の上には池はなく、南国の木々が植えられています。
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撮影/Churako

展望台のようなところに出ました。
「勧耕台(かんこうだい)」です。

東屋があって那覇から南の景色を眺めることができるようになっています。

かつて、王はここから手入れされた田畑を眺め、民に感謝したと言われています。

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撮影/Churako

勧耕台(かんこうだい)の東屋の中から。

沖縄の展望台といえば、海が見えるのがポイントなのですが、識名園からは海が一切見えないように作られています。

中国から来た冊封使たちが、識名園を訪れた際に、琉球という島の大きさをより大きくイメージさせるように設計されたためだそうです。

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撮影/Churako

勧耕台から先はとっても広いスペースになっていて、登り口の狭さが嘘のようです。

これも錯覚を利用した仕掛けなのかもしれませんね。

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撮影/Churako

木立の隙間から街の風景を見ることができるのですが、

やはりここからも一切海は見えません。

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撮影/Churako

南国の植物園のような風景が広がっています。
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撮影/Churako

こちらは「キンシチク」といって、金色の胴体を持つ珍しい竹です。
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撮影/Churako

バナナのような木がありますが、これは芭蕉(ばしょう)。

芭蕉の葉の繊維から織られる「芭蕉布」は沖縄の特産品ですが、非常に効果で貴重な布なのです。

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撮影/Churako

広場をぐるっと一周すると、今度は下りになります。
元の庭園の入口に戻るのです。
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撮影/Churako

識名園には「イヌマキ」という木が多く植えられています。

イヌマキのまっすぐ伸びるという特性をいかし、識名園の再建の際に柱の木材として多く使われたそうです。

復元時には必要な材木が足りなかったので、本土からも取り寄せしたといいます。

現在、首里城の新たな修復が進んでいますが、そのための木材はやんばる(沖縄本島の北部地方)でも育てているそうです。

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撮影/Churako

識名園の散策、いかがでしたか?

首里城とは違った趣の識名園、豪壮華麗な首里城が金閣なら、シンプルで自然と調和している識名園は銀閣に例えらるのではないかと思っています。

首里に訪れた際は、ぜひ行ってみてくださいね!

おまけ:首里の泡盛工場見学も楽しいですよ!

おまけ:首里の泡盛工場見学も楽しいですよ!

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かつて泡盛は「首里三箇」と呼ばれる、鳥堀町・赤田町・崎山町のみで製造が許されていました。
そのため、首里城近辺には古くから続く泡盛工場がいくつか残っています。

首里観光ついでにぜひ試飲してみては?(もちろん運転手さんはNGですよ~)

工場見学については、事前に電話などで問い合わせしてくださいね。

◆瑞泉酒造

◆識名酒造

◆咲元酒造

◆瑞穂酒造

参考:沖縄県酒造組合「泡盛百科」

◆泡盛館

工場ではありませんが、古くから続く泡盛の歴史とコレクションなどを見ることができます。

首里城だけではもったいない!首里の街歩きを楽しもう!

100676:首里城だけではもったいない!首里の街歩きを楽しもう!

撮影/Churako

首里観光といえば、首里城を見て終了という方も多いと思いますが、

首里城近辺はかつて王都としてさかえた街だったこともあり、街歩きをすると趣のある景色に出会うことができます。

現在でも首里の方たちは自らを「首里人(シュリンチュ、スリンチュ)」と称し、首里という街に誇りをもって暮らしているそうです。

その意識が、首里の景観の美しさにも通じているのだと思います。

せっかく沖縄観光に来たのであれば、ぜひ首里城周辺にも足を延ばしてみてくださいね!

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