中国の世界遺産を全部解説!52件の世界遺産、あなたはどれが好み?

中国の世界遺産は、2017年時点で文化遺産が36件、自然遺産が12件、複合遺産は4件で、合計52件あります。中国は、イタリアに次いで2番目に多くの世界遺産が多い国。しかも、もしかしたらまだ、見つかっていない遺構や遺跡がたくさん眠っているかもしれないという、底知れぬパワーを秘めた国でもあるのです。そんな中国の世界遺産を今回は贅沢にもイッキ見!北京周辺に見どころが集まっている史跡名刹を皮切りに北、東、南、西と渦巻状に巡る旅に出かけましょう!

北京市周辺の世界遺産

01)世界有数の巨大建築「万里の長城」(1987年登録)

01)世界有数の巨大建築「万里の長城」(1987年登録)

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もはや説明不要。
世界最大の建築物にして中国一有名な観光スポットと言っても過言はないでしょう。

現存する個所だけでも総延長約6000㎞とも言われ、見どころ多数。
秦の始皇帝によって作られたと言われることが多い万里の長城ですが、実はそれより前の時代から、北方騎馬民族の侵入を防ぐための壁や土塁はあちこちに作られており、それらをつなげて整備したことで、始皇帝の功績として伝えられるようになりました。
さらにその後も、中国大陸に巨大な王朝が誕生するたびに長城は修復・追加延長され続けたため、現在に残るような巨大建築物となっていったのです。

1500年以上もの年月をかけて築かれた万里の長城。
時代や場所によって、その表情は様々です。
中でも都市部からのアクセスの良さなどから観光の定番とされているのが、北京近郊にある「八達嶺長城(はったつれい)」。
明王朝時代に築かれたものと考えられています。
山の合間を縫うようにして延びる長城の姿はまるで地を這う龍のよう。
ロープ―ウェイなども完備されており、人気スポットなので混雑必至です。

02)権力の象徴!「明・清王朝の皇帝墓群」(2000年登録、2003年・2004年拡大)

02)権力の象徴!「明・清王朝の皇帝墓群」(2000年登録、2003年・2004年拡大)

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明・清王朝時代の皇帝のお墓は、中国各地に点在しており、どれも荘厳で重厚、当時の建築技術を知ることができる貴重な遺構と見られています。
その歴史的価値が認められ、2000年にまず湖北省の明顕陵と河北省の清東陵・清西陵の3カ所が世界遺産となり、2003年には北京郊外にある明の十三陵と江蘇省の明孝陵ならびに周辺の墓群が拡大・追加登録。
2004年にはさらに遼寧省の清永陵、清福陵、清昭陵を追加。
中でも明の十三陵は、北京中心部から北西に50㎞ほどの場所にあるため、観光スポットとしても大変人気です。

十三陵は明の第三代永楽帝など13人の明代皇帝の陵墓群で、天寿山の麓に広がる広大な敷地の中に巨大な棺を始め多くの遺構が残されています。
あまりに広すぎて、墓と言うより宮殿のよう。
どの陵墓も豪華で、明の皇帝の権力の大きさをうかがい知ることができます。

03)どこまでも美しい庭園「頤和園」(1998年登録)

03)どこまでも美しい庭園「頤和園」(1998年登録)

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頤和園(いわえん)は、北京の西北およそ10kmの位置にある、中国屈指の名園と呼び声高い広大な庭園公園です。
その敷地面積はなんと約290万平方メートル。
東京ドーム60個以上もの広さを誇ります。

1750年、清朝第六代皇帝の乾隆帝が母の還暦を祝うために設えた庭園で、人工の湖「昆明湖」を中心に大小さまざまな宮殿が立ち、湖を掘った土で作られた万寿山には頤和園のシンボル仏香閣(ぶっこうかく)がそびえ立っています。
20mの基壇の上に立つ高さ36m、八角三層の美しい塔は一見の価値ありです。

そんな名園も、清国の国力の低下、さらにはアヘン戦争の影響で荒廃。
19世紀後半に西太后の隠居後の居所として一層豪華に再建され、再び息を吹き返します。
中華人民共和国が成立した後は中国共産党の施設となった時期もありましたが、1953年以降、公園として一般に開放されるように。
時の権力者たちの力の強さを肌で感じ取ることができる名園は、今日も多くの観光客で賑わっています。

04)その広さ世界最大級「北京と瀋陽の明・清王朝皇宮」(1987年登録、2004年拡大)

04)その広さ世界最大級「北京と瀋陽の明・清王朝皇宮」(1987年登録、2004年拡大)

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中国の最も有名な観光地のひとつであろう「紫禁城」。
総面積およそ72万㎡、周囲を幅52mの堀と12mの高さの城壁で囲まれた、世界最大級の広さを誇る壮大な宮殿です。
元王朝が築いたものを明の永楽帝が改築し、1421年に北京へ遷都してから清王朝が終わるまでのおよそ500年間、皇帝の居城として使われていました。
有名な天安門は紫禁城の正門です。

現在は、故宮博物院という博物館として建物ごと一般開放され、数々の収蔵品と共に見学することができるようになっています。

世界遺産の登録としては、この北京の故宮に加えて、清王朝の離宮として使用されていた瀋陽故宮も2004年に追加登録されています。
面積はおよそ6万㎡で、北京の故宮に比べればそれほど広くはありません。
北京からだいぶ離れた場所にありますが、保存状態がよいことから、清国の歴史を知る貴重な資料として注目されています。

05)宇宙の声を聞く場所「天壇」(1998年登録)

05)宇宙の声を聞く場所「天壇」(1998年登録)

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北京市内から15kmほど離れた場所にある天壇(てんだん)公園。
「壇」とは皇帝が天帝(天・宇宙)と交信する施設のことだそうで、天壇は明、清王朝の皇帝が天に対して神を祀り豊作を祈る祭祀を行った神聖な場所であったと言われています。

敷地面積はおよそ270万㎡。
中には数多くの建築物が残されていますが、中でも最も目立つのが大理石の三層構造の円形の塔「圜丘壇(かんきゅうだん)」。
宇宙船を彷彿とさせるような独創的でユニークなデザインをしていて、観光客にも人気です。

湯治は神聖な場所とされていたため一般人は立ち入りできませんでしたが、現在は公園として一般に開放され、自由に見学可能。
祈りの場所として、城や宮殿とは異なる目的で建てられた建造物群はその昔そうであったように、今も神秘的な存在感を保ち続けています。

06)考古学好きならここ!「周口店の北京原人遺跡」(1987年登録)

06)考古学好きならここ!「周口店の北京原人遺跡」(1987年登録)

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北京周辺の遺跡というと中国王朝の宮殿や施設に目が行きがちですが、北京原人の存在を忘れてはなりません。

周口店(しゅうこうてん)は北京から南西に約50Kmほど離れたところにある村。
20世紀初頭、ここで約25万年前から50万年前のものと思われる原人の歯や骨が発見され、本格的な発掘調査が始まりました。

一方で周囲の山々は石材や石灰などの採掘場所としても知られており、20世紀半ばには多くの工場施設の建設の建設ラッシュが始まります。
この際、残念ながら多くの遺跡が失われてしまいました。

貴重な遺跡を守ろうという声が中国政府に届いたのは20世紀後半に差し掛かった頃。
工場群は別の場所に移転し、北京原人の遺跡は1987年に世界遺産に登録されました。

現在では、発掘の地は「周口店遺址公園」となっており、公園から徒歩10分ほどのところに遺跡の様子を展示した「周口店遺址博物館」があります。
紫禁城や天壇に比べると地味な印象ですが、登山気分で50万年前の遺跡を見てまわる観光客も多いそうです。

07)こんなものまで造っていた!「大運河」(2014年登録)

07)こんなものまで造っていた!「大運河」(2014年登録)

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中国の世界遺産はどれもスケールが大きいものばかり。
広さ、建物の大きさ、そして、長さ。
長い歴史遺産といえばまず万里の長城が頭に浮かびますが、もうひとつ、歴史上重要な役割を果たした”長いもの”があります。
北京から杭州まで、総延長2500kmにも及ぶ「大運河」です。

部分的には紀元前から存在していましたが、隋王朝の時代に本格的な整備が始まり、完成したのは610年とされています。
この運河の建設が隋の財政を圧迫し、反乱・衰退につながっていったとも言われていますが、大河によって南北が分断されがちな中国大陸に於いて、その後も重要な役割を果たしていくことに。
運河として物資の運搬はもちろんのこと、洪水を防いだり、周辺地域に水を供給したりと、中国歴代王朝の発展に欠かせない存在となっていました。
世界遺産に登録されているのは護岸改修が行われていない1000kmあまりの区間ですが、その土地その土地で様々な表情を見せてくれる大運河は世界遺産でありながら現在も現役の水路として活躍し続けています。

華北・東北の世界遺産

08)広大な草原で何を思う「高句麗前期の都城と古墳」(2004年)

08)広大な草原で何を思う「高句麗前期の都城と古墳」(2004年)

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高句麗とは、紀元前後、中国から朝鮮半島一帯を支配していた大国。
現在の北京市街地から北東方向、北朝鮮との国境にまたがるように広がる土地に、およそ2000年前、高句麗がおさめる領地が広がっていました。
広大な大地に高句麗時代の墓が7000以上も点在しており、そのうち中国側で世界遺産登録されたものは高句麗”前期”のものと位置付けられています。
北朝鮮側の古墳群も”後期”のものとして、同時に世界遺産に登録されました。

中国側の遺産に含まれるのは、五女山城、丸都山城、国内城の3つの城跡と、王墓とされる古墳14基、身分の高い者の墓とみられる古墳26基。
古墳の内側には神話などをモチーフにしたと思われる壁画がたくさん描かれており、今もなお、美しい色彩を保っていて、当時の様子を知る貴重な資料となっています。

古墳の多くは四角く切り出した大きな石を積み上げたもの。
最も大きなものは形も見事で「東方のピラミッド」と例えられるほどです。

09)心休まる皇帝の別邸「承徳の避暑山荘と外八廟」(1994年)

09)心休まる皇帝の別邸「承徳の避暑山荘と外八廟」(1994年)

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北京から東北方向に200km以上離れた街、承徳。
涼やかな気候が清王朝の歴代皇帝に愛され、夏の避暑のための離宮として「避暑山荘」が作られました。
山荘といってもそこは中国王朝。
敷地面積はおよそ560万㎡、100以上の建物が建てられ、10km以上もの塀が張り巡らされているという巨大施設。
1703年頃から80年以上もの歳月をかけて完成しました。
外八廟とは山荘のまわりを取り巻くように並ぶ寺廟群の総称だそうです。

スケールは大きいですが、建物は赤色が少なく、落ち着いた色合いのものが多いのが特徴。
自然の山や湖を利用して作られた景観は野趣あふれ、のどかで静かな時間が流れます。
皇帝はここで、涼やかで心落ち着く夏を過ごしたのでしょう。

10)史上最強の帝国が築いた都「上都遺跡」(2012年登録)

北京から北に約300km、モンゴル帝国(元王朝)第5代フビライ・ハンによってモンゴル高原(現在の内モンゴル自治区)に設けた都。
元王朝の夏の都であったとも言われています。
1275年にマルコ・ポーロが訪問したことで西洋にもその存在が広く知られるようになりました。
西洋ではザナドゥ(Xanadu)とも呼ばれています。
上都は中国だけでなく世界の政治や軍事の中心であり、国際性に富んだ大都市でだったのです。

そんな大都市も、幾度かの戦乱を経て焼き払われ、建物らしきものは残っていません。
広大な草原にかつてどのような都が広がっていたのか、現在、鋭意調査が進められているとのこと。
”蒼き狼”フビライ・ハンが見た光景の出現に大いに期待がかかっています。

11)果てしなき仏教芸術の世界「雲崗石窟」(2001年登録)

11)果てしなき仏教芸術の世界「雲崗石窟」(2001年登録)

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龍門石窟、莫高窟と並び、「中国三大石窟」と称される石窟。
中国山西省北部の大同市から西へおよそ16km、武周山南麓に突如として現れる、北魏時代(386年~534年)のものと思われる石窟寺院群が雲崗石窟(うんこうせっくつ)です。

東西1㎞にもわたって、現存するものだけでも大小合わせて250以上も岩穴が掘られていて、仏像の数は5万体を超えるとか。
中でも有名なのが露天大仏(釈迦三尊座像)。
高さ14m、力強い目と柔らかな顔の線、口元には笑みを蓄えた慈悲深い表情が印象的です。

他にもたくさんの石像・彫刻を見ることができ、岩穴ごとに年代が異なるのか、仏像の大きさ、形状、表情も様々。
見比べて歩くのもまた一興です。

12)遣唐使たちも目指した霊峰「五台山」(2009年登録)

12)遣唐使たちも目指した霊峰「五台山」(2009年登録)

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山西省東北部の五台県にある、仏教の聖地として古くから信仰を集めている霊山。
葉頭峰(海抜3,058m)を筆頭に、頂上が平坦な五つの峰から成り、北魏時代(386年~534年)から山中にたくさんの寺院が建てられ、最盛期には300以上もの寺があったと言われています。

都から遠く離れた険しい山にも関わらず、歴代王朝の皇帝も数多く訪れているという特別な山。
中国仏教だけでなくチベット仏教の聖地としても知られています。
そのためか、山の斜面を活かして建てられた建物はどれも個性的で多種多様。
平安時代や鎌倉時代には日本からも多くの僧が山の寺院を訪れ、研鑽を積んだのだそうです。

13)2700年前にタイムスリップ!「平遥古城」(1997年登録)

13)2700年前にタイムスリップ!「平遥古城」(1997年登録)

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平遥(へいよう)は山西省晋中市にある古い城塞都市。
紀元前、春秋・戦国時代に築かれ、2700年余りの歴史を持つ貴重な遺構です。
何度か改修は行われているものの、城壁だけでなく街中の様子まで明確にわかるほど保存状態がよく、古い時代の城と町の在りようを知ることができることから歴史的な価値が高いと評価され、世界遺産へ登録の運びとなりました。

内部には古城壁や様々な木造建築、寺院などが残り、さらに四合院(しごういん)という中国伝統的な建築方式の民家が300棟以上も。
これらの民家には現在も人が住んでいて、路地を歩いていると、まるで古い時代にタイムスリップしたかのような感覚に陥ります。

14)中国を代表する古代遺跡「殷墟」(2006年登録)

14)中国を代表する古代遺跡「殷墟」(2006年登録)

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中国最古の王朝と言われ、紀元前17世紀~前11世紀頃まで栄えたと考えられている殷(商)王朝の都の遺跡。
河南省安陽市を流れる川のほとりの24平方㎞ほどの広さの土地に、青銅器や玉、甲骨文字を記した亀甲など貴重な品々が数多く出土。
殷王朝は長年「謎の王朝」と呼ばれ、神話の中の国と考えられていましたが、19世紀末に偶然が重なってその存在が明らかとなり、本格的な調査が行われるようになりました。

殷墟が栄えていたのは今からおよそ3300年前。
日本はまだ縄文時代で、文字などまだありません。
そんな古い時代にこの地には大きな町が作られ、道が整備され、宮殿が建てられ、なんと車輪を用いた車まであったと考えられています。
高度な技術を持っていたと思われる殷王朝。
その実態を知るための貴重な遺産として、今もなお、発掘調査が進められています。

15)無数の石仏群は何を思うのか「龍門石窟」(2000年登録)

15)無数の石仏群は何を思うのか「龍門石窟」(2000年登録)

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河南省洛陽市の南にある龍門山と香山にある、北魏時代からおよそ400年ほどの歳月をかけて作られたと考えられている巨大な石窟。
莫高窟、雲崗石窟と共に中国三大石窟と称され、共に世界遺産として高く評価されています。

伊水という川の両岸。
山に囲まれた断崖絶壁およそ1㎞にわたって、17mにもなる巨大なものからわずか2㎝ほどの小さなものまで、大小10万体にも及ぶ仏像・石像が掘られています。
岩穴の数は2000以上とも言われており、対岸から引きで見るとまるで蜂の巣のよう。
船から石窟全体を見渡すツアーも人気があるのだそうです。

このあたりの石質は非常に硬く、彫塑には不向き。
小さな石像を彫りあげていくうちに技術が上がり、次第に大きな石像も造られるようになった、と考えられています。
長い年月をかけて作られた石窟。
時の流れを感じながら、石窟の内側の探索と川からの眺望、両方楽しみたいものです。

華東エリアの世界遺産

16)歴代皇帝も訪れた聖地「泰山」(複合遺産:1987年登録)

16)歴代皇帝も訪れた聖地「泰山」(複合遺産:1987年登録)

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泰山(たいざん)は山東省泰安市にある山で標高1,545m。
道教の聖地とされている五岳(ごがく:泰山、衡山、嵩山、華山、恒山)のひとつ。
紀元前、秦の始皇帝が「封禅」という儀式を行ったと伝わっており、以来、歴代王朝の皇帝たちによって封禅の儀式が行われてきた特別な山なのです。
山頂にある玉皇廟まで山間を縫うようにおよそ7,000段の階段が続き、山頂までロープ―ウェイが通るようになった現在でも、階段を上る観光客は多いのだとか。
途中には多くの石碑や社があり、それらを見学しつつ、深い緑に囲まれて無心になって上るのも一興。
歴代の皇帝たちは自分の足を痛めることなく、家臣に輿を担がせて山頂を目指したのでしょうが、目に映る景色はきっと同じ。
山頂から見る日の出や夕日はとても美しく、それ目当てで上を目指す観光客も多いのだそうです。

17)孔子ゆかりの地「曲阜の孔廟、孔林、孔府」(1994年登録)

17)孔子ゆかりの地「曲阜の孔廟、孔林、孔府」(1994年登録)

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中国山東省曲阜(きょくふ)。
この地は、春秋時代の中国の思想家で哲学者・儒教の祖とも言われる孔子(紀元前551~前479年)のふるさと。
孔子とその末裔を祀った孔廟(こうびょう)、その東側にある邸宅跡が孔府(こうりん)、そして墓地である孔林(こうふ)の3つを合わせて、孔子ゆかりの史跡として「三孔」と呼んでいます。

「廟」とは、祖先・先人の霊を祭る建物や社(やしろ)、祠(ほこら)などの総称で、儒家・思想家としての孔子の人気は中国にとどまらず、アジアには一時は2000以上もの孔子廟がありました。
もちろん日本にも東京の湯島聖堂や長崎の孔子廟などたくさん作られています。
「三孔」はその中でも最古・最大規模のもの。
孔子の弟子や、彼を慕う人々の手によって長年大切にされてきました。
その広さ・大きさは想像をはるかに超えるもので、孔子が中国に与えた影響の大きさを改めて実感することができます。

18)あの少林寺へ行きたい!「天地の中央」にある登封の史跡群(2010年登録)

18)あの少林寺へ行きたい!「天地の中央」にある登封の史跡群(2010年登録)

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河南省に聳える嵩山(すうざん)。
中国の道教の聖地とされる五岳のひとつで、古くから人々の信仰を集めてきた聖なる山です。
ここには「太室闕(たいしつけつ)」や嵩山少林寺など、紀元前200年頃から時代を超えて1000年以上もの長い歳月の間に建てられた歴史的価値の高い建造物が数多く残されています。

古代中国では、中国は天地の中央に位置するという宇宙観を持っており、天地の中心とはすなわち中国中原(現在の河南省一帯)であるとの考えが強くありました。
そこにそびえたつ嵩山は天地の中心に位置する聖なる山であると考えられ、仏教、儒教、道教など様々な建造物が数多く作られていったのです。

嵩山少林寺は少林武術の中心地として知られる名刹。
少林寺拳法は日本で始まったもので少林武術とはまったく別物なのだそうですが、それでも少林寺という名は日本人には馴染みの深いもの。
嵩山は広く、全ての史跡を巡るには数日かかる可能性もあるため、どこか1カ所選ぶなら嵩山少林寺へ行きたい、という観光客も多いようです。

19)水の都「蘇州古典園林」(1997年登録、2000年拡大)

19)水の都「蘇州古典園林」(1997年登録、2000年拡大)

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長江の下流に位置する江蘇省蘇州市。
市内を多くの運河が走り、「東洋のベニス」と称されるほど水の豊富な街には、池を配置した美しく落ち着いた佇まいの庭園がたくさんあります。
10世紀~20世紀初頭にかけて作られてきた庭園は、公共事業としてではなく時代時代の地元の有力者たちによって作られ、大切にされてきましたものがほとんど。
こじんまりとした小さな庭園も多く、豊富な水を巧みに利用し、この地ならではの美しい光景を作り出しています。

1997年に拙政園、留園、網師園、環秀山荘の4庭園が世界遺産に登録され、2000年に滄浪亭、獅子林など5庭園が追加されて、合計9庭園が世界遺産となりました。
中でも滄浪亭、獅子林、拙政園、留園は蘇州四大名園と呼ばれ、大変人気があります。
さらに拙政園と留園は北京の頤和園、承徳の避暑山荘とともに中国四大名園とも。
どんな名士が、どんな思いを込めて作った庭なのか想像しながら廻る観光客も多いようです。

20)まさに理想郷「杭州西湖の文化的景観」(2011年登録)

20)まさに理想郷「杭州西湖の文化的景観」(2011年登録)

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浙江省の古都杭州は古くから交易の港として栄えた大きな街。
そんな街にある西湖(せいこ)は、昔からその美しい光景が歌に詠まれるなど、多くの文化人から愛されてきました。

太古の昔、干潟だったところに砂や泥が堆積して湖になったと言われており、自然の島のほかに、人工的に作られた島も。
三方向を山に囲まれ湖に映る景色も美しく、周辺には堤防や塔などの建築物もたくさん残されています。
湖を取り巻く自然と建造物とが美しく溶け込み、「理想郷」とまで呼ばれるほど風光明媚な光景を作り出しているのです。

快晴の下でも観光はもちろん、西湖には霧雨や霞のようなお天気模様もマッチします。
朝も夕方も、時間によって様々な表情を見せる西湖。
繰り返し訪れる観光客も多いようです。

21)素朴で温かな町並み「安徽南部の古村落」(2000年登録)

21)素朴で温かな町並み「安徽南部の古村落」(2000年登録)

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安徽省黄山市には、まるで1000年前にタイムスリップしたかのような古い村落が残っています。
安徽南部(あんきなんぶ)の古村落。
北宋時代に建てられたとされる建物をはじめ、明・清王朝時代の町並みがそのまま、およそ3600棟がほぼ完全な状態で残っていて、当時の様子を知る貴重な文化遺跡となっています。
その中でも特に有名なのが西遞(せいてい)と宏村(こうそん)。
レンガと漆喰の白い壁に灰色の瓦屋根、中国伝統の建築方法で建てられた素朴で温かい家々が幾重にも連なり、村の至る所にある水辺にその姿を映します。
村の中を歩けば路地は迷路のように入り組んでいて、ロールプレイングゲームの世界に迷い込んだよう。
水墨画の中から切り取ったような美しい風景は、観光客のみならず中国の人々からも深く愛されています。

22)中国一の名山「黄山」(複合遺産・1990年登録)

22)中国一の名山「黄山」(複合遺産・1990年登録)

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安徽省にある黄山(こうざん)。
古来より「黄山を見ずして山を見たというなかれ」と言われるほどの景勝地として知られています。
中国の伝説上の王、黄帝がこの山で不老不死の薬を飲んで仙人になったという伝説があるそうで、唐王朝の玄宗皇帝が「黄山」と名付けたと言われてます。
1800m級の3つの峰を中心に70近い峰が連なり、山頂付近は雲や霧に深く覆われ、岩山とのコントラストが言葉にできないほど美しい。
水墨画はここから生まれたとも言われています。

泰山や嵩山と同様に、黄山も古くから宗教と結びついた聖なる山として崇められていました。
そのため、山の中には寺院や史跡も数多く残されています。

黄山は険しく霧が深いため、以前は簡単に観光できるような場所ではありませんでした。
しかし現在では観光ルートが整備され、ロープ―ウェイなども開通。
世界遺産に登録されたこともあり、誰でも気軽に雄大な景色を楽しめるようになりました。

華中エリアの世界遺産

23)死後も皇帝を守る精鋭たち「秦始皇帝陵及び兵馬俑坑」(1987年登録)

23)死後も皇帝を守る精鋭たち「秦始皇帝陵及び兵馬俑坑」(1987年登録)

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世界遺産となった中国の史跡旧跡の多くは、時の皇帝が権力を誇示するべく命じて作らせたもの。
永楽帝や乾隆帝、太宗や康熙帝など、史跡の名前と共に何度も登場する皇帝の名前も。
中でもとりわけ異彩を放つのが、紀元前の秦王朝を築いた始皇帝でしょう。
始皇帝にまつわる史跡は中国全土にたくさんありますが、その力の強さを後世にまで轟かせた史跡といえばやはり、陝西省西安にある始皇帝陵と兵馬俑(へいばよう)でしょう。

秦始皇帝陵は始皇帝の命で造られた大規模な陸墓で、その周辺一帯に一面を囲うように築かれたのが兵馬俑坑。
その面積はとても広く、兵馬俑坑だけでも2万㎡にもなります。
土の下からは陶馬が600体、武士俑(等身大サイズの成人男性の像)は約8,000体が発掘され、大変な話題となりました。
俑の身長は180㎝前後、屈強な体格で、今も始皇帝を守っているのだと考えられています。
1974年、井戸を掘っていた農民が偶然見つけたという兵馬俑。
40年以上経った今も発掘は続けられ、謎多き史跡。
始皇帝陵の発掘も進められているとのことで、全貌の解明に期待が高まっています。

24)唯一無二の美しさ「武当山古建築」(1994年登録)

24)唯一無二の美しさ「武当山古建築」(1994年登録)

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湖北省の北西に位置する十堰市にある武当山(ぶとうざん)。
古くから道教の山として崇められており、寺院など数多くの建築物が残されています。
中国・香港・台湾・米国の合作映画「グリーン・ディスティニー」の舞台となった場所としても有名です。
深く険しい山々と同化するように建てられた独創的な建物は実に神秘的で、中には「どうやって建てたのだろう?」と首をかしげたくなるほど切り立った崖の上に建っている建物も。
自然と建造物とが融合して美しい景観を作り出しており、特に日の出、日の入りの頃は”絶景”と呼ぶにふさわしい光景があたりを包み込みます。

25)世界最大!横たわる涅槃仏像「大足石刻」(1999年登録)

25)世界最大!横たわる涅槃仏像「大足石刻」(1999年登録)

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横たわった巨大な大仏像と、まわりを埋め尽くすかの如くちりばめられた石像の数々。
唐代末期から宋代、およそ200年もの歳月をかけて彫られたというそれら石像の数は5万体余り。
雨風にさらされながらも彩色が色鮮やかに残っており、得も言われぬ美しさ。
人はそれらを「大足石刻(だいそくせっこく)」と呼びます。
人々の生活の様子などを記したとされる石像が多く、生き生きとしていて、今にも動き出しそうなほど細かく精巧。
歴史の知識がなくても、ただ鑑賞しているだけでも訪れた甲斐があるとして、幅広い年齢層の観光客に支持されています。

26)奇跡の風景「武陵源の景観と歴史地域」(自然遺産・1992年登録)

26)奇跡の風景「武陵源の景観と歴史地域」(自然遺産・1992年登録)

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一体どうやってこんな形の岩山が形成されたのか。
疑問に思わずにはいられないほど不思議な形をした岩山が3,000以上も連なっている山岳地帯。
湖南省と四川省の境に位置する武陵源です。

主役は何といっても天に延びるように細長く、天に向かってまっすぐ伸びた無数の石柱群。
3億8000万年前の地殻変動によってできたとされる奇観は”仙境”と呼ぶにふさわしい。
人々を寄せ付けない荒々しい岩山は近年まで、少数民族だけが暮らす辺境の地でした。
そのことが幸いし、手つかずの大自然がそのままの姿で残っています。

27)仙人が暮らす山「廬山国立公園」(1996年登録)

27)仙人が暮らす山「廬山国立公園」(1996年登録)

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廬山は江西省九江市にそびえる標高1543mの仏教霊山。
伝承によれば古代、殷周の時代に匡という苗字の7兄弟がいて、この地に粗末な小屋を建てて隠居生活を送った後に仙人になり、その小屋が山になったのだとか。
これが廬山だと言われています。

仙人の小屋とはよく言ったもので、山々は雲に覆われ涼やかで、滝や泉、奇妙な形をした石が数多く分布していて、神秘的な景観。
著名な詩人や画家も数多くこの地を訪れており、陶淵明、李白、白居易などもこの地にちなんだ作品を残しています。

夏は涼しく、国内有数の避暑地としても有名で、毛沢東や蒋介石が別荘を持っていたこともあったそうです。

28)自然豊かな霊峰「三清山国立公園」(自然遺産・2008年登録)

28)自然豊かな霊峰「三清山国立公園」(自然遺産・2008年登録)

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中国上海市の南西約450km、江西省の東部に位置する道教ゆかりの山で、玉京峰、玉虚峰、玉華峰の3つの峰から形成されています。
この3峰が高く険しく秀麗であったため、まるで道教の三清(元始天尊、霊宝天尊、道徳天尊)が上場に座っているように見えたことから、三清山と呼ばれるようになりました。
最高峰の玉京峰は標高1800mを超える険峻です。

ここには2000種以上もの植物、1700種以上の野生動物生息しており、東アジアでも珍しい多種多様な生物環境が形成されています。

29)神秘の渓谷で川下りを「武夷山」(複合遺産・1999年登録)

29)神秘の渓谷で川下りを「武夷山」(複合遺産・1999年登録)

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中国の世界遺産には、山々の険しさや幽玄な景観が高く評価された山が数多く登録されています。
福建省北部の美しい風景、36の峰からなる武夷山(ぶいさん)もそのひとつです。

赤色砂岩の岸壁、峡谷や渓流、人を寄せ付けない勇壮な山岳地帯として知られる武夷山は、古来より山水の名勝地として知られています。
武夷山の合間を縫うように続く全長60kmの渓谷「九曲溪」、武夷山で最も高い標高400mの峰「天遊峰」。
天遊峰は頂上まで登ることが可能で、この頂上から見る九曲溪はまさに絶景。
景観を楽しみながらの九曲渓での川下りも観光客の人気を集めています。

30)突然現れた謎の建造物「福建土楼」(2008年登録)

30)突然現れた謎の建造物「福建土楼」(2008年登録)

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福建土楼(ふっけんどろう)とは、福建省南西部の山岳地域に点在する土楼群。
土楼とは、12世紀から20世紀にかけて、北方からの移民、客家(ハッカ)が一族で居住するための集合住宅です。

人里離れた山間ののどかな田園風景の中に突如現れる円形、楕円形、方形と様々な形をした巨大建築物群。
福建省ではこうした建造物が3万棟近くも見つかっているのだそうです。

福建土楼は一族の結束を示すかのような強固な造りで、分厚い壁に覆われた建物の内側にびっしりと部屋が並んで、中央には広場や水場が。
大きなものは直径70mにもなり、数十世帯が共同生活を送っていたものと思われますが入り口はひとつしかありません。

衛星写真を見てアメリカ政府が核ミサイル基地と勘違いしたとの逸話もあるほど。
近年、このミステリアスな建造物の人気が高まっており、市街地から遠い場所であるにも関わらず、多くの観光客が足を運んでいるのだそうです。

31)赤く燃える山々「中国丹霞」(自然遺産・2010年登録)

31)赤く燃える山々「中国丹霞」(自然遺産・2010年登録)

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目の前に連なる山肌が燃えるように赤かったら?始めて見る人は自分の目を疑うかもしれません。

中国丹霞(ちゅうごくたんか)は中国南部に残る赤い堆積岩が織り成す地形と景観。
かなり広範囲に渡って世界遺産に認定されており、訪れる場所によって見られる風景も様々です。

丹霞とは、日本では夕焼け雲などを指す言葉ですが、中国では赤い堆積岩が織り成す独特の地形のことを言うのだとか。
ジュラ紀から新第三紀に形成されたとされる地形が、亜熱帯気候による雨で侵食・隆起を繰り返し、独特の景観を作り上げていったものと考えられています。

果てしなく続く荒々しい岩山の表面が一面、赤、黄、青など鮮やかな色が織り成すストライプ模様!この世のものとは思えない景観は21世紀に入ってから知られるようになったもの。
徐々に観光地としての整備が進められていて、絶景を一目見ようと観光客も増えてきているそうです。

32)麗しの都市「マカオ歴史地区」(2005年登録)

32)麗しの都市「マカオ歴史地区」(2005年登録)

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幅の広い長い石段を登ると、そこには石造りの美しい大聖堂。
でも正面だけ、裏側は?

マカオのシンボル、聖ポール天主堂跡の写真を見たことがある人も多いはず。
1602年にポルトガルのイエズス会によって建てられたアジア最大のカトリック教会でしたが、1835年の火事により消失。
ファサード(建物の正面部分)だけが残り、倒壊の危機を乗り越えつつ保存されてきました。

この聖ポール天主堂跡を中心に、30箇所もの建物や広場、ポルトガル統治時代の街道や町並みがまるごと世界遺産となって保存されています。
町を歩けば、中国と西洋が交差する活気あふれる当時の様子を思い描くことができます。

33)静かな山間に佇む高層建築「開平楼閣と村落(2007年登録)

33)静かな山間に佇む高層建築「開平楼閣と村落(2007年登録)

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広東省の開平市には、中国と西洋の建築様式が混在する独特の高層建築物がひっそりと建っている静かな村落があります。
開平楼閣(かいへいろうかく)と呼ばれるその建築物は現存するものだけでも優に1,800棟を超え、そのうち、三門里、自力村、馬降龍、錦江里の4村にある計20棟が世界遺産として登録されました。
明王朝時代に建てられたものだそうで、盗賊たちから身を守るため、水害被害から逃れるためにこのような高層建築物が必要だったのではないかと考えられています。

緑深い山奥の村落に不思議とマッチする、西洋の様々な文化洋式が入り混じった建物群。
中国で、ひと味違った史跡を見学したい!と思ったら、是非足を運んでみてください。

西北エリアの世界遺産

34)済んだブルーの棚田「九寨溝の渓谷の景観と歴史地域」(自然遺産・1992年登録)

深いエメラルド色に輝く、どこまでも澄み通った湖。
透明度の高い青い水を蓄えて連なる無数の棚田。
四川省北部のアバ・チベット族チャン族自治州九寨溝県にある「寨溝(きゅうさいこう)」は、原生林が生い茂った50kmほどの長さの渓谷に100余の大小様々な湖や滝がひしめき合う、神秘的な魅力を持った景勝地です。

標高4000mを越える険しい山々が広がる山岳地帯でもあるこの地域は数億年前、海底が隆起してできた大地。
長い年月をかけて隆起・侵食を繰り返し、石灰を含んだ地下水が湧き出して堆積した結果、棚田のような地形ができたのだそうです。

は透明度が高く、堆積した石灰岩の成分は日の光を浴びて青やオレンジなど鮮やかな色彩を放ちます。
晴れた日には滝のしぶきの向こう側に虹がかかることも。
地球の奇跡が生み出した絶景、これぞ別天地です。

35)自然が生み出した奇跡の景観「黄龍の景観と歴史地域」(自然遺産・1992年登録)

35)自然が生み出した奇跡の景観「黄龍の景観と歴史地域」(自然遺産・1992年登録)

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「九寨溝の渓谷の景観と歴史地域」の近くにもうひとつ、石灰岩層が棚田のような地形を作った美しい湖沼群があります。

黄龍(こうりゅう)とは中国西南部、四川省から甘粛省にかけて連なる岷山山脈の一部、玉翠山(標高5100m)から北に向かって伸びる渓谷。
全長7.5km、九寨溝と同じく、数億年前から氷河期を経て隆起と侵食を繰り返し、流れ込んだ石灰成分が作り出した奇跡の景観です。

やや黄色がかった石灰岩が何層にもうねり連なる様子は、黄色い龍が山を登っていく姿に例えられることも。
湖底の沈殿物が日の光を受け、時間帯によって緑、黄、青、白、黒など様々な色に変化し多彩な表情を見せる「五彩池」は、黄龍風景区一番の見所と言われています。

36)シルクロードと共に歩んだ仏教の聖地「莫高窟」(1987年登録)

36)シルクロードと共に歩んだ仏教の聖地「莫高窟」(1987年登録)

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龍門石窟、雲崗石窟と共に中国三大石窟に数えられる莫高窟(ばっこうくつ)。
古代シルクロードの交通要所として栄えた敦煌。
その近郊、西に砂漠を控えた鳴沙山の麓の断崖に、およそ1600mに渡って500以上もの大小様々な石窟が。
中には鮮やかに彩られた壁画や石像が安置され、多くの僧たちが修行や祈りのためにこの地に留まった様子を垣間見ることができます。

莫高窟の始まりは五胡十六国時代と言われており、366年頃から元王朝までの1000年にも及ぶ期間、めまぐるしく変わる俗世と分かつかのように石窟は造り続けられてきました。

安置されている石像は2000を超え、どれも色鮮やかに彩色されていて、極楽浄土とはこういうことなのかと肌で感じることができるほどの壮大さ。
また、莫高窟のシンボルともなっている九層楼は高さ43mの窟檐(くつえん・石窟の入り口となっている建物)。
岩山と一帯になった勇壮な建物は見応え満点です。

37)雪解け水が多くの命を育む「新疆天山」(自然遺産・2013年登録)

37)雪解け水が多くの命を育む「新疆天山」(自然遺産・2013年登録)

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中国、キルギス、カザフスタンなど複数の国にまたがる天山山脈。
その中で、中国、新疆ウイグル自治区に属する4つの自然保護地区は、壮大で美しく、多彩な顔を見せる山岳景観や独自の生態系を持っています。
新疆天山(しんきょうてんざん)は三角形に切り立つ山頂や雪を抱く連峰、山を映す湖など、スイスの山々を彷彿とさせるところから「中国のスイス」と呼ばれることもあるのだそうです。

天山に降り積もった雪は、長い歳月をかけて周辺の砂漠を潤し、多種多様な景観と生態系を作り出しています。

西南エリアの世界遺産

38)みんな大好き!「四川ジャイアントパンダ保護区群」(自然遺産・2006年登録)

38)みんな大好き!「四川ジャイアントパンダ保護区群」(自然遺産・2006年登録)

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中国と言えばパンダ。
そうイメージする人も多いでしょう。
もちろん、パンダにまつわる地域も、中国の歩みを知るうえで大切な場所。
四川省内にある臥龍の他7つの自然保護区と四姑娘山など9つの風景名勝区は、絶滅危惧種でもあるジャイアントパンダの3割以上が暮らしていると言われている地域。
一帯は標高1,300~3,500mの山岳地帯。
5,000種以上もの多種多様な植物が自生しており、竹が豊富なことでも有名。
パンダにとっては暮らしやすい場所なのかもしれません。
また、この地域にはレッサーパンダやユキヒョウ、ユンピョウなど貴重な生物の生息地でもあり、保護を求める声は年々高まっています。

39)古代中国の灌漑施設「青城山と都江堰」(2000年登録)

39)古代中国の灌漑施設「青城山と都江堰」(2000年登録)

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青城山(せいじょうさん)は四川省都江堰市の西方にあり、道教の発祥の地のひとつとして古くから道教に関する建物が多数建てられてきました。
一年を通して緑が深く、輪を描くように連なる36もの峰が城郭のように見えることから”青い城”と呼ばれるようになったのだそうです。

一緒に世界遺産登録となった都江堰(とこうえん)は、やはり四川省都江堰市の西にある、岷江(みんこう)という長江の支流となる川に設けられた堰。
紀元前3世紀、戦国時代の秦国が洪水被害から人々を救うために築いたと言われる水利・灌漑施設です。
この一帯はその昔、春になると周囲の山々から流れ込んでくる雪解け水で急激に水が増すため、毎年洪水に悩まされていました。
しかしこの堰が完成して以来、周辺の広大な平野は実り豊かな土地となったのだそうです。

40)巨大仏像が見守る聖地「峨眉山と楽山大仏」(複合遺産・1996年登録)

40)巨大仏像が見守る聖地「峨眉山と楽山大仏」(複合遺産・1996年登録)

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四川省中南部、省都の成都から160㎞ほど離れた場所に、道教や仏教の聖地として名高い峨眉山(がびさん)がそびえています。
古くから寺院や関連施設が数多く建設され、信仰の山として崇められていたことから手つかずの自然が今も残る景勝地。
最も高い峰は標高3,000mを超え、多種多様な植物と、絶滅危惧種を含む2,000種類にも及ぶ動物たちの楽園でもあります。
自然と文化の両面が評価され、複合遺産として登録されることになりました。

そんな峨眉山から少し離れたところに、近代以前に造られたものでは世界最大・最長と呼び声の高い楽山大仏が、穏やかな表情のまま静かに佇んでいます。
高さ71m、顔の大きさは100畳分も。
近くを流れる岷江の水害を鎮めようと、90年の歳月をかけて作られた大仏。
緑深い凌雲山を背にして座り、今も変わらず、川の流れをしっかりと見つめています。

41)カンブリア紀の謎を解け!「澄江の化石産地」(自然遺産・2012年登録)

41)カンブリア紀の謎を解け!「澄江の化石産地」(自然遺産・2012年登録)

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中国の世界遺産というと、皇帝が築かせた巨大な建造物や寺院といった印象が強いですが、実は中国大陸は、化石発掘のメッカでもあるのです。
雲南省澄江県の澄江(ちょうこう)の化石産地ではそうした化石群た多数出土しており、カンブリア紀の生態系を知るうえで非常に重要な地域であるとして世界中の注目を集めています。

カンブリア紀とは地質時代の年代区分のひとつ。
その中で、およそ5億4200万年前から5億3000万年前の期間に「カンブリア爆発」と呼ばれる事象が起きました。
46億年という地球の歴史の中の1000万年間という短い期間に”今日見られる生物の門が出そろった”、つまり、30億年もの間、単細胞生物や微生物たちがのんびり暮らしていた地球上に、突如として高等なシステムを持つ生物たちが誕生した、そんな謎めいた”爆発”が起きた期間があったのです。

カンブリア紀を知ることは自分たちの祖を知ること。
果たして澄江の化石群は何を語るのか。
カンブリア爆発の真相が明らかになる日は?世界自然遺産としての保全・管理体制の強化と共に、今後の調査研究にも大いに期待が集まっています。

42)鏡のように輝く水面「紅河哈尼棚田群の文化的景観」(2013年登録)

42)鏡のように輝く水面「紅河哈尼棚田群の文化的景観」(2013年登録)

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雲南省には、紅河ハニ族イ族自治州と呼ばれる区域があり、標高2000m近い険しい山々に「ハニ族」と呼ばれる少数民族が生活しています。
彼らの祖先は他民族に追われながら4~8世紀頃に雲南省の南西に移り住んできました。
それから1300年もの歳月と途方もない労働力を傾け、山肌を開墾して棚田を築いてきたのです。
長い年月をかけて作り上げられたハニ族独自の農法と灌漑技術。
3000段以上もの段数に至る個所もあり、急な斜面に幾重にも重ねられた棚田の美しさは例えようもないほど美しい。
時間帯によっては雲海に覆われ神秘的な表情を見せることも。

都市部からかなり離れていて交通の便も悪いため観光客は少ないようで、まるで時が止まったような、静かで滋味溢れる光景が今も保たれています。

43)大河が並走!「雲南の三江併流保護区」(自然遺産・2003年登録)

43)大河が並走!「雲南の三江併流保護区」(自然遺産・2003年登録)

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三江併流(さんこうへいりゅう)とは3つの大きな川の合流地点のこと。
雲南省西北部には、長江上流の金沙江(きんさこう)、メコン川上流の瀾滄江(らんそうこう)、そしてサルウィン川上流の怒江(どこう)。
この3つの川がそれぞれ交わることなくおよそ170km、平行に流れているという、世界的にも非常に珍しい景観を誇る地域です。

川はチベットを源流に、標高6000mもの雪峰や3000m以上もの深さがある渓谷の間を生き生きと流れ、やがてそれぞれの進む方向へと別れていきます。
その間には数多くの渓谷や谷川、滝、湖、原生林、鍾乳洞などが点在し、まさに自然の宝庫。
多くの少数民族が暮らす地域でもあり、独特の地形と自然、多種多様な文化や信仰が共存し、豊かな生態系をはぐくんでいる様は自然遺産として高く評価されています。

44)古き良き時代を求めて「麗江古城」(1997年登録)

44)古き良き時代を求めて「麗江古城」(1997年登録)

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何と幻想的で美しい町並みなのでしょう。

雲南省北部、玉龍雪山の麓に広がる納西(ナシ)族の街。
納西族はチベット系の少数民族で、麗江古城は13世紀頃から明王朝の時代にかけて建造されたと考えられています。

中国大陸では多くの統一王朝が生まれては消え、庶民が暮らす町や村の多くは破壊されて、そのままの状態で残っているケースは非常に少ないのです。
この麗江古城は周辺のチベット族や漢民族と友好的な関係を保っていたため戦乱とは無縁で、そのため町も美しい景観を保ったまま今日まで残ることができたと考えられています。

幾重にも連なる民家はほとんどが2階建てで瓦ぶきの木造建築。
通りには水路がめぐり、温かくどこか懐かしい。
古き良き町並みを求めて訪れる観光客も多いようです。

45)広大なカルスト地形「中国南方カルスト」(自然遺産・2007年登録・2014年拡大)

45)広大なカルスト地形「中国南方カルスト」(自然遺産・2007年登録・2014年拡大)

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カルストとは、石灰岩地域で溶食により形成される独特な地形のこと。
スロベニアのクラス地方が語源と言われています。
雲南省石林には数多くのカルスト地形がみられ、天に向かって真っすぐ鋭く、槍や剣のように細くとがった先端を持つ無数の岩がそこかしこから突き出し、まるで”石の森”のような特異な景観を作り出しているのです。

世界遺産に登録されている範囲だけでもかなり広大で、様々なカルスト地形を見ることができます。

46)チベット文化の中心「ラサのポタラ宮の歴史的遺跡群」(1994年登録・2000年/2001年拡大)

46)チベット文化の中心「ラサのポタラ宮の歴史的遺跡群」(1994年登録・2000年/2001年拡大)

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ラサは吐蕃(とばん・7世紀初めから9世紀中頃にチベットにあった王国)、長らくチベット文化の中心として繁栄した町。
そんなラサに築かれた「ポタラ宮」「トゥルナン寺(大昭寺)」「ノルブリンカ」の3つの歴史的建造物が世界遺産となっています。

吐蕃第33代王ソンツェン・ガンポによって築かれた宮殿を後にダライ・ラマ5世が改修したのがポタラ宮です。
13階建て、建物総高117m、部屋数はおよそ2,000、建築面積は1万3000㎡にも及ぶ、標高3700mの場所に鎮座する世界最大級の巨大宮殿。
険しい岩山の上にそびえたつ建物は白い壁が眩しい「白宮」と、鮮やかに赤く塗られた「紅宮」に分かれ、チベット仏教の指導者の偉大さを象徴するかのように勇壮です。

トゥルナン寺はソンツェン・ガンポ王に嫁いだ唐の玄宗皇帝の娘、文成公主により7世紀頃建てられた寺院。
黄金に輝く本堂など、中国仏教とはまた異なる建築様式を見ることができます。

ノルブリンカはダライ・ラマ7世によって1755年に造られた離宮とその庭園で、現在では公園として人々の憩いの場となっています。

最近登録された世界遺産

47)世界を結んだ道「シルクロード・長安-天山回廊の交易路網」(2014年登録)

47)世界を結んだ道「シルクロード・長安-天山回廊の交易路網」(2014年登録)

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シルクロードは、中国特産の絹を西方へ運んだ交易路。
ルートはいくつかありますが、登録されたのは長安(現在の西安)から洛陽や敦煌を経由して中央アジアに至る「天山回廊の道路網」。
中国、カザフスタン、キルギスの3か国、5000km以上にもなるルートに点在する33件の遺跡群(中国22件、カザフスタン8件、キルギス3件)が世界遺産となりました。

シルクロードの始まりは紀元前2世紀頃。
前漢の武帝が西域に人を派遣したことから始まったと言われています。
以後、東西の政治や文化を結ぶ重要な道として、途中には町ができ、石窟寺院や宮殿などの建造物が数多く作られていきました。

2014年には天山回廊が選ばれましたが、他のルートも追加登録される可能性もあるそうで、今後の動向にも注目が集まっています。

48)独自の文化を守り抜いた民族の軌跡「土司遺跡群」(2015年登録)

土司遺跡群(どしいせきぐん)は古代の土司制度の遺跡。
湖南・湖北・貴州3省の交わる武陵山地区にある、湖南省永順土司城遺跡、湖北省唐崖土司城遺跡、貴州省播州海竜屯遺跡が登録されました。

土司とは、国王朝が少数民族の首長に与えた官職のこと。
中南部や南西部の少数民族を統治するため設けられた制度で、これによって少数民族は中国王朝に組み込まれながら、独自の文化や慣習を守ることができたのだと考えられています。

どの遺跡もかなり広く、地形を活かして造られた石造りの門や宮殿の跡などが数多く残っていて勇壮。
きらびやかな都市遺跡に比べると地味な印象もありますが、王朝文化に染まらず自由に生きた少数民族の息遣いを感じることができる貴重な遺跡は見ごたえ十分です。

49)無数の赤い絵は何を語るのか「左江花山の岩絵の文化的景観」(2016年登録)

ベトナムとの国境近く、広西チワン族自治区を流れる左江(さこう)両岸の切り立った崖。
その壁面には、赤い顔料で描かれた無数の絵が。
紀元前5世紀から2世紀頃にチワン族の祖先である駱越(らくえつ)人が描いたのではないかと考えられていますが、もしかしたらもっと古いものかもしれない、との見解もあるようです。

89カ所、300組、5000点以上もの絵が発見されており、今後もまだ、新しく発見され増えていく可能性も。
人を描いたものが多く、手を挙げたり、踊ったりしているのか、何かの儀式の様子なのか、当時の人々の様子を知る史料として研究・保全が進められています。

50)野生生物の宝庫「湖北神農架」(自然遺産・2016年登録)

神農架(しんのうか)は湖北省に位置する省直轄林区。
中国唯一の林区で、様々なタイプの樹木が自生する広大な森林地帯を国が直轄管理しています。
古代伝説の三皇の一人で、医学と農業の神でもあった神農皇帝にちなんで「神農架」と名付けられたのだそうです。

中国大陸は広大ですが山や森が多く、人口のわりに耕地面積が少ないのだとか。
昔は「野人が出る」と言われたほど山深く未踏の地であった神農架周辺も、人々の暮らしを維持するためには開墾もやむなしということで、原生林の伐採などが行われるように。
貴重な森林を守るべく、地元の人々を中心に1960年頃から保全を呼びかける声が高まり、晴れて世界遺産登録を果たしました。

このあたりは野生生物の宝庫とも言われていて、キンシコウやオオサンショウウオなど希少な生物が数多く暮らしています。

51)中国と西洋が交わる島「歴史的万国租界、鼓浪嶼」(2017年登録)

51)中国と西洋が交わる島「歴史的万国租界、鼓浪嶼」(2017年登録)

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鼓浪嶼(ころうしょ)は福建省廈門(アモイ)市にある島。
かつては租界が置かれていましたが、他国の影響を受けつつ独自の文化を守ったことが評価されて世界遺産への登録が決定しました。

租界(そかい)とは近代中国の各開港場にあった外国人居留地のことで、中国政府もしくは個人から「借りた土地」というもの。
厦門はアヘン戦争後の1842年に結ばれた南京条約で開港した港のうちのひとつで、鼓浪嶼には多くの西洋人が移り住んできていました。
その際建てられた洋館や教会が、現在でも数多く残されています。

厦門島からフェリーで5分ほど。
車の乗り入れの規制などが行われているせいか、とても静かで落ち着いた「海上の花園」とも言われる美しい小島です。

52)手つかずの自然が残る「青海可可西里」(自然遺産・2017年登録)

今回の長い長い中国世界遺産の旅もいよいよラストです!

可可西里(フフシル・ホホシリ・ココシリ)とは何とも奇妙な名前の地名ですが、チベット高原北部、西蔵自治区の北部と青海省の西南部にまたがる山地一帯をこう呼んでいます。
いわゆる”無人地帯”。
原始的な自然の状態がほぼ完全に残されているのだそうです。
貴重な野生動物たちが生息する場所としても知られており、密猟者も絶えないのだとか。
世界遺産に登録されたことで、密漁を無くし、もともとの自然生態を守ることにつながれば、と期待が高まっているようです。

無人地帯なのでもちろん史跡や建造物の類は何にもありませんが、もともとの世界遺産の意義を鑑みれば、ただ観光地を増やすだけでなく「何も手をつけずにそのままの状態で未来に引き継ごう」という場所が、もっと増えていくべきなのかもしれません。

パワーみなぎる中国の世界遺産たち

2017年前半時点で、イタリアの世界遺産の数は53、中国は52。
近い将来、順位が逆転する可能性は大いにありそうです。
広い大地に点在する中国の世界遺産、簡単には見に行けないような人里離れた場所もたくさんあり、直に見に行くのはなかなか骨が折れそうですが、その分、目の前に見たときの感動は計り知れないものがあります。
観光客にたくさんのパワーを与えてくれる力強い中国の世界遺産たち。
一見の価値あり、です!
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