イタリア在住15年の私が決める!イタリア観光スポットランキングBEST 20

イタリアに住んでおよそ15年。

さまざまな土地を旅行してきました。

街並み、遺跡、要塞、美術館、修道院、大聖堂、教会。いずれも、一度見たら忘れられない観光スポットばかり。イタリア人はお国自慢が大好きな国民ですから、訪れた街で情報を聞き出そうとすれば熱心に教えてくれるのもまた楽しい。ご当地の人々の情報は、ガイドブックに載らない貴重なものも多いのです。また、地図などを見ないで迷路のような古い街並みを足の赴くままに歩いても、さまざまな発見があるのがイタリア。

イタリア各地を訪れた私の、独断と偏見で選ぶ観光スポットランキング20選です。

第20位 南イタリアの青い空に映える要塞「カステル・デル・モンテ」

第20位 南イタリアの青い空に映える要塞「カステル・デル・モンテ」

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プーリア州アンドリアの小高い山の上に立つ要塞「カステル・デル・モンテ」。

周囲にはなにもなくぽつんと建つ「カステル・デル・モンテ」は、13世紀に神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世によって建設が始まった、なにやら非現実的な美しさに満ちた城です。
フリードリヒ2世は、南イタリアを愛し、シチリアをはじめとするイタリア南部の各地に数多くの城を建設。
そのなかでも、最も美しいといわれるのが「カステル・デル・モンテ」なのです。

中世の王様にしては珍しく、異教徒であるアラブ人たちの影響で数学にも造詣が深かったというフリードリヒ2世の面目躍如といった趣の「カステル・デル・モンテ」、1996年にユネスコの世界遺産に認定されました。

たぐいまれなる美しい外観を誇る「カステル・デル・モンテ」ですが、内部は牢獄として使われたほかは皇帝やその家族が住んでいた形跡がなく、現在もがらんとしています。
無駄のない美しい構造は、内部を見学すればさらに実感できるのは確実。

山上で風を受けて立つ八角形の城は、その存在だけでドラマチックです。

ただし、「カステル・デル・モンテ」へのアクセスはかなり困難。

プーリア州の州都バーリから、電車やバスで行くことになります。

しかしどんな無理をしても見る価値のある「カステル・デル・モンテ」、ぜひミステリアスな中世の要塞をご見学ください。

第19位 湖に突き出るように建つ城「カスティリオーネ・デル・ラーゴ」

ウンブリア州の州都「ペルージャ」から電車で一時間強のところにある「カスティリオーネ・デル・ラーゴ」。

イタリア国内では4番目に大きい「トラジメーノ湖」のほとりに建つ美しい街です。

「獅子の城」の意となる「カステッロ・デル・レオーネ」の呼称が、徐々に「カスティリオーネ」という読みに変わっていったことが示しているように、この街の象徴は湖にせり出すように建つ「城」。

「城」は宮殿と要塞から構成されていて、「宮殿」のほうは16世紀半ばの創建。
この地を治めていたコルニャ家が建設したものです。
宮殿内部には、美しいフレスコ画が装飾され、ルネサンスの粋を実感。

「要塞」のほうは「獅子の要塞」と呼ばれ、12世紀に神聖ローマ皇帝「フリードリヒ2世」によって現在の姿に。
この「要塞」、イタリア各地に残る「要塞」の中でも保存状態が非常に良く、湖に突き出た城壁部分を歩くと、中世の騎士になったような気分にさせてくれます。

また、「宮殿」と「要塞」をつなぐ「城壁」内部を通り抜けることができるのも楽しい。
「トラジメーノ湖」の青、城周辺の木々の緑に映える広大な「城」は、子供連れでも楽しめます。

「カスティリオーネ・デル・ラーゴ」の街自体は、こぢんまりとした中世の街並みを残しており、ウンブリアの名産品を売るお店を見ながら散策するのもよし。

また、この街から遊覧船に乗って「トラジメーノ湖」を周遊できます。
「トラジメーノ湖」内には、「マッジョーレ島」「ミノーレ島」「ポルヴェーゼ島」の三つが浮かんでおり、自然と中世の雰囲気の中を散策可能。

第18位 落差165メートルを誇る「マルモレの滝」

欧州最大、落差165メートルを誇る「マルモレの滝」。

この地を訪れた著名人には、古代ローマ時代の雄弁家「キケロ」、近代の科学者「ガリレオ・ガリレイ」、イギリスの詩人「ロード・バイロン」などなどがいます。

「治水」についてはエキスパートであった古代ローマ人は、紀元前271年にこの地の水の流れを整備し、テヴェレ川の支流であるネーラ川にその水流を確保。

「マルモレの滝」から7,5キロほどのところにある「テルニ」の街は、滝の膨大な水量から「水害」にあうことも多く、この状況を「視察」するために紀元前54年に「マルモレの滝」を訪れたのがかの有名な「キケロ」であったという愉しい歴史も。

現在も残る「テルニ」の駅からバスで向かうのが最も簡単なアクセス法です。

この「滝」のすごいところは、清冽な水の流れのすぐ脇を歩くことができること。
洞窟の中から、滝の内側を眺めることもできますし、散策道に架けられた橋の上から滝の流れを観察することもできます。
豊かな水量の滝を渡ってくる風は、夏でも涼やか。
かなりの距離の山を登ることになりますので、歩きやすいスニーカーや水しぶき対策のバーカーなどを持参すると重宝。
夏には、著名な芸術家によるコンサートなども開催されますので、オフィシャルサイトは要チェックです。

歴史や美術の「イタリア」とは違う、大自然の「イタリア」をぜひお楽しみください。

第17位 中部イタリアの要衝「スポレート」

第17位 中部イタリアの要衝「スポレート」

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地図で見ると、まさにイタリア半島のどまんなかに位置する「スポレート」。

古代ローマ時代から「要衝」として街は繁栄し、中世には「スポレート公国」として知られていました。
後にローマ法王領となり、歴代の法王たちとも縁の深い街です。

坂道の多い「スポレート」の街を歩けば、「古代ローマ時代の劇場・水道橋」「ユネスコ遺産にも登録された8世紀創建サン・サルヴァトーレ教会」「中世のアルボルノス要塞」「ルネサンスの時代に描かれたピントゥリッキオとフィリッポ・リッピのフレスコ画」などなど、長い歴史を体感できるのがその魅力。

とくに「トッリ水道橋」と「アルボルノス要塞」の威容は、カメラに納めても絵になる絶景です。

第16位 パドヴァ「スクロヴェーニ礼拝堂」

「霧の街」とも称される北イタリアの街「パドヴァ」。
この街には、モザイクの傑作があふれています。

しかし、私がランキングに入れた「スクロヴェーニ礼拝堂」は、ルネサンスの黎明期の天才ジョットが描いたフレスコ画で有名。

1305年から描かれたこのフレスコ画は、パドヴァの銀行家エンリコ・スクロヴェーニがジョットに発注、スクロヴェーニ家の墓所として制作されました。
フレスコ画の中には、この礼拝堂を聖母マリアに捧げるエンリコ・スクロヴェーニの肖像画も描かれています。

スクロヴェーニ家の広大な邸宅が隣接していたようですが、現在まで残るのは礼拝堂のみ。

中にはいると、ジョットの特徴である美しい「青」が、まさに天国を象徴するかのように目に飛び込んできます。

ジョットの筆になると、地獄を描いてさえ優美でユーモアがあふれているように見えるから不思議。

内部は撮影が不可能で、見学時間も作品保存を考慮し時間が限られています。

中世からル年サンスへ、橋渡しの大きな役割を果たしたジョットの傑作は、一度目にすれば忘れられない印象を皆様に与えることでしょう。

見学は要予約。

パドヴァの街は、イタリアで最も古い大学のひとつパドヴァ大学のお膝元であり、街全体にノーブルな空気が漂います。
ぜひ見学を。

第15位 ルネサンスの古都「ウルビーノ」

第15位 ルネサンスの古都「ウルビーノ」

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マルケ州の山奥に忽然と現われる優美な街「ウルビーノ」。

ラファエロを生んだ街として有名な「ウルビーノ」は、ルネサンスの時代にモンテフェルトロ家という貴族のもと、繁栄を謳歌しました。

坂道の多い美しい街並みもさることながら、「ウルビーノ」の魅力は1454年から建設が始まった「大公宮殿」に凝縮しています。

傭兵として名を馳せた名君フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロという殿様が建設し始めたこの城は、外観の美しさはもちろん、内部も当時の装飾が保存され、また数々の美術品も見学可能。

とくに、フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロの書斎の寄せ木細工の見事さは、思わず言葉を失うほど。

フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロはよほど遠近法が好きだったのか、宮殿内には遠近法を駆使した装飾が目立ちます。

フィレンツェのウフィッツィ美術館には、フェデリーコ・ダ、モンテフェルトロと彼の愛妻バッティスタ・スフォルツァの有名な肖像画が残っています。
数学者としても有名であった画家ピエロ・デッラ・フランチェスカが描いた「フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロの肖像」は、美男とはほど遠いおじさまの横顔。
それでも、現在まで愛される「おらが街の殿様」が、「ウルビーノ」の「フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロ」なのです。

彼に敬意を表して、中世のコスチュームに身を包んだ町民たちが参加する騎馬大会もあり。

ルネサンス時代を代表する画家に、自らと愛妻が向かい合う肖像画を描かせた殿様に思いを馳せて、「ウルビーノ」の街を散策してみてください。

第14位 パレルモの「モンレアーレ大聖堂」

第14位 パレルモの「モンレアーレ大聖堂」

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正確には、シチリア島のパレルモ近郊モンレアーレにある「大聖堂」。
2015年に、ユネスコの世界遺産に登録されました。

「モンレアーレ大聖堂」の最大の魅力は、大聖堂内部のモザイク。
祭壇上部に描かれた若々しいイエス・キリストを中心に、あらゆる壁があらゆる色のモザイクで装飾されています。
金色を基調に描かれた絵は、聖書の各シーン。
「ノアの方舟」などの日本人にもよく知られたシーンもあり、その細やかな表現方法にひたすら圧倒されます。
中世の表現方法には、現在の我々に哲学を感じさせるものも多く、キリスト教徒ならずとも深い感慨にひたることができる不思議な空間。

「モンレアーレ大聖堂」は、伝説によれば1116年に神聖ローマ皇帝となったグリエルモ2世が、モンレアーレの森を狩猟中に「キュロブ」という木の下で居眠りをし、その夢に聖母マリアが現われて黄金のありかを示唆、この黄金を使って建設されたのが「モンレアーレ大聖堂」なのだとか。

皇帝グリエルモ2世が、聖母マリアに大聖堂を捧げているシーンもしっかり大聖堂内に描かれています。

また、「大聖堂」の回廊を飾る柱のモザイクも圧巻。

その形、色、ともにひとつとして同じものはないのではないかと思えるバラエティ。

シチリア特有の、アラブ文化の強い影響を受けた美術を実感できます。

第13位 スビアーコの「サン・ベネデット修道院」

「ベネデット」は、日本の表記では「ヌルシアのベネディクトゥス」と呼ばれる聖人。
5世紀から6世紀にかけて修道院長として活躍し、西洋のキリスト教会に大きな影響を与えたベネディクトゥス修道会の「戒律」を定めた聖職者です。

聖ベネディクトゥスがスビアーコの断崖絶壁に建てたのが、「サン・ベネデット修道院」。
内部はまるで、迷路のように入り組み、美しいフレスコ画が描かれたスピリチュアル・スポットです。

アッシジの「聖フランチェスコ」も、1223年頃に「サン・ベネデット修道院」を訪れており、彼の風貌を伝える等身大の肖像画があることでも有名。

また、聖ベネディクトゥスは双子であったそうで、その双子の妹聖スコラスティカが建てた「サンタ・スコラスティカ修道院」もスビアーコにあります。

ここには、中世の見事な写本が数多く所蔵されており、修道院に隣接する図書館で見学が可能。

古代ローマ時代には、首都ローマにまで水道橋によって運ばれていた清らかな水を有するアニエーネ川は現在も健在。
川を渡ってくるさわやかな風にあたりながら、中世の街並みや橋が残るスビアーコをお散歩するのも楽しいです。

第12位 リゾート地の豪奢が味わえる「カプリ島」

第12位 リゾート地の豪奢が味わえる「カプリ島」

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青い空と海、乾いた空気、陶器の壁、レモンの黄色。

皇帝アウグストゥスがことのほか愛した南国の島「カプリ島」は、現在も富裕層のリゾート地として有名です。

小舟で見学する「青の洞窟」を初め、車の乗り入れが禁止されている美しい街並み、甘い空気とは対照的な断崖絶壁など、「カプリ島」には旅行者も楽しめる要素が多々あり。

リゾート地のため物価は少々高いのですが、おいしい料理、レモンベースのデザート、海のリゾート地らしいカジュアルなグッズを売るお店など、にわかセレブ感覚を味わえる楽しみが。

街の喧噪に飽きたら、古代ローマの皇帝が建てたヴィッラ跡までハイキングするのもよし。
道ばたに咲く時計草を愛でつつ、歩き疲れたらレモンのシャーベット「グラニータ」でリフレッシュ。
現実から遠く離れた「外つ国」に遊ぶ気分を堪能できます。

第11位 ローマ「ボルゲーゼ美術館」

ローマを代表する美術館といえば「バチカン美術館」や「カピトリーノ美術館」が筆頭にあげられますが、こぢんまりとした瀟洒な宮殿で優雅に美術を楽しみたい人に人気なのが「ボルゲーゼ美術館」。

ローマの観光地「スペイン広場」の後方に広がる80ヘクタールの広大な「ボルゲーゼ公園」は、ローマっ子たちの憩いの場所。
その中に建つ白亜の宮殿が「ボルゲーゼ美術館」です。

完全予約制のこの美術館、ベルニーニ、カラヴァッジョ、ラファエロ、ティツィアーノ、ルーベンスの傑作がこれでもかと並びますが、巨大博物館の仰々しさとは無縁で、ゆったりと過ごせるのが魅力。

美術館見学後は、公園内にあるレストランやバールで一休み。

ローマの優雅な休日を満喫できるはず。

第10位 「花の都フィレンツェ」のライバル「シエナ」

第10位 「花の都フィレンツェ」のライバル「シエナ」

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トスカーナの覇権を争ったふたつの街「フィレンツェ」と「シエナ」。

数々の著名な芸術家を生み育て「花の都」と謳われた「フィレンツェ」のライバルであり続けた「シエナ」もまた、銀行業や商業で財を成し発展してきた街。

「フィレンツェ」が盆地にある平地にあるのに対し、「シエナ」は坂道の街。
起伏に富んだ街並みは、「フィレンツェ」とはべつの趣があり。

街の中心にある「カンポ広場」では毎年、「パーリオ」と呼ばれる騎馬レースが行われ、イタリア中に放映されるほどの人気。

最大の栄華を謳歌した1400年代、シエナには「シエナ派」と呼ばれる芸術家たちが活躍。
その美しく繊細なフレスコ画は、プブリコ宮殿などで見学可能です。

人文学者として有名であった法王ピウス二世の出身地である「シエナ」の「ドゥオモ」には、ピウス二世の名字を冠した「ピッコローミニ図書館」があり、ピントゥリッキオの見事なフレスコ画が。

緑とピンクの大理石が美しい「ドゥオモ」、ドゥッチョが下絵を制作したステンドグラスや、「サン・ジョヴァンニ洗礼堂」、「ドゥオモ付属美術館」に加え、建物の上から「シエナ」の街を眺めることも可能。
ぜひ、フリーパスを購入して一日「シエナ」で楽しんでください。

また、「シエナ」には「チンタ・セネーゼ」と呼ばれる非常に高価な豚肉があります。
世界一高価、とも言われるシエナの豚肉、ぜひ味わってみてください。

第9位 バロックの都「レッチェ」

第9位 バロックの都「レッチェ」

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「南イタリアのフィレンツェ」と呼ばれるほど美しい街並みを誇る「レッチェ」。

「フィレンツェ」がルネサンスの都であるのに対し、「レッチェ」はバロックの都です。

古代、ギリシア人の入植から歴史がはじまり、古代ローマ、中世、ナポリ王家の支配下にあった近世にいたるまで、名が残る権力者たちの支配下にあった「レッチェ」。
それを示すかのように、「レッチェ」の歴史地区には古代ローマ時代の劇場や、バロック様式の数多くの教会、貴族たちの宮殿などが残り、その美しい街並みを構成しています。

「レッチェ」の魅力はさらに、おいしい食べ物。
南イタリアの美味は、お国自慢が常のイタリア人たちにも定評があり。
南国の太陽はトマトの味さえ美味に変えるのか、シンプルなトマトソースからして味が違います。

さらに、「レッチェ」のあるプーリア州は、美しい海でも有名。
レンタカーなどを借りて、遠浅の海でその透明感を実感するのもオツです。

第8位 火山灰に埋もれた街「ポンペイ」

第8位 火山灰に埋もれた街「ポンペイ」

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1997年にユネスコ世界遺産に認定された「ポンペイ遺跡」。

西暦79年8月24日に起きた地震と、それに伴うベスビオ火山の噴火で、古代ローマ帝国の一都市であった「ポンペイ」は火山灰に埋もれました。

「ポンペイ」がふたたび日の目を見たのは1748年。
発掘により、火山灰の下に埋まった古代の街が姿を現したのです。

古代ローマの遺跡はヨーロッパ各地にありますが、火山灰に埋まるという非常に特異な運命をたどった「ポンペイ」の遺跡は世界に類を見ないもの。
古代ローマ時代の人々の生活、習慣、色彩などがそのまま残され、我々を魅了します。

とにかく広大な「ポンペイ」の遺跡、ここ数年でふたたび発掘や修復が進み、公開場所が増えたことでも話題に。
また、車いすでも見学可能なコースが設定されました。

数奇な運命をたどった「ポンペイ」の遺跡から、人間の変わらぬ営みを感じるのもまた一興。

第7位 南イタリアのおとぎの国「アルベロベッロ」

第7位 南イタリアのおとぎの国「アルベロベッロ」

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南イタリアの青い空に映える「アルベロベッロ」の街並み。

「トゥルッリ」と呼ばれる石を積み上げたとんがり屋根は、まるでおとぎ話のようなかわいらしさ。

石灰岩を積み上げただけのこの技術は、1996年にユネスコの世界遺産に登録されました。

私たちから見れば、かわいらしく美しい街並みの要素であるこの「トゥルッリ」の屋根、実はこの土地の農民たちの貧しく厳しかった時代を伝える人類の遺産でもあります。

石を積み上げただけの家屋は、崩すことも容易。
一軒一軒が課税対象であったナポリ王国の時代、この地方を治めていた貴族が、王国への課税額を減らすために容易に解体できるこの建築方法を生みだしたのだとか。

現在は、南イタリア屈指の人気観光地の「アルベロベッロ」、「トゥルッリ」のとんがり屋根の家屋にはおみやげ屋さんなどが多数。
また、この地の名産であるオリーブオイルなども売られています。

第6位 水の都「ヴェネツィア」

第6位 水の都「ヴェネツィア」

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「アドリア海の真珠」の別名をもつ海の都「ヴェネツィア」。

その歴史は5世紀に遡ります。

ゲルマン民族の侵入から逃れてきた人々が、海の干潟にコミュニティを築いたのがはじまりでした。

干潟に建つ町としてデメリットも多かった「ヴェネツィア」は、7世紀に「ヴェネツィア共和国」となりその後は1000年の歴史を謳歌。

耕地を持たない「ヴェネツィア」は、命綱である「商業」を死守するための安定した政治が特徴で、その共和国政府のもとヨーロッパ中がうらやむような栄華を誇りました。

また、東洋との貿易の窓口でもあった「ヴェネツィア」にはこの地独特の文化が生まれ、「ヴェネツィア派」と呼ばれる美術も花開きます。

大運河沿いに建つヴェネツィア貴族たちの壮麗な宮殿、迷路のような水路沿いに建てられた民家、ヴェネツィアの栄華を伝える「サン・マルコ大寺院」、ヴェネツィアの貴族たちが国の行く末を議論した「ドゥカーレ宮殿」など訪れる場所にも事欠かない「ヴェネツィア」は、バイロンやゲーテ、スタンダールなどのインテリたちも魅了した魅惑の国なのです。

海の都である「ヴェネツィア」は、車での侵入は不可能。
電車で「ヴェネツィア」に着いたあとは、水上バスなどを利用するのも楽しいところ。
イタリア国内でも物価の高さは有名な「ヴェネツィア」ですが、世界に類を見ないその特殊性と美しさに酔うのもまた旅の醍醐味です。

第5位 ミラノの「ドゥオモ」

第5位 ミラノの「ドゥオモ」

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尖塔が特徴の「ゴシック建築」、その傑作と呼ばれ「ゴシック建築」の世界最大級の教会がミラノにある「ドゥオモ」。

バチカンの「サン・ピエトロ大聖堂」に次ぐ、世界で二番目に大きな教会である「ドゥオモ」は、聖母マリアに捧げられるために14世紀から建築が始まりました。

入場料とは別料金を払うと、この大聖堂を登り上から見学することも可能。
135本ある尖塔が、まるで針のように空に伸びている様子は圧巻です。

1387年から1853年にかけて建築がすすめられた「ドゥオモ」は、その時代を代表する建築家、芸術家、職人たちが集う場所でもあり、1487年にはレオナルド・ダ・ヴィンチも「ドゥオモ」のクーポラ部分の建設に関わったと伝えられています。

ミラノの街の真ん中に鎮座し、ミラノの象徴として威容を誇る「ドゥオモ」。
モードの街の歴史を体感してみてください。

第4位 フィレンツェ「ウフィッツィ美術館」

花の都「フィレンツェ」に花開いたルネサンス美術を伝える「ウフィッツィ美術館」。

アルノ川沿いにある宮殿に設置された美術館は、トスカーナ大公となったメディチ家が行政機関を置いていた宮殿です。

メディチ家の歴代のコレクションが所蔵されている「ウフィッツィ美術館」、その所有品にはレオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロ、ピエロ・デッラ・フランチェスカ、カラヴァッジョ、ジョット、フィリッポ・リッピなどまさにルネサンスの大天才たちの傑作が。

中でも、ルネサンスを代表する作品ボッティチェッリの「春」「ヴィーナスの誕生」は、描かれた女性たちの優美さ、色彩の華麗さ、自然の写実などから、最盛期の「フィレンツェ」の街の象徴に例えられることもあります。

簒奪品がないのが自慢とも言われる「ウフィッツィ美術館」のメディチ家コレクションは、トスカーナ大公であったメディチ家の最後の子孫アンナ・マリア・ルイーザが、「すべての作品がフィレンツェにとどまる」ことを条件にトスカーナ政府に寄贈され、1769年に一般公開へ。
その量と質は、世界屈指とも言われており、2016年の来館者数は200万人を超えました。

45の部屋に治められた傑作の数々、ぜひご堪能ください。

第3位 バチカン美術館

全長7キロにも及ぶといわれる「バチカン美術館」。

「神の代理人」とも称される歴代のローマ法王たちの美術コレクションを、法王たちが住んでいた宮殿で鑑賞できます。

その起源は、1506年に当時のローマ法王ユリウス二世がバチカンの庭園に発見されたばかりの「ラオコーンの群像」を飾ったこと、という伝承が。
コレクションもさることながら、法王たちが招聘した一流の芸術家たちが腕を競ったフレスコ画もすばらしく、ゆっくり時間をとって見学したいところ。

ローマ法王たちの時代の芸術にとどまらず、法王たちが収集した古代の遺品コレクションも世界に誇る質と量で、西洋の文化のなんたるかを見学しながら会得できるかも。

第2位 コロッセオ

第2位 コロッセオ

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西暦80年に完成して以来、ローマを睥睨してきた巨大建築物「コロッセオ」。

高さ48メートル、楕円の直径が188メートル×156メートルを誇る「コロッセオ」は、初めて見る人に忘れられない印象を残します。
1900年余もローマのシンボルである「コロッセオ」は、もちろん完全な姿で残っているわけではないのですが、その朽ちかたでさえもある感慨を呼び起こすから不思議。

7世紀生まれの聖職者の言によれば「コロッセオがあるかぎり、ローマは生き延びる。
コロッセオが崩れるとき、ローマも滅びる。
そしてローマが滅びれば、世界が終わる」と予言したといわれ、「コロッセオ」はまさに、単なる歴史的建造物にとどまらない人々の心のよりどころのような役割も果たしているのです。

2015年の「コロッセオ」訪問者数は600万人の余、イタリアでも最も人気のある観光スポットは、その横に「フォロ・ロマーノ」の遺跡、「パラティーノの丘」の遺跡があり、古代ローマの雰囲気に浸れます。

第1位 バチカン「システィーナ礼拝堂」

2016年に、7000個のLED昭明が設置された「システィーナ礼拝堂」。
ミケランジェロが描いた当時の色彩を鑑賞できるようになった、と評判です。

ルネサンスの天才ミケランジェロが天井に「創世記」を、祭壇部分に「最後の審判」を描いたことで名高い「システィーナ礼拝堂」は、まさに人類がこれからも将来に向けて伝えていかなくてはならない文化遺産といえるでしょう。

ミケランジェロと並び称されるルネサンスの天才レオナルド・ダ・ヴィンチが芸術家でありエンジニアでもあったのと同様、ミケランジェロも思索の人であり職人肌の天才でありました。

ラファエロの作品が、女性に好まれる優美さに満ちているのとは対象に、ミケランジェロが描く女性像は威厳があるのが特徴です。
西洋文化に余り触れたことのない人にとって、ミケランジェロの作品は近寄ることを躊躇するような雰囲気が。

その90年近い長い人生を、たゆむことなく制作活動に捧げ、偏屈で怒りっぽい性格でありながら、生涯パトロンには恵まれ続けたミケランジェロは、思考を優先する余り制作活動がストップしてしまったりパトロンの運が良かったとはいえないレオナルドとは対照的な芸術家でした。
30代の半ばで描いた「創世記」、60代のミケランジェロが制作した「最後の審判」、突出した才能を誇った一芸術家の人生の奇跡を、その作品から感じられることができる希有なる場所、それが「システィーナ礼拝堂」なのです。

また、「システィーナ礼拝堂」の両脇に描かれたフレスコ画も、ボッティチェッリ、ギルランダーイオ、ペルジーノといった天才たちの手になるものばかり。
まさに、一日に一枚見れば満足、といった傑作を一度に見ることができる贅沢な空間といえるでしょう。

ローマに住む人にとって、ミケランジェロが設計した「サン・ピエトロ大聖堂」のクーポラは、街のどこからも見えるシンボルであり、長年ローマで活躍をしたミケランジェロはフィレンツェ生まれでありながらなぜかローマっ子には慕わしい存在。
さまざまなエピソードを残したミケランジェロに思いを馳せながら、ぜひ「システィーナ礼拝堂」を見学してみてください。

20選からもれた観光名所もぜひ

20選からもれた観光名所もぜひ

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独断と偏見で私が決めた「イタリアの観光スポットランキング」ですが、20選に入れたかった観光スポットも多く、イタリアの魅力を私も改めて見直した次第。

各街に「旧市街」と呼ばれる古い街並みが残るイタリアは、その街並みと周辺の自然が絶妙の調和を生み出す美しい国です。
また、ローマ、フィレンツェ、ミラノといった大都市には、長い歴史とその街の栄華を伝える観光スポットが飽くことなく存在しており、これがイタリア旅行者のリピーターが多い理由なのでしょう。

皆さんもイタリアを訪れれば、ガイドブックでは触れられていないあらゆるディテールをご自分の目で発見し、感動することまちがいなし。

ぜひ、あなただけの「ベスト観光スポット」リストを作成してみてください。

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