毒殺に暗殺!?スキャンダラスな一族「ボルジア家」とは

15世紀末から16世紀初めにかけて、イタリアはローマで権力をほしいままにした一族がいました。その名はボルジア家。「史上最悪の教皇」と呼ばれたアレクサンデル6世を筆頭に、その息子チェーザレ、娘ルクレツィアなどが有名です。というのも、権力への途方もない欲望だけでなく、それを実現するために敵を暗殺したという噂が常に付いて回っていたからです。それは時に、ボルジア家秘伝の毒によるものだったという説もあるんですよ。また、ボルジア家の美しき兄妹には秘密の関係があるのではないかという説も根強く存在します。イタリアの歴史において、権力の座にあったのはわずかな時間ですが、ずば抜けた存在感を示したボルジア家。その核となった人物と共にその歴史をご紹介します!

ボルジア家とは?

ボルジア家とは?

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ボルジア家は、元々はスペインのバレンシア発祥のスペイン貴族です。
それが、15世紀から16世紀にかけてイタリアで繁栄したわけですね。
ローマ教皇を2人輩出し、権力を握りました。
ちょうどこの頃は、ヨーロッパで花開いた芸術の時代・ルネサンスと同じ頃なんです。

ボルジア家が生んだ最大の権力者・教皇アレクサンデル6世と、その息子で軍司令官となったチェーザレが健在なうちは、ボルジア家の勢いを止められる者はいませんでした。
しかしこの2人が相次いで病に倒れたところから、ボルジア家は急速に衰退していくこととなり、あっけなくの座から転がり落ちることになるのです。

すでに述べたように、暗殺や謀略で政敵を蹴落としてきただけでなく、近親相姦という黒い噂が付いて回ったボルジア家は、「カンタレラ」という毒を用いて敵を毒殺してきたとも伝わっています。
その毒は、史料では「雪のように白く、快いほど甘美」とされるものでした。

ヨーロッパでは悪役として嫌われてきた感もありますが、やはりどこか惹かれるものがあるようで、ドラマの題材によく取り上げられています。
日本でも小説やマンガとなっていますよ。

史上最悪の教皇と言われた男・アレクサンデル6世

史上最悪の教皇と言われた男・アレクサンデル6世

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「史上最悪の教皇」、「世俗化したローマ教皇の代表」と悪名高いアレクサンデル6世は、本名をロドリーゴ・ボルジアと言います。

その生涯は、肉欲と権力欲で占められており、およそ聖職者とはほど遠いものでした。

では、彼はどんな人物だったのでしょうか。

数々のタブーを冒す

数々のタブーを冒す

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彼の伯父である教皇カリストゥス3世によって取り立てられ、教皇の最高顧問である高位の司教・枢機卿(すうききょう)に任命されると、そこから権力と出世の階段を登り始めました。
こうした親族登用主義はボルジア家の特徴で、後にロドリーゴ自身も息子たちや近しい人物を要職に任命しています。

また、ロドリーゴは、聖職者でありながら数々のタブーを冒していました。

狩りやダンスに夢中になり、その上、大の女性好きだったんです。
愛人が何人もおり、子供までもうけていたのですからびっくりですよね。
そんな様子ですから、時の教皇から直々に注意されるほどだったんですよ。

しかし、当時の世の中は乱れきっていたため、ロドリーゴのように聖職者に存在するわけがない子供が当たり前のようにいて、それをやむを得ず世間が黙認してしまうような状態だったんです。

教皇になってからもそれはおさまるわけもなく、40歳以上年下の、しかも人妻を愛人にして、あろうことか教皇庁に住まわせたのでした。
これには多くの非難の声が挙がりましたが、当たり前ですよね。

金で買った教皇冠

金で買った教皇冠

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このようにモラル的に堕落しまくったロドリーゴですが、枢機卿という地位にもあったことから、次の教皇候補に名乗りを挙げました。
そして、ついには本当に教皇になってしまったのです。
1492年、アレクサンデル6世の誕生でした。
ちょうどコロンブスが新大陸を発見した年です。

ただ、この教皇選びにも彼は汚い手を使ったようで、教皇冠を金で買ったと言われています。
相当な贈収賄が行われていたようですよ。

こんな人物が教皇になってしまうなんて…現代のローマ教皇と比べたらとんでもない話です。

アレクサンデル6世もまた、親族を多く登用しました。
その代表格が息子チェーザレです。
まだ10代の息子に、彼は大司教や枢機卿といった高い地位を与えました。
他の息子にも領地を与えようとして周囲の反発を食らったりもしています。

これには理由もありました。
ボルジア家はスペイン出身であり、イタリアには基盤がなかったためです。
自分の足元を固めるには、親族や友人に頼るしかなかったんですね。

また、足場を固めるために子供たちを有力な家と政略結婚させました。
これは日本の戦国時代と同じようなものですが、娘のルクレツィアは彼の政治の道具となり、何度もの婚約と破棄、結婚と離婚を繰り返させられることとなったんですよ。

息子チェーザレと共に家の悪名を高める

息子チェーザレと共に家の悪名を高める

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自身の右腕となったチェーザレがその才覚を発揮し、次々と周辺勢力を制圧していくにつれ、多くの資金も必要になりました。
アレクサンデル6世は専らその資金集めに奔走しましたが、そのやり方がボルジア家の悪名を高めることとなったのでした。

やり方はこうです。

誰かが資産を持っているという噂が立つと、その人物に何らかの罪を着せて告訴し、投獄・処刑した上で財産を没収したんですよ。
戦死した人物の財産も同様に没収しました。

そのため、このやり方は、ボルジア家が相手の財産を奪うために殺したのだと噂されたんです。
確かに、ちょっと怪しいなと思ってしまいますよね。

あっけない死

あっけない死

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1503年7月、アレクサンデル6世は病に倒れます。
チェーザレも同様でしたが、マラリアだったのではないかと言われています。
あるいは、毒を盛られたという話もありますが定かではありません。

そして一か月後、あっけなく彼はこの世を去ってしまいました。

ここから、ボルジア家の凋落が始まるのです。

後に教皇となったユリウス2世は、アレクサンデル6世の政敵だったため、残されたチェーザレを逮捕してしまいます。
逃れたチェーザレですが、やがて異国で戦死することとなったのでした。

美しく冷酷な貴公子チェーザレ・ボルジア

美しく冷酷な貴公子チェーザレ・ボルジア

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ボルジア家で最も有名なのが、アレクサンデル6世の息子チェーザレ・ボルジアでしょう。
聖職者とその愛人の間に生まれた子という、本来なら有り得ない存在でありながら、父親の右腕としてイタリアを席巻したそのモチベーションは、タブーの子であるという偏見を吹き飛ばそうと彼自身が望んでいたからなのかもしれません。

美貌の禁忌の子

美貌の禁忌の子

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1475年、チェーザレはアレクサンデル6世(当時はロドリーゴ・ボルジア)と愛人ヴァノッツァ・カタネイとの間に生まれました。
ルクレツィアは同母妹に当たります。
この年にはミケランジェロも生まれているんですよ。

聖職者の子というタブーの存在でしたが、彼はローマで育ち、大学で法律などを学びました。
そして、教皇となった父による親族登用の結果、18歳で枢機卿に抜擢されたんです。

しかし単なる親族登用というだけでなく、チェーザレ自身はとても聡明で勇猛果敢な青年でした。
その上、相当な美男子だったということで、ボルジア家の象徴的存在だったんですよ。

破竹の快進撃

破竹の快進撃

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有能なチェーザレですが、枢機卿ということで聖職者でしかありません。
そのため、政治や軍事に関わるには還俗する必要がありました。
ちょうどその頃、弟フアンが暗殺され、ボルジア家の政治・軍事担当者がいなくなってしまいました(チェーザレが犯人ではとも言われた)。

そこで彼は還俗し、フランス王に気に入られていたということでフランスに領土を得た上、ナバラ(現在のフランスとスペインの間付近)王国の王女と結婚したのです。

そして、フランス軍の協力を得て北イタリアのミラノへ侵攻し、次々と制圧していきました。
その中にはボローニャ地方を支配していた有力者・スフォルツァ家もあったんです。

そしてローマに入城を果たした彼は、ローマ建国の立役者・カエサルがかつて行ったのと同じ凱旋式を行います。
教皇軍総司令官に任命された彼の勢いは頂点に達しており、ボルジア家の栄光もここが最高点でした。

多くの暗殺に関わった?謎多き貴公子

多くの暗殺に関わった?謎多き貴公子

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若くして高い地位を得たチェーザレですが、多くの暗殺劇に加担していたとも言われています。
これが、ボルジア家が暗殺や毒殺の噂に上ることとなった理由なんですよ。

まずは、先に述べた弟フアンの暗殺。
父が弟を寵愛するので、自分の地位に危機感を覚えて暗殺したとも言われています。
また、妹ルクレツィアを巡る争いという説もあります。

また、ルクレツィアの2番目の夫が暗殺された事件も、実はチェーザレが関係していたのではないかという話もあるんですよ。

こうした暗殺劇の影には、チェーザレとルクレツィアが近親相姦の関係だったためではないかという仮説もあるのですが、決定的な証拠はありません。

そして、すべての暗殺劇が、チェーザレが犯人「かもしれない」という曖昧な結果に終わっているんです。

この抜け目のなさこそ、チェーザレが陰謀渦巻くイタリアでのし上がった最たる理由なのでしょうね。

階段を転がり落ちるかのような最期

階段を転がり落ちるかのような最期

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チェーザレは快進撃を続け、イタリア中部も次々と支配下に入れていきました。
反乱が起きても鎮圧し、その勢いはとどまるところを知らないかに見えました。

しかし1503年7月、ローマに戻ったチェーザレは、病に倒れます。
同じころ父アレクサンデル6世も倒れ、亡くなってしまいます。
マラリアか、毒入りワインを飲まされたからかと言われています。

父の死後、しばらく病床にあった彼ですが、政敵ユリウス2世が教皇になるとその策にはめられ、捕まってしまいます。
そして弟フアンの殺害容疑をかけられ、フアンの領地があったスペインに送られるのですが、その途中で逃げ出し、妻の実家でもあるナバラへ逃げ込みました

そして1507年、ナバラの部隊を率いてスペイン軍と交戦中に、31歳の若さで戦死を遂げることとなったのです。

フィレンツェの外交官マキャヴェッリには、その行動や思想を評価されたチェーザレ。
有能で兵士に愛されたと言われる一方、血に飢えた大犯罪者という評もあるんです。

果たしてどちらが彼の本当の顔なのか…判断は皆さんに委ねましょう。

父と兄、時代に翻弄された美女ルクレツィア

父と兄、時代に翻弄された美女ルクレツィア

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父アレクサンデル6世、兄がチェーザレというボルジア家の姫・ルクレツィアは、「天女」と呼ばれるほどの優雅さと美貌の持ち主でした。

その生涯は、父と兄の策略による結婚と離婚の繰り返しで、自分の意思などそこにはありませんでした。
最後は幸せをつかんだのがせめてもの救いかもしれません。

繰り返す結婚と離婚

繰り返す結婚と離婚

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彼女は11歳で最初の婚約をしますが、2ヶ月で破談となり、次の婚約もまた破棄されてしまいます。
これには父アレクサンデル6世の意向がありました。

そしてようやく、1493年、13歳の時にミラノの支配者スフォルツァ家のジョヴァンニと結婚します。
しかし実家とスフォルツァ家がうまくいかなくなったため、最終的には離婚となりました。

しかも、離婚騒動の間にルクレツィアは父の侍従と関係を持ち、妊娠してしまったとも言われています。
しかしこれが成就するわけもなく、相手は死体で発見されたそうです。
そして、彼女が子供を産んだかどうかは覆い隠されてしまいました。
ただ、ボルジア邸で誰かの子が生まれたことは事実のようです。

その後、1498年にナポリ王の庶子であるビシェリエ公アルフォンソ・ダラゴーナと結婚しますが、夫はわずか2年後に暗殺されてしまいました。
この影に兄のチェーザレがいたとも言われている事件ですね。

さらに2年後、ルクレツィアはフェラーラ公アルフォンソ1世・デステの元に嫁ぎます。
ここで多くの子供を産み、ようやく幸せをつかんだのでした。
とはいっても、この間も多くの男性と不倫関係を結んでおり、まさに「魔性の女」と呼ぶにふさわしい女性だったようです。

ルクレツィアは魔性の女なのか?

ルクレツィアは魔性の女なのか?

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最後の夫に嫁いでからも華やかな男性関係があったようですが、その美貌に魅了されたのは、父アレクサンデル6世、兄チェーザレ、もう一人の兄ホアンもそうだったと言われています。
これが近親相姦と噂された理由ですね。

また、彼女自身が毒殺に関係していたという説まであり、毒を仕込める指輪を持っていたとまで言われているんですよ。
カンタレラそこから出して飲み物に混ぜたとか…。

しかしこれには証拠はなく、後世になりボルジア家をいっそうスキャンダラスに脚色するための作り話という感もあります。

ボルジア家もまた、生き抜くため必死だった

時間的にはわずかな間だったボルジア家の全盛期ですが、その強烈なやり方と存在感は歴史にしっかりと足跡を残しています。
退廃や堕落と無縁ではいられませんでしたし、権力・肉欲・金に執着したのも事実です。
そうでないと、後ろ盾のないイタリアの地で生きて行くのは不可能だったんですね。

人間の負の部分を隠すことなく、権力へ突き進んだ彼らの生きざまをたどってみると、なぜか惹かれませんか?それは、私たちに彼らのような人間への憧れがあるからなのかもしれませんよ。

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