ニューヨーク”摩天楼”の歴史&絶対行きたい歴史的観光スポット7選

”摩天楼”とは、天を摩する(接する)ほど高い建物を表す建築用語。人口およそ800万人、150m以上の高層ビルが300棟以上も立ち並ぶ、商業、金融、文化、エンターテインメントなどあらゆる分野に多大な影響を及ぼす世界トップクラスの大都市には、”摩天楼”と呼ぶにふさわしい光景が広がっています。ニューヨークはどんな歴史を経て、このような大都市になっていったのでしょうか。いつ頃からこんなにもたくさんの高層ビルが立ち並ぶように?今回はそんなニューヨークの成り立ちを紐解きつつ、歴史に触れることができるスポットをご紹介してまいります。

ニューヨークの歴史と歴史的スポット<先史から独立戦争まで>

【ニューヨークの歴史(1)】マンハッタン島の歴史

【ニューヨークの歴史(1)】マンハッタン島の歴史

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考古学的には先史時代、9000年ほど前には既に人が暮らしていたと考えられているニューヨーク。
海に面した地形の利便性からか、16世紀前半頃には多くの先住民族が暮らしていました。
もちろん当時はまだ高層ビルは建っておらず、おそらく、農業や漁業、他の部族との交易などを行うのどかな集落だったと推察されます。

16世紀に入るとヨーロッパ人が次々とニューヨークへ上陸を開始。
1609年、イギリスの探検家ヘンリー・ハドソンがオランダ東インド会社の依頼による航海の最中に、現在のハドソン川からマンハッタン島を発見。
南端地区はニューアムステルダムと呼ばれるようになり、オランダの公益施設が次々と建てられていきます。

ここに割って入ったのがイギリスです。
1664年、オランダとの争いに勝利し、マンハッタン島は英国領に。
地名もニューヨークと改名されます。
イギリスの統治下で奴隷も含め入植者が増え、18世紀中頃には15,000人以上もの人が暮らしていたようです。

【ニューヨークの歴史(2)】独立戦争とニューヨーク大火

【ニューヨークの歴史(2)】独立戦争とニューヨーク大火

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1775年、アメリカでは独立戦争が勃発。
マサチューセッツ、ボストンなど各地で起き始めた反乱は次第にアメリカ全土に広がり、戦火はニューヨークにも。
一旦はイギリス軍に占拠されますがこれを撃墜し、退かせることに成功。
戦いには勝利しますが、この戦いの最中の1776年、ニューヨークは大火事にみまわれ、その3分の1ほどが焼失してしまいます。

長い戦いの末、1783年、アメリカはイギリスから独立。
1789年にジョージ・ワシントンがニューヨークのウォール街で就任演説し、1800年代に入るとマンハッタンの大規模な都市計画が浮上します。
南北に1番街から12番街まで、東西に155丁目まで続くストリートが交わる碁盤の目のような道路網は、このとき定められたものなのです。

都市計画が進められていく最中の1835年、ニューヨークの町を再び大火が襲います。
被害は甚大で、建物は焼失、あるいは、燃え広がりを防ぐために次々と破壊され、マンハッタンの建物の大半は失われてしまいました。

この時代の歴史的スポット(1)「セント・ポール教会」

この時代の歴史的スポット(1)「セント・ポール教会」

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2度の大火と独立戦争による混乱、台風や疫病などにも苦しみ続けた18世紀のニューヨーク。
残念ながら、1776年の大火より前の建物はほとんど残っておらず、独立戦争前の街の全貌を知る手がかりが非常に少ないのが現状。
唯一、当時のまま残っている教会が、マンハッタン島の南端、ロウアー・マンハッタンにあります。

1766年に完成した、18世紀イギリスのジョージ王朝様式の建物「セント・ポール教会」。
1度目の大火をも潜り抜け、独立戦争以前に建てられた教会の中で唯一現存するもので、色の異なるレンガを積み上げて造られた外壁や、内部の高い天井に施されたステンドグラスや祭壇の美しい彫刻群などが印象的な、落ち着いた雰囲気の教会です。
初代アメリカ大統領のジョージ・ワシントンがウォール・ストリートにあるフェデラル・ホールで就任の宣誓をした後、ここで礼拝をしたとも伝えられています。

歴史的な建造物ですが、観光客も多く、自由に見学することができる雰囲気で、開かれた教会という印象も。
結婚式が行われることもあるそうです。
すぐ裏手には、グラウンド・ゼロ(ワールドトレードセンター)があり、9.11の追悼の場として写真などの展示コーナーも。

250年以上もの間、町の人々と共にありつづけた壮麗な教会は、今も静かにマンハッタンの移り変わりを見守り続けています。

この時代の歴史的スポット(2)「ニューヨーク旧市庁舎」

この時代の歴史的スポット(2)「ニューヨーク旧市庁舎」

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アメリカ独立後に創案された、マンハッタン全体を格子状の道路で覆うという大規模な都市計画。
それに合わせて新しく建てられた市庁舎の建物が、セント・ポール教会の北側2ブロックほど先に残っています。

オランダやイギリスが船で乗り付け植民地化していったという背景から、当時はまだ、市街地は海に近い部分、マンハッタンの南端地区に限られていました。
独立戦争前にも市庁舎は存在していましたが、独立宣言後、ニューヨークがアメリカの首都になったことから、新しい市庁舎を建てることになったのです。
この市庁舎は言わば”市街地の北の端”に建てられた、ということになります。

当時、戦後で財政難だったのか、とりあえず市庁舎の南側部分だけ、大理石を施して立派に造ったのだそうです。
その後、何度か改築工事が行われていて、現在では正面南側も石灰岩に置き換えられています。

建物は新しいアメリカを象徴するかのような、力強く強固な印象の四角いジョージアン様式を軸に、優雅で美しく整ったルネサンス様式を融合させたデザイン。
ウォール街を間近に控えた近代的な高層ビル群の中にあっても全く引けをとることなく、今もなお輝き続けるその姿は今もなお多くの人々を魅了。
現在では、周囲は公園となっていて、ビジネス街の中にあって緑豊かな、市民や観光客の憩いの場となっています。

ニューヨークの歴史と歴史的スポット<南北戦争を終えて>

【ニューヨークの歴史(3)】戦後のニューヨーク

【ニューヨークの歴史(3)】戦後のニューヨーク

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独立戦争後、アメリカにはより多くの移民や奴隷が入ってきて、人口も、人種も、商業の構造も、文化も、ありとあらゆるものが大きく膨れ上がって揺れ動いていました。
そうした背景から、19世紀半ば過ぎ、とうとう国内が真っ二つに分かれ、戦争が始まってしまいます。
アメリカ合衆国と、そこから分離したアメリカ連合国が1861年から1865年にかけて争った戦争、いわゆる「南北戦争」です。

ニューヨークは多くの人種と思想が入り混じる町であったため、北軍の拠点である一方で南部とのつながりも強く、市民の不安が暴動という形で噴き出すこともしばしば。
市街地は混乱を余儀なくされました。

戦後も不安定な状態は変わらず、政治家の汚職事件などがあり、しばらく低迷期が続きますが、19世紀後半に入る頃には再び息を吹き返し、町は活気づいていきます。
この頃、ニューヨークの町にトーマス・エジソンが広めた白熱電球が導入され、世界初の照明都市に。
人々の活気を象徴するかのように町は明るく照らされ、さらなる飛躍を遂げていきます。

ニューヨーク市というとマンハッタンをイメージする人が多いと思いますが、現在のニューヨーク市には他にも行政区が存在します。
19世紀半ばから後半にかけて、まずブルックリンとの間に橋がかけられ、その後ニューヨーク市と併合へ。
クイーンズ(ロングアイランド)とブロンクスもニューヨーク市の一部となります。
さらにスタテンアイランドも併合され、1898年には行政5区(マンハッタン区、ブルックリン区、クイーンズ区、ブロンクス区、スタテンアイランド区)が確立。
様々な出来事を経て19世紀末に、現在のニューヨーク市が形成・誕生しました。

この時代の歴史的スポット(1)「メトロポリタン美術館」

この時代の歴史的スポット(1)「メトロポリタン美術館」

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アメリカ南北戦争の後、暗い雰囲気が漂う一方で、この時期、現在もニューヨークの観光名所となっている著名な施設がいくつか建設されていきました。
その代表が、マンハッタンの中央部に位置する巨大な石造りの建物、世界最大級の美術館「メトロポリタン美術館」です。

当時、まだアメリカには、本格的な美術館はありませんでした。
所有している美術品はまだ何もない状態でしたが、美術館建設の計画は進められ、1872年、ついに開館。
徐々に収蔵品を増やしていき、現在では300万点を超える美術品を所蔵する、世界屈指の美術館に成長しました。
驚くべき点は、これだけの規模の美術品が、国や王室ではなく、民間の有志に寄って集められ、維持されているという点。
”アメリカを盛り上げていこう、頑張ろう”という力強さがひしひしと伝わってきます。

コレクションはエジプトやアジア、イスラム美術から現代美術まで多種多様。
数もさることながら種類の多さ、幅広さには目を見張るものが。
アメリカの歴史に関する展示もありますが、多くは他国から集められた、教科書に載っているような歴史上有名な作品ばかり。
アメリカの、というより”世界の美術館”といった印象を受けます。
おそらく1日で見切ることは難しい。
建物内はとてつもなく広いので、館内マップをチェックして見たいエリアを絞って回るのが得策です。

美術品だけでなく、その建物自体も荘厳で美しく、まるで巨大な宮殿の中にいるよう。
芸術の域に達しています。
通りに面した外階段に座ってくつろぐ人も多く、これだけ大きな建物が街並みにしっかりなじんでいるところも、ニューヨークの凄さのひとつなのかもしれません。

この時代の歴史的スポット(2)「自由の女神」

この時代の歴史的スポット(2)「自由の女神」

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この時代に建てられた建造物なら「自由の女神」を挙げないわけにはいきません。

マンハッタンの最南端にあるバッテリー・パークから2.5㎞ほどの場所に浮かぶリバティ島に立ち、世界遺産にも登録されている銅製の女神像。
アメリカ独立100周年を記念してフランスから贈られたもので、像の高さは約33m、台座の高さは47m、総重量は225tにもなるのだそうです。
頭の冠には7つのトゲトゲがありますが、これは7つの大陸と7つの海を表しているのだとか。
頭の部分は展望台になっていて、エレベーターとらせん階段で上ることができるのですが、2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロ事件の後はしばらく閉鎖されていました。
現在では事前の予約や人数制限などがありますが、展望台は再開されていて上まで上がれるようになっています。

自由の女神は、今までにも多くの映画やドラマ、小説などに登場しています。
日本でも「アメリカ横断ウルトラクイズ」というクイズ番組で、1問目は必ず自由の女神に関する問題が出題され、長きにわたって”夢と自由の象徴”として多くの人々を魅了し続けてきました。

近くに行ってみると、像より台座の大きさにまず圧倒されるはず。
女神はかなり高い位置に立っています。
台座の部分はアメリカの歴史についての展示が中心の博物館に。
リバティ島は小さな島で、女神像以外に特に目立った建物はありませんが、きれいに整備されているので、ゆったり過ごすにはもってこいの場所です。

ニューヨークの歴史と歴史的スポット<世界的大都市へ>

【ニューヨークの歴史(4)】摩天楼の誕生

【ニューヨークの歴史(4)】摩天楼の誕生

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マンハッタンは西をハドソン川、東をイースト川とハーレム川、北をスパイテン・ダイヴィル川とハーレム川運河、南をニューヨーク湾に囲まれた”島”。
幅は約4㎞、長さは20㎞ほどで、面積は58.8平方キロメートル。
南北に細長い形をしています。
このマンハッタン島、なんと1枚の岩盤から形成されているのだそうです。
しかもその岩は大変硬く強く、高層ビルの建設に最適。
度重なる大火や戦争を経験してきたニューヨークでは、木造建築を避け、レンガや石造りの強固な建物を建てる傾向が強くなっていました。
そして人口が増え、政治や経済の中心地として躍動を続ける町として、高層ビルの建設は必然必至であったと考えるべきでしょう。

最も古い高層ビルは、1890年に建てられた、高さ106メートルの「ニューヨークワールドビル」だと言われています。
それより前に建てられた高層建築物もありましたが(例えば1846年に建てられたトリニティ教会は高さ87メートル)、それを超える”超高層ビル”の時代の到来を告げる建築物となりました。
残念ながらこのビルは1955年に解体されていて、現存していません。

この後、マンハッタンでは超高層ビルの建設ラッシュが始まり、世界の高層建築物の記録を次々塗り替えていきます。

この時代の歴史的スポット(1)ウールワース・ビル

この時代の歴史的スポット(1)ウールワース・ビル

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マンハッタンの歴史ある超高層ビルといえば、まず見ておきたいのがこちら。
ロウアー・マンハッタンの一角、シティーホール・パークにほど近い場所に、ゴシック調の荘厳な雰囲気を漂わせた超高層ビルがあります。
57階建て、高さ241.4m。
1913年に完成し、1930年までは世界で一番高いビルでした(1930年には40ウォール・ストリート・ビルとクライスラービルが完成し記録更新)。
58階には展望台が。
1945年までは一般の人も入ることができ、大変人気があったのだそうです。

実業家フランク・ウールワースによって建てられた、まるで大聖堂のような厳かな外観の高層建築。
四方に施された尖塔のようなトゲトゲした装飾がまるで天を目指して伸び続けているかのように見え、下から見上げると迫力満点。
内部も如才なく装飾されていて、アーチ形のエントランスの美しさは息をのむほどです。

9.11以降、観光目的で中に入ることはできないようなのですが、近くで建物の外観を眺めるだけでも十分、マンハッタンの超高層ビル建設の歴史を肌で感じることができます。

この時代の歴史的スポット(2)エンパイア・ステート・ビル

この時代の歴史的スポット(2)エンパイア・ステート・ビル

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超高層建築が続く中1931年に完成したのが、ニューヨークの象徴ともいうべき「エンパイア・ステート・ビル」。
前の都市に完成していたクライスラー・ビル(77階・高さ320m)を追い抜き”世界一高いビル”の称号を奪うために鋭意建設されましたが、

完成後は不景気の影響で空室が目立ったと言われています。

何にしても、102階、上部の電波塔まで合わせると高さ443.2mにもなり、文句なしの世界一に。
1972年にワールドトレードセンターが竣工するまで40年以上もの間、世界一の地位を守り続けてきました。
現在も現役のオフィスビルで、多くの企業や団体がテナントとして利用するほか、連日多くの観光客で賑わっています。

エンパイア・ステート・ビルに来たら是非行ってみたいのが、86階部分にある屋外展望台。
屋根がないので、高さ320mのニューヨークの空気を肌で感じつつ、大パノラマを楽しむことができます。
スペースはそれほど広くありませんので休日や夜はかなり混雑しますが、エレベーターの行列に並んででも見る価値のある光景です。
102階(高さ381m)にも第二展望台がありますが、こちらはさらに狭いため入場制限があるとのこと。
事前の確認が必要です。

新しい歴史的スポット:ワールドトレードセンター

新しい歴史的スポット:ワールドトレードセンター

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”新しい歴史的スポット”というのも妙な言い回しになりますが、マンハッタンの超高層建築の歴史を知るうえで、是非訪れておきたいところがあります。
ワールドトレードセンターです。

ロウアー・マンハッタンの一角。
そこにはかつて、白く輝く外壁が眩しいツインタワーが建っていました。
1966年から1973年にかけて建設され、エンパイア・ステート・ビルを抜いて世界一の高さとなったワールドトレードセンター。
マンハッタンの最南端地区にあり、海から見ても絵になる直方形の近代的な超高層ビルは、ニューヨークの新しいシンボルとなっていました。

しかし2001年9月11日、アメリカ同時多発テロ事件によって崩壊するという悲劇が起きます。
正解最大級の巨大建築物は完全に崩壊し、多くの人々の命が犠牲になりました。

この場所は、グラウンド・ゼロと呼ばれ、亡くなった人々の名前が刻まれた碑が建てられ、追悼の場となっています。
その一方で、この地に新しく高層ビルを建てようという計画も進行中。
6つの超高層ビルと商業施設、地下鉄駅やバスターミナル、そして9.11の慰霊碑を含めた複合施設として生まれ変わろうとしています。

その先駆けとして2014年、1 ワールドトレードセンター(ワンワールドトレードセンター)が完成。
高さ541.3m、104階建て。
ご遺族への配慮などもあり、初めは「フリーダムタワー」という名称だったそうですが、2009年に1ワールドトレードセンターと変更に。
管理上のためとのことですが、WTCという名前を忘れるべきではないと、との声も上がったようです。

建設計画当時は世界一の高さを目指していましたが、計画の遅れなどから、ドバイのブルジュ・ハリファ(2010年竣工、地上168階建、高さ828m)に先を越されてしまいました。
残念ながら世界一は逃しましたが、やはりニューヨークには超高層ビルがよく似合います。
まるで鏡張りのように空を映して輝く外観は、ニューヨークの新しいランドマークとして注目を集めることになりそうです。

摩天楼ひしめく大都市・ニューヨーク

ニューヨークと言えばやはり摩天楼。
アメリカ独立後、マンハッタン島に張り巡らされた格子状の道路に沿うように、現在では6,000棟近い数の高層建築物が立ち並び、名実ともに世界トップの大都市へ変貌を遂げたニューヨーク。
市街地を歩くと、ついつい上ばかり見上げてしまいます。
現在、計画中・建設中の300m超え超高層ビルは十数棟。
これからも”摩天楼”は増え続けていくのでしょう。
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