こんな残酷な最期はひどすぎる…ニコライ2世とその家族の悲劇

公開日:2020/3/5 更新日:2020/3/5

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罪無く殺された皇帝の子供たち

ニコライ2世には、4人の娘と1人の息子がいました。
上から、オリガ、タチアナ、マリア、アナスタシア、アレクセイと言います。
特に4人の娘たちは、名前の頭文字を取って「OTMA」というサインを共通のものとして使うほど仲良しで、美しい姉妹でした。
弟のアレクセイは、皇帝夫妻待望の男子ということで大切に育てられていましたが、血友病を患っていたため病弱で、そのためラスプーチンが登用され、結果的に王室の評判を落とすこととなってしまったのです。
彼はたった13歳で殺されましたが、殺される直前は車椅子生活でした。
自由に動くこともできない上、両親が先に殺される恐怖の中、頭に銃弾を撃ち込まれたのです。

優しく賢い年長の姉妹2人

長女オリガは姉妹の中でも最も聡明でした。
外国の王族との結婚話もありましたが、「私はロシア人だからロシアにいたい」と断っています。
最年長で賢かったからこそ、両親がトボリスクに流されるころにはすでに自分たちの運命を悟っていたようです。
22歳で殺されました。
二女タチアナは本当に美しい女性でした。
姉と共に看護婦資格を持ち、母アレクサンドラと一緒に第一次大戦に従軍して兵たちの手当にも当たっています。
責任感が強く、弟の面倒を良く見ていました。
享年21歳。

天真爛漫な2人の年少姉妹

三女マリアはふっくらとした美貌を持ち、ロマノフ朝の美しさをいちばん受け継いでいたと言われています。
陽気で気さくな性格で、イパチェフ館に幽閉されてからも、そこの警護兵までもが彼女に好意を寄せるほどでした。
また、彼女に思いを寄せていた従兄弟は、彼女の死後に自分が結婚しても、枕元に彼女の写真を飾っていたそうです。
お転婆だったという四女アナスタシアには、近年まで生存説が囁かれ、彼女を名乗る偽物が登場したほどでした。
というのもその名前に「復活」という意味も含まれていたからなんです。
しかし死亡確認がされています。

マリアは19歳、アナスタシアは17歳でした。

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