こんな残酷な最期はひどすぎる…ニコライ2世とその家族の悲劇

公開日:2020/3/5 更新日:2020/3/5

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タブーだった遺体の行方

イパチェフ館の地下室に集められ、一斉に銃撃を浴びて殺された皇帝一家。
皇帝夫妻は最初の銃撃で絶命しましたが、即死しなかった子供たちなどは、逃げようとするところを銃剣で何度も突き刺され、最後に頭部を撃たれて殺されました。
残忍だったのはその殺害方法だけでなく、遺体の扱い方もひどいものでした。

焼却され、硫酸までかけられて上に盛りに埋められたんです。
しかもソ連政府は「ニコライ2世のみ処刑し、他は生存している」と発表したため、皇帝一家の生死については、一般的は謎に包まれていたんですよ。
そのせいで、アナスタシアなどの生存説が出てきたわけです。

長らく行方不明だった一家の遺骨ですが、1979年に民間の調査隊によって埋葬地が特定されました。
しかし、政府筋からの圧力により遺骨は埋め戻されたんです。
というのも、裁判にもかけず皇帝と家族を殺害というのはとんでもない暴挙だったため、諸外国からの咎めも発生すると考えられたからなんですよ。
特に皇后アレクサンドラはドイツやイギリスの血を引いていたため、反発を受けるのは必至でした。

そして、ソ連崩壊後の1991年、皇帝一家の遺骨は再発掘され、ようやく埋葬されたのです。

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