こんな残酷な最期はひどすぎる…ニコライ2世とその家族の悲劇

公開日:2020/3/5 更新日:2020/3/5

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最期の地・イパチェフ館のその後

彼らの最期の地・イパチェフ館は、当時エカテリンブルクを州都としていたスヴェルドロフク州の第一書記だったボリス・エリツィンによって証拠隠滅のため解体されました。
彼こそ、後のロシア大統領です。
彼は大統領となると、皇帝一家の埋葬命令を出し、イパチェフ館の跡地には2003年に教会がつくられました。
その名も、「血の上の教会」。
かつてそこで行われた血なまぐさい惨劇を彷彿とさせる名前ですが、非業の死を遂げた皇帝一家の無念をこれからも伝えていくには格好の名付けと言えるかもしれません。

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