観光前に知りたい「二条城」の基礎知識。外せないおすすめポイントは?

古都京都の文化財として、世界遺産に登録されている二条城。大政奉還の地としても有名で、行ったことない方も一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか?そんな歴史の舞台にもなった二条城を、京都に何度も訪れている筆者がおすすめポイントを抑えながら紹介します。

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1.二条城ってどんなお城?

1.二条城ってどんなお城?

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関ヶ原の戦いで勝利した徳川家康。
家康が京都の宿所として築城されたのが二条城です。

二条城はなんといっても大政奉還が行われたことで有名ですよね。
その他にも、家康と豊臣秀頼の会見、15代慶喜の将軍継承などいろいろな歴史がありました。

3代家光移行230年間、将軍が上洛していなかったことにより、当時の建築物である天守や本丸御殿は落雷や大火などで焼失してしまっておりますが、大政奉還が行われた二の丸御殿を中心に、当時の豪華な印象は今でも感じることができますよ。

2.二条城のおすすめポイントは?

2.二条城のおすすめポイントは?

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かつては東西約500メートル、南北約400メートルもの広さがあった二条城。
現在も50,000坪以上の広さがありますので、時間には余裕をもってのんびりと散策してくださいね。

国宝や重要文化財に指定されているものが多く、見どころもたくさんあります。
その中でも抑えておきたいポイントを紹介します。

(1)桃山時代の代表的な武家風書院造り、「二の丸御殿」

(1)桃山時代の代表的な武家風書院造り、「二の丸御殿」

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二条城で見るところと言えば、この二の丸御殿になります。
二条城の写真といえばこの二の丸御殿が写ってますよね。
6棟からなっており、部屋数33室、畳は800畳も敷かれているそうです。
二の丸御殿の廊下はウグイス張りになっていて、歩くと「キュ、キュ」と音がします。
これは外部の侵入を知らせる役割があったそうですよ。
他にも約3000面以上の障壁画や彫刻など、豪華で見事なものがたくさんありますので、他の方に気を付けて、周りをキョロキョロしながら歩いてみてくださいね。

(1)-1.豪華な彫刻が見事、「車寄(くるまよせ)」

唐門をくぐると、とても豪華な彫刻が目に入ります。
ここは車寄(くるまよせ)といい、牛車が直接中に入れるようになっています。
彫刻は表側と裏側で違ってますので、両方チェックしてくださいね。
屋根は日本独自の桧皮葺(ひわだぶき)になっています。

(1)-2.二の丸御殿最大の床面積、「遠侍(とおざむらい)」

城に参上した大名の控室で、一の間・二の間・三の間・若松の間・勅使の間等に分かれており、床面積が約1046.1平方メートルもあります。
徳川家康が豊臣秀頼と会見したのは、この遠侍だと言われています。
襖絵が見事ですよ。

(1)-3.将軍への献上品を取り次いだ、「式台(しきだい)」

参上した大名が、老中と挨拶をしたのがこの式台。
将軍への献上の品もここで取り次がれました。
南半分が式台の間、北半分は老中の執務室となっていたので老中の間と呼ばれています。

(1)-4.大政奉還が行われた「大広間」

一の間から四の間まであり、将軍が諸大名と対面した部屋で、二の丸御殿の中で一番格式が高い部屋になります。
大政奉還もこの二の間で行われました。
二の間はほかにも、後水尾天皇の行幸のおり、南庭につくられた能舞台の見所に使われたそうです。
一の間は48畳、二の間は44畳、三の間は大名の控室でヒノキの透かし彫りがあり、四の間は将軍が上洛した際の武器庫として使用していました。
現在は大政奉還時の武士の人形がありますので、当時どのような体制で大政奉還が行われたのか見ることができますよ。

(1)-5.狩野尚信の襖絵が見事、「黒書院」

将軍が親藩大名などと内輪(うちわ)で対面するところです。
部屋の規模は他と比べて小さく、親しい間柄で対面していたことが分かります。
部屋には狩野探幽の弟である尚信の襖絵があります。
とても凝った造りになっていますので、くまなくチェックしてみてください。

(1)-6.将軍のプライベートの部屋、「白書院」

(1)-6.将軍のプライベートの部屋、「白書院」

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将軍の居間、寝室として使われていた部屋です。
豪華な他の部屋と比べて、落ち着いた雰囲気となっており、襖絵なども水墨画になってますよ。
他の部屋との違いを感じながら見てくださいね。

(2)旧桂宮邸の由緒ある建物、「本丸御殿」

(2)旧桂宮邸の由緒ある建物、「本丸御殿」

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現在の本丸御殿は、京都御所にあった旧桂宮邸の御殿を明治時代に移築したものになります。
かつては二の丸御殿に匹敵する規模を誇っていましたが、落雷により焼失。
その後、15代将軍慶喜の住居として再建されましたが、明治時代に撤去されています。
現在の本丸御殿は耐震性の問題により2007年の春を最後に、一般公開はされていません。

(3)五層の天守があった「天守台」

(3)五層の天守があった「天守台」

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現在の二条城には天守はありませんが、かつては五層からなる天守がありました。
天守台は残っていますので、本丸にいった際はこちらまで足をのばしてみましょう。
もともとの天守は、1606年に徳川家康が大和郡山城天守を移築した説があります。
その後、3代家光の時にこの天守を淀城に移築、新しく伏見城の天守を移築改造して五層の天守を建てたと言われています。
1750年に落雷によって焼失し、それ以降再建されることはありませんでしたが、天守台からは二条城の本丸や桃山門などが眺められますので、ぜひ登ってみてください。
少々石段が急になってますのでご注意を。

(3)3つの庭園巡りをしよう

二条城には庭園が3つあります。

それぞれ歴史を重ね、特徴が異なった庭園ですので、庭園を眺めてのんびりしながら二条城巡りができますよ。

(3)-1.「二の丸庭園」

(3)-1.「二の丸庭園」

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江戸時代につくれた庭園で、二条城の概観にあわせて作られたと言います。
その後8代将軍吉村の時に一度改修されていますが、230年将軍不在の中荒れ果て、15代将軍慶喜の時から何回も改修されて今の姿になっています。
二の丸御殿を散策しながらこちらの庭園も鑑賞できますよ。

(3)-2.「本丸庭園」

(3)-2.「本丸庭園」

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創建当時に造られた本丸庭園ですが、こちらも以前のものは本丸御殿焼失時に一緒に焼失。
その後、慶喜の住居として建てられた時に庭園も造られてましたが、当時の本丸御殿が撤去される際にあわせて庭園も撤去されています。
現在の庭園は旧桂宮邸が移築された際に造られた枯山水の庭園をさらに改修された、芝庭風築山式庭園になります。

(3)-3.和と洋の融合、「清流園」

(3)-3.和と洋の融合、「清流園」

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清流園は昭和になってから造られた庭園です。
以前は天守閣があったと言われ、天守が焼失した後は幕府の役人の住居があったと言われています。
現在の庭園は和洋折衷の作りになっており、芝生が敷き詰められた洋風の庭園と、建物二棟を含めた池泉回遊式山水園の和風庭園の調和はとても見事で珍しいですよ。

3.二条城は他にもあった?

3.二条城は他にもあった?

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日本の歴史の中で、「二条城」と呼ばれるものは、この二条城を含め4つ存在します。

・室町幕府13代将軍足利義輝の居城とされるもの。
当時都一の大路であった二条通には足利尊氏から義満まで、将軍が二条に屋敷を構えたので、「二条陣」または「二条城」と呼ばれていたそうです。

・室町幕府15代将軍足利義昭の居城として織田信長がつくったもの。

・織田信長が京都の宿所としてつくった「二条新御所」。

・豊臣秀吉がつくった「二条第」。

それぞれの二条城巡りをしても、楽しいですね。

江戸幕府の始まりと終わりの二条城へ

徳川家康が将軍就任の祝賀の儀を行い、大政奉還が行われた二条城。
まさに二条城は江戸幕府の始まりと終わりの舞台と言えますよね。
現在でも残る江戸幕府の豪華な建築物、広大な敷地を感じることができますので、京都にお越しの際は訪れてみてください!
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