【イタリア観光】古代も中世もルネサンスも見れるイタリアへ

イタリアは地中海に突き出た半島で、その付け根の部分がスイスとオーストリアとフランスに接しています。島国である日本とどこか似たところがあると言われているのがイタリア。南に行くと火山もありますし、稲の栽培も行われているのですよ。南北に細長い国ですから、北と南とではいろいろなことが違っています。古代ローマ帝国の中心がイタリアだったので、歴史的に見ても他のヨーロッパ諸国にはないものがたくさんあります。ローマ帝国発祥の地であるローマから、イタリアの都市とその歴史をめぐる旅に出かけることにしましょう。

すべての道はローマに通じていました

すべての道はローマに通じていました

image by PIXTA / 835280

「すべての道はローマに通ず」ということわざがあります。
その名残は、ローマのテルミニ駅の名前にあるのですよ。
19世紀後半に鉄道がヨーロッパ各地で建設されたとき、たいていの都市では旧市街から少し離れたところに中央駅ができました。
ローマの中央駅の名前は「テルミニ」つまり「終着駅」。
ヨーロッパを網の目のように走る鉄道はすべてローマに通じているということなのですね。

ローマ帝国時代の遺跡がまだ生きています

ローマ帝国時代の遺跡がまだ生きています

image by PIXTA / 33132979

ローマの街を歩いていて驚かされるのは、ローマ帝国時代の遺跡がすぐそこにあることです。
現代と古代とが同居している都市、というのがローマですね。
オオカミに育てられたロームルスとレムスの双子の兄弟の兄ロームルスに起源があるとされるローマ帝国。
「ローマは一日にしてならず」ということわざがありますが、この神話の時代から始まり、ヨーロッパだけではなく北アフリカから中近東までを支配した大帝国が実現。

このローマの中心にある遺跡がフォロ・ロマーノ。
ここがまさに古代のローマ帝国の中心で、現在のローマもこのあたりが中心。
すぐ近くに19世紀末にイタリア王国を建国したヴィットーリオ・エマヌエーレ2世の記念堂があるから面白いですね。
ところで、「ローマの平和」を作り上げた古代ローマ人の好きだったものは競技と温泉。
競技場の遺跡であるコロッセオでは、剣闘士たちや人間と動物の命懸けの戦いが行われ、ローマ市民はそれに心躍らせたことでしょうね。
ローマ市内にはいくつか古代の温泉施設の遺跡がありますが、有名なのはなんといってもカラカラ大浴場。
もちろん遺跡ですから入浴はできませんが。

スペイン広場とトレヴィの泉は見ておきたいですね

スペイン広場とトレヴィの泉は見ておきたいですね

image by PIXTA / 29070209

「現代」と「中世」と「古代」が同居する大都市ローマ。
観光で見るべきものはたくさんありますが、ここではオードリー・ヘップバーンが主演した古典的名作映画『ローマの休日』(1953)に登場するスペイン広場などを紹介しておくことにします。
中世以来のヨーロッパの都市には広場と泉が必ずありますが、ローマほどの大きさになるといくつも広場と泉があるのですよ。
なかでもスペイン広場は上からの眺めが素敵で、イギリス王女に扮したヘップバーンのようにジェラートを食べながら階段を降りたいところですが、現在は禁止されているとか。

ローマ帝国初代皇帝アウグストゥスがローマ市内をめぐる水道の終点として造らせたというのがトレヴィの泉のルーツ。
上下水道のなかったヨーロッパの中世都市に比べると古代ローマの都市の方がずっと近代的ですね。
ローマ教皇クレメンス12世の命令で現在の場所にトレヴィの泉が建設され、完成したのは1762年。
泉に背を向けてコインを投げると願い事が叶えられるということですよ。
もう一度ローマに戻ってきたい人は、コインを1枚だけにしてくださいね。

バチカン市国は世界でもっとも小さい独立国です

バチカン市国は世界でもっとも小さい独立国です

image by PIXTA / 14934368

ローマ教皇のいるサン・ピエトロ大聖堂があるのは、世界でもっとも小さい独立国であるバチカン市国。
バチカン市国はローマ市内にあるのですよ。
イエスの十二使徒のなかでも天国への鍵をイエス自身から手渡されたペテロは、ちょうどこの場所で殉教したことになっているのですよ。
初代ローマ教皇とされているのがそのペテロで、その後ここがローマ教皇の所在地、つまりローマ=カトリックの総本山ということになりました。
かつてはローマ教皇領はずっと広かったのですが、現在は小さなバチカン市国。

しかし、この大聖堂はキリスト教の教会として貴重なものがきっしりつまっているのですよ。
313年に大聖堂の基礎が築かれて以来、バジリカ様式の大聖堂では800年にカール大帝が戴冠式。
その後ルネッサンス期を経てバロック時代にほぼ完成。
大聖堂にはいくつかの礼拝堂がありますが、なかでも必ず見ておきたいのは、ミケランジェロの『最後の審判』のフレスコ画のあるシスティーナ礼拝堂。
この壁画には圧倒されてしまいますよ。

「水の都」ヴェネチアには自動車が走っていません

「水の都」ヴェネチアには自動車が走っていません

image by PIXTA / 23230945

ローマから北に進んでイタリア半島の付け根のところ、アドリア海に浮かぶ小さな島がヴェネチアです。
「水の都」と称されるように無数の運河が張り巡らされていて、観光用のゴンドラが浮かんでいます。
タクシーというとモーターボートで、自動車は1台も走っていません。
シェイクスピアの『ベニスの商人』でわかるように、ヴェネチアはかつては海運業の拠点。
今はもうその繁栄の面影は過去のものではありますが、それがまたこの「水の都」に独特の光と影とを落としてるのですね。

ヴェネチアの中心はサン・マルコ広場で、この広場にはサン・マルコ大聖堂やドゥカーレ宮殿などがありますが、潮の満ち引きによって広場が水浸しになることもあるのですよ。
ヴェネチアを二分する大運河にかかる橋で有名なのはリアルト橋。
木の橋から現在の石の橋になったのが1557年。
ヴェネチアから「タクシー」で少し行ったところにムラノ島がありますが、ここはヴェネチアン・グラスの製造所。
リド島には海水浴場があります。
トーマス・マンの『ベニスに死す』をルキノ・ヴィスコンティ監督が映画化しましたが、主人公が美少年タージオの姿を見つめながら死んでいくのがちょうどこの場所ですね。

ミラノには世界三大オペラ劇場の一つがあります

ミラノには世界三大オペラ劇場の一つがあります

image by PIXTA / 7640837

ヴェネツィアから西に行くと、ヴィスコンティ監督の先祖が1395年に神聖ローマ皇帝からミラノ公の位を授かったミラノがあります。
その後スフュルツァ家の支配を経て、ハプスブルク家の支配下になったミラノは、南イタリアとはまったく別の都市空間を演出しているのですよ。
その後ナポレオンの支配を経て、1861年にイタリア王国に編入。
これでようやく「イタリア」になったわけですね。

スフォルツァ家の支配下にあったときのスフォルツァ城塞にはたくさんの博物館があります。
ミラノの中心部にはドゥオーモと呼ばれる大聖堂がありますが、一度見たら忘れられない独特の建築物。
完成させたのはナポレオンで、その失脚の直前の1813年。
ミラノで忘れてはならないのは、レオナルド・ダ・ヴィンチが1498年に完成した壁画『最後の晩餐』があるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会。
ユネスコ世界文化遺産に登録されていますよ。
それからもう一つ、オペラの本場イタリアですからミラノには世界三大オペラ劇場の一つであるスカラ座があるのですね。

「花の都」と呼ばれたのはフィレンツェでした

「花の都」と呼ばれたのはフィレンツェでした

image by PIXTA / 25049493

ミラノから南に行くとフィレンツェがあります。
パリを「花の都」と呼ぶこともありますが、「花の都」の元祖はこのフィレンツェ。
都市の紋章も百合の花ですが、アルノ川に架かるポンテ・ヴェッキオという宝飾店が立ち並ぶ橋があります。
パリのセーヌ川にはポン・ヌフという橋が架かっていますが、これは「新しい橋」という意味。
都市と郊外をつなぐ橋こそ絶好の商売の場ですから、ヴェッキオ橋のように商店が建ち並んでいたのが橋の原型だったのですよ。
ヴェッキオ橋を渡って旧市街に入ると、そこはもちろんユネスコ文化遺産に指定された地域。

フィレンツェといえばメディチ家のことがすぐに思い浮かびますが、銀行家として成功してトスカナ大公にまで上り詰めたメディチ家の名前は「薬」から来ているのですよ。
メディチ家ではなくドミニコ会の修道院がつくったサンタ・マリア・ノヴェッラは世界最古の薬局。
都市の中心部には丸屋根のサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂があり、ルネサンス絵画を展示しているウフィッツィ美術館は必ず見ておきたいですね。
フィレンツェは大公国になる前は共和国で、ヴェッキオ宮殿がその政治の中心。
メディチ家は大公になってここからルネサンス様式のピッティ宮殿に移りましたが、1743年に血統が絶えたあとはハプスブルク家のマリア・テレジアの夫のフランツ・シュテファンがトスカナ大公になったのでよ。

ガリレオ・ガリレイはピサで生まれました

ガリレオ・ガリレイはピサで生まれました

image by PIXTA / 23601608

フィレンツェのすぐ近くに斜塔で有名なピサがあります。
アルノ川が海に注ぐところにできた潟にピサがあるのですね。
海に面しているのでフィレンツェとは違って海洋都市国家。
イタリアにはかつてアマルフィ共和国、ジェノヴァ共和国、ヴェネツィア共和国、そしてピサ共和国という4つの海洋都市国家があったのですよ。
現在は同じイタリアなのに、ピサ共和国とジェノヴァ共和国とは敵対関係にあったということです。
1284年の海戦でジェノヴァに敗北してピサの衰退が始まったのですが、最終的には1509年にフィレンツェ軍に占領されたのでした。

人口が中世以来あまり変化していないということは、都市としての発展がなかったということですが、しかしその分中世の雰囲気を今に伝えているということですね。
ロマネスクを代表するピサ大聖堂は1063年から1118年と1261年から1272年、2度にわたって建設されています。
この大聖堂の建っているドゥオモ広場は1987年にユネスコ世界文化遺産に登録されました。
この大聖堂の隣に建つのがあの有名なピサの斜塔。
ガリレオ・ガリレイがここから大小2個の玉を落として重力の法則を示したことで有名ですが、そのガリレイが生まれたのは1564年、ピサ郊外なのですよ。

ポンペイはヴェスヴィオ火山の噴火でそのまま埋もれました

ポンペイはヴェスヴィオ火山の噴火でそのまま埋もれました

image by PIXTA / 14701112

イタリア中央部のローマから始まってイタリア北部の都市をめぐりましたが、ここで方向転換してイタリア南部を見てみることにしましょう。
北部は神聖ローマ帝国やフランス王国と国境を接していて相互に影響を与えあっていましたが、南部に行くと風景も文化も風俗習慣も、それに言語までがらっと変わります。
ヴェスヴィオ火山があり地震も頻発するのですが、62年の大地震からようやく立ち直った79年にヴェスヴィオ火山が大噴火。
その火山灰と火砕流とでローマ帝国の都市がいくつか埋もれてしまったのでした。
1749年にポンペイの発掘が開始され、現在も続いているのですよ。

都市がそのまま火砕流と火山灰に埋もれていたのですから、古代の都市がどんなものであったのか、その都市で市民たちはどんな生活をしていたのか、文字通り手に取るようにわかるのですね。
道は人の歩く歩道と馬車の通る車道に分離され、公衆浴場の出口には立ち飲みの酒場があり、まさに風呂上がりに一杯ということでした。
近代の都市生活との違いは鉄道と自動車がなかったことくらいだと言われています。
イタリア観光でポンペイは絶対に忘れてはなりませんね。

イタリアの原風景はナポリにあります

イタリアの原風景はナポリにあります

image by PIXTA / 31661449

ポンペイの近くに南イタリアを代表する都市ナポリがありますが、このナポリの語源はギリシャ語で「新しいポリス」。
ポンペイと同様ナポリももとはギリシャ人がつくった都市。
「ナポリを見て死ね」ということわざがありますが、美しい海岸とヴェスヴィオ火山のふもとに広がる都市という風景は、まさにナポリ特有のもの。
気候も温暖で太陽が明るく輝いているというイタリアのイメージは、このナポリの風景がルーツ。
しかしその一方で、人口過密のためにゴミ問題や排気ガスの問題などがあるのも事実ですね。

ナポリと言えばスパゲッティのナポリタンですが、ピザ、イタリア語ではピッツァのルーツもナポリにあるのですよ。
イスラム圏のパンの一種がナポリでピッツァになり、イタリア料理の代表になっていますね。
1889年にイタリア王国の王妃マルゲリータがナポリを訪れてピザを食べたことが、マルゲリータというピザの名前の由来だとか。
ナポリは東ローマ帝国に支配されたり、ハプスブルク家やブルボン家に支配されたり歴史は複雑です。
ナポリに王宮があるのもその複雑な歴史の遺産。

シチリア島には古代ギリシャの文化があります

シチリア島には古代ギリシャの文化があります

image by PIXTA / 20487652

ナポリの対岸に比較的大きな島であるシチリア島がありますが、かつてはナポリとシチリア島を併せて両シチリア王国という王国があったのですよ。
シチリア島で話されている言語はイタリア語の方言のほか、シチリア語とアルバニア語、さらにはギリシャ語まであるということで、この島の複雑な歴史がここからも見えますね。
ドイツの詩聖ゲーテが『イタリア紀行』を書き残していますが、シチリア島まで来たときここに古代ギリシャの文化を見たというのも納得できますね。

アルキメデスの原理で知られているアルキメデスも、シチリア島のシラクサ生まれ。
後期バロック様式の都市がシチリア島のあちこちにあるかと思うと、神殿の谷にはアテネのアクロポリスの丘を思わせるコンコルディア神殿のほかいくつもの神殿があるのですね。
紀元前5世紀の神殿よりさらに古い紀元前13世紀から紀元前7世紀の墓地があるかと思うと、シチリア島からアメリカに移住してマフィアになった人たちの故郷でもあるのですよ。

イタリアは古代と中世と近代が同居しています

イタリア半島をぐるっと一周してみましたが、イタリアにはまだまだ見ておきたい観光スポットがひしめき合っています。
イタリアの北にはアルプス山脈があり、イタリアの人たちもアルプスを越えた北には別の文化があると考えているようです。
古代の遺跡があるかと思えば、中世ヨーロッパの象徴とも言えるカトリックの総本山があり、近代の黎明を告げるルネサンスの発信地であったり、一言でまとめることのできない魅力がイタリアにはありますね。
photo by PIXTA