【エジプト旅行】憧れのピラミッド&神殿巡りで歴史三昧の旅へ!

「エジプトのピラミッドや神殿を間近で見てみたい」そんな夢がいつ実現してもいいように、エジプトについて勉強しておこうと思っています。例えばピラミッドを数えるときの単位は”基”であるとか、エジプト国内に120基近くあるとか、ピラミッドは全てナイル川の西岸に建てられているとか。絶対見ておくべきスポットについても、じっくり予習しておこうと思います。さあ、エジプトのピラミッドと神殿を巡る旅へ出かけましょう!

気分は考古学者~著名なピラミッドを間近で見たい!

最も有名なピラミッド「ギザの三大ピラミッド」

最も有名なピラミッド「ギザの三大ピラミッド」

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カイロ市内からおよそ12km、ギザの砂漠にある「クフ王」「カフラー王」「メンカウラー王」のピラミッド。
造られた時期は3基とも紀元前2500年頃、エジプト第4王朝期。
周囲には衛星ピラミッド(メインとなるピラミッドのまわりに造られた小型のピラミッド)、参道やマスタバ(長方形の大墓)がたくさん造られていて、ピラミッド複合体を形成しています。

最も高いのがクフ王のピラミッドで高さ138.8m、底部分の一辺の長さが230m。
現在は巨石がむき出して近くで見ると石段のように見えるピラミッドの表面は、建設当初は化粧石で覆われ平らで滑らかだったそうで、表面が削られたことで、現在では高さが10mほど低くなってしまっているのだそうです。

3基の真ん中にあるのがカフラー王のピラミッドで高さは136m。
てっぺん近くに化粧石が一部残っていて、上のほうがちょっと欠けたように見えます。
市街地方面に長く伸びた参道の先にはあのスフィンクスが鎮座。
3基のピラミッドと共にエジプトの象徴とも言うべき光景を作り出しています。

市街地から一番遠いところに建っているメンカウラー王のピラミッドが一番小さく高さは約65mですが、横に3基の小さなピラミッドを従えていて風格たっぷり。
北側に縦にえぐれたような大きな傷がついているのが特徴です。

最も古いピラミッド「ジェゼル王の階段ピラミッド」(サッカラ)

最も古いピラミッド「ジェゼル王の階段ピラミッド」(サッカラ)

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カイロからナイル川に沿うように南へ30㎞ほど移動したところにあるサッカラ。
古代エジプトの首都メンフィスの埋葬地(ネクロポリス)であったため、この地に多くのピラミッドが建設されました。
最も古いとされるピラミッドも、この地に残されています。

ギザの三大ピラミッドを始め、現存するほとんどのピラミッドが真正(しんせい)ピラミッドと呼ばれる四角錐の形をしていますが、中にはいくつか、異なる形をしたものもあるのです。
そのうちのひとつが、階段ピラミッド。
斜面が平らでなく段々になっており、初期の頃のピラミッドはこのような形をしていたと考えられています。

紀元前27世紀頃、第3王朝の2代目ファラオ・ジェセル王のピラミッドも階段状で、高さ約62m、底辺は125m×109mと若干長方形。
初めは高さ10mほどマスタバにする予定が、重鎮の手によってどんどん拡張され、階段状のピラミッド型になっていったのだそうです。

そして、この階段ピラミッドが、後に真正ピラミッド建造の技術を生み出すもととなったのでしょう。

このピラミッドの周囲にも、神殿、王宮、葬祭殿、倉庫など様々な施設が隣接していて、ピラミッド複合体を成しています。
この当時はまだ、巨大な花崗岩や石灰岩を使った建築物は珍しく、このピラミッドはまさに先駆け的存在。
これ以降、王たちはこぞってピラミッドを建設するようになっていったのです。

奇妙な形のピラミッド「スネフェル王の屈折ピラミッド」(ダハシュール)

奇妙な形のピラミッド「スネフェル王の屈折ピラミッド」(ダハシュール)

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階段ピラミッド→真正ピラミッドと、長い歳月をかけてピラミッドの形は定まっていったようですが、ナイル川沿いに120基近くあるエジプトのピラミッドの中には、少々変わった形のものもあります。
傾斜の途中で少し角度が変化した、屈折したような形をしたピラミッド。
サッカラよりさらに10㎞ほど南へ行ったところにあるダハシュールという埋葬地域にある、スネフェル王の屈折ピラミッドです。

スネフェル王は、ギザの三大ピラミッドで有名なクフ王の父にあたる人物。
エジプト第4王朝の創始者とも言われており、たくさんピラミッドを作らせた王としても知られています。
おそらく政治的にも安定した時代だったのでしょう。

この屈折ピラミッドは高さ105m、底辺189mでクフ王のより少し小さいですが、中腹で少し角度が変わっているところから、もしかしたら、当初はもっと高いピラミッドを作るつもりだったのではないか、との推測も。
実はなぜこのように途中で傾斜角度が変わっているのか、その理由は定かではないのです。

造り始めたはいいものの勾配が急すぎて工事が難しくなり途中で傾斜を緩やかにした、という説や、早く仕上げようとして途中で変更したという説など、様々。
もし、角度そのままに造り上げていたら、クフ王のピラミッドより高くなっていたのかもしれません。

古代エジプト建築の極み~美しき神殿を巡る

世界最大級の岩窟神殿「アブ・シンベル大神殿」(アスワン)

世界最大級の岩窟神殿「アブ・シンベル大神殿」(アスワン)

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カイロから南へ1000㎞以上、スーダンとの国境近くにあるヌビア遺跡に属する神殿。
ここは、世界遺産という仕組みが誕生するきっかけとなった遺跡としても知られています。
1960年代に打ち立てられたナイル川流域のアスワン・ハイ・ダム建設計画で水没の恐れがあったこの遺跡を救済すべくユネスコが働きかけを行ったことが、『世界の文化遺産および自然遺産の保護に関する条約(世界遺産条約)』誕生のきっかけとなったのです。

そんな遺跡の中核を担うアブ・シンベル大神殿は、紀元前1250年頃、エジプト新王国時代第19王朝の王、ラムセス2世の命によって造られたもの。
大神殿と小神殿から構成されている、岩山を掘って造られた岩窟神殿です。

大神殿には4体の巨大な像が腰を下ろして正面を見据えており、まずその大きさに圧倒されます。
大神殿の高さは約33m、幅は38mにもなり、像の高さはおよそ20m。
4体ともラムセス2世の像と言われています。

ラムセス2世は古代エジプトで最も有名なファラオ(古代エジプトの君主)。
若くして即位し、リビアやパレスチナなどへの外征にも力を入れた征服王としても知られています。
身の丈180㎝ほどあったと言われており、カリスマ性に長け、100人以上の子供をもうけ、70年近くも王として君臨し続けた(90歳くらいまで生きた)という、古代エジプトのスーパーヒーロー。
そんな王の自己顕示欲と力の象徴とも言える巨大神殿。
是非、最強のファラオの足元に立って、その姿を見上げたいものです。

女神イシスを奉った神聖な神殿「フィラエ神殿」(アスワン)

女神イシスを奉った神聖な神殿「フィラエ神殿」(アスワン)

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アブ・シンベル大神殿と同じくヌビア遺跡にある神殿で、ダムの建設のため、ユネスコにより1980年、元々あった場所から別の場所へ移築、保存されることとなった、数奇な運命を辿った神殿です。

アスワン・ハイダムとアスワン・ダムの間、ナイル川に浮かぶ小さな島、フィラエ島。
”ナイルの真珠”と呼ばれるほど緑豊かで岩の少ない美しい島で、昔から聖なる場所として大切にされてきました。
遺跡移設の際、隣接するアギルキア島に建物もろもろ移しただけでなく、アギルキア島の形からフィラエ島そっくりに似せ、名前もアギルキア島からフィラエ島に変更したというから驚きです。

中心となるのがイシス女神を祀るイシス神殿で、現存するものはプトレマイオス朝時代(紀元前306年~紀元前30年・クレオパトラがいたとされる時代)に建設されたものに、ローマ時代に入って増築が加えられてきたものとされています。
550年に東ローマ帝国のユスティニアヌス1世によって閉鎖され、その後、キリスト教会として利用されていた時代もあったのだそうです。

神殿の外壁にも内面にも美しいレリーフや彫刻がそこかしこに施されていて、島の美景と相まってどこまでも秀麗。
島には他にもたくさんの建物が残されており、夜にはそれらの美しさが一層際立つライトアップショーが行われることもあるのだそうです。

大迫力!134本もの巨大列柱が織りなす光景「カルナック神殿」(ルクソール)

大迫力!134本もの巨大列柱が織りなす光景「カルナック神殿」(ルクソール)

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カイロから南へ700㎞ほど、ナイル川の東側に位置する町、ルクソールはかつて古代エジプトの都テーベがあった場所で、たくさんの遺跡が残る町でもあります。
町はナイル川の東側と西側に分かれていて、東側にはカルナック神殿やルクソール神殿など”生”を意味する建物が、西側には王家の谷(ツタンカーメンの墓がある)や王妃の谷など”死”を象徴するものが数多く残されているのです。

カルナック神殿はとにかく”大きい”の一言に尽きます。
もともとは紀元前2000年頃に地方神であるアメン神を祀る神殿として造られたものでした。
しかし、テーベが大きな都市になるに従って歴代の王たちによって像の寄進や増改築が繰り返され、太陽神ラーと結合して、小さな地方神殿は国家的巨大建造物へと変貌を遂げていくのです。

圧巻は第二塔門を抜けたところにある大列柱室。
高さおよそ23mの巨大な柱が列を成し134本も立ち並んでおり、屋根がないにもかからわず巨大な柱が太陽光を遮って薄暗い空間を作り出しています。
ここも複数の王たちによって建設されてきたばしょですが、完成させたのはアブ・シンベル大神殿の建設でも知られるラムセス2世。
どうやってこんな巨大な柱を建てたのか、現代人はそれすら考えが及ばないというのに、かつてはここに天井があったというから、古代エジプト王の英知の権力の前に、ただただため息を漏らすのみです。

ピラミッド&神殿見学の合間に立ち寄りたい歴史的スポット

市内を一望できる壮大な城塞「シタデル」(カイロ)

市内を一望できる壮大な城塞「シタデル」(カイロ)

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ピラミッドと神殿巡りで古代エジプトの魅力を再確認したところで、エジプトの別の一面を知る場所にも足を運びたい、と思ったら、カイロ市内の小高い丘の上に立つ巨大城塞から市内を見渡してみる、というのはどうでしょう。

中世、1176年にアイユーブ朝(12世紀から13世紀にかけてエジプトやシリアなどを支配したイスラム王朝)の創始者サラーフ・アッディーンによって、十字軍の侵攻に備えて築かれたという巨大な城塞、シタデル。
高さ10m、厚さ3mの城壁と円形の塔に守られた城塞は”かっこいい”の一言に尽きる、迫力真点の建造物です。

中にはモスクや博物館などたくさんの施設が立ち並び、土産物屋なども。
中でも、19世紀前半にエジプト最後の王朝ムハンマド・アリー朝の王ムハンマド・アリーの命によって建てられた「ムハンマド・アリー・モスク」は52mの巨大なドームと84mもの2本の尖塔が美しく、一番の観光スポットとなっています。

もともと軍事拠点であったことから眺望は抜群で、市内を見渡す絶景ポイントとしても人気あり。
高台から見ると、カイロの街にモスクがたくさんあることを再認識させられます。
中世から近代への移り変わりを肌で感じることができるスポットとしてもおススメです。

エジプト唯一の円形教会「聖ジョージ教会」(カイロ)

エジプトでキリスト教の教会なんて、意外に思う方も多いかもしれません。
でも、エジプトにイスラム教が入ってくる前は、キリスト教の布教活動は広く行われていて、その名残もあって、カイロの街中には教会もたくさん建っているんです。
現在ではもちろんイスラム教徒が全体の9割を占め、国教に指定されていますので圧倒的にモスクの数のほうが多いですが、残りの1割はキリスト教徒。
中でもコプト教という一派の信徒が大半を占めているのだそうです。

オールド・カイロと呼ばれる旧市街地には今もコプト教の教会が数多く残されています。
その中でも特に大きな教会が聖ジョージ教会です。
ラテン語読みで「聖ゲオルギウス教会」と呼ばれることもあります。

建てられたのは10世紀頃か、あるいはそれより前。
もともとこの一帯には、ローマ帝国支配時代の要塞「バビロン要塞」が、数世紀にわたってそびえ立っていました。
しかし7世紀半ばに侵攻してきたイスラム勢力の前に、ローマ帝国支配の時代は終わりを告げ、要塞も要塞としての役割を終えます。
聖ジョージ教会はバビロン要塞の塔を利用して建てられたという歴史を持っているのだそうです。

1904年に火災で焼失したため、現在の建物はその5年後に再建されたもの。
エジプトというと古代からずっとエジプト王国だったのかと思ってしまいがちですが、紀元前300年頃からローマ帝国の支配下になり、7世紀頃からイスラム、16世紀に入るとオスマン帝国の属州となるなど、歴史に翻弄され続けた国でもあるのです。
そんな歴史を感じることができる場所が、まだ、旧市街地には残されています。

古代の歴史を総ざらい!「エジプト考古学博物館」(カイロ)

古代の歴史を総ざらい!「エジプト考古学博物館」(カイロ)

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旅の終わりは、エジプト考古学博物館でおさらい学習を。
もちろん旅の始まりの予習にもぴったりの場所です。

エジプトの歴史的遺構は欧米の博物館に収蔵されているものなのかな、と思いきや、ここエジプト考古学博物館の”エジプト歴史的コレクション”は世界最大の規模を誇ります。
2階建てで、外観はそれほど大きく感じませんが、中に入るとあるわあるわ。
展示室は100以上にもなり、有名な遺構からレアな出土品まで、何日あっても足りないほど並んでいます。
有名なツタンカーメンの黄金のマスクやラムセス2世のミイラを始め、石像や装飾品、棺、王座など、他国の博物館では考えられないような展示品の数々に、解説用のプレートを見て歩くだけで目が回りそうです。

現在の建物は1902年に完成したもの。
この博物館ができる前は、エジプトの貴重な遺構は根こそぎ、欧米諸国を始め海外に流れ出てしまっていました。
遺跡からの出土品の流出を何とか食い止めたいと、19世紀半ばごろから国内で管理をしていこうという動きが活発化していました。
努力の甲斐あって国内収蔵の数が増え、博物館へと発展していったのだそうです。

展示品はどれも目を見張るものばかりですが、中でも注目したいのが、最も大きなピラミッドの主でもあるクフ王の像。
有名な王様のはずなのに、展示されているのは高さ7.5㎝小さな像ひとつだけ。
これひとつしか発見されていないのだそうです。
歴代のファラオたちの巨大な像がたくさん展示してあるというのに、何とも気の毒な気がしてなりません。
後世に自身の姿形を残したくなかったのでしょうか。
エジプトにはいろいろな王様がいたのだな、と、そんなことを考えながら見学するのも楽しそうです

エジプトはやっぱり凄かった!

熱い太陽の日差しを浴びて、5000年の時を超えて静かに佇む古代遺跡の数々。
訪れた人は「また行きたくなる」と口を揃えてそう言います。
歴史が古いのは伊達じゃない。
古いものを見ているだけのはずなのに、行くと毎回新しい発見があって、とても刺激的な国なんです。
近年では治安に懸念もありましたが、2017年以降、ツアーも数多く催され、日本からの観光客も戻りつつあるのだとか。
歴史好きでも歴史に興味がなくても、一度は行くべき国、そして何度でも行きたくなる国、エジプト。
是非、お出かけになってみてください!
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