「黄巾の乱」をざっくり把握!三国志のきっかけとなる話です

公開日:2020/3/7 更新日:2020/3/7

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三国志誕生のきっかけとなった黄巾の乱。一人の男が中華に登場したのです。その男とは「張角(ちょうかく)」。この男をトップとする、頭に黄巾と呼ばれる黄色い頭巾を巻き、それを目印にした者たちが184年に反乱を起こしたのです。この反乱を黄巾の乱と呼ばれるのですが、結果制圧されてしまいます。しかしこの反乱は後漢王朝の衰退を招き、三国志の誕生を迎えるきっかけになったのでした。この三国志の誕生のきっかけとなった黄巾の乱、なぜ起きたのか。簡単にまとめてみました。

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金策に走る「霊帝」

168年、12代「霊帝(れいてい)」が即位。
彼は先の帝である「桓帝(かんてい)」に跡継ぎが居なかったため、「桓帝」の皇后らによって擁立された皇帝でした。

しかし皇帝になった「霊帝」ですが、この時、自身にも国にも困ったことがあったのです。

それは「霊帝」自身にも国庫にもほとんどお金がなかったのでした。

「霊帝」自身がお金持ちであれば、少しは違ったかもしれませんが、「霊帝」も王族であった割に、それほどお金持ちではなかったのです。

お金がなく、困り果てた「霊帝」が必死に手元のお金を増やすためにいろいろ考えたのですが、一つのアイデアを取り入れることにしたのでした。

それは「霊帝」が官位をお金で売買させることを認めたのです。

お金を積むだけで高位高官が得られるので、その官位を得るための能力や実績は全く関係なくなってしまいました。

しかしこの「霊帝」のアイデアは大成功をおさめるのです。

高い官位が欲しいお金持ちたちが、競って高額な値段で官位を買ってくれるため、すぐに国庫にお金が貯まるようになったのでした。

しかしこのようなやり方は弊害もあり、この官位がお金で売買されることによって人々の心は醜くなってしまうのです。

皇帝が官位の売買を認めたことで、皇帝の近くに居る者に対しても賄賂を贈り、官位を手に入れようとすることが当然のようなことになってしまい、結果賄賂によって政治が動かされていくようになったのでした。

そして高い官位を購入するために、偉くなろうとする役人はお金を集めるために、庶民に重税を課し、苦しめていったのです。

民衆を苦しめる「霊帝」

また「霊帝」は擁立された皇帝であったため実権はほとんどなく、政治は「霊帝」を皇帝に擁立した「桓帝」の皇后らとその周辺で動かされていました。
しかしその流れに不快感を示す者たちが居たのです。

それは「桓帝」の頃に力を握っていた宦官と呼ばれる、皇帝の世話をおこなう付き人のような人たちでした。

宦官は皇帝の近くに常に居るため、権力を握りやすい立場であり、また実際上手く「桓帝」取り入って後漢を動かしていたのです。

「霊帝」により力をつけた者、「桓帝」の頃に力を持っていた者、それぞれが仲良くなることは決してなく、皇后周辺と宦官たちによる権力争いが始まったのでした。

ただ権力争いと言っても、それは武力による戦いと言う訳ではなく、お互い必死に賄賂を求め、売官をおこないお金儲けに走る方法です。

しかしお金は結局庶民の重税から生まれるため、庶民は日々の生活すらままならなくなってしまったのでした。

「霊帝」自身も周囲の協力があったから皇帝になれたという後ろめたさもあったのか、他の劉氏一族を処罰していくのです。

「霊帝」もその周りの者たちも自分のことしか考えていないので後漢に対する求心力は落ちる一方でした。

そしてこのように弱りつつある後漢の様子を見て、後漢周辺の異民族たちが頻繁に侵攻してくるようになったのです。

さらに天候不順が重なり各地で天災が発生、人々はさらに日々食べるものにも困るぐらいでした。

しかしそのような中でも役人は変わらず重税を課し取り立てていくため、地獄のような毎日で明日すら見えないのです。

このような中、民衆は世の中を救ってくれる人物を待ち望んでいたのでした。

民衆の希望の光であった「張角」

このような世の中に、一人の人物が現れたのです。
その人物の名は「張角」と言い、字も生年も不明な人物。

ただ唯一わかっていることは、冀州出身で正義感あふれる人物であったと言うことだけでした。

この「張角」は、後漢の乱れた政治を良くしたい一心で若い時に必死に勉強し、そして役人の採用試験を受け続けるのです。

しかしこの時代はお金で官位が買える時代。

「張角」のような才能があってもお金がない人物は、取り立てられることも無く、役人になることすらできなかったのです。

しかしある日、山に薬草を取りに行ったところで「南華老仙(なんかろうせん)」と言う人物と出会ったことで「張角」の運命は変わったのでした。

「張角」は「南華老仙」から、太平要術の書と呼ばれる書物を3巻授けられ、「この書物を使って世直しをせよ」との使命を与えられたのです。

「南華老仙」が「張角」に伝えた教えは太平道と言い、道教の一派でした。

この太平道の教えにより「張角」は風雨を呼ぶ妖術を使うことができるようになり、また病気で苦しむ人に対しては、罪を悔い改めさせ、符水を飲ませ、九節の杖で呪術をおこなうことで病気を治したのです。

この時代の人々は、超人的な能力を持つ「張角」のような人物の登場を待ち焦がれていたのでした。

「張角」の教えや行動は、後漢王朝に苦しめられていた人々の心にすっと入り込み、瞬く間に太平道の信者が増えて行ったのです。

そして八州で数十万もの信者を得た「張角」は教団を組織し、自らを「大賢良師」と号し、「南華老仙」が「悪しきことに使えば天罰が下る」と言った警告を忘れ、後漢を滅ぼし、自ら皇帝になることを考えるのでした。

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