ミステリアスな赤間神宮は平家ゆかりのパワースポット。美しい景色と浄化のパワーを感じに行こう

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出身地は広島。得意なエリアは中国地方です。パワースポットや食べ歩きが好きなので、神社仏閣やグルメが楽しめるスポットの紹介が得意。列車での旅はもちろん、サイクリングやドライブでのお出掛けも好きです。

竜宮城みたいな不思議な神社っちゃ

まるで竜宮城のような朱色の神門が特徴的な下関の赤間神宮。平家最期の地、壇ノ浦で入水した幼帝安徳天皇を祀っています。ここは有名な耳なし芳一の話の舞台でもあります。境内には平家塚や安徳天皇の墓、源平合戦の資料が展示される宝物殿などがあり、5月の豪華絢爛な先帝祭りでは祭りのメイン会場となっています。まさに平家を偲ぶ、平家一色の神社です。

下関を代表する神宮

平家滅亡の地・壇ノ浦で入水した安徳天皇を祀る神社。平家滅亡の歴史を刻む、地上の竜宮城を思わせる美しい神社です。

赤間神宮は寿永4年(1185年)源平合戦最後の壇ノ浦の戦いで、乳母であった二位の尼に抱かれてわずか8歳で入水した安徳天皇を祀る神社です。建久2年(1191年)後鳥羽天皇の命により御影堂が建てられ、阿弥陀寺と称されました。

その後、明治の神仏分離令によって赤間神宮となりました。境内には安徳天皇阿弥陀寺陵や平家塚、耳なし芳一で有名な芳一堂など平家滅亡の悲しい歴史が刻まれています。目の前は関門海峡という赤間神宮。印象的な竜宮造りの神門・水天門はまるで地上の竜宮城かと思わせる美しさです。

安徳天皇のお墓もある

敷地内には、厳粛な雰囲気が漂う、宮内庁が定めた安徳天皇の墓があります。

水天門の隣には安徳天皇の墓、安徳天皇阿弥陀寺陵(あんとくてんのうあみだじのみささぎ)があります。大きな木製の門、門には菊のご紋章。厳粛な雰囲気が漂っています。壇ノ浦で入水した安徳天皇ですが、実は生き延びたという伝説もあり、日本各地に墓といわれる場所がありますが、ここが宮内庁が定めたお墓です。

境内には源平合戦に関するスポットがある

平家滅亡の歴史を知るスポットや小泉八雲にも取り上げられている耳なし芳一の芳一堂など、平家にまつわるスポットを各々紹介していきます。

竜宮造りの水天門

水天門は竜宮城をイメージした竜宮造りという様式で作られました。安徳天皇の乳母だった二位の尼が入水する際、「浪の下にも都の候ぞ(波の下にも都がございます)」という意味の歌を詠んだことに由来して作られたといわれています。なんとも悲しさを誘いますが、外観は朱と白が青空に映える美しい門です。

平家塚で手を合わせよう

壇ノ浦の合戦で亡くなった平家一門の供養塔で、平有盛や平清経など14人の名が刻まれ、七盛塚ともいわれています。言い伝えによれば、平家が滅亡して以来、関門海峡で海難事故が頻発し、平家の怨霊の仕業と恐れられていました。この供養塔は1600年頃、その霊を慰めるために下関周辺に散在していた平家の墓標を集めたものといわれています。

荘厳な宝物殿

社務所の横にある宝物殿には平家一門と安徳天皇の肖像画、源平合戦の様子をきらびやかに描いた屏風絵など、主に源平合戦の資料が収蔵、展示されています。阿弥陀寺に所蔵されていた「長門本 平家物語」20巻は重要文化財に指定されています。見学可。

芳一堂には耳なし芳一の木像が

芳一堂には耳なし芳一の木像(山口県出身の彫刻家・押田政夫作)が安置されています。耳なし芳一の話は、小泉八雲の小説「怪談」にも取り上げられていることでも有名です。

耳なし芳一の話は以下のようなものです。

阿弥陀寺(現赤間神宮)の有名な盲目の琵琶法師だった芳一のもとに、平家の亡霊たちが毎夜訪れていました。それは芳一が琵琶で語る壇ノ浦の合戦を聞くためでした。ある日寺の和尚は芳一が亡霊に取り憑かれていることを知り、その亡霊を追い払うために身体中に経文を書くことに。しかし耳だけ書くのを忘れてしまい、芳一はその両耳を亡霊に持っていかれてしまったのでした。

この芳一堂は小さなお堂ですが、よく知られている昔話だけあって参拝客にも人気です。毎年7月15日には、芳一堂と七盛塚を会場に耳なし芳一まつりが催されます。

数多くの神社たち

境内にある日本西門鎮守八幡宮、大連神社、紅石稲荷神社。各神社の由来とご利益を紹介します。歴史的な神社のため、古くは戦国武将も参拝しに訪れていました。

日本西門鎮守八幡宮

赤間神宮の隣にある日本西門鎮守八幡宮は貞観元年(859年)奈良大安寺の行教和尚が、日本の西門の守り神として阿弥陀寺とともに建てたと伝えられています。武運の神とされる八幡大神(やはたのおおかみ)と神后天皇(じんぐうこうごう)が祀られ、江戸時代まで大内氏や毛利氏など多くの戦国武将が参拝に訪れたといわれています。

大連神社

紅石山のふもとにあり、天照皇大神(あまてらすおおみかみ)などが祀られています。かつて中国の大連市にありましたが、太平洋戦争後、ご神体は日本に持ち帰られここに祀られました。不老長寿の守護です。

紅石稲荷神社

源平の騒乱が始まり、西に逃げた平家が守り神として京都の伏見稲荷大明神を勧請して建てたのが紅石稲荷神社(べにしいなりじんじゃ)です。上から見るとトンネルのように長く続く朱色の鳥居が幻想的。

近くには古い木造の釣船が展示されています。その説明書きによれば、平家の残党であった壇ノ浦の漁師たちは釣りをするときに亡くなった平家一門を弔うために正座で魚を釣ったとか。この船は当時使われていた最後の一艘だそうです。伏見稲荷といえば商売繁盛のご利益があることでも有名です。

先帝祭が有名

毎年5月に催される豪華絢爛な祭り。赤間神宮は祭りのメイン会場となり、祭りの見どころである上臈参拝が行われます。

毎年5月2~4日の3日間行われる、安徳天皇を慰霊するお祭りです。神前神楽の奉納や琵琶の演奏、豪華絢爛な衣装をまとった5人の太夫が稚児や官女らを従えて市内を練り歩く上臈(じょうろう)道中、赤間神宮に参拝する上臈参拝はお祭りの見どころでもあります。これは平家滅亡後に、上臈となった官女達が命日に参拝したことに始まったそうです。

上臈参拝が行なわれる3日は「関の先帝、小倉の祇園、雨が降らなきゃ、金が降る」といわれ、豪華絢爛な道中を見る見物客で通りはいっぱい。先帝祭のときだけ水天門には朱色の天橋がかけられ、参拝のために上臈もこの橋を渡ります。

参拝してご利益を得よう

赤間神宮は子供と水に関するご利益があり。正しい参拝方法と赤間神宮で購入できるお守りと御朱印帳を紹介します。

まずは大安殿にお参り

まずは境内にある手水舎(ちょうずや)で手を洗って清めます。それから神社の中心にある大安殿に参拝。主神が安徳天皇であるため、水と子どもの守護や子授かり、安産祈願や子育大願にご利益があると言われています。また赤間神宮が海に面していることから水難守護や漁業繁栄という水にまつわるご利益もあり。

社務所でお守りを購入

社務所は拝殿左側にあり、ここで安産祈願や金運、交通安全などのお守りが販売されています。赤間神宮限定の御朱印帳もあります。

御朱印をいただこう

若い女性の間でもご朱印集めはちょっとしたブーム。ご朱印は菊の紋章と赤間神宮の印が印象的なデザイン。敷地内にある鎮守八幡宮と大連神社のご朱印も合わせて社務所でいただけます。

夜には幻想的な風景も

赤間神宮境内が日没からライトアップ。日中とは異なる趣の水天宮を見ることができます。美しい風景をぜひ一度は見てください。

日没~夜10時ごろまで年間を通して境内がライトアップされます。水天宮の屋根と鳥居もライトアップされ、幻想的な景色が楽しめます。神社前の国道をはさんだ駐車場の碇もライトアップされます。

赤間神宮へのアクセス

バスでのアクセス

  • JR下関駅から10~26番のバスに乗車、約10分。赤間神宮前下車、徒歩1分。
  • JR新下関駅から11か11aのバスに乗車、約30分。赤間神宮前下車、徒歩1分。
  • 駐車場は赤間神宮前の道の向かい側にあり。

下関市の中心市街地にあり、付近には新鮮な寿司が人気の唐戸市場などがあります。

住所|〒750-0003 山口県下関市阿弥陀寺町4-1
営業時間|なし
定休日|なし
電話|083-231-4138
公式サイトはこちら

まとめ

赤間神宮を参拝すると、平家滅亡の傷跡がどれだけ後世の人にまで影響を与えたかがわかります。現在は神社の主神とされる安徳天皇は水と子供の守護を授けるとして人々から厚く信仰され、関門海峡を望む水天門は竜宮城を思わせる美しさで見る人を魅了しています。平家の悲しみの歴史を浄化した赤間神宮は強力なパワースポットといえるのではないでしょうか。