飛鳥時代から利用されていた!?和歌山「白浜温泉」の歴史と周辺の観光スポット

紀伊半島の南西部にある白浜温泉は、千葉県の南房総にある白浜温泉と区別するために南紀白浜温泉とも呼ばれています。その歴史は古く、日本書紀や万葉集の時代に遡るのですよ。白浜空港も近くにあり、新幹線の新大阪駅からはきのくに線(紀勢本線)の特急で2時間半ほど。交通の便も良く、美しい砂浜もあれば奇妙な岩山もあり、その歴史は万葉集の歌に詠まれた牟婁の湯(むろのゆ)から始まり、江戸時代の温泉ブームを経て、現代ではジャイアントパンダのいるアドベンチャーワールドなど見所もたくさん。さあ、南紀白浜温泉への旅を始めましょう。

白浜温泉は飛鳥時代の天皇も御幸されています

 

白浜温泉は飛鳥時代の天皇も御幸されています

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『日本書紀』によると、658年に斉明天皇、690年に持統天皇、701年に文武天皇が現在の南紀白浜温泉である牟婁の湯を訪れたとされています。
鉄道のきのくに線は海辺を走っていますが、飛鳥からは山の中を通ってきたことでしょう。
途中で熊野古道と呼ばれる古代の道と交差していますから、鉄道もバスもなかった時代は険しい山の紀伊半島も意外に人の通る道が発達していたのかもしれませんね。

万葉集にも歌われた白浜温泉は、愛媛県の道後温泉、兵庫県の有馬温泉とともに日本三古湯とも呼ばれているのですよ。
さらに、熱海温泉、別府温泉とともに日本三大温泉とも呼ばれたこともあります。
一口に白浜温泉といっても源泉はひとつではなく、7カ所の地域に分かれた温泉郷ということですが、白良浜の見える地域に多くのホテルや旅館が集まっているので、イメージとしてはこの風景がピッタリですね。

白良浜はハワイのワイキキビーチと友好姉妹浜関係にあります

 

白良浜はハワイのワイキキビーチと友好姉妹浜関係にあります

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白良浜の南に大きなホテルが集まっていますが、白い砂が美しい白良浜。
この白い砂は明治から大正にかけてガラスの原料として採取されていたとのことで、もしもそのまま採取され続けていたら今頃はこの美しい白良浜はなかったということになりますね。
その後昭和になってからは周囲が開発されたために砂浜はどんどん小さくなったのですよ。
波によって砂浜の砂は海に運ばれる一方、その波が周囲から新しい砂を運んでくるという自然のメカニズムが破壊されたのですね。
この美しい白良浜を保護する設備が作られている一方、なんとオーストラリアから白い砂を運んできて補充しているとのこと。

2000年にハワイのホノルル市で友好関係を結んだ白良浜ですが、もちろん海水浴には絶好の場所。
日本の三大「快水浴場」に選ばれていますが、このシャレわかりますね。
快適に海水浴ができるだけではなく、いくつかある温泉の共同「浴場」のなかでもしらすなは浜辺にある男女混浴の温泉。
もちろん水着を着たまま入れますから、海水浴と温泉を同時に楽しめるというわけです。
そのほかにも海水浴客でにぎわう共同浴場の白良湯もあります。
海を眺めながら風呂に入るという贅沢ができるわけです。

共同浴場も充実しています

 

共同浴場も充実しています

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海水浴と温泉が同時に楽しめる白浜温泉ですが、もちろん温泉街にある旅館で旅の風情を味わうのもいいですね。
白良浜の南部には大きなホテルも建っていますが、宿泊しないで温泉のみの利用もOK。
しかしその一方で、白良浜にあるような共同浴場は地元の人たちはもちろん、ホテルや旅館に宿泊している人たちも利用しています。
白良浜を少し南に行ったところに、古代の温泉名を引き継いだ牟婁の湯があります。
建物も趣がありますが、源泉が2種類なので泉質の違いを一度に試すことができますね。

牟婁の湯から港を通って西に行くと、露天風呂のある崎の湯。
その名前が示す通りこの共同浴場は岬にあり、露天風呂はほとんど海とつながっているかのような感じを受けるのですね。
83℃の源泉ですから、このお湯でゆでた卵は独特の温泉卵。
硫黄泉なので硫黄独特の香りと間近の海の潮の香りにひたりながらの入浴は格別ですね。
牟婁の湯も崎の湯も万葉集の時代にルーツのある温泉ですから、白浜温泉の「歴史」がここにあると言っていいでしょうね。
岬にある崎の湯につかりながら、北の岬にある円月島が見えますね。

円月島は小さいけれど面白い形をしています

 

円月島は小さいけれど面白い形をしています

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円月島と言われる高嶋は白浜温泉の象徴的存在。
崎の湯の真北に浮かぶ小島で、それぞれがこの湾の南と北のポイント。
円月島は崖になっていて木々の緑はその崖の上だけあるのですが、この島の特徴はなんといっても真ん中に穴があいていることですね。
一部には「メガネ島」と呼ばれることもあるようですが、なんとなくピッタリの愛称かもしれませんね。
浜から見ると西の方角にあるので夕陽の名所としても知られています。

円月島の対岸には京都大学の白浜水族館があり、一般に公開されていますがもともとは研究するための施設。
正式名称は京都大学フィールド科学教育センター瀬戸臨海実験所水族館。
「瀬戸」という地名はあちこちにありますが、白浜町にもその地名の地域があるのですね。
またこの岬の付け根のあたりには「貝寺」と呼ばれる本覚寺がありますが、歴代住職が集めた1,000種類以上もの貝が展示されているのですよ。
入り組んだ湾によって構成されている白浜温泉の海岸は、貝にとっても絶好の場ということですね。

南方熊楠記念館からは紀伊田辺が見えます

 

この岬にはもう一つ、南方熊楠記念館(みなかたくまぐすきねんかん)もあります。
生物学者でもあった昭和天皇がこの地を訪れたとき、和歌山県出身の博物学者である南方熊楠が案内したということで、記念碑も建っていますね。
昭和天皇の御幸は昭和4年、つまり1929年ですが、この記念館の開館は1965年。
南方熊楠が収集した標本や文献、それに熊楠自身の遺稿などが展示されていますよ。
南方熊楠記念館は半島の先端にあり、白浜とは反対側の田辺湾が見えます。

南方熊楠が生まれたのは1867年、明治維新の少し前ですね。
現在の和歌山市の生まれですが、東京に出て旧制高校から大学に進学、その後はロンドンに留学し、大英博物館に興味をもったようです。
しかしまだ東洋人に対する差別が強く、熊楠はそれに反発して大英博物館で暴れたために出入禁止になったという話が残っています。
逆に言うと、それほど収集品に強く興味を引かれ、生涯を植物採集に捧げたわけですね。
田辺湾の中心にある紀伊田辺市は熊楠が自分の終の棲家として選んだ都市。
そこから見える岬に記念館があるのですよ。

白浜海中展望塔はコーラルプリンセスとも呼ばれます

 

きのくに線の白浜温泉駅からバスがグルリと一周していますので、円月島から温泉街を抜けて白良浜に戻り崎の湯まで来ると、その少し先に海に突き出た白浜海中展望塔があります。
コーラルプリンセスとも呼ばれているこの塔に入って螺旋階段を降りていくと、水深8メートルのところに出るのですよ。
素潜りではとても潜っていくことのできない海底。
そこには丸い窓が一面に取り付けてあり、その窓から海底の世界を眺めることができるわけですね。

太平洋の海底ですから、黒潮に乗ってやってきた魚や沿岸に住んでいる魚など、いろいろな魚が見られますよ。
色鮮やかな熱帯魚の姿も見られるとか。
壁には魚のイラストが描かれてあるので、目の前を泳いでいる魚が何なのか、すぐにわかるようになっています。
海底の岩の間からブクブクと泡が出ているのも見えますが、ここは白浜温泉ですからそれは海底からわき出る温泉なのかもしれません。

千畳敷の岩の上を歩くこともできます

 

千畳敷の岩の上を歩くこともできます

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さらに南に進んで千畳敷まで行ってみましょう。
「千畳敷」というのは畳を1,000枚も敷けるほどの広い場所ということで、中央アルプスの駒ヶ岳や青森県深浦町の海岸にも千畳敷があります。
高い山と海にそれぞれ「千畳敷」があるというのは面白いですね。
海岸にある千畳敷は潮の流れに浸食されてできた平らな岩の集まり。
白浜温泉の千畳敷では積み重ねたような岩の板が何枚もあるのが見えますよ。

瀬戸﨑から太平洋に突き出た千畳敷の広さはおよそ4ヘクタール。
畳1,000枚と4ヘクタール、どちらが広いのでしょうかね。
それはともかくとして、円月島とともに千畳敷も夕陽の美しい場所。
太平洋に沈む夕陽が見られるのですね。
それから千畳敷は平らな岩ですから、海が荒れていないときはその上を歩くこともできるのですよ。

三段壁は眺めは良いですが少し危険な場所です

 

三段壁は眺めは良いですが少し危険な場所です

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白浜温泉の三大絶景といえば、円月島と千畳敷と三段壁ということになります。
千畳敷から道路が東に大きくカーブしたところにある三段壁のバス停から、南に少し歩いたところにある三段壁の展望台。
千畳敷と違って少し危険な三段壁はその手前に展望台が設置してあり、そこからの眺めで満足するのがいいですね。
かつては「自殺の名所」などとも呼ばれたことがあるのですよ。

少し怖いですが、三段壁には洞窟があり、昔は熊野水軍の基地だったとか。
そこには降りていくことができるのですよ。
洞窟内のパワースポットとしては牟婁大弁財天の仏像があり、薄暗い洞窟内の雰囲気と妙にマッチしていますね。
もちろん大自然の作り上げた天然の洞窟ですから、海水に浸食された洞窟内の岩肌の見事さにも感激しますよ。
潮吹き岩というのは、洞窟の下に空洞があり、そのために海水が吹き上がる現象。

アドベンチャーワールドではパンダを飼育しています

 

アドベンチャーワールドではパンダを飼育しています

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三段壁から白浜空港を過ぎると、アドベンチャーワールドがあります。
1972年にオープンしたときは「南紀白浜ワールドサファリ」だったのですが、動物園と水族館、それに遊園地をあわせた複合施設で、動物園もただ動物を見るだけではなく動物と触れあえるというのがその理念なのですね。
「サファリ」という名前をもった施設はほかにもありますが、共通していることは乗り物で動物が住む区域を巡ることです。
アドベンチャーワールドでは、肉食動物と草食動物の2つの区域があり、夜のツァーもあるとのこと。

かつて上野動物園に中国からジャイアントパンダが贈られてきて話題になったことがありますが、ここは中国の成都大熊猫繁殖研究基地の日本支部。
パンダを自然な状態で飼育しながら繁殖させるのが目的。
水族館も研究施設である京都大学水族館とは違って、イルカやクジラのショーのほか、アシカやカワウソのショーまであるのですね。
イルカと触れあえる場所もありますね。
遊園地には大観覧車がありますから、ゆったりと空から白浜温泉全体を眺めるのもいいでしょう。

とれとれ市場で新鮮な魚介類を堪能しましょう

 

とれとれ市場で新鮮な魚介類を堪能しましょう

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白浜温泉は海に突き出た小さな半島にある温泉ですから、海の幸も豊富にあります。
旅館やホテルでもそれを楽しむことができますが、とれとれ市場では文字通り堪能することができます。
アドベンチャーワールドから白浜駅に戻り、とれとれ市場に向かってみてください。
新鮮な魚介類が安い値段で販売されているのでお土産をここで買って帰るのもいいですが、店を回りながら試食させてもらえるのはいいですね。
マグロの解体ショーもやっていますよ。

バイキングのレストランもありますので、食べ放題。
現地の漁業組合がやっている市場なので魚や貝の種類も多く、これまで見たことも食べたこともないような魚や貝に巡り会えますね。
カタタの釣堀とカタタのいかだ釣りも併設されていて、海釣りの醍醐味も味わえるというおまけ付き。
「カタタ」というのはこの地域が「堅田」という地名だからですが、食べて遊んだあとは、とれとれの湯という露天風呂で海を見ながら温泉に入るのも一興。
もちろんここには宿泊施設もあるのですよ。

最後に歌碑めぐりをしてみましょう

 

最後に歌碑めぐりをしてみましょう

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万葉集の時代から牟婁の湯として知られていた南紀白浜温泉。
まずはその悲しい歴史について少し語りたいと思います。
645年の大化の改新は誰でも知っていますが、その主役だった中大兄皇子は661年に斉明天皇が崩御したあとも即位せず、天智天皇として即位するのは668年。
しかも都を近江京に遷都。
古代史の「謎」がここにも隠れているようですが、皇位継承をめぐっていろいろ血なまぐさい事件があったのですね。
斉明天皇の先代の孝徳天皇の皇子である有間皇子が658年、斉明天皇と中大兄皇子に牟婁の湯に行くようにと勧めたのですが、それが謀反計画だったとされたのが有間皇子の乱。
皇位継承の可能性がある皇子が抹殺されたのでした。

本覚寺の近くには『万葉集』第12巻の歌「牟婁の浦の瀬戸の崎なる鳴嶋の磯越す浪に濡れにけるかも」の歌碑があります。
万葉集といえば柿本人麻呂がその代表的な歌人ですが、綱の湯の向かいに「風莫(かざなし)の浜の白浪いたつらにここに寄せ来る見る人無しに」という歌碑。
時代は変わりますが生涯を旅に生きた歌人西行法師の歌「波寄する白良の浜の烏貝拾ひやすくも思ほゆるかな」が白良浜から白良湯に入ったところにありますが、歌碑以外にも俳句が刻まれた句碑もあちこちにありますから、それらを巡る旅をしてもいいですね。

古い歴史が現代にも生きている南紀白浜温泉を一巡り

 

有間皇子自身はここに来たことはありませんが、悲しい歴史と美しい風景とが交錯しているのが南紀白浜温泉。
旅館やホテルのほかに共同浴場がいくつあり、源泉の違うお湯をいくつも味わうことができます。
海水浴場で海水浴を楽しみながら海岸の温泉に入ることもできるのですよ。
動物園や水族館も博物館もありますから、体をゆっくり休めたあとは頭をリフレッシュ。
とれとれ市場では新鮮な魚介類でお腹を満たすこともできますね。
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