三内丸山遺跡は日本最大級の縄文集落跡。縄文時代の生活や人々に想いをはせて

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31歳1児のママ。秋田県出身。 転勤族のため全国11箇所に住んだ経験があり、特に青森県中心に書いています。東北地方の歴史・文化・民間伝承が好き。実際に住んだからこそわかる情報を盛り込んだ記事作成を心がけています。

三内丸山遺跡さあべ!がっぱじゃいごだばってまんずおもへじゃ

国内有数の規模を誇り、現在は世界遺産登録を目指している縄文時代の集落跡。それまで注目されていなかった学術的・歴史的な価値が明らかになった驚きのきっかけとは?

縄文時代の最も有名な遺跡の一つ

三内丸山遺跡(さんないまるやまいせき)は、縄文時代前期中頃~中期にかけて存在したと見られる大規模な集落跡です。どのようなスポットなのかご紹介します。

縄文時代の遺跡

三内丸山遺跡は青森県の八甲田山から続く緩やかな丘陵にあり、約40ヘクタールという広大な範囲に広がっています。竪穴住居や高床式倉庫といった、縄文時代の建築物として良く知られているもののほか、大型竪穴式住居が10棟以上・規模にして約780軒もの住居跡、さらに祭祀用に使われたとされる大型掘立柱建物があります。

歴史的意義・価値の高い展示物も多数

三内丸山遺跡は、他の縄文時代遺跡には見られないような出土品がいくつもあることも特徴です。例えば、長野県和田峠で産出される黒曜石が三内丸山遺跡でも見つかったことから、当時、交易や流通があったことが判明。

他にも北海道、岩手、宮城、秋田、山形、新潟、長野など、様々なところで出土したヒスイや黒曜石、コハクなどが三内丸山遺跡で発見され、いかに流通がさかんに行われていたかが分かりました。このように当時の文化や生活の様子について三内丸山遺跡から判明した事柄は多く、歴史的意義が特に高い遺跡です。

遺跡として保存されるまでの道のり

実は、青森市大字三内字丸山に遺跡があることは江戸時代から知られていましたが、その価値については注目されていませんでした。ところが1992年、現地で野球場建設工事のための事前調査が始まった際、遺跡が過去に前例が無いほど大規模な集落跡であることが分かりました。

そして学会やマスコミ、世論の高まりを受けて青森市は工事を中断・保存されることとなったのです。その後、特別史跡 三内丸山遺跡として調査・整備を開始、大規模な保存施設となりました。現在は世界遺産登録を目指し、国の推薦候補になっています。

縄文時遊館では室内展示ももりだくさん

三内丸山遺跡にある縄文時遊館は室内の展示が充実しています。展示ブースの見どころをご案内します。

室内の展示ブースも立派

遺跡南側の車寄せと遺跡の間にある縄文時遊館の館内には、三内丸山遺跡から出土した発掘品の一部が展示されています。三内丸山遺跡は低湿地だったことから、他の遺跡では残りにくい有機質の遺物が多数出土

特に骨角器の保存状態の良さは素晴らしく、また編籠(縄文ポシェット)は縄文時代の製作技法を具体的に知ることのできる貴重な資料となりました。

展示物の点数もかなりのもの

三内丸山遺跡の土器や石器、骨角器、編物、木製品や銛(もり)などは、国内最大級の出土数を誇っています。縄文時遊館の内部からトンネルを通ると、屋外の竪穴式住居などの展示に移動することができます。さんまるミュージアムには、三内丸山遺跡から出土した重要文化財の約500点を含む、総数約1,700点の遺物が展示され、その光景は圧巻の一言。

縄文人の暮らしがリアル

貝塚などからは、縄文人が鯛やヒラメ、栗など、様々な種類の食物を摂っていたことが判明。それまで、狩猟や採集が中心と思われていた縄文人の食生活が、実は現代人が考えているよりも豊かであることが分かりました。そんな縄文時代の生活は、子供のお墓などをはじめ、空調設備が整ったドームで囲われ丁寧に保存されています。

展示スペース以外も充実

縄文時遊館には観光客用の様々な設備があり、トイレも車イス用トイレが3箇所あるなど充実。レストランやお土産物屋、ミュージアムショップもあるので目的に合わせて様々な楽しみ方ができます。三内丸山遺跡の知識をさらに深めたい方にはシアター、体験重視の方に体験工房もあります。

屋内だから冬でも鑑賞

積雪期の青森県にあって、屋内外ともに展示を観賞できるのも三内丸山遺跡ならではです。竪穴式住居や掘立柱建物に雪が降り積もる光景は、日本の原風景にも共通するような何とも言えない美しさ。この厳しい寒さを、縄文人は麻の服や編物で過ごし、乗り越えていたと考えると人類の生きる力強さを感じさせてくれます。

冬季に訪れる際は、ダウンコートなどのしっかりとした防寒着の準備が必須です。また、雪で足元が悪くなっているため、スパイクや長靴などを準備してゆくと良いでしょう。

雪や雨、晴天に曇天と現地の天候は変わりやすいので、様子を見ながら晴れたらすぐに外の展示を見に行くことをおすすめします。また、青森県は11月から積雪が始まるため自動車で行く場合は、スタッドレスタイヤや冬用ワイパーなどの装備も忘れずに。

大迫力の大型掘立柱や竪穴式住居

三内丸山遺跡の屋外の展示は壮大なスケールに驚くはず。大迫力の展示ブースを見てみましょう。

広々とした縄文の雰囲気を感じて

施設は隅々まできちんと手入れされていて、出土品や遺跡を保護するためのドームなど対策は万全。近年、ドームが建設されるなどして、遺跡でありつつも、広大な公園といった雰囲気も持ち合わせています。敷き詰められた芝生の緑は美しく、夏でもとても涼しく感じます。芝生と土も施設と同じく、しっかり手入れされているため、車いすやベビーカーでも気軽に訪れることができます。

青森市の町中から離れた場所に位置する三内丸山遺跡の近辺にはビルなどの大きな建物はなく、遠くに八甲田山が見えます。当時、雄大な自然と共に暮らした縄文人もこの景色を見ていたのかもしれない…当時の生活に想いを馳せると感慨深く、また壮大な世界観が胸に迫ってきます。

縄文時代後期にあたる三内丸山遺跡は、エジプト文明やメソポタミア文明と同時期に発展したと推測されています。約500人前後の人間が約1,500年間も、同じ三内丸山という土地で世代交代を繰り返して暮らしていたことは世界的に見ても珍しいそうです。

同じ日本でも、京都に都が置かれたのは約1,200年・江戸時代が約250年ほどだったことを考えると、三内丸山において人々が生活を営んでいた期間がどれほど長かったかが分かります。

縄文時代と言えば竪穴式住居

竪穴式住居とは縄文時代を代表する住居の形態です。それまでの旧石器時代においては、人類は洞窟などに住んでいたとされています。三内丸山遺跡では、生活に関わるあらゆるものが出土していますが、弥生時代以降に見られる矢尻で傷ついた人間の骨などは出土していません。

このことから、縄文人は争いをしなかったのではと提唱さえる理由となっています。このように、それまで謎に包まれていた縄文時代について様々な発見がなされ、研究を一気に盛り上げたのがこの三内丸山遺跡なのです。

シンボルの大型の掘立柱建物

掘立柱建物の跡が発見されたことによって、三内丸山遺跡が他の縄文時代の遺跡とは異なる圧倒的な規模であることが分かりました。今では三内丸山遺跡のシンボル的存在として、ポスターなどでメインビジュアルとして扱われることが多いようです。

ガイドツアーがおすすめ

広大な敷地内のあちこちに住居跡などが点在するため、自分で回ろうとすると見学の抜けや漏れが起こりやすいようです。そのため、より深く三内丸山遺跡を知りたい場合は、1時間ほどのボランティアのガイドツアーに参加するのもおすすめです。見どころがたくさんあるため、ガイドツアー・縄文時遊館・さんまるミュージアムの3つで、それぞれで時間配分を考えておくと効率よく回ることができます。

三内丸山遺跡へのアクセス

自動車での行き方

東北縦貫自動車道から約5分(約2km)。青森空港からの場合は、車で約30分(約8.5km)。青森港フェリー埠頭からなら車で約20分(約7km)

JR青森駅からの行き方

タクシー、レンタカーでは約20分(約7km)。市営バスなら三内丸山遺跡で約30~40分の乗車になります。シャトル・ルートバスのねぶたん号でも約30~40分。

住所|〒038-0031 青森県青森市大字三内字丸山305
営業時間|午前9時~午後5時または午後6時(時期によって異なる)
定休日|年末年始(12月30日~1月1日)
電話|017-781-6078
公式サイトはこちら

まとめ

縄文時代の歴史のロマンを感じさせる三内丸山遺跡。屋内にある多数の展示物のほか、大迫力の屋外ブースも魅力です。青森空港からは30分でアクセスできるので、ぜひ一度足を運んでください。