源氏にゆかりの「伊豆長岡温泉」の歴史的観光スポット

伊豆といえば「東京の奥座敷」と呼ばれる熱海温泉をはじめ、温泉が半島のあちこちに湯気をあげています。熱海駅から伊東駅を通って伊豆急下田駅までは鉄道が伊豆半島の東海岸を走っていますが、新幹線の三島駅から伊豆箱根鉄道駿豆線は終点修善寺駅まで伊豆半島の中央部を走っていますね。三島駅から11キロメートルあまりのところにある伊豆長岡駅が伊豆長岡温泉の玄関口。平治の乱に敗れた源頼朝が流されたのがこのあたり。温泉でゆったり心を洗いながら、歴史の散策をしてみることにしましょう。

古奈温泉と長岡温泉をあわせて伊豆長岡温泉と呼んでいます

古奈温泉と長岡温泉をあわせて伊豆長岡温泉と呼んでいます

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伊豆箱根鉄道駿豆線の伊豆長岡駅から西に向かい狩野川(かのがわ)を渡ると源氏山に突き当たります。
源氏山というと鎌倉幕府のあった鎌倉の源氏山が有名ですが、伊豆長岡の源氏山はもともとは北条氏の所領。
北条氏は平家の一門だったので源氏の嫡男である源頼朝を監視する役目を与えられていたのですが、頼朝に従って平家追討に加わったので伊豆長岡にある山も源氏山になったのでしょうね。
この源氏山の西側が長岡温泉で東側が古奈温泉。
このふたつの温泉を合わせて伊豆長岡温泉と呼んでいるのですよ。

古奈温泉はその名前からしても古い感じがしますが、北条氏の所領だった頃から知られていたようです。
古奈別荘という旅館はある有名人の別荘だったのですが、数寄屋造りの古風な建物が独特の情緒をかもし出しています。
伊豆三古湯のひとつが古奈温泉なのですよ。
長岡温泉のほうは明治時代になって開発された比較的新しい温泉街。
明治から大正時代の有名人の別荘もあったとのこと。
伊豆長岡温泉は内陸にありますが海に近いので、温泉に入ったあと豪華な海の幸が楽しめますよ。

源氏山の七福神めぐりで御利益をもらいましょう

源氏山の七福神めぐりで御利益をもらいましょう

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伊豆長岡温泉の中央にある源氏山は伊豆長岡公園になっているので散策してみるのもいいでしょう。
また、源氏山とその周辺には七福神を祀る神社や寺がありますが、スタンプを集めて旅館に戻ると七福神人形の一体がもらえるとのこと。
1時間半くらいの行程ですので、七福神から御利益をもらって旅館に帰り、温泉でゆっくり汗を流すのは最高ですね。
源氏山への入口は三カ所。
古奈温泉からは西琳寺口、長岡温泉からは伊豆長岡温泉口、温泉駅バス停からは西明寺口です。

七福神というのはいろいろな由来をもった神や仏なので、それらを祀るのが神社と寺に分かれているのですよ。
源氏山の七福神を祀る神社と寺をあげておくことにしましょう。
鯛をもった恵比寿神は湯谷神社、老人の姿をした福禄寿は長温寺、琵琶をもった美女の弁財天はみろく堂、もう一人の老人である寿老人は山頂広場、大きなお腹の布袋尊は最明寺、大国主命がモデルとされる袋をかついだ大黒天は展望広場近く、武人の姿の毘沙門天はあやめ御池広場。
寿老人を祀る山頂広場から歩いて3分で展望台に行けますが、ここからは富士山と狩野川の眺めが美しいですね。

伊豆の国パノラマパークは「恋人の聖地」と呼ばれています

伊豆の国パノラマパークは「恋人の聖地」と呼ばれています

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源氏山の近くに伊豆の国市の市役所がありますが、伊豆長岡町と韮山町と大仁町が合併してできたのが伊豆の国市。
この市役所の向かいにロープウェイの山麓駅があり、ここから先が伊豆の国パノラマパーク。
葛城山の山頂まで鳥になった気分で一気に上っていくことができますよ。
山麓駅から山頂駅までの高低差は411メートルでロープウェイの全長は1,791メートル、山頂駅の標高は452メートルで約7分間の空中散歩ですね。
山頂駅には葛城神社があり身も心も清めたあと、足湯につかってリラックス。

山頂駅付近の空中公園にある富士見テラスからは富士山はもちろん駿河湾も見えますよ。
茶寮でゆったりとティータイムができるほか、ソファーやデイベッドのエリアもあり美しい景色を満喫できますね。
ここからいくつかのコースを通ってさらに上まで行くことができますから、さえずりの丘展望台まで行ってみてください。
もしも恋人と二人なら、幸せの鐘を鳴らしてみてください。
ここは「恋人の聖地」とも呼ばれているのですから。

あわしまマリンパークには「かえる館」があります

あわしまマリンパークには「かえる館」があります

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ロープウェイの山麓駅から西に行くと駿河湾の東の端の内浦湾に出ます。
ここは沼津市ですが、この内浦湾の北に淡島という小さな島があり、この島全体が「あわしまマリンパーク」。
海ですから水族館があるのは当たり前としても、珍しい「かえる館」があるのですよ。
現在は入場無料で、集められているカエルの種類はおそらく世界でもトップクラス。
おとぎ話によく登場するカエルですが、意外に女性に人気だとか。
200話あるグリム童話集の第1話が「蛙の王子」というのも理由があるのですね。

どこにでもある水族館ですが、ここの水族館は淡島の海をテーマにしているのが特徴。
「ふれあい水槽」がありこの海に生息する海の生き物とふれあいながら解説を聞くことができます。
またアシカ、アザラシ、イルカ、ペンギンのコーナーもあり、ショーも楽しめるのですよ。
家族で伊豆長岡温泉に来たときには、ここまで来れば楽しみながら海の生物についての勉強もできますね。

内浦湾には伊豆・三津シーパラダイスもあります

内浦湾には伊豆・三津シーパラダイスもあります

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伊豆長岡温泉から内浦湾に出たところには伊豆・三津(みと)シーパラダイスもあります。
略して「みとしー」とも呼ばれるこのシーパラダイスは、あわしまマリンパークより娯楽性の高い施設。
イルカやアザラシやペンギンのほかに、トドやセイウチやカワウソまでいるのですよ。
駿河湾というと桜エビで有名ですが、このエビは深海に生息していて産卵の時期に深海から岸辺に上がってくるのですね。
つまり駿河湾には深海が隠されているのですが、シーパラダイスの水族館にはふだんは見ることのできない深海の生物たちも水槽にいますよ。

伊豆箱根鉄道が経営している施設なので、楽しいことが盛りだくさん。
「モット!いそあそび~ち」という浅いプールでは魚と遊ぶことができます。
「クラゲ万華鏡」と名づけられたクラゲの水槽は神秘的。
「ちょい底」には水深100メートルの深海が再現されていますが、「DON底(どんぞこ)」になるとさらなる深海。
内浦湾のイベントを「あわしま」にするか「みとしー」にするかちょっと迷いますね。

世界文化遺産にも登録されている韮山反射炉とは?

世界文化遺産にも登録されている韮山反射炉とは?

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内浦湾ではおおいに楽しめたことでしょうが、ここで伊豆の国市にもどって少し歴史の旅をしてみることにしましょう。
伊豆長岡駅から温泉とは反対方向、つまり東に向かうと伊豆の山地の山裾に韮山反射炉があります。
反射炉というのは金属を溶かして大砲をつくる設備。
これが建造されたのはなんと江戸時代の終わりなのですよ。
1853年にペリーが「黒船」に乗って来航したことで、それまで鎖国政策を続けてきた徳川幕府は大混乱。
反射炉をつくる必要に迫られたのでした。

どこにこの反射炉をつくるかでいろいろあったあと、最終的には韮山代官所の近くに建造し始めたのが1854年。
オランダの書籍を読解しつつこの施設の建造に取り組んだものの、責任者だった代官の江川英龍は1855年に死亡。
あとを継いだ息子の江川英敏が佐賀藩の協力を得て1857年に完成したのがこの韮山反射炉。
1864年まで幕府直属の反射炉として洋式の大砲をつくり続けたとか。
国の指定史跡であることはもちろん、2015年にはユネスコ世界文化遺産にも登録されたのですよ。

源頼朝は蛭ケ小島で20年も暮らしました

源頼朝は蛭ケ小島で20年も暮らしました

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韮山反射炉から山裾の道を北に行くと蛭ヶ小島があります。
伊豆箱根鉄道を使えば伊豆長岡駅から三島に向かってひとつ北の韮山駅。
ここは源頼朝が流された場所として有名ですね。
平治の乱に敗れてここに流されてきた1160年、頼朝は14歳だったということです。
反平家の旗揚げをしたのが1180年ですから頼朝は20年もここにいたことになりますね。
その間に、北条時政の娘の政子との大恋愛は有名な話。
源氏の嫡流とはいえこのときには罪人ですから、父親が大反対するのは当たり前。

蛭ヶ小島はその名前からわかるように、もともとは狩野川の中洲だったようです。
蛭の多く住んでいる水田だったのですが、現在では若き日の頼朝とのちに尼将軍と呼ばれた政子の像が立っています。
罪人ではあったものの頼朝はかなり自由な暮らしができたようで、1177年には政子との結婚も許されたとか。
その背後には伊豆山権現の力があったとされていますが、このとき頼朝は31歳、政子は21歳だったのですよ。

蛭ヶ小島の後ろには韮山城と韮山の代官所跡があります

蛭ヶ小島の後ろには韮山城と韮山の代官所跡があります

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韮山の蛭ヶ小島のあたりには何か歴史的因縁があるのか、その裏手には北条早雲の韮山城と韮山反射炉に尽力した江川家の代官所跡があります。
蛭ヶ小島は水田地帯にありますが、韮山城はその向こうにある小高い丘の上。
高い山の上に建つ山城ではなく韮山城は平山城。
室町時代末期に堀越公方足利正知の家臣によって築城された城。
1491年に伊勢盛時が堀越公方の二代目を攻め滅ぼし、北条早雲と名乗って後北条氏の本拠地にしたのでした。
その後北条早雲は相模に支配地を拡大し、後北条氏は小田原を居城にしたのでしたが、早雲はこの韮山城で死んだとのこと。
1590年の豊臣秀吉による小田原攻めのとき、韮山城も籠城して戦ったのでしたが、徳川家康の説得により開城。

韮山城の背後の城池親水公園という池の向こうに江戸時代の代官所跡があります。
これは韮山の代官だった江川家の邸宅でもあり、屋敷そのものはきれいに保存されていますから、江戸時代の代官所がどんなものだったか、よくわかりますね。
平安時代末期から鎌倉時代と室町時代、さらに戦国時代から江戸時代へと向かう日本の歴史がこの狭い地域に凝縮されているのですね。

大仁駅のところで狩野川は急カーブします

大仁駅のところで狩野川は急カーブします

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韮山駅から伊豆長岡駅に戻りさらに南に行くと同じ伊豆の国市の大仁駅。
このあたりで狩野川も伊豆箱根鉄道の線路も大きくカーブしています。
このあたりまでが伊豆長岡温泉のある伊豆の国市なのですが、大仁駅の東には大仁温泉という別の温泉があります。
温泉街ができたのは1949年とかなり新しく、伊豆長岡温泉とは違って大きなホテルも旅館もありません。
もともとは金の鉱山だったのに地下から温泉がわき出してしまい、鉱山としてはダメになったとのこと。

旅館の宿泊料金も伊豆長岡温泉と比べると安いのですが、共同浴場はありません。
そのかわり高台に建つホテルの露天風呂からは富士山も見えますよ。
狩野川では鮎釣りが盛んで、新鮮な鮎を食べることができますね。
ここまで来ると伊豆長岡駅よりはむしろ終点の修善寺駅に近いので、新修善寺温泉と呼ばれることもあるそうです。
もともと金の鉱山だったので黄金の湯という名前のスパがあり、高台には梅林で有名な大仁神社があります。

修善寺は鎌倉幕府の二代目将軍頼家が殺害されたところです

修善寺は鎌倉幕府の二代目将軍頼家が殺害されたところです

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修善寺温泉は伊豆箱根鉄道の終点修善寺駅から狩野川を渡り、下田街道を通ってちょうど伊豆半島を縦断する自動車専用道路の修善寺インターチェンジの少し西にある有名な温泉街。
駅からは少し離れていて温泉街を流れるのは狩野川ではなく修善寺川。
修善寺では源頼朝と北条政子の長男である頼家が幽閉されたうえ殺害されたので、岡本綺堂の有名な小説『修禅寺物語』があります。
それをもとにした映画やオペラがあるほか、歌舞伎の演目にもなっているのですよ。

1199年に頼朝が急死したために頼家は16歳で鎌倉幕府の二代目将軍になったのですが、母親の実家である北条氏と対立。
頼家を支持しいた比企一族が1203年に滅ぼされたあと、頼家も修禅寺(修善寺にある禅宗の寺の名前です)に幽閉されたうえ殺害されたのですね。
ですから頼家の墓は鎌倉ではなく修善寺にあるのですよ。
母親の政子は息子の死を悼んで指月殿を建てさせたのですが、鎌倉幕府の実権はこうして北条氏の手に移りました。
源氏でないために将軍になれない北条氏は、執権として鎌倉幕府を続けたことは日本史の教科書にも載っていますね。

狩野川の水源である天城峠を越えれば下田に行けます

狩野川の水源である天城峠を越えれば下田に行けます

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下田街道をさらに南に進むと狩野川の上流の浄蓮の滝があり、やがて天城峠に到ります。
この峠を越える自動車道路は斜面を走るにはあまりにも急なため、旋回しながら徐々に下に降りていく構造になっているのですよ。
旧道を通る車は今ではもうほとんどないでしょうし、また昔は歩いてこの峠を越えたのですが、その旧道には薄暗いトンネルがあります。

ノーベル賞作家の川端康成の若い頃の作品である『伊豆の踊子』には、この旧道のトンネルを抜けて下田に降りていく一高生と踊り子との淡く切ない恋が描かれています。
この作品も何度か映画化されて、その時代の有名な若手女優がその踊子を演じたのですよ。
河津七滝を通っていくとやがて下田に着きますが、下田温泉は伊豆半島の南端にある有名な温泉。
ここにもまた別の「物語」がありますが、それはまた別の機会に。

伊豆長岡温泉の歴史は源氏だけではありません

源頼朝が流されたり二代目将軍源頼家が殺害されたことで、伊豆長岡温泉や修善寺温泉は源氏と深い関わりをもって記憶されていますが、ここには古墳もあるのですよ。
古墳時代から伊豆半島の中央部には人が住みつき、おそらく温泉を利用していたことでしょうね。
三方を海に囲まれた伊豆半島は海の幸にも恵まれています。
山と海とが奇妙に入り組んだ伊豆半島には、まだまだ語りつくせない歴史が隠されています。
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