地上最大級の火山の上にある『イエローストーン国立公園』の歴史を探ってみよう

イエローストーン国立公園は、青、黄、緑のカラフルな温泉や噴き上げる間欠泉が豪快な日本にはない美しさを持つアメリカの世界遺産です。白い石灰でできた不思議なテラスの地底には、大量のマグマがグツグツと沸いており、破壊的な噴火の時を今か今かと待っているという噂もちらほら。今回は、まさに絶景!美しさと驚異が融合した、世界初の国立公園で世界遺産!アメリカのイエローストーン国立公園の歴史に触れてみたいと思います。

イエローストーン国立公園とは?

イエローストーン国立公園とは?

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イエローストーン国立公園は、モンタナ州、ワイオミング州、アイダホ州にまたがった、1872年に世界で初めて、「国民のために永久に保存するには、国立公園とすることが適当」と、アメリカ政府が指定した、世界初の国立公園です。
また、1978年には、初めての世界遺産のひとつとして選ばれています。

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イエローストーン国立公園の広大な敷地を満喫するには、レンタカーで4日間以上かけて巡るのがおすすめとか。
イエローストーンのシンボルとされるカイザーカントリーや石灰岩のテラスが見物のマンモスカントリー、西部干拓時代を彷彿とさせるルーズベルトカントリー。
大渓谷と豪快なロウアー滝が必見のキャニオンカントリーや写真などでよく使われる真っ青な湖面が魅力のイエローストーンレイクを中心としたレイクカントリーの5つのエリアに分けられています。

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噴き上がる迫力満点の間欠泉を見たり、無数に伸びるトレイルをハイキングしたり、ナイアガラの2倍にも及ぶ渓谷を望んだり、ここに棲むバッファローやオオカミなど、野生動物との出会いも楽しめます。
自然に配慮しながら作られた国立公園の元祖「イエローストーン国立公園」の歴史をご紹介します。
少しだけ、お付き合いくださいね。

北アメリカ大陸最大の火山地帯!イエローストーンのはじまり

北アメリカ大陸最大の火山地帯!イエローストーンのはじまり

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イエローストーンの歴史は、アメリカの国立公園の歴史そのものといえるでしょう。
イエローストーンの超巨大火山が噴火したのは、今から約220万年前、約130万年前、約64万年前と3回起こっており、遥か昔のことです。
現在の研究家たちの間では、70万年に1回の確率で噴火しているといわれています。
ということは、青く煌めくように美しいビューティープールを持つイエローストーン国立公園は、アメリカ大陸が全滅するほどの、巨大な噴火が10万年以内に起こる可能性を秘めているということ。
想像するだけで、恐怖ですよね。

大きな噴火以外にも、小さな火山活動が何度も続いており、イエローストーン一帯に溶岩が流れ込んだのは、約7万年前だったようで、太古に起こった噴火の恩恵を現在も受けています。
栄養分の少ないイエローストーンの土壌に、ロッジポール・パインが多く生息する森林があり、公園内の河川には、マスが数多く生息できているのも、地下マグマが煮えたぎっている証拠です。

イエローストーンと人類の関わり

イエローストーンと人類の関わり

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8,980平方キロメートルという四国の半分ぐらいの巨大な国立公園内には、大きな渓谷や100を超える滝、豊かな川の流れや湖も豊富です。
何といっても、300を超えるという間欠泉と温泉プールや広大な草原で暮らしている野生動物たちは、イエローストーンを語る上での重要ポイントとなっています。

このイエローストーンに、人が関わったのは、約1万2000年前までさかのぼります。
先住民たちは、黄色い石が転がっていたことから、「黄色い石のある川」と呼んでいたようです。
この黄色は、熱水作用によって鉄分が変化したもので、硫黄分の色ではないとか。

開拓がはじまるイエローストーン

開拓がはじまるイエローストーン

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イエローストーンに先住民以外の人が訪れたのは、1806年のこと。
ルイジアナ買収と西部探検を行ったことで知られる、ルイス・アンド・クラーク探検隊を離れたジョン・コルターが、インディアン以外で初めてこの地に入った人物です。
クロウ族とブラックフット族の戦いに巻き込まれてしまい、重傷の床で、この地を「火の硫黄」と語ったとか。
でも、本気にはされず、当時は「コルターの地獄」と呼んでいたようです。

アメリカの1800年代は、ゴールドラッシュやビーバーを獲り、毛皮を海外に輸出することで、富を得ていました。
イエローストーンには、毛皮を目当てにトラッパーと呼ばれるハンターたちが住んでいたようです。
1840年代後半に毛皮交易にかげりが見えはじめたころ、トラッパーたちは、ガイドに転身し、イエローストーンという名前を広めました。

イエローストーンに入ってくる探検隊

イエローストーンに入ってくる探検隊

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1857年には、ジム・ブリッジャーが、噴き上がる水や黄色い石など山のことを、みんなに話ました。
彼の話には信憑性がないと反故にされましたが、1859年にブリッジャーとアメリカ陸軍測量官のレイノルズを伴って、探検家兼地質学者のファーディナンド・ヘイデンが、2年の予定で探検しています。
この時に、先ほどの元トラッパーたちも、ガイドとして参加したようです。

残念なことに、イエローストーンの入り口付近まで達した時に、雪が深く、先に進むことができなくなり、更に南北戦争が勃発したため、探検は中止になりました。
しかし、彼は諦めませんでした。
ヘイデンは、11年後に探検を再開しています。

世界初の国立公園の誕生

世界初の国立公園の誕生

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1850~1870年には、山師たちがイエローストーン地区に移り住みました。
彼らは、元トラッパーほどこの地についての認知度がなかったようです。
1870年には、1ヶ月に亘って、モンタナ州測量長官ヘンリー・ウォシュバーン率いる探検隊が、調査を行いました。
その中には、後にイエローストーン国立公園初代管理官となったナサニエル・ラングフォードや、陸軍派遣隊司令官グスタフ・ドーンがいました。

1871年には、ヘイデンは政府支援により、大規模な探検隊を率いてイエローストーン地区に入りました。
彼らは、イエローストーンの素晴らしい景観に、強く感動したようです。
ヘイデンは、調査に至る総括報告書をオークションにかけて売却する予定でしたが、国に報告しました。
グランド大統領は、イエローストーン国立公園を設立する法律を制定し、1872年3月1日に世界で初めての国立公園が誕生しました。

苦悩する国立公園の維持

苦悩する国立公園の維持

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初期のころのイエローストーン国立公園は、予算も満足にもらえない、無法地帯に近かったようです。
というより、ここに暮らす野生動物たちを狙って訪れるハンターたちの密猟から、動物たちを保護するだけの役割でした。
しかも、派遣されていたのは、騎兵隊だったのです。
そりゃ、無理だ!専門家もいなかったのでは、公園なんて作れないですよね。

でも、だんだん世界初の国立公園は、人々の興味を引くようになり次第に客足が増えてきました。
これは、イエローストーンの驚異と神秘が話題を生んだからのようです。
馬車で遠くからイエローストーンに訪れる人も出はじめ、1890年には、この公園初のマンモス・ホットスプリングス・ホテルが建てられました。

ルーズベルト大統領によって整備されるイエローストーン

ルーズベルト大統領によって整備されるイエローストーン

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イエローストーンの人気が出てきたことと、自然保護に寛容なセオドア・ルーズベルト大統領がこの地に訪れたことで、園内の整備がはじまることになりました。
最初に、馬車が通れる道が整備されました。
その後、2つ目となる、ログキャビン風の木造工法で作られたオールドフェイスフル・インは、1904年に建てられました。
規模は、ログキャビンとしては、世界最大といわれています。
他にも、コロニアル風のリゾートレイクホテルがあります。

時代は馬車から車の時代に変わり、1908年に発売されたT型フォードに乗った観光客がこぞって訪れ、サファリランドのようにイエローストーン国立公園を、楽しむ人が増えたのです。
自動車ブームにのり、イエローストーンの入園者数も飛躍的にのびました。

裏目に出た観光地化

裏目に出た観光地化

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1950~1960年代には、世界初の国立公園を軌道にのせるために、動物の餌づけが行われました。
でもこれは、やってはいけないことだったのです。
客寄せのためにグリズリーベアや、ブラックベアの餌づけをし、見事に成功しています。

でもクマたちは、餌を人間にねだるようになり、道路にも堂々と姿を見せるようになりました「。
マイカーで楽しめるサファリランド」との触れ込みで、客寄せをしたイエローストーンは、有名になり集客力がUPしたのです。
もちろんのこと、相手は野生のクマ。
事故が起こってしまいます。

クマに近づきすぎた観光客が何人もけがをし、キャンプに出てきたクマがとうとう人間を殺してしまいました。
それでも出てくるクマたちは、何頭もビレッジで射殺され、数年の内に激減してしまいました。
この苦い経験により新しく生まれた言葉があります。
「野生動物は野生のままに(Keep Wildlife Wild)」です。
ここからは、ゴミの監視まで徹底され、現在のような国立公園に成長していきました。

国立公園局設立により成長するイエローストーン

国立公園局設立により成長するイエローストーン

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1915年には、約5000台の車がイエローストーン国立公園に訪れるほど、人気の観光スポットとなりました。
翌年、国立公園局が設立しています。
1956年にはじまった「ミッション66」という、10年に亘る整備計画がはじまり、公園を周遊するグランドループ道路も作られました。
展望台をはじめキャンプ場やロッジ、土産物店など、様々な施設がオープンしました。
でも、人の手が加わったのは、国立公園内のたった1%です。

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1988年には国立公園で、またも、最悪の事件が起こりました。
山火事が起こったのです。
5月24日にはじまった山火事は、11月18日まで燃え続きました。
この火事で、公園内の36%、東京の1.5倍もの敷地が焼けてしまったとか。
これは、「自然のまま」を大切にするという方針が裏目に出たものでした。
乾燥や落雷など自然の摂理によって起きたことは、人間の手を加えないという考え方が招いた結果です。
もちろん生態系への影響は、多大なものでした。

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19世紀末ごろには、伝統文化だったバッファロー狩りは、政府によって禁止されていました。
しかし、先住民の長年にかけてのバッファロー狩りを復活する運動が起こっており、1990年代に狩猟権を回復しました。
現在は、イエローストーン国立公園内で、年に数度バッファロー狩りが行われています。
白人によって絶滅した平原オオカミも、インディアン部族たちの粘り強い誓願により、ネ・ペルセ族がオオカミを育成すると共に管理しています。
現在は、年間100万台以上の車で400万人もの入園者が訪れています。

世界初の国立公園となったイエローストーン国立公園に訪れてみませんか?

七色に輝く巨大な温泉「グランドプリズマティック・スプリング」の景色は、アメリカの「一生に一度は訪れたい絶景スポット」のひとつとされています。
直径113mもあり、国内最大の大きさを誇り、エメラルドブルーの温泉と、バクテリアの黄色が周囲を縁取り、オレンジやブラウンのコントラストは、神秘的かつ壮麗で人々を魅了しています。
また、間欠泉として世界最大のグランドカイザーによる、圧巻の噴出も必見ですよ。
観光のベストシーズンは、6~8月です。
広大なアメリカの地で、地球のパワーを感じるイエローストーン国立公園を観光してみませんか?
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