足利義輝の生涯を追う。室町幕府末期に鮮烈に散った剣豪将軍

公開日:2020/3/5 更新日:2020/3/5

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散り際の美学!カッコ良すぎる辞世の句

側近たちと別れを交わす際、義輝は辞世の句を詠みました。
辞世の句とは、この世を去る間際に詠む漢詩や和歌のことですね。
武士が切腹する時など、多くの句が戦国時代には詠まれてきました。
「五月雨は 露か涙か 不如帰(ほととぎす) 我が名をあげよ 雲の上まで」

(しとしとと降り続く五月雨は、ただの雨なのか、それとも無念の思いを残して死にゆく私の涙だろうか。
ホトトギスよ、誇りを捨てずに戦い死んでいった私の名前を、どうか雲の上にまで届けてくれ)

これは、ぐっとくるものがありますよね。
義輝の人生をここまで追ってくると、より心にしみるものがあります…。

足利将軍家の誇りを持ち合わせた最後の将軍

将軍の権威をその手に取り戻そうという一心で戦い続けた足利義輝。
その思いは、残念ながら叶いませんでした。
そしてこの後、室町幕府は滅亡への一途をたどります。
一方、三好氏も松永氏も戦国時代の渦に飲み込まれて消えていきました。
もし義輝が殺されなかったら…と考えましたが、うーん、この後、織田信長が出てくるんですよね。
2人は絶対合わない感じがしますし、やっぱり義輝は生まれてくる時代がまずかったのかなとも思います。
けれど、義輝の短くも鮮烈な生涯は、皆さんの心にしっかりと残ったのではないでしょうか。
それこそ、彼の辞世の句の通りになったような気もしますね。