1001体の千手観音像がある三十三間堂の基礎知識。その歴史から外せない見所

公開日:2019/3/19 更新日:2020/3/6

京都駅からほど近い距離にある三十三間堂。江戸時代に舞台になった通し矢や、1001体もある千手観音像でその名は知れ、京都の観光名所になっている一つです。そんな三十三間堂を京都旅行常連の筆者が、歴史やおすすめスポット含めて紹介します。京都駅からはバスで約10分、京阪七条駅から徒歩約7分とアクセスがよく、駐車場は無料で50台のスペースがありますので、この機会に足をのばしてみませんか?【京都常連が徹底ガイドのおすすめ記事】

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1.三十三間堂ってどんな寺院?歴史を見てみよう

1.三十三間堂ってどんな寺院?歴史を見てみよう

三十三間堂でしられているこの寺院は、正式名称は蓮華王院本堂と言います。
三十三間というのは、「三十三間四面」に由来し、お堂内陣の柱間が33もあるという建築的な特徴があります。
ちなみに外部から見ると柱間が35になります。もともと後白河上皇が離宮として建てた法住寺殿があり、その一画に造営されました。
1249年火災で焼失。
後嵯峨上皇によって本堂が再建され、当時は朱塗りの建物だったそうです。

桃山時代になると交通の要所だったことに目を付けた豊臣秀吉が大仏殿方広寺を三十三間堂の北隣に造営。
三十三間堂も境内に含まれ土塀を築きます。
現在も重要文化財に指定され太閤塀として残っています。
お堂の修復も秀頼にわたり行われます。

江戸時代には「通し矢」の舞台となります。
通し矢は縁の北端に的を置き、お堂西縁の南端から120メートルの距離を弓で射通し、矢数を競い合ったもので、矢数を決めて的中率を競うものもありました。
現在は「三十三間堂大的全国大会」が行われています。

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