【沖縄・今帰仁村(なきじんそん)の旅レポ】「今帰仁城跡」と「古宇利島」で絶景&歴史を満喫する旅

ハイタイ!Churakoです。今回は

・沖縄本島北部唯一の世界遺産にして日本の名城100選にも選ばれた”今帰仁城跡”(なきじんじょうあと)

・沖縄の”アダムとイブ伝説”がある”恋の島”としても有名な、美しい海に浮かぶ島”古宇利島”(こうりじま)

をご紹介します。
双方とも、沖縄のガイドブックなら絶対掲載されるほどのメジャー観光地ですが、実は今帰仁村、特に古宇利島は”快晴”が少ないことで地元では有名……途中でめげそうになりながらも、自宅から片道3時間弱の道を通うこと5回!最終的に絶景とサンセットを満喫することができました~

 

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1.今帰仁村(なきじんそん)って?

102411:1.今帰仁村(なきじんそん)って?

撮影/Churako

沖縄県北部、本部半島の北東に位置するのが今帰仁村(なきじんそん)です。

名護市と本部町に接する今帰仁村は、昔ながらの美しい沖縄の自然の風景が広がる場所。

写真は名護市の屋我地島(やがじしま)から古宇利島(こうりじま)に向けてかかる古宇利大橋です。

2.沖縄北部唯一の世界遺産にして日本の名城100選”今帰仁城跡”を散策!

102520:2.沖縄北部唯一の世界遺産にして日本の名城100選”今帰仁城跡”を散策!

撮影/Churako

さて、まず目指したのは今帰仁城跡

今帰仁城跡は、沖縄本島北部唯一の世界遺産にして、日本の名城100選にも選ばれたお城です。

といっても、今帰仁城”跡”とあるように、今現在残っているのはその石垣。
今帰仁城は外郭を含めると7つの郭があり、首里城と並んで沖縄県で最大級のお城(グスク)でした。
大きさは南北に350メートル、東西に800メートルもあります。

私の背後にある城壁は、全長1.5kmという長さです。

沖縄の世界遺産は「琉球王国のグスク及び関連遺産群」という名称で、グスクとしては、

・座喜味城跡(ざきみじょうあと)

・勝連城跡(かつれんじょうあと)

・中城城跡(なかぐすくじょうあと)

・首里城跡(しゅりじょうあと)

そして今帰仁城跡(なきじんじょうあと)と5つのグスクがあります。

本島のグスク(城)はもちろんこれだけでなく、21のグスクがかつてはありました。

もともと琉球のグスクはそれぞれの按司(あじ・豪族のこと)が建設したものなので、各地の地形や石材によって個性があるのですね。

世界遺産だけでないグスクの散策も楽しいですよ♪(個人的には玉城グスクも好きです)

ちなみに、他の世界遺産の施設は、

園比屋武御嶽石門(そのひやんうたきいしもん)―首里城の施設内にあります。

玉陵(たまうどぅん)―第二尚氏王朝の歴代の王墓

識名園(しきなえん)―琉球王国の別邸の1つ

斎場御嶽(せいふぁうたき)―琉球王国最大の聖地

となっています。

2-1.今帰仁城跡へのアクセス(自動車)

102493:2-1.今帰仁城跡へのアクセス(自動車)

撮影/Churako

今帰仁城跡へは、那覇市内から沖縄自動車道経由で約2時間半から3時間。

許田ICはよく渋滞するので、ICの渋滞状況(途中の電光掲示板に出ています)によっては、1つ手前の宜野座(ぎのざ)ICで降りた方が早いかもしれません。

今帰仁城跡の駐車場は、320台収容と大型で無料です。

2-2.今帰仁城跡へのアクセス(バス)

バスで今帰仁城跡まで向かう場合、最寄りのバス停は”今帰仁城跡入口”(なきじんじょうあといりぐち)で、そこから15分程度歩くことになります。

今帰仁城は山城なので、坂道を登ることに。

バスは那覇空港から運天港まで行く”やんばる急行バス”(途中で県庁北口やおもろまちなどにも停まります)

NAVITIMEでもバス経路の検索ができます。

2-3.今帰仁城跡の入場時間と料金

102492:2-3.今帰仁城跡の入場時間と料金

撮影/Churako

今帰仁城跡の入場時間は

8:00~18:00(最終入場17:30)です。

5月から8月は19:00(最終入場18:30)まで延長されます。

入場料金は個人大人400円、小・中・高校生 300円、小学生未満 無料です。

団体は20%OFFになります。

事前に許田の道の駅や古宇利島オーシャンタワーなどで、団体料金と同じ料金のお得な割引券を買うことができます。

割引券が売っている施設は下のリンクから↓

また、スマホから買える20%引きオンラインクーポンもあります。
ぜひ利用してみてくださいね。

2-4.今帰仁城跡ではガイド付きツアーがおすすめ【無料】

102446:2-4.今帰仁城跡ではガイド付きツアーがおすすめ【無料】

撮影/Churako

さて、今帰仁城跡をじっくり見たいという方は、無料のボランティアガイドの方が一緒に回ってくれるガイドツアーがおすすめです。
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撮影/Churako

ガイドは、チケットカウンターの隣の待合室にある受付カウンターで申込できます。

ただし、ガイドの方はいつでもいらっしゃるわけではないので、申込しても不在のことも……

この時も申込して1時間くらい待ち時間があったので、受付だけしてランチに行ってきました(後述)

隣にある今帰仁村歴史文化センターを見ながら待つのもおすすめです。

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撮影/Churako

この時私のガイドをしてくださったのは仲嶺(なかみね)さん。

ガイド時間はだいたい1時間ほどなのですが、なんだかんだと(私のツッコミのせいで)2時間くらいお付き合いいただきました!ありがとうございます。

前にもプライベートでガイドさんと回ったことがあるのですが、皆さまとっても説明が上手です。

いらっしゃる際に都合がつくようでしたら、ぜひガイドツアーをおすすめします!

2-5.今帰仁城の歴史とともに城内をめぐる

102499:2-5.今帰仁城の歴史とともに城内をめぐる

撮影/Churako

沖縄の歴史は、はっきりとした文献が残っていないため不明な部分が多いのです。

かつて沖縄本島には、北山(山北とも)・中山・南山(ほくざん・ちゅうざん・なんざん)と三つの豪族が並び立つ”三山時代”という時代がありました。

沖縄本島の北部地域が北山・中部地域が中山・南部地域が南山の支配地域でした。

今帰仁城は北山王の居城でした。
13世紀ごろには築かれたと言われていますが、いつごろ建設されたのかは不明です。

北山は当時の明国と交流があったことについては「明実録」という書物の中に進貢の記録が残っています。

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撮影/Churako

入口の前に今帰仁城の模型があるのですが、とても大きい城であったことが分かります。
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撮影/Churako

今帰仁城の城壁には琉球石灰岩が使われています。
沖縄本島の他のお城も琉球石灰岩が使われているのですが、今帰仁城に使われている石はなんと2万4千年前のもの。
首里城や中城城などの他のグスクに比べても大変古く、そして硬いのが特徴です。
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撮影/Churako

かつて海の中にあったサンゴからなる琉球石灰岩。
その証拠に、今帰仁城跡にはアンモナイトの化石も残されています。
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撮影/Churako

今帰仁城の石垣は、野面積み(のづらづみ)という、自然の石をそのまま積み上げる方法で築かれています。

しかし、この石はとても堅いのでうまく加工できませんでした。
そこで、なんでも切れるという伝説の刀「北谷なーちらー」という刀が献上され石切工事を行ったという伝説があります。
石垣の石がちょうどよい大きさではまっているのは「北谷なーちらー」で切ったからだとか。

その後「北谷なーちらー」は琉球王家の尚家の家宝として伝えられたそうですが……まるで斬鉄剣みたいですね。
実物があるなら見てみたいものです。

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撮影/Churako

こちらが石垣の門「平郎門」(へいろうもん)です。
野面積みだけでこれだけの門が作れたというのは驚きですね。
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撮影/Churako

門をくぐると石段がありますが、こちらは戦後新たに築かれたもの。

三段・五段・七段という階段数になっています。

初春(1月中旬~)には沖縄で一番早い桜を見ることができる場所でもあります。
(沖縄の桜前線は1月に北部から南下するのです)

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撮影/Churako

今帰仁城は、北部地域を治める北山王の居城でしたが、15世紀初めに琉球統一を目指した中山の尚巴志(しょうはし)によって滅ぼされてしまいます。

しかし、今帰仁城は大変に攻めにくいお城。

というのも、外から攻めるにしても、仲嶺さんが差しているような曲がった城壁や、

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撮影/Churako

兵郎門の内側の小部屋からも攻め立てられ(写真は門の内側から見た図です。
左右に小部屋があるのがわかります)、
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撮影/Churako

なんとか城門をくぐっても、城への道には石がゴツゴツと敷かれ、上に行くほどに険しく細くなっています。

現在の今帰仁城跡の入口は石畳で整備されていますが、”旧道”としてこの道も残されていて歩くことができます。
今帰仁城跡の歴史を堪能したい方は、ぜひ右側の旧道を歩いてみてください。
旧道はあえて上りにくい造りになっているので、スニーカーなど歩きやすい靴で来てくださいね。

この時今帰仁城の軍勢はわずか500だったのに対し、尚巴志は3000の軍勢をもってしても攻め落とすのに2日もかかったそうです。

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撮影/Churako

旧道を上まで登ると、石段の道と同じ場所に出ます。
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撮影/Churako

大庭(うーみやー)へと続きます。
大庭は首里城の御庭(うなー)と同様、政治や宗教儀式が行われたと場所と考えられています。
今帰仁城では、この大庭を取り囲むように正殿・南殿、そして北側の一段高いところに北殿があったそうです。
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撮影/Churako

当時の礎石の跡から、建物があったと考えられている場所です。
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撮影/Churako

さて、時の北山王、攀安知(はんあんち)は、宝刀「千代金丸」を手にして尚巴志の軍勢に立ち向かいますが、今帰仁城は臣下の寝返りもあって陥落。

写真の下の城壁の右側一部分が崩れているのはその名残と言われています。

北山を守り切れなかったことで、攀安知(はんあんち)は自害しようとしますが、「命を守る刀」という千代金丸では果たせずに、志慶真(しげま)川に投げ捨てたそうです。

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撮影/Churako

のちに発見された「千代金丸」は国宝に指定され、現在は那覇市の歴史博物館所蔵になっていますが、今帰仁城跡の隣の今帰仁村文化センターに模造刀が展示されています。

今帰仁村文化センターには、今帰仁城跡の入場券で入れますので、ぜひ見てみてくださいね。

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撮影/Churako

さて、尚巴志は琉球王国の第一尚氏王朝を建て、今帰仁城は琉球王国における北山監守(ほくざんかんしゅ)の居城となります。

首都である首里から遠く離れているうえに、とても堅牢な今帰仁城ですから、また反乱分子が立てこもらないように管理者を置いたんですね。

北山監守というのは北山地域を管轄する官職名なのですが、尚巴志は特にこれを重視し、自分の次男(後の二代目琉球国王)尚忠(しょうちゅう)を送っています。

他の地域の按司(あじ・王子や有力者を指す)は第二尚氏王朝になってから首里に集められるのですが、今帰仁城は例外として監守が派遣されました。

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撮影/Churako

しかし、1609年には関ヶ原の戦いに敗れた薩摩藩が琉球に攻めてきます。

薩摩軍が琉球に来てまず初めに攻めたのがこの今帰仁城。
今帰仁城が北部の要害であることを知っていたのでしょう。
この琉球侵攻で今帰仁城は炎上。
当時の5代目監守は薩摩との戦いに敗れて亡くなったとも言われています。

その後、1665年に北山監守は廃止され、監守は首里へと引き揚げます。

写真は火の神(ひぬかん)の祠(ほこら)と石灯籠、そして監守制度のいきさつや首里に引き上げた様子について刻まれた、山北今帰仁城監守来歴碑記(さんほくなきじんじょうかんしゅらいれきひき)です。

こちらは戦後に改築したものを移築したものですが、もともとは北山監守が首里に引き上げることになった1665年ごろに設置されたと言われています。

火の神(ひぬかん)とは?

カマドの火の神様のことで、家全体を災厄から守り、家族の健康を守ってくれる存在とされています。

実家から分家するときには火の神を新たに立てます。

現在でも沖縄に伝わる風習で、本屋さんなどでは祭祀に関する本も販売されていますよ

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撮影/Churako

火の神は他にも、今帰仁城の外郭にある「古宇利殿内」(ふいどぅんち)にもあります。
古宇利島の人々が今帰仁に移住した際に建てたもので、古宇利島の方を向いて建っており、旧暦の8月に古宇利島の人々が遥拝する場所です。
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撮影/Churako

今帰仁城には他にも城には御嶽(うたき)や拝所(はいしょ)などがあり、お城がなくなった現在でも神人(かみんちゅ)による祭祀が行われる神聖な場所なのです。

写真は、攀安知(はんあんち)が尚巴志に攻められ千代金丸で自害しようとした場所、テンチジアマチジ(城内上の御嶽)
後宮に当たる御内原(うーちばる)の南東側に、低い石垣で囲まれています。

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撮影/Churako

こちらはもう1つのイベ(最も聖なる場所)である、ソイツギ(城内下之御嶽)です。

大庭(うーみやー)の北西にあります。
ともに現在でも祭祀の場所として拝まれています。

2-6.今帰仁城跡の美女伝説-志慶真乙樽(しげまおとだる)

102456:2-6.今帰仁城跡の美女伝説-志慶真乙樽(しげまおとだる)

撮影/Churako

さて、今帰仁城といえば”志慶真乙樽”(しげまおとだる)の美女伝説が有名です。

こちらの石碑には”今帰仁のぐすく しもなりの九年母 しじま乙樽が ぬきやい はきやい”と書かれているのですが、この中にある”乙樽”というのが伝説の美女。

長年待ち望んだ世子(あとつぎ)が王妃に産まれ、側室の乙樽が喜んでいる様子を謳う歌です。

”しもなりの九年母”とは、霜がおりるような寒いころに季節はずれの九年母(くにぶ・柑橘)が実ったこと、つまり高齢で子供が授かったこと、「ぬきやい はきやい」は、はしゃいで子供と遊んでいる様子を現しています。

志慶真乙樽の伝説は書物に今帰仁城や北山王が登場する前のことだと言われています。

口伝によって伝わっているため、あちこちでいろいろな解釈があるのもまた、歴史のロマンを感じさせるところです。

志慶真村に生まれ育った乙樽(おとだる)は、絶世の美女としてその名を知られていました。

あまりの美しさに今帰仁御神(うかみ)と呼ばれたほどです。

そこで、当時の今帰仁城の王様は乙樽(おとだる)を側室に迎えました。

しかし、王妃にも側室である乙樽にも長い間子供ができませんでした。

そしてようやく王妃に子供が授かったのですが、その時すでに王は60歳を超え、王子が産まれるまで生きながらえることができませんでした。

果たして生まれたのは王子。

王は亡くなりましたが、跡継ぎの王子の誕生に王妃も側室である乙樽も喜びました

……と、ここまでだと大団円っぽいのですが、この後、「北山騒動」が起こります。

今帰仁城をめぐるクーデターです。

王子、千代松の誕生祝の最中に家臣の本部大主(もとぶうふしゅ)が反乱を起こします。

腹心の謝名大主(じゃなうふしゅ)が不在のスキを突いてきたのです。

宴の最中に不意を突かれ、城中は大混乱。
戻ってきた謝名大主に助けられ、王子の千代松と王妃そして乙樽は、なんとか逃げ延びます。

しかし王妃は道中で足手まといになってはいけないと、千代松を謝名大主と乙樽に託して志慶真川へ身を投げるのでした。

その後千代松は恩納村方面へ山田大主を頼って逃げ、身を潜めます。

千代松は成長して岡春と名を改め、さらに北谷方面へ落ち延び下人奉公をしながら、今帰仁城を奪還すべく準備を進めます。

そしてついにかつての家臣たちと今帰仁城を取り戻し、城に駆け付けた乙樽と再会するのでした。

乙樽は”神人”(かみんちゅ)としての職を与えられ、王国の安寧を願ったといいます。

2-7.今帰仁城跡からの絶景!

102449:2-7.今帰仁城跡からの絶景!

撮影/Churako

今帰仁城は山城なので、上から見下ろす海が見える絶景スポットがいくつもあります。
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撮影/Churako

城壁の向こうに見える美しい海のグラデーションは今帰仁村ならでは。
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撮影/Churako

遠くには伊江島も臨めます。
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撮影/Churako

海をバックに、こんな(わかりやすい)絶景撮影スポットも!

ぜひ晴天の日に訪れたいですね。

2-8.今帰仁城跡 桜まつりのライトアップも必見

2-8.今帰仁城跡 桜まつりのライトアップも必見

image by PIXTA / 29755694

今帰仁城では、桜のシーズン(1月下旬~2月上旬:桜の開花状況に合わせて)には”今帰仁グスク桜まつり”が行われます。

城壁が参道が幻想的にライトアップされる様は必見です。

3.古民家を改装した”今帰仁そば”は沖縄そばが苦手な人にこそぜひ食べてほしい逸品

102452:3.古民家を改装した”今帰仁そば”は沖縄そばが苦手な人にこそぜひ食べてほしい逸品

撮影/Churako

さて、今帰仁城跡から程近く、本部循環線沿いから少し入ったところ。
看板を頼りに行くと”今帰仁そば”があります。

道は狭いので気をつけてください。

白い漆喰で固めた瓦屋根が印象的な古民家に、ブーゲンビリアの花が良く映えていますね。

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撮影/Churako

この時は席が満席。
しばし表で待ってから中に。

表にもテラス席的な場所があるので、涼しい日はコチラで食べても良いかもしれません。

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撮影/Churako

伝統的な古民家のしつらえ。
風情があって素敵です。
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撮影/Churako

今帰仁そばは1種類。
そばの具は

・なんこつソーキ

・塩味三枚肉

・なんこつソーキと三枚肉のミックス

という3種類のいずれかから選びます。
違うのはトッピングだけで、スープと麺は一緒です。

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撮影/Churako

一番人気という、なんこつソーキと塩味三枚肉のミックスで注文しました。

見た目は普通の沖縄そばに見えるのですが……

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撮影/Churako

食べてみると……スープと麺がまるで違います!

麺はストレートでもちもちとした中太麺(もちろん自家製)、鰹からとったあっさりとしていてクリアなスープ!

全体的に薄味なので、お肉のトッピングが味をサポートしてくれます。

これは、沖縄そばが苦手な人ほど食べやすいそばだと思いました。

なんとなく沖縄そばを敬遠されている方はぜひ!

”今帰仁そば”臨時休業などのお知らせはFACEBOOKページから確認できます。

4.車で行ける離島”古宇利島”へGO!

102529:4.車で行ける離島”古宇利島”へGO!

撮影/Churako

ランチも食べ、次の目的地は古宇利島です!

”島”と言っても、古宇利大橋が繋がっているので車で行くことができます。

全長約2kmの橋が、沖縄本島屈指の美しさを誇る海の上を通るルートは人気のドライブスポット。
ただし、橋の上で路上駐車はできません(歩いて渡ることはできます。)

写真は古宇利島側から橋を撮影したものです。

4-1.古宇利島へのアクセス(自動車)

古宇利島へは、屋我地島(やがじしま)経由で古宇利大橋を渡るルートです。

屋我地島は今帰仁城方面からはワルミ大橋、名護市方面からは屋我地大橋でつながっています。

屋我地島に渡るには、今帰仁城跡方面からは”ワルミ大橋”、名護市方面からは”屋我地大橋”を渡るという2つのルートがあります。

4-2.古宇利島へのアクセス(バス)

今までバスで古宇利島に行く方法はなかったのですが、2017年からやんばる急行バスを利用した方については、今帰仁城跡⇔古宇利島の無料シャトルバスが利用できるようになりました!

下のリンク先から時刻表やマップがダウンロードできるようになっています。

1日4往復。
バスで古宇利島に行かれる方は、事前に時間をチェックされてから乗り遅れのないようにしてくださいね。

今帰仁村在住の方は住所の記載された身分証明書、そうでない方は、やんばる急行バスに乗車した際に乗車証明書をもらって提示が必要です。

4-3.古宇利大橋のたもとにある美しい古宇利ビーチ!

102533:4-3.古宇利大橋のたもとにある美しい古宇利ビーチ!

撮影/Churako

古宇利ビーチは古宇利大橋のたもとに広がる美しいビーチです。

遠浅で、遊泳区域が区切られているのでお子様でも安心して泳ぐことができます。

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撮影/Churako

本当に水が透明です!
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撮影/Churako

駐車場に加え、レンタルグッズやシャワー・トイレなど施設が充実しているため、いつもにぎわっています。

駐車場は、古宇利島ふれあい広場は無料ですが、満車の場合は近隣の有料駐車場も利用可能(200円~)

泳がない場合でも、ビーチをバックに橋と記念撮影ができるスポットとしておススメです。

4-4.古宇利島の伝承 ~人類発祥の島・沖縄のアダムとイブ伝説

102530:4-4.古宇利島の伝承 ~人類発祥の島・沖縄のアダムとイブ伝説

撮影/Churako

古宇利島には様々な言い伝えがあります。
例えば”神様の島”、”人類発祥の島”というもの。

こちらはウンナーヤーと呼ばれる場所で、その前には”人類発祥の島の碑”が建っています。

というのも、古宇利島が人類発祥の場所という伝承が残っているからです。

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撮影/Churako

ウンナーヤーのすぐ近くの道を海に向かって下って行くと……
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撮影/Churako

”沖縄のアダムとイブ”(名前はない)が住んでいたと言われる「はじまりの洞穴」と呼ばれる場所にたどり着きます。

確かに人2名くらいは住めそうです。
満ち潮の時どうなるのか気になりますが……

昔々、古宇利島に若い男女が二人で裸で暮らしていました。

二人は神様が空から降らせる餅を食べ、毎日幸せに暮らしていました。

しかし、ある日ふと二人は餅が降らなくなった時のことを考えるようになり、降ってくる餅を少しずつ残して貯えるようになりました。

すると餅はやがて降らなくなってしまいました。

二人は空に餅を降らせてくれるようお祈りをしましたが、神様には聞いてもらえませんでした。

そこで二人は海で漁を始めるようになり、ある日ジュゴンの交尾を目にします。

はじめて二人は男女の違いを理解して恥ずかしくなり、下半身をクバの葉で隠すようになりました。

やがて二人の間に生まれた子供たちが琉球の人の祖先になったと言われています。

確かに、”アダムとイブ伝説”に似ていますね……!

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撮影/Churako

さらに海側に進むと、美しい海をバックに”天降世立口世又火神”の石碑が。

出ました、ここでも”火の神”です。

つまり、火の神様は天からここに初めて降り立ったという伝承があります。

このほかにも古宇利島にはたくさんのパワースポットがありますが、いずれも島の方にとって神聖な場所なのです。

4-5.古宇利島オーシャンタワーで”幸せの鐘”を鳴らそう!

102536:4-5.古宇利島オーシャンタワーで”幸せの鐘”を鳴らそう!

撮影/Churako

古宇利島の新たな観光スポットとして建設された”古宇利島オーシャンタワー”

海抜82mの高い塔は古宇利大橋からもひときわ目立って見えます。

写真は展望台のてっぺんにある”幸せの鐘

こんな晴れた日に鐘を鳴らせたら、それだけで幸せ気分が味わえちゃいますね!

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撮影/Churako

まず、オーシャンタワー入口で入場券(800円)を購入します。

営業時間は9:00 ~ 18:00 (最終入園 17:30)です。

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撮影/Churako

電動の自動カートに乗ってタワー入口を目指します。
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撮影/Churako

カートで登る途中には様々な南洋の植物や、美しい海と古宇利大橋など絶景が楽しめます。
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撮影/Churako

たどり着いた先、タワーの1階は”シェルミュージアム”。
貴重な貝やサンゴが展示されています。
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撮影/Churako

例えばこんな大きくて美しい貝も!つい見入ってしまいますね。
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撮影/Churako

展望台を登っていくとこんなに素晴らしい絶景が!地球は丸いことが実感できますよ!
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撮影/Churako

おまけ:古宇利島の天気がいかに変わりやすいかを現す写真……ちょっと前に海の前で幸せの鐘を鳴らしたのに、この変わりようときたら。
この日もハートロックとサンセットが撮れなくて再訪を誓うのでした。

4-6.ハートロックで絶景が見たい!

102422:4-6.ハートロックで絶景が見たい!

撮影/Churako

さて、古宇利島と言えばハートロックというくらい有名な場所ですね……古宇利島が”恋の島”ということと、某ジャニーズのグループの皆様がJALのCM撮影をしたことから人気に火が付きました。

実は沖縄県民はあまり行かない場所です。
というのも、いつでも観光客がたくさんいるので混んでいることと、駐車場が有料であること、さらに歩く道が結構しんどいという理由があります。
(沖縄県民は全国一歩かないことで有名?です)

ハートロックがあるのは、ほぼ島の裏側の”ティーヌ浜”と呼ばれる場所。

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撮影/Churako

付近を通ると懐かしさを感じさせる?手書きの看板たちがあちこちに。

ぐるっと島を回る道路から外れ、細い道を車で浜を目指していくことになります。

ハートロックへ行く場合の注意その1~歩きやすい靴で行くべし

102416:ハートロックへ行く場合の注意その1~歩きやすい靴で行くべし

撮影/Churako

まず、ハートロックへの道はこんな感じです。

砂の下は岩。

ヒールなどもってのほか。
ビーチサンダルもあまりお勧めしません。
(下に結構な段差があるので)

スニーカーが一番おススメです。
坂が急で滑ります

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撮影/Churako

こんな看板があちこちにあるくらいです。

私も何度かヒヤリ。

しかも転倒したら地面は堅いし大変な目に合いそうです。
普通に怖い……

もう何度も書きますがヒールのサンダル、ダメ、絶対
下は岩がごつごつしているので裸足にもなれないですよ……

ハートロックへ行く場合の注意その2~ハートロックへの駐車場は一番高いところがおすすめ!

102544:ハートロックへ行く場合の注意その2~ハートロックへの駐車場は一番高いところがおすすめ!

撮影/Churako

ハートロックへの駐車場は、ハートロックに近い順に300・200・100円となっています。
ハートロックに近くなるほど価格が上がります。

300円の駐車場は2つあるのですが、個人的には一番高い300円の駐車場がおすすめです。

なぜここで300円の駐車場をおすすめするかというと……

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撮影/Churako

こんな感じで300円の駐車場専用道路があるからです!(しかも専用道路の方が段違いに歩きやすい)

200円と100円の差は、坂を上り切った後の舗装された道路の距離の違いだけですが、200円と300円の駐車場の差が大きいです。
もう1つの300円の駐車場は、歩く距離は長めなのですが、坂を蛇行する道になっているので、そちらはそちらで歩きやすい。

200円と100円の駐車場は結構ないばらの道です……(特に帰り)

ご自身の脚力とご相談なさってください。

ハートロックへ行く場合の注意その3~潮が満ちているときの方がシャッターチャンス!

102419:ハートロックへ行く場合の注意その3~潮が満ちているときの方がシャッターチャンス!

撮影/Churako

何度もリトライした結果、やっと快晴の日に来れて感無量です。
(この日はなんと10月です)この時は潮が満ちていたので海も美しいですね~

(実は背後に人がたくさんいるのですが、波がことのほか荒くこのラインまで近づいてきませんでした)

ハートロックはご覧のように岩が2つあるのですが、

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撮影/Churako

視点を替えると、このように岩が重なってハート型に見える場所があり、それで”ハートロック”と言われているのですね。
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撮影/Churako

引き潮の時は、このように岩のところまで歩いていけるのですが、人がたくさん来てしまうのでおすすめできません。

シャッターチャンスを狙う方は、ぜひ潮位表をチェックしてみてください。

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撮影/Churako

ぜひこんな感じのラブラブなインスタ映え写真も撮ってみてくださいね!

(ちなみにこれは、集合写真のシャッターを私に頼んできた男性グループの1人に、お願いして撮ってもらった即席の捏造カップル写真です(笑)ノリの良い方たちに感謝です!)

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撮影/Churako

おまけ:先ほどのオーシャンタワーの後、「急に曇るなら、急に晴れたりするかも?」とはかない期待を持って行ったハートロック。
曇りでもたくさんの人がいました……

4-7.穴場スポット!トケイ浜

102548:4-7.穴場スポット!トケイ浜

撮影/Churako

さて、こちらはハートロックのあるティーヌ浜からすぐの場所にある”トケイ浜”です。

ティーヌ浜に比べるとぐっと空いています。
実は干潮時以外は泳ぐことができて、サンゴとカラフルな熱帯魚を見ることができる(古宇利ビーチにはサンゴは残念ながらありません)という穴場ビーチなんですね。
上にある駐車場ではシャワー施設などを提供しているところもあります。
遠浅のリーフを越えると突然深くなるため注意して泳ぎましょう。

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撮影/Churako

大きな穴が開いた石灰岩があちこちにある独自の景観も見ものですよ~

4-8.古宇利島のサンセットを見たい!

102547:4-8.古宇利島のサンセットを見たい!

撮影/Churako

さて、古宇利島の旅もようやく終わりに近づいてきました。

サンセットで締めくくりたいところですが実は、古宇利島ってサンセットまで空いているお店がほとんどありません(17時終了とか)。
特に夏場はサンセットが19時頃だったりするので、みんな橋のたもとや車で停められるところで待っていたりします。

でも、頑張って待った先に拝むことのできるサンセットは格別です!こちらの風景は、空が曇り出してもうダメだ―と思いながら待っていたところ、雲の切れ目から夕陽が顔を出してくれました!

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撮影/Churako

寒くなければ古宇利大橋の上で待ってみるのも一興です。

ちなみに、古宇利島―屋我地島は街灯がほとんどないので、サンセットが沈み切ったらあたりは真っ暗になります。

晴れた日であればとても星が綺麗に見えますが、運転にはくれぐれもご注意くださいね!

さあ!今帰仁村へ出かけよう!

102410:さあ!今帰仁村へ出かけよう!

撮影/Churako

思えば、快晴だった今帰仁城跡の取材の日、午後から急に曇って雨が降り出したのが、この長い取材の幕開けでした。

その後、天気予報をチェックして「快晴!降水確率0%!」を選んで出かけるのに、ことごとくハズレ……「そんなに古宇利島は私に何度も来てほしいのかしら?もしかして島に嫌われている?」とまで思った取材でしたが、最終的には無事に終了して(むしろ編集部の方々が)ホッとしたという取材がこの今帰仁村。

もし、古宇利島観光で最初から快晴にあたった方はとってもラッキー!

天気が微妙だった方は「このライターよりはマシ」ということを頭の片隅にとどめておいていただければ、慰めになるかもしれません……?

ちなみに、本部半島シリーズはまだ完結していません、本部半島といえば……そう”美ら海水族館”ですね!

ただいま作成中ですので、年内には完成させ、年末年始を沖縄で過ごされる方へお届けしたいと思います。

それではにふぇーでーびる。
またんめんそーりよ~

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