横浜観光で行きたい!歴史的スポット9選

人口およそ374万人(2017年10月)、市としては日本で最も人口の多い大都市、横浜。港町のイメージが強いですが、市の面積が広いこともあり、行政区18区のうち海に面しているのは6区だけ。しかも、明治時代に外国人向けの港として開港される前は、ぽつぽつと家があるだけの小さな漁村に過ぎませんでした。わずか150年ほどの間に巨大港へと変貌を遂げた横浜は、どんな歴史を歩んできたのでしょう。王道の観光名所から穴場まで、横浜の歴史を感じられるスポット、ご紹介してまいります。

横浜村から国際港へ・横浜港の歴史に触れるならココ!

幕末・開港期の横浜の歴史を未来に伝える「横浜開港資料館」

幕末・開港期の横浜の歴史を未来に伝える「横浜開港資料館」

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秋になると一面眩いばかりの黄色に染まるイチョウ並木が美しい「日本大通り」は明治3年に完成した港町横浜のメインストリート。
明治時代に建てられた歴史ある建物が建ち並ぶ通りに、横浜港の歴史を記す25万点以上もの貴重な資料を収蔵する施設「横浜開港資料館」があります。

横浜開港100年を記念して作られた『横浜市史』の編纂史料を基に、1981年(昭和56年)に開館。
所有する膨大な資料は新聞雑誌や各種文書の他に写真や浮世絵など多岐に渡ります。
ペリー来航から開港までの道のりや当時の世界情勢、大正から昭和初期までの横浜の歴史を示す資料が所狭しと並び、展示のほかに、実際に手に取って閲覧可能な資料も多数。
ありとあらゆる横浜港の歴史がここに集まっている、と言っても言い過ぎではないでしょう。

資料館の敷地の奥には、かつて英国総領事館として使われていた白亜の建物が残されており、横浜開港資料館旧館として内部を見学することができるようになっています。
こじんまりとした建物ながら英国風の荘厳な造りを見ていると、開港当時の横浜の風景が目に浮かぶようです。

資料館と旧館の間の中庭には、四方に力強く枝葉を広げた美しい楠が。
開港以来150年以上もの間、横浜の移り変わりを見つめ続けてきた「たまくす(玉楠)の木」は、観光客にも地元民にも人気。
中庭のベンチに腰を下ろして、人々から愛され続ける名木を見上げて一息つくのもお薦めです。

人と文化を運んだ航路の歴史「日本郵船歴史博物館」と「氷川丸」

人と文化を運んだ航路の歴史「日本郵船歴史博物館」と「氷川丸」

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横浜開港資料館から少しみなとみらい方面へ。
海岸通りを歩くと、ひときわ目立つ石造りの建物があります。
海運会社日本郵船の横浜支店として1936年に建てられたギリシャ神殿風の大きな石柱が並ぶ美しい建物は、2003年に大規模改修。
日本の海運の歴史を展示を行う博物館として生まれ変わりました。
内部には幕末・明治から現在に至るまでの日本郵船の歴史に関する展示物を展示しており、横浜港の移り変わりを航海と船舶という視点から見ることができます。
150年前の貴重な資料や写真、昭和初期の豪華客船で使われていたパンフレットや食器類など、見ていると思わずため息が漏れるほど。
精巧にできた船の模型も展示されており、歴史にそれほど興味がない人でも十分楽しめます。

あわせて見学したいのが、博物館から徒歩15分ほどのところにある氷川丸。
1930年(昭和5年)に日本郵船の船として造られた12000トン級の貨客船で、1960年(昭和35年)まで現役で太平洋を運航し続けていました。
現役を退いた後は横浜の山下公園前に停留。
2006年に改装工事を行ったため、白く美しい船体がよみがえりました。
内部では客室や食堂などを見学することができ、氷川丸の歴史を紹介する展示も。
デッキから見渡す横浜港の風景は筆舌に尽くし難いほど。
2016年には国の重要文化財に指定された横浜のシンボル・氷川丸。
是非、博物館の展示とあわせて見学なさってみてください。

日本野球発祥の地「横浜公園」

日本野球発祥の地「横浜公園」

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2017年、プロ野球セントラルリーグ優勝で湧いた横浜DeNAベイスターズの本拠地でもある横浜スタジアム。
JR関内駅のすぐ近くにあり、周囲を官公庁やオフィスビルに囲まれた野球場は、横浜公園という公園の中にあります。
横浜中華街にもほど近く、観光客だけでなく市民の憩いの場にもなっているこの公園、実は日本野球発祥の地なんです。

公園そのものの歴史も古く、開園は1876年(明治9年)。
横浜市内では山手公園の次に古い西洋式公園と言われており、日本人も出入りできた公園としては日本最古に当たるのだそうです。

開園時、園内には外人居留地運動場と呼ばれる施設があり、野球やクリケットが行われていたのだとか。
ここで1896年(明治29年)5月23日、旧制一高(東京大学教養学部及び千葉大学医学部・薬学部の前身)ベースボール部と外人クラブ「横浜カントリー・アンド・アスレティック・クラブ」の間で野球の試合が行われ、これが日本初の野球の国際試合と言われているのです。

1899年(明治32年)に横浜居留地が日本へ返還された後は横浜公園と名を変え、横浜市の管轄に。
園内に横浜公園球場が開設され、その後も日米親善試合などが数多く開催されました。
日本初のナイトゲーム(立教vs慶應:1948年6月14日)が行われたのも横浜球場なのです。
その後、老朽化に伴い1977年に改築を開始し、現在の横浜スタジアムの姿へと変わっていきます。

横浜の中心街にある公園なのでそれほど広くなく、敷地の大半が野球場だと思われがちですが、花壇や日本庭園、噴水などもあり、緑豊か。
春先、チューリップが咲き誇る時期は特に、春を待ちわびる人々で賑わいます。

開港前の横浜の歴史を知る施設や名刹を訪ねて

原始から近代まで2万年の歴史を辿る「横浜市歴史博物館」

原始から近代まで2万年の歴史を辿る「横浜市歴史博物館」

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国際港として、大都市として発展を遂げた横浜。
現在、最も賑わいを見せているみなとみらい地区は、江戸時代・幕末までは農業や漁業を生業とする寒村が並ぶだけののどかな地域でした。
賑わいをみせていたのは東海道の宿場町として栄えた神奈川宿や保土ヶ谷宿など。
1858年(安政5年)、日米修好通商条約の際、アメリカは神奈川宿に対外港を設けることを求めましたが、外国人と住人との直接交流を良しとしない幕府側の意向で、長い砂浜が続くだけの閑散とした横浜村に外国向けの港を設けることになったのです。
これが、現在の横浜の街の礎となりました。

しかし、一口に”横浜”と言っても、神奈川県の2割ほどの面積を占める面積の広い市。
歴史は港町の歩みだけにあらず。
海から離れた地域では、たくさんの史跡や古墳などが見つかっており、大都市とはいかないまでも、先史時代から多くの人々の暮らしがあったことがわかっています。

そんな、広い広い横浜市全体の歴史を学ぶなら、横浜市の北部、都筑区にある「横浜市歴史博物館」がオススメです。

円状に形作られた建物には、およそ3万年前の先土器時代から現代に至るまで、横浜市内の様々な歴史遺構が数多く展示されていて見ごたえあり。
ナウマンゾウの頭蓋骨からイギリス波止場の模型まで、館内をぐるりと一周するだけでタイプトラベルを楽しむことができます。

建物の外には、弥生時代中期の環濠集落跡として知られる大塚・歳勝土遺跡があり、竪穴式住居などを見学しながら散策を楽しむ人々の姿も。
歴史に興味がなくても、景色のよい公園散策を楽しむために訪れる人も多いようです。

歴史ある名刹「弘明寺」

歴史ある名刹「弘明寺」

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港から離れると、野山が広がっていたり、風情溢れる下町が点在していたりと、横浜市内の町の表情は多種多様。
海に面した中区や西区から少し内陸に入った南区には、昔ながらの温かみある商店街が連なり、その中に溶け込むように、横浜市内最古の寺院「弘明寺(ぐみょうじ)」があります。

創建時期は不明ですが、寺に伝わる話によれば、737年(天平9年)、奈良時代の僧侶行基(ぎょうき)によって建立されたのだそうです。
なんでも721年(養老5年)にインドの僧・善無畏(ぜんむい)がこの地に渡来し、結界を作ったのだとか。
それから17年の後、天下に病が蔓延したことを受け、天下泰平祈願のため全国を巡っていた行基がここを訪れ、観音像を刻んで祈願をしたのだそうです。
その観音像は弘明寺のご本尊となっており、国の重要文化財にも指定されています。
814年(弘仁5年)にはかの弘法大師がこの地を訪れ、護摩を焚いて庶民の除災招福を祈願した、とも伝わっているのだそうです。

江戸時代には関東の観音霊場のひとつとして人々の信仰を集め、敷地もかなり広かったそうですが、現在ではすぐ北側に京浜急行弘明寺駅があり、敷地の大半は横浜市などに譲渡されています。
そのせいもあって、歴史ある名刹ながら商店街に溶け込む味わい深い雰囲気。
弘明寺商店街散策の途中で、重要文化財・木造十一面観音立像を拝みに立ち寄る人も多いようです。

風情ある景色を楽しめる庭園「三溪園」

風情ある景色を楽しめる庭園「三溪園」

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横浜には四季折々の景色や植栽を楽しめる庭園も数多くあります。
その代表格が、横浜の中心地から少し南にある三溪園(さんけいえん)です。

実業家で茶人の原富太郎(1868年~1939年)によって造られ1906年に開園した日本庭園で、敷地面積はおよそ17.5ha。
東京ドーム3.8個分にも及ぶ広大な敷地には、京都や鎌倉などから移築されてきた歴史的建造物17棟、水や緑と美しく融合するよう巧みに配置されていて、外国人観光客にも人気のあるスポット。
17棟のうち12棟が、重要文化財建造物に指定されているのだそうです。

原富太郎は生糸貿易で財を成した横浜を代表する実業家。
古美術の収集家としても有名です。
戦後の混乱の中で古美術のコレクションの大半は失われてしまったのだそうですが、建物はかろうじて残り、その後、改築や移築を繰り返して現在の三溪園の姿となりました。

園内の景色は一年を通して楽しめますが、紅葉の季節は特に、多くの観光客で賑わいます。
大都会・横浜の中心街からさほど遠くない場所に、まるで京都のような古都風情を感じられる庭園。
園内にある三溪記念館では、原富太郎に関する資料が展示されており、横浜で成功した氏の功績を辿ることができます。

歴史ある建物を探してぶらぶら~港・横浜「建物探訪」

レトロモダンなクラシックホテル「ホテルニューグランド」

レトロモダンなクラシックホテル「ホテルニューグランド」

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外国向けの港として開港した横浜港周辺には、異国情緒あふれる建物がたくさんあり、横浜の観光名所となっています。
数ある建物の中でも、多くの人々の羨望の的となっているのが、1927年(昭和2年)開業のクラシックホテル「ホテルニューグランド」です。

横浜の港の目の前、山下公園の向かい側に建ち、優雅で重厚、風格ある佇まいのレトロでモダンな建物。
横浜港の歴史の生き証人のようなクラシカルな建物は今なお現役のホテルでもあり、宿泊はもちろんのこと、パーティーなどのイベントや結婚式場としても利用されています。

1923年(大正12年)9月に起きた関東大震災。
横浜市も壊滅的な打撃を受けました。
その横浜市の復興案のひとつとして発案されたのが、外国人向けホテルの建設。
それがホテルニューグランド建設のきっかけとなりました。
設計を手掛けたのは近代日本建築家で旧服部時計店(銀座の和光ビル)などを手掛けた渡辺仁。
現在ではすぐ隣に18階建てのタワー館が併設されており、横浜港を見渡せる高層階の部屋も人気がありますが、それでも、落ち着いた雰囲気のクラシックな本館の人気は不動のようです。

「ドリア」「ナポリタン」「プリンアラモード」。
私たちに馴染み深いこれらの料理が、ホテルニューグランド発祥だということをご存知でしょうか。
横浜を訪れる人々をもてなすため、シェフが工夫を凝らして生み出した料理は、その後全国に広まっていきました。
本館1階のカフェでは、そんな横浜発祥の洋食を味わうことができます。

港の最先端倉庫から人気の商業施設へ「横浜赤レンガ倉庫」

港の最先端倉庫から人気の商業施設へ「横浜赤レンガ倉庫」

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港・横浜を象徴する建物といってまず思い浮かぶ、赤い壁の倉庫。
横浜港にある歴史的建造物のひとつ、通称「横浜赤レンガ倉庫」。
建設当時の正式名称は「横浜税関新港埠頭倉庫」といい、1号館は1913年(大正2年)、2号館は1911年(明治44年)に明治政府によって保税倉庫として建てられました。
保税倉庫とは税関に対し輸入手続前(関税の徴収が留保状態)の外国貨物を保管する倉庫のことなのだそうです。

当時の横浜港には近代化の波が押し寄せ、港の設備整備が急ピッチで進められていました。
そんな中、拡張された新港埠頭に赤レンガ倉庫が完成。
全長約150メートル、業務用エレベーターやスプリンクラーなど、当時の最先端技術を用いた設備を備えた建物は、耐震技術が施されていたこともあり、関東大震災で大きなダメージを受けたものの全壊を逃れることができました。

第二次世界大戦後はアメリカ軍の管轄となり、港湾司令部の施設として使用されることとなりましたが、1956年には接収が解除され、港の倉庫として息を吹き返します。
物流の仕組みが変わり、港の倉庫としての役割が薄れていった1980年代に入ると「みなとみらい21」計画の一部として新たな道を進むことに。
2002年から、文化・商業施設として生まれ変わり、横浜の新しいランドマークとなって多くの観光客を集めています。

高さ106m!横浜のシンボル「マリンタワー」

高さ106m!横浜のシンボル「マリンタワー」

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横浜港に堂々とそびえ立つその姿は、まさに横浜のランドマーク。
横浜開港100周年の記念事業として、1961年(昭和36年)に建設されたマリンタワーは2008年まで、横浜展望塔燈台(灯台)としても活躍していました。
海からも陸からも、どこから見ても同じ形に見えるよう、塔部分は10角形をしているのだそうです。
高さ106m。
灯台として活躍していた頃には、最も高い灯台としてギネスブックに記録されていたこともありました。

一時は年間100万人を超える観光客が押し寄せていたマリンタワーですが、徐々に客足にかげりが見え始め、2006年に一時営業を終了。
横浜市を中心に改修工事が行われ、横浜開港150周年を迎えた2009年にリニューアルオープンしました。

建設当初のマリンタワーは紅白の色使いで人々に親しまれていましたが、リニューアルを機に銀色のシックな姿に変貌。
周囲のビルにもマッチして、大人っぽい印象に生まれ変わりました。

29階・30階部分に設けられた展望フロアからは横浜の海が一望でき、多くの観光客で賑わいます。
展望フロアは夜22時まで入場可能(営業は22時30分まで)できるので、日中の景色だけでなく、夜景を楽しむことも可能。
1階ホールには灯台だった頃に使用されていた灯具なども展示されていて、港・横浜の発展の様子を垣間見ることができます。

海あり山あり歴史あり、魅力たっぷりの街・横浜

港町としての魅力はもちろんのこと、古くから街を見守る寺院や、成功者が築いた名園など、魅力ある歴史的スポットが数多く点在する横浜市。
鉄道やバスなど公共の乗り物が充実しているので、桜木町や関内など港の近くを拠点にすれば、様々な歴史名所をくまなく廻ることも可能です。
大都会のイメージが強いですが、山も森も多く、自然が豊かなことに驚かれる方も多いかも。
魅力たっぷりの横浜、是非お出かけください!
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