春日山神社でご祈願。義理堅い上杉謙信公のご加護をいただこう

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謙信公のパワーをもらっていきないや!

新潟県にある春日山神社上杉謙信が祀られている神社です。広大な敷地である春日山城跡の一角にあり、高い標高の場所にあるので、現在も高田平野を見守っているかのよう。戦国武将の活躍をはじめ、周辺の施設も見学し、謙信公の生きざまを見ていくことにしましょう。静かな場所なので歴史が好きなカップルや旅慣れた人や一人旅にも良さそうです。

米どころ高田平野を西から見守る

春日山神社は趣きがある神々しい雰囲気が漂うのは、祀られている人物の高尚さと比例しているかのようです。

軍神上杉謙信が祀られている

1901年(明治34年)に山形県の米沢市にある上杉神社より上杉謙信を分霊したのが、春日山神社です。学問の神様として知られている菅原道真、商売繁盛の神様である岩屋大黒天も合祀されています。

境内には素晴らしい展示が揃っています。上杉謙信の遺品などが展示されているという春日山神社記念館をはじめ、毎年8月に行われる謙信公祭で神輿が担がれますが、それを収めている神輿殿、さらに忠魂碑には日露戦争での戦利品であるロシアの砲もあるんです。

広大な春日山城跡の一角にある

春日山は標高180メートルあり、上杉謙信の居城として知られている春日山城跡の中にあります。上杉謙信の母である虎御前の屋敷だったと言われる場所に、現在の春日山神社が存在しています。

険しい階段135段

駐車場から135段の階段を上ると本殿に到着します。階段は急で、さらに苔も生えていることから滑りやすいので、1段1段確実に上りましょう。初詣の時期には雪が積もっていることもあり、階段の上り下りには注意してください。足が悪い人に限っては、階段の上にある駐車場を利用できます。

中間地点を過ぎると上杉謙信の旗印である「毘」という文字が見えてきます。謙信は、よく聞く所の者という意味のある毘沙門天を信仰し、自らを生まれ変わりだと考えていました。階段を上って大分疲れるころですが、もう一息です。

立派な石碑がお出迎え

こちらは、武士であり旧日本海軍大将の東郷平八郎によって書かれた春日山神社の文字。とても達筆であったことが分かります。

本殿は見応えのある直線的でがっしりとした神明造

この場所は、冬になると雪に見舞われるということもあり、雪囲がされます。阿の狛犬は正しい言葉を発する象徴とされていますが、口には玉を加えており、これは、世を惑わす妄言を発することはしてはならないという意味が込められているのです。

ここは普段は訪れる人も少なく、ゆっくり見学することができます。しかし、初詣や謙信公祭等のイベントの際には多くの人で賑わいます。境内右手にあるのは、北海稲荷神社です。

御朱印帳に謙信公の「義」を加えよう

最近は御朱印に注目が集まっていますが、こちらの御朱印は「義」の文字が大きく書かれています。これは、謙信が重んじたものが義ということからも納得できるでしょう。社務所は鳥居の左手にあり、売店横にあります。売店には「毘」や「春日山」と記された書き置きも。

謙信公と同じ場所で勝利をご祈願

春日山城跡は、歴史深い全国有数の山城です。

1607年から放置された遺構

ここは、謙信公が勝利を祈願した毘沙門堂跡ですが、1607年に福島城に行政組織を移すと廃城となりました。本丸までは徒歩30分かかりますし、山道ということもあり歩きやすい靴は必須。ここは全国有数の山城です。険しい山を一歩ずつ踏みしめることで、春日山城がどれだけ大切なものであったのかを身を持って感じることができます。

春日山神社から千貫門までの道はクランク状になっており、そこを抜けると木々に囲まれた小さな広場、さらにその先には空堀があります。

道が続いているように見える空堀の先は…

千貫門を抜け、見えた景色は土塁と土手に囲まれたものでした。囲まれていない辺から二本の道が通じています。その道の先は崖であり、沢に向かっています。ここは、門から侵入した敵を追い詰めるために仕組まれた道。普段からこのように敵ありきで生活していたことを、現代でも見ることができるとは驚きです。

直江屋敷は見晴らしの良い三段構造

直江家と聞くとピンと来ない人も多いかと思いますが、直江兼続というと多くの人は納得できるでしょう。こちらは直江家の屋敷跡。兼続は与板城の城主を務めていましたが、あまり帰ることはなくこの屋敷跡で過ごすことが多かったとか。上下方向に三段の郭がありましたが、今は建物もないので無常が漂います。

ここは林の中ですが、屋根上にあることもあり眼下には美しい景色が広がり、日中は遠くの山々まで見え、夜は美しい夜景を楽しむことができます。

謙信が勝利を祈願した毘沙門堂

謙信が出陣前に策を練ったのが毘沙門堂であり、ここに勝利を祈願したという話も。毘沙門天像はオリジナルですが、米沢に移されてから火災で傷み、のちに高村光雲が修理したという話があります。現在は春日山の麓の林泉寺にあり、同時に高村光雲が造ったと言われる分身がここに収められています。

春日山山頂 本丸跡

春日山の山頂ですが、現在では休憩所しかありません。ここからは、春日山の地形を一望でき、難攻不落と言われた山城の構造をしっかりと感じられます。

越後の山々・街・海を一望

妙高山からは、上越市街から日本海まで望むことができます。これらの景色は、長尾為景、上杉謙信、上杉景勝、堀秀治ら春日山城の城主も眺めたであろう景色です。上杉謙信は毘沙門天を信仰し、敵に塩を送ったエピソードもあり、それが慣用句となっているほど義理堅さで有名です。謙信は、この場所から治めている町を見つめながら何を思ったのでしょうか。

三の丸は城の中核跡

城の中核跡とも言われる三の丸、ここには米蔵跡と景虎屋敷跡があります。米蔵跡には土塁が残っており(写真奥)、状態は春日山城でも最も良好です。景虎屋敷は、上杉謙信の養子にあたる上杉景虎の屋敷のことです。

春日山神社の周辺スポット

春日山神社の周辺にはお寺や神社、春日山城史跡広場があり、神聖なパワーや歴史に触れることができます。

謙信が学問を受けた林泉寺

1497年に長尾能景が創建した上杉家の先祖代々のお墓があるのが林泉寺であり、山号は春日山です。ここは、謙信が7歳から14歳までの間、学問を学んだ場所としても知られています。

この寺の惣門は、春日山城の搦手門を移築したと言われていますが、実際のところは明らかではありません。とはいえ、慶長(1596年〜1615年)まで遡るものであり、山門に掲げられている「第一義」の文字は謙信の直筆だとか。現在は本物が宝物館に収められており、複製が山門に掲げられています。

住所|〒943-0801 新潟県上越市中門前1-1-1
営業時間|AM9:00〜PM5:00
定休日|なし
電話|025-524-5846
公式サイトはこちら

春日山城の鬼門を守る春日神社

春日神社は春日山の麓にあります。春日山という地名は、この春日神社が由来です。混同されやすい春日山神社とは違い、こちらは958年(平安時代)に奈良の春日大社の分霊を祀って建てられた神社。春日大社の文献の記録があり、それで一番最初に出てくる神社として有名です。春日山城の築城において、鬼門を守護する目的のために場所を現在の場所に移したという歴史もあります。

住所|〒943-0809 新潟県上越市春日18
営業時間|AM6:00〜PM18:00 春・秋祭壇、謙信公祭、正月は延長時間有
定休日|なし
電話|025-525-2010
公式サイトはこちら

春日山城史跡広場

春日山城の調査により、土塁や堀、番小屋等が復元されました。春日山城の北側の入り口は、この位置にあったものです。ものがたり館では、謙信公や春日山城について映像を通して学ぶことができます。

住所|〒943-0802 新潟県上越市大豆 334
営業時間|AM9:00〜PM4:30
定休日|毎週月曜日 12月〜2月休館
電話|025-544-3728
公式サイトはこちら

春日山神社へのアクセス

車でのアクセス

北陸自動車道上越ICより15分、もしくは上信越自動車道上越高田ICより20分で到着するので、高速道路のICに近いという点はアクセスしやすいと言えるでしょう。

バスでのアクセス

トキ鉄・妙高はねうまライン春日山駅より徒歩40分ほど掛かります。春日山神社に着いてからも歩くことになるので、あまりお勧めできないアクセス方法です。のんびり歩いてみたいという人には良さそう。頸城バス中屋敷下車徒歩20分もしくは頸城バス春日山荘前下車徒歩15分なので、こちらのバスを利用するのがいいでしょう。

住所|〒943-0802 新潟県上越市大豆1743
営業時間|AM9:30〜PM16:30
定休日|なし {【春日山神社記念館】12月1日~3月31日}
電話|025-525-4614
公式サイトはこちら

まとめ

上杉謙信は戦いに勝ち続けたというイメージしかありませんでしたが、実際は義理堅い人物で勉強家だということが分かりました。尊敬できる歴史上の人物に名前が挙がることが多いのも納得です。そんな謙信公が祀られている神社にお参りをし、御朱印をいただくことは、この上ない幸せなのかもしれません。