照国神社は鹿児島の氏神様。日本近代化の祖である島津斉彬公を改めて敬おう

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トラベルパートナー: taka

出身は鹿児島です。得意なエリアは主に九州、その他訪れたことがあるスポットです。神社や公園などの写真、景観のある風景写真を撮るのが得意です。 スポット巡りは近場では1人で行くこともあり、1日に数カ所巡ることもあります。

かごっまの中心地にある照国神社に来てくれてあぃがとなー

鹿児島県鹿児島市の中心に位置する照国神社。地元の総氏神なだけに、連日市民や観光客で賑わう神社。参拝だけでなく、薩摩の歴史を学べる博物館、近隣には南九州一の繁華街天文館、県唯一の美術館もあります。そんな照国神社とその周辺の魅力をご紹介します。

連日多くの人で賑わう

鹿児島市の中心にある照国神社は、島津家28代当主、薩摩藩第11代藩主、島津斉彬公をご祭神としています。幕末の名君として名高く、西郷隆盛を見出した斉彬公を祀る照国神社へお参りすれば、その規模の大きさに、当時の功績が近代日本の楚として明治維新へつながっていったことがわかるでしょう。

照国神社へようこそ

江戸末期から明治の初めにかけて、地元の藩祖、中興の祖を祀る神社が数多く建てられました。照国神社もそのひとつで、明治維新を牽引した西郷隆盛を下級武士から引き揚げ登用した薩摩藩11代藩主島津斉彬を祀っています。わずか7年の藩主期間でしたが、その功績は大きく斉彬が没した1858年から4年後の1862年に場所が決まり、翌年孝明天皇から「照国大明神」神号を与えられ創建。

西南戦争、太平洋戦争で当時の建物は焼失しましたが、1953年に本殿から復興、1987年に東授与所、翌年西授与所、1994年創建130年記念に幣殿が拡張されています。現在は鹿児島県の総氏神様として信仰を集めている照国神社。正月初詣に始まり、年間を通じて参拝客で大変に賑わうスポットとなっています。

照国神社の目印大鳥居

遠くから見ても、そこに照国神社があるとわかるほどの目印となっている大鳥居。1929年に建てられた、高さ19.8メートルと、当時としては珍しいほど大きな鉄筋コンクリート製の鳥居でした。しかもただ大きいだけでなく、非常に頑丈な造りで、第二次世界大戦の際、鹿児島大空襲により神社の社殿は焼失する中、この鳥居だけはそのまま残りました。その証が鳥居に残る弾丸の跡。1か所だけですが、戦争の傷跡を今に伝えるもの、見る価値ありです。

御祭神と平等の精神を表すイヌマキの木

鳥居をくぐりすぐ正面に見えるのが、斉鶴と呼ばれるイヌマキの木。一般公募で名づけられたもので、「斉」はご祭神斉彬公の一字を取り、「鶴」は等しく均衡にという思いが込められています。今にも羽ばたきそうな鶴の姿に見えることも、命名への影響があったのでしょう。

御祭神の家紋誇り高き十文字

島津家の家紋、丸に十文字。手水舎、燈篭、門の扉、釘隠しからお土産まで、そこかしこに見えるのは、まさにここが島津家の神社であり、ご祭神が斉彬公であることを実感させられるものです。観光で訪れただけとはいえ、殿様の御目通りに向かうような引き締まった気持ちになっていきます。

島津家を知れば鹿児島の歴史がわかる

照国神社に併設された入場無料の照国文庫資料館は、島津家の歴史を学べる場所。多くの戦国大名とは違い、島津家は鎌倉時代から薩摩の守護代を務め、滅ぶことがなかった名門です。展示品から学べる島津家の歴史は、そのまま薩摩の歴史。現代の鹿児島にも残る風土も伝わってくるはずです。多くの守護大名が戦国武将に滅ぼされる中、一時は九州全土を治めるまで発展した島津氏の生き方から学べるものもあるでしょう。

それでは参拝

拝殿には、丸に十文字の島津家の家紋と、孝明天皇から神号をもらったことを表す菊の紋章が見られます。

拝殿で手を合わせよう


参拝の仕方は、二拝二拍手一拝地域守護、国家鎮護、商売繁盛、学業向上の御利益があるといわれています。正月は初詣客でかなり混みあいます。参拝する時間を考慮して訪れるようにしましょう。

稲荷神社で商売繁盛を祈願

神社拝殿左奥にあるのが、照国稲荷社。御祭神は、穀物、食餅の神である倉稲魂命(うかのたまのみこと)。地元では照国稲荷と呼ばれ、とくに自営業の人たちは、商売繁盛を願い参拝に訪れています。本殿をお参りした後に参拝しましょう。

水の神様はパワースポット


照国稲荷社の左の狭い道を進むと、水宮という額のついた鳥居が見えてきます。その先のカーブしている参道を進んでいくと、山神、水神、地神と刻まれている石柱が並び、突き当りに水神と彫られた石が祀られています。この場所を訪れた多くの人が、後頭部から背中にかけてジンジンとする感覚を覚えると、口コミで広がったパワースポット。目立たない場所ですが、奥へ進んでみましょう。

水神が睨みを利かす邪鬼


水宮の参道脇に、木を背にし、石が積まれた上に座り込んだような姿の石像があり、邪鬼と呼ばれています。邪鬼とは、もののけ、怨霊に分類される祟る神。説明書きの看板などはありませんが、頭に何かを乗せられ苦悶の表情を浮かべているように見えます。人を祟ることのないよう、水神に押さえつけられているのかもしれません。

島津斉彬公の銅像に手を合わせよう


照国神社の右手広場には、大礼服姿の島津斉彬公の銅像が立っています。大正6年朝倉文夫氏によって作成されたものです。若い頃より洋学を学び、開明派だったことから、先代の斉興によって遠ざけられ、藩主の座についたのは42歳のとき。しかし藩主に就任するとすぐに、日本初の西洋式工場群 集成館を鹿児島に設置。近代日本の礎を築いた英傑として名高い斉彬。現在でもわかりやすい功績としては、国旗日の丸を発案したというものです。

そこからもわかるように、当時の藩主としては珍しく薩摩ではなく日本という単位でものを考えられた人物。今も日本の繁栄を願い、この地で見守っているかのようです。近くには斉彬没後、藩の実権を握った久光公と、その子で第12代藩主となった忠義公の銅像もあります。合わせて見ておきましょう。

周辺には美術館や繁華街も

鹿児島市の中心に位置する照国神社。厳粛なムードから解き放たれ、リラックスできる近隣スポットを紹介します。

薩摩らしい建物の美術館

照国神社から300メートルほど歩いたところにある、薩摩藩の居城鶴丸城二の丸跡に建つ鹿児島市立美術館県内唯一の美術館で、地元作家と近代の西洋美術の作品を中心に展示しています。季節ごとにイベントやテーマを設けて、約2カ月ごとに展示替えをし、見る人に新鮮さを失わせないような工夫がされています。また美術作品だけでなく、1階エントランスは、薩摩切子の文様をイメージした吹き抜けのドーム式天井。地元色のある建物も見どころのひとつです。

住所|〒892-0853 鹿児島県鹿児島市城山町4-36
営業時間|AM9:30-PM18:00
定休日|毎週月曜日
電話|099-224-3400
公式サイトはこちら

南九州一の繁華街天文館

照国神社から約400メートルの場所にある、南九州一の繁華街天文館通り。通りの名前の由来は、斉彬公の祖父島津重豪公が建てた天文観測用の施設があった場所から来ています。正式に天文館はここまで、というくくりはなく、本通り、G3アーケード、電車通りの縦横に広がるエリアの総称で、地元では天街てんまちの愛称で呼ばれることもあります。

アーチ型のアーケードが特徴で、その長さは約2キロ。桜島の降灰対策で作られたものといわれていますが、今ではそれが天文館の特徴となっています。通りにはショッピングスポットや、地元の代表的なグルメを食せる飲食店が建ち並び、観光客と地元の人たちでいつでも賑わいを見せています。

照国神社へのアクセス

車での行き方

鹿児島空港より九州自動車道を進み、鹿児島北ICで降り国道3号で約40分。鹿児島中央駅からは約10分です。無料駐車場の営業時間は8時30分から17時まで。普通車平日24台、土日40台まで利用可能です。

電車での行き方

鹿児島中央駅から徒歩約20分。鹿児島中央駅から市電、バスともに天文館下車、徒歩約5分です。

まとめ

鹿児島の総氏神となった島津斉彬公を祀る照国神社。初詣の賑わいを見れば、今も地元の尊敬を集めていることがわかります。本殿の参拝だけでなく、パワースポットとして名を挙げつつある水神様、薩摩の歴史とリンクしている島津家代々の流れを学べるスポットと見どころはたくさん。近隣には、美術館や南九州一の繁華街があり、昔も今も変わらない鹿児島の中心地。そんな場所から、斉彬公は今も街を見守り続けています。

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