石橋記念公園で鹿児島の石橋の歴史に触れよう!

トラベルパートナー: taka

出身は鹿児島です。得意なエリアは主に九州、その他訪れたことがあるスポットです。神社や公園などの写真、景観のある風景写真を撮るのが得意です。 スポット巡りは近場では1人で行くこともあり、1日に数カ所巡ることもあります。

かごっまの石橋の歴史を見にきてくいやい

鹿児島県鹿児島市の桜島が望める海沿いに石橋記念公園があります。ここには江戸時代の偉人達によって建てられた石橋が移築されております。今回はその石橋記念公園の石橋の詳細な中身や魅力をたっぷりとご紹介致します。

江戸時代に建てられた実際の石橋がある

江戸時代に建設された本物の石橋がまるごと移築されている石橋記念公園は、石橋についての歴史を学べたり水遊びができる場所として知られています。

石橋記念公園はこちら

石橋記念公園があるのは鹿児島県鹿児島市浜町。都市公園として美しく整備されています。石橋記念公園の中にある3つの石橋は、岩永三五郎によって建てられたもので、建設された江戸時代から平成の時代まで現役の石橋として使用されていました。

岩永三五郎の建設した5つの石橋は五石橋と呼ばれ、とても風情ある佇まいで鹿児島屈指の観光地となっていました。ところが平成5年、集中豪雨による洪水で5つの石橋のうち2つが流されてしまったのです。

鹿児島県と鹿児島市は、美しい石橋をこれから先の世代にも残したいと言う思いから、石橋の移築に踏み切りました。3つの石橋が移築された場所は周辺を公園として美しく整備され川が流れる様子も再現、石橋の歴史を学べる記念館を設立し市民の憩いの場として利用されています。

案内板で見所チェック

石橋記念公園を正面から中に進んでいくと案内板が立っています。石橋記念公園は敷地面積約2ヘクタールととても広大なため、予め場所を確認しておかないと迷ってしまうことも。重要な石橋や記念館を見逃さないためにも案内板は必ずチェックしておきましょう。

移築された石橋の歴史についても触れられています。歴史を知ると、今から姿を現す歴史深い石橋たちがより一層風情ある姿に見えますよ。

石橋に触れてみて

では公園内へと足を進めて行きましょう。美しい石橋はとってもフォトジェニックなので、カメラの容量をしっかり確保し充電も済ませておきましょう。

西田橋の絶景を眺めよう

石橋記念公園の案内板を過ぎると一番最初に見えてくるのが西田橋です。西田橋は五石橋の中で最も長く、最も費用を費やしたもの。岩永三五郎の代表傑作とも言われています。美しいアーチになった西田橋は鹿児島城下へと続く場所にかけられていたもので、当時はとても華やかでモダンな造りの石橋でした。

西田橋の下では水遊びができるようになっており、夏場になると大きな橋が作り出す日陰の下で水しぶきを上げてはしゃぐ子供たちの声が聞こえてきます。浅瀬ですが転んで怪我などをしないよう十分注意をしましょう。

大きな門をくぐって江戸に向かっていた

西田橋の向こう側には西田橋御門が佇んでいます。鹿児島城下へと進む人々のチェックを行っていたとされる西田橋御門はとても大きな木製の門。江戸へ向かう参勤交代の際にもこの大きな木の門をくぐったそうです。

実はこの門は一度焼失しておりこちらにあるのは当時の写真や同じ時代に存在していた別の門などを参考にして復元されたものです。この西田橋御門のお陰で城下へと続く雰囲気が一層高まっていますよ。時代劇のロケ地としてもよく利用されているそうです。

小ぢんまりとした玉江橋

西田橋を過ぎて桜島が見える方角へと進んでいくと、玉江橋が現れます。五石橋の中では一番最後に建設され、また一番小さな橋でもある玉江橋。移築された3つの橋の中で一番時代によっての変化をしておらず当時の姿を残しています。

西田橋よりも白い石で造られている玉江橋、ツタの絡まる様子や少し苔むしている様子がタイムトラベル気分を高めてくれます。

玉江橋の下にも水が流れていますが、大きな石が多く足場が悪いので、水遊びには適していません。

重厚で雄大な高麗橋

西田橋を過ぎて山手の方角へと進んでいくと、高麗橋があります。五石橋の中では西田橋に次ぐ長さを誇り、3番目に建設された橋です。この高麗橋は、多くの薩摩藩士が住んでいたとされる加治屋町と高麗町を結ぶ重要な交通の拠点となっていました。

高麗橋は何度か修復が行われており建設当時の姿に復元するのは困難と判断され、明治末期の頃の様子に復元されています。この橋をたくさんの薩摩藩士が歩いて渡ったのかと思うとロマンがあります。

石橋の秘密を探ろう

美しい石橋を見て回ったら、今見学して実際に渡ってきた石橋が一体どのようにして造られたのか、どのような人たちが造ったのかを学べる石橋記念館へと足を進めましょう。

石橋の資料や記録映像が見れる

石橋記念館は石橋公園の駐車場を抜けたすぐ左側にあります。先に実物を見たほうが興味を持てる方は公園の散策を先に、石橋の細かなところにも注目したい方は石橋記念館を先に訪れると良いでしょう。石橋の作りや建築の様子を勉強できる記念館です。

詳細に閲覧できる

石橋記念館1階には大型ビジョンや石橋を作っている人たちの模型、パネルなどが展示されている常設展示室があります。

今ほど便利でなかった江戸時代、大きな大きな石をどのようにして運んだり削ったりしたのか、また組み立てたのかなどを詳細に勉強できる展示となっています。

ガイダンスホール

石橋記念館2階はガイダンスホールになっています。石橋に関する歴史を映像やデータ、模型で見られ、さらに知りたい情報をパソコンで検索することも可能。古い建築物が好きな方にはたまらないスペースです。

大河ドラマファン必見

石橋記念公園はNHK大河ドラマ「篤姫」のロケ地としても知られています。その人気にあやかって、石橋記念館には篤姫企画展も設けられています。

また、同じく大河ドラマ「西郷どん」でも撮影が行われたため、篤姫ファンのみならず大河ドラマファンなら見逃せないスポットです。

戦争の跡が残されている

薩摩の地は、日本では最後にして最大の内乱西南戦争の舞台となった場所です。西郷隆盛を筆頭にした薩摩軍は約3万人。その倍の兵士を抱えた政府軍とぶつかりました。

西南戦争で散った政府軍の兵士たち

石橋記念公園には西南戦争で亡くなった政府軍の慰霊碑である、西南の役官軍戦没者慰霊塔が建設されています。昭和30年に合葬され、西南戦争後100年目にこの慰霊碑が建てられました。

西郷隆盛を含む薩摩軍の兵士たちは、南洲墓地に眠っています。西南戦争で戦死した兵士の数は、薩摩郡、政府軍合わせて1万3千人にものぼると言われています。

砲台の場所

石橋記念公園にはもう1か所、戦争に関する場所があります。それが玉江橋の近くにある祇園之洲砲台跡です。ここは1863年に起きた薩英戦争時の砲台跡。ここからイギリス艦隊に向けて大砲が発射されました。イギリス軍の集中砲火から身を守るために作られた、胸壁と呼ばれる土塁も残っています。

高台からは元帥が見守っている

石橋記念公園は美しい文化財を残す場所ですが、同時に戦争の記憶を現代に残している場所でもあります。石橋記念公園内を散策し終わったら、足を伸ばしてもう少し歴史に触れる旅を続けてみましょう。

今日も平和を願って

石橋記念公園から徒歩3分のところに、東郷平八郎の銅像が置かれている多賀山公園があります。歴史にあまり明るくない方でも、東郷平八郎の名を知らない人はいないでしょう。

東郷平八郎は1905年の日露戦争の際に指揮を取り、ロシアの艦隊を破ったとして知られる鹿児島出身の元帥海軍大将です。石橋記念公園よりも高台にある多賀山公園からは錦江湾を一望できることから、今日も東郷平八郎元帥が鹿児島の海ならず、日本の海の平和を見守ってくださっていることでしょう。

住所|〒892-0802 鹿児島県鹿児島市清水町39
営業時間|
定休日|なし
電話|099-216-1366
公式サイトはこちら

石橋記念公園へのアクセス

車でのアクセス

鹿児島空港から石橋記念公園を目指す場合は、高速道路を使うルートで約45分ほど。高速姶良インターチェンジで降りて県道57号線へと入りましょう。

鹿児島中央駅からは約15分ほど、また、鹿児島駅からは約5分ほどです。鹿児島駅前にはレンタカー屋さんがたくさんあります。駐車場は約80台分用意されています。

住所|〒892-0812 鹿児島県鹿児島市浜町1-3
営業時間|なし
定休日|なし
電話|099-248-6661
公式サイトはこちら