お台場=砲台?!意外と知らない品川台場の歴史と成り立ちについて

レインボーブリッジやダイバーシティ、フジテレビ本社ビルなど、有名スポットが数々建ち並び、外国人観光客からの人気も上昇中の東京・お台場。エンターテインメント、グルメ、ショッピングと、様々な楽しみ方ができるお台場ですが、とても貴重な史跡があることをご存知でしょうか。実はお台場、幕末に設けられた砲台跡なんです。にぎやかなお台場の海にぽつんと浮かぶ緑に囲まれた小さな島、品川台場。どんな歴史を辿ったのか、現在の様子と共にご紹介してまいります。

意外と知らない品川台場の歴史(1)

黒船来航!どうする江戸幕府

黒船来航!どうする江戸幕府

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江戸時代後期、日本は250年以上もの間鎖国を続けており、海外との交易はオランダと中国(清国)のみ。
しかも窓口は長崎の出島のみということで、江戸に住む人々は長らく、外国の船はおろか外国人など見たことがありませんでした。

1853年(嘉永6年)、日本の歴史を変える大きな出来事が起こります。
現在の神奈川県横須賀市東部付近の沖合に、マシュー・ペリー率いるアメリカ海軍艦隊、いわゆる黒船が現れたのです。
日ごろ江戸湾の警備にあたっていた浦賀奉行は、黒船を近くの漁村(久里浜)に上陸させました。

インドやアジアに大きく市場を開いていたヨーロッパ諸国に比べ、アメリカはアジア方面への市場拡大に大きく出遅れており、中国(清国)や日本へ特使を派遣し条約を結ぼうとしていたのです。
ペリー来航より前にも、浦賀や長崎にアメリカの船(商船や捕鯨船も含む)がやって来たことはありましたが、条約締結には至っていませんでした。

浦賀沖に現れた、煙突から煙をもくもくと上げる巨大な黒い船4隻。
巨大な大砲を構え、号令代わりに湾内に数発の空砲を発射。
浦賀は黒船を一目見ようという見物人で溢れかえったと伝わっています。
ペリーは浦賀に数日間停泊し、江戸幕府を威嚇しつつ開国を要求。
幕府側は「1年くらい考えさせてほしい」と返答し、ペリーは1年後に再来日すると告げて去っていきました。

そうだ!海の上に砲台を造ろう!

そうだ!海の上に砲台を造ろう!

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ペリー来航を機に、江戸幕府は強い危機感を覚えて海の防衛策に乗り出します。
調査の結果、海上に洋式の砲台を建設することになりました。
場所は品川沖。
江戸の町を防衛するように、一定間隔で台場を設け、最終的には11~12基の砲台を設ける計画を立てたのです。
本当は千葉側にも砲台を設けたかったようですが、そこまでのお金は捻出できず、品川側の砲台に全精力を傾けることになりました。

海上砲台といっても、海の上にそんな場所はありません。
そこで江戸幕府は、海に土を盛って人工島を造り、そこに砲台を立てることにしたのです。
これをペリーが再来航するまでに完成させなければなりません。
砲台の設計は伊豆韮山の代官、江川太郎左衛門英龍に一任されました。

建設には大量の資材が必要となります。
木材は現在の千葉や八王子付近などから5,000本余りが切り出され、石材は伊豆や相模など海沿いの町から、さらに埋め立て用の土は北品川の高台(八ツ山や御殿山)を崩して運び出しました。
この途方もない工事を、ペリーが帰ってからおよそ1カ月後に作業が開始され、8カ月後には第1から第3台場が完成。
そこからさらに8カ月ほど後に、第1~3台場の少し後方(陸地側)に、それぞれの間を埋めるように第5、第6台場が完成します。
第4台場と第7台場は財政難などを理由に途中で建設を断念。
第8台場以降は未着手。
当初の予定より少ない台数ではありましたが、それでもここに、5つの海上砲台が海の向こうに睨みを利かせるという、江戸幕府渾身の海上防衛線が完成したのです。

しかし一度も使うことなく開国

しかし一度も使うことなく開国

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ペリーは約束通り、1年後に再来航します。
一度は品川沖近くまで進んできたそうですが、品川台場を見たせいか、ペリー艦隊横浜まで引き返していきました。

完成した台場は、江戸湾の防衛を担当していた川越藩(埼玉県:第一台場)、会津藩(福島県:第二台場)、忍藩(埼玉県:第三台場)が担当。
九州佐賀藩の10代藩主鍋島直正が藩内に設立した技術機関が作成した最新の洋式砲が運び込まれ設置されるなど、国を挙げての大事業として展開。
幕府が造ったものということで「御台場」と”御”をつけて呼ばれていたといいます。

その後、国の方針が変わり、日本は開国への道を進むこととなります。
品川台場の砲台が使われることはありませんでした。

その後、明治政府によって東京湾周辺にもっと大規模な軍事施設が次々と建設されたこともあって、品川台場はその目的を失い、次々と行政や民間に払い下げられていきます。
江戸幕府が技術と労力と資金を注ぎ込んで作り上げた御台場は、東京湾に浮かぶ島として利用され、品川から見て最も離れた場所に造られた第三台場については、1928年(昭和3年)に公園として整備され、一般に開放されることになりました。

意外と知らない品川台場の歴史(2)

変わる東京・台場は埋立地に

変わる東京・台場は埋立地に

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1939年(昭和14年)、未完成ながら7割ほどが完成していた、品川に最も近い場所に建設中だった第四台場にも、新しい役割が与えられます。
東京都市開発に伴う埋め立て事業。
現在、羽田空港行のモノレールやオフィスビルが建ち並ぶウォーターフロント天王洲アイルがある、品川区天王洲町の埋め立て地の一部として陸続きとなり、人工島としての姿は消滅。
さらに1961年(昭和36年)には、東京港の船の行き来の関係で、第二台場は撤去されることとなり、人工島自体が姿を消します。

さらにさらに、過密する大都市東京に新しい土地を求めて、品川沖に埋立地を造る計画が浮上。
1962年(昭和37年)以降、第五台場、第一台場が埋立地の一部として消滅。
天王洲アイルから橋を渡ってお隣、品川ふ頭の礎として新たな一歩を踏み出します。
品川ふ頭はちょうど、2つの人工島をつなぐように新しく造られた、多くの船の積み荷を担うふ頭。
台場として機能したことは一度もありませんでしたが、人工島がそのまま後世の埋め立て事業に利用できた、ということは、幕末当時の土木工事の技術が高かったことを示していると言えるでしょう。

「お台場」に今も残る台場跡

「お台場」に今も残る台場跡

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1965年(昭和40年)、未完成だった第七台場が撤去され、海の中に沈みます。
これで残るは、史跡公園として既に新しい道を歩み始めている第三台場と、手つかずの状態で残っていた第六台場のみとなりました。

東京湾の埋め立て事業はその後も続きます。
1979年(昭和54年)には現在のフジテレビ本社などが建ち並ぶ13号埋立地が完成。
東京に生まれた新しい土地です。
この埋め立てでは、品川台場が礎になることはありませんでしたが、公園として整備されていた第三台場が新しい埋立地とつながり、地名も「お台場」と呼ばれるようになりました。

1993年(平成5年)にはレインボーブリッジが開通。
臨海副都心として様々な企業や施設が次々と造られ、お台場は大都市へと変貌していきます。

最後に残った第六台場。
レインボーブリッジの橋げたのすぐ近くに、建設当時のまま残っています。
保全のため、残念ながら立ち入りは禁止。
史跡として管理されています。

20世紀末から21世紀にかけて、およそ40年ほどの間に、東京湾の風景は目まぐるしく変わりました。
そして2020年、東京オリンピックでも、お台場で様々な競技が行われる予定となっていて、既存の施設の利用の他にも、体育館や観覧席などの建設も進んでいます。
きっとお台場の海に、世界中から多くの人がやってきて、東京の海の風景を目に焼き付けていくのでしょう。

品川台場の痕跡を探して

お台場から台場公園(第三台場)へ

お台場から台場公園(第三台場)へ

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台場公園(第三台場)へは、新交通ゆりかもめ 「お台場海浜公園駅」か、りんかい線 「東京テレポート」で下車して徒歩5~6分ほど。
レインボーブリッジを間近に控えた少し突き出した部分が台場公園です。
一帯は「お台場海浜公園」として整備されていて、海沿いは緑豊か。
釣りや磯遊びができる場所やビーチも設けられています。

第三台場は一辺がおよそ160mのひし形をしていて、5m~7mほどの高さの石垣が支える人工島だった場所。
周囲は埋め立てられていますが、石垣の一部が顔を出しているので、台場としての痕跡を見ることができます。

公園は綺麗に整備されていて海風が爽快。
海に突き出しているので、まるで船に乗っているような気分になります。
下から見上げるレインボーブリッジは大迫力で、史跡巡り目的ではなく、単にお散歩にやってくる人の方が多いかもしれません。

敷地内はこんもりと高台になっていて、砲台跡やかまど、弾薬庫があった場所などが記された案内板が立てられています。
砲台やかまどはコンクリートで造られたレプリカですが、雰囲気は十分。
現在では埋立地や道路が張り巡らされていて、建設当時とはかけ離れていますが、砲台が向いていたと思われる方向を眺めながら歴史に思いを馳せるのも一興です。

第六台場を見るならレインボーブリッジから

第六台場を見るならレインボーブリッジから

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立ち入り禁止となっている第六台場へは上陸することができませんが、陸から眺めることは可能。
第三台場からもわかりますが、おススメは真上を通るレインボーブリッジからの眺望です。
レインボーブリッジには遊歩道があって、徒歩で渡ることが可能。
通行可能な時間は決められていますが、無料で通行できるので、第6台場を含めお台場の様子をじっくり観察するにはもってこいのスポットとなっています。

レインボーブリッジ遊歩道には、お台場側、芝浦ふ頭側、どちらからでも入ることができます。
入口がわかりにくいせいか、それほど混雑することもないので、車の音や、ランニングする地元の人の通行の妨げにならないよう気をつけていれば、あせらずゆっくり、立ち止まって見学も可能。

橋の上からなら、第一、第五台場が埋まっている品川ふ頭や、第四台場があった天王洲アイルも見ることができます。
残念ながら肉眼ではちょっとわかりませんが、2013年、第五台場の痕跡が品川ふ頭で行われた発掘調査で見つかったとのこと。
石垣などが非常に良い状態で残っているのだそうで、台場の構造の解明につながるのではと見られています。

お台場側、芝浦側どちらから入っても、真ん中あたりまで進むとはっきり見えてくる、やや六角形をしたこんもり緑が生い茂る(秋冬はちょっと紅葉します)島。
第六台場です。
よく見ると、角の部分に入口のようなものがあり、船がつけられるようになっていることがわかります。

建築当時はもちろん、土を盛った人工島ですから何もなかったのだと思いますが、それからおよそ150年。
かつての砲台は、自然の島だと言われてもわからないほど緑豊かな島になっています。

残る台場の痕跡を探そう

第一、第五台場は品川ふ頭の下になってしまっていて、第二台場は取り壊されていますので、残るは第四台場。
こちらも原形はとどめていませんが、天王洲アイルにある第一ホテル東京シーフォートの北側に、第四台場の石垣部分が残されています。
形の揃った石がきれいに積まれているので、150年前の石積みだと言われなければ気がつかないほど街と同化。
散歩道が整備されているので、散策がてら写真を撮っていく人の姿もちらほら見られます。

海上台場の跡はこれで全部ですが、もうひとつ、江戸幕府が資金不足から人工島の代わりに陸地に設置した砲台がありました。
品川の海岸沿いに造られた、五角形の砲台。
御殿山下台場と呼ばれ、154門もの大砲が備え付けられたのだそうです。

現在は、大半が地元の小学校の敷地になっていて、台場の痕跡はなし。
小学校の前には、第四台場の石垣石として使われていた石を使った記念碑が造られています。
すぐそばには、1870年(明治3年)に第二台場に造られ、1957年(昭和32年)まで残っていた品川灯台のモニュメントも。
品川区にあるのは小さなサイズのレプリカですが、本物の品川灯台は愛知県犬山市の明治村に移築され、現在でも見学することができます。

「TOKYOミナトリエ」でお台場の歴史を学ぶ

「TOKYOミナトリエ」でお台場の歴史を学ぶ

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レインボーブリッジからの眺望もオススメですが、他にも、お台場を一望できて尚且つお台場のことを詳しく学べてしまうというお得スポットがあります。
東京臨海部広報展示室「TOKYO ミナトリエ」。
東京都港湾局の広報室によるもので、以前は「東京みなと館」という名前の施設でしたが、2017年4月、装いも新たにリニューアルオープン。
東京湾を一望する、青海フロンティアビル20階・地上100mという絶好の場所で、お台場の仕組みや歴史を学べるスポットです。

施設内には、東京湾の機能と歴史について、最新のテクノロジーを駆使したわかりやすく楽しく学べる展示がたくさん。
お台場だけでなく、日本の航海や海運の歴史を詳しく知ることができます。
窓の外には今のお台場の様子が手に取るように広がっていて、眺望も抜群です。

展示の見どころは、成功に造られたジオラマの数々と、時代ごとに港の様子を知ることができる航空写真。
設置されているタブレットを地図にかざすと、その地点の詳細情報や船のクレーンが動く様子など、直接見ることができない映像を見ることができます。
子供たちでも学べるよう、説明はどれもわかりやすくて丁寧なので、ご家族連れでも楽しむことができてオススメです。

めまぐるしく変わりゆく東京・お台場を見守り続ける”台場”

東京には、歴史を知ると「あ、なるほど」と思えるような不思議なスポットがたくさん。
品川台場もそのひとつです。
歴史を知っている人でも、普段なかなか行かないスポットかもしれません。
オススメはレインボーブリッジの遊歩道からの景色。
歩いてみると、埋立地の多さに改めて驚かされます。
公園となっている第三台場もオススメ。
是非、お出かけになってみて下さい!
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