一休寺はあの一休さんが晩年を過ごした禅宗寺。逸話で有名な虎の屏風もある

トラベルパートナー: Fuzuki

千葉県出身。主に国内のお出かけスポットや観光スポットが得意です。メインは千葉県、東京都、神奈川県などの関東地方とよく訪れる宮崎県です。他にも国内であれば多くの観光スポットに訪れます。旅行は家族と訪れることが多く、博物館や歴史に関するスポットを巡るのが好きです。家族や友達と楽しめるスポットを中心にご紹介できればと思っています。

一休寺へは紅葉の美しい秋に行きおし~

京都府京田辺市にある、臨済宗大徳寺派の寺院酬恩庵(しゅうおんあん)。焼失した寺を再興したのは、あの有名なアニメの主人公のモデルとなった一休宗純禅師です。そのため、酬恩庵の名前よりも一休寺という通称の方が通りやすいお寺。逸話で有名な虎の屏風の他、さつきや紅葉の名所としても知られる美しい禅寺。そんな酬恩庵、一休寺を紹介します。

一休さんと縁の深いお寺

鎌倉時代に建立された妙勝寺が元弘の戦火のよってそのままになっていたところに、酬恩庵(しゅうおんあん)として再興したのが一休禅師。その後大徳寺の住職となってからも、ここから通い天寿を全うした一休宗純禅師。お墓もこの地にあることから、一休寺の通称が知られることになったのです。

一休禅師にちなんだ行事がたくさん

一休宗純禅師の名前から連想できるように、アニメや書物にもなった一休さんのモデルになった人物が晩年を過ごした禅宗のお寺です。現在でも一休禅師の誕生日が元旦だということで、毎年1月最終日曜日、絵馬に一年の願い事をしるし祈祷奉納後、善哉の接待を行う一休善哉、9月の中秋前後に、能楽を好んだことから一休寺薪能、11月21日の命日には開山忌など、一休禅師にちなんだ催しが行われています。

1455年に再興された

鎌倉時代に禅宗の道場として、大應国司が建立した妙勝寺が、戦火により焼失。そのままになっていた場所に、1455年6代法孫の一休宗純禅師が再興したのが、現在の一休寺。宗祖を慕っていた一休宗純禅師は、師恩に報いるという意味で、この寺を酬恩庵と命名したと伝わっています。

一休禅師が晩年を過ごし納骨された

一休宗純禅師が晩年から亡くなるまで暮らしたお寺であることから、一休寺という通称が広まったのです。一休宗純禅師はその後大徳寺の住職となりますが、愛着があったのかこの寺から通っていました。そして、この寺で病により87歳で亡くなります。このお寺で葬られ、宗純陵墓(慈揚塔)の中にお骨が納められています。

秋には紅葉が美しいスポット

一休寺は京都郊外にあることから、美しい紅葉が見られる穴場スポットです。広い境内では四季折々の楽しみがありますが、秋になると総門の背景となる樹々が赤く染まり、本堂や開山堂に寄り添うような美しい紅葉をみることができます。

一休宗純禅師は民衆から絶大なる人気

酬恩庵の通称が一休寺となるほど、有名な住職一休宗純禅師。87歳と当時としては長い生涯を全うした人物ですが、後世の世に頓智の和尚として有名になるとは自身も想像していなかったでしょう。

一休咄のもとになった

一休宗純禅師が後世まで名前を残したのは、一休咄(いっきゅうはなし)がもとで頓智話が広まったからです。亡くなってから約200年後、元禄時代に流行った読み物で、いろいろな高僧の説話も混ざった史実とはいえないものではあります。ただ、幼少期の一休宗純禅師が物語の中心に置かれたのは、それだけの逸話を残した人物だったからなのでしょう。有名なアニメの原作もこの一休咄から来たものです。

僧侶としてはかなりの異端者という説

一休さんは長く愛された作品です。それだけに、アニメの中の男性がそのまま大人になった人を想像する人が多いでしょう。実際一休宗純禅師が周建と名乗っていた13歳のときに作った長門春草、15歳のときの春衣宿花は、京で評判になったほどでした。

しかし、成長した一休宗純禅師はかなり奇抜で破天荒な人物だったという説が濃厚なのです。僧侶でありながらお酒や女性が大好きだったのは有名な話。また町を出歩く際には木製の大太刀を差していたという逸話も残っています。

民衆から人気を集め一休さんのモデルへ

ただ行動は変わっていたものの、民衆から親しまれていたという話も多く残っています。僧侶といえば、厳しい戒律の中で生きているというイメージですが、一休宗純禅師は形式にとらわれない生き方で民衆の共感を呼んだといいます。それが後の世まで語り継がれ、頓智の一休として物語の主人公にまでなっていったのでしょう。

一休寺は見どころがたくさん

一休寺には、重要文化財に指定されている本堂などの建物、有形文化財となっている総門や一休宗純関係資料、国指定名勝の庭園など見どころがたくさんあります。

一休咄に出てくる看板も

一休寺の見どころは、文化財などの高尚なものばかりではありません。一休宗純禅師の幼少期、晩年の銅像や一休さんの頓智話で有名な「このはしわたるな」と書いた木の看板が立っている橋、微笑を浮かべた羅漢のお地蔵さんなど、親しみを感じさせるものも数々あります。

石畳の参道は季節を感じさせてくれる道

総門をくぐった先に続く参道は、四季を感じさせてくれる落ち着いた道です。春には桜、夏の新緑、秋には美しい紅葉が楽しめます。樹々だけでなく、きれいな苔も見どころです。広い山道ではありませんが、日本の良さを感じさせる風情のある神聖な参道です。

墓が見える酬恩庵庭園

国の名勝に指定されている酬恩庵庭園は、三面からなる江戸時代の禅院枯山水庭園です。北庭は枯滝落水を表現、東庭は十六羅漢を表現し、南庭は白砂の大海となっています。南庭からは、一休宗純禅師が眠る宗純王廟が見えます。

庫裏にはあの有名な屏風の虎

将軍足利義満が屏風絵の虎が夜な夜な屏風から抜け出して暴れるので退治してほしいといったところ、一休はでは捕まえるので虎を屏風から出してくださいと頓智で返した有名な逸話。それを思わせる虎の屏風があるのは、江戸初期の建築様式が残されている僧侶の住まいだった庫裏。入口付近には、樹齢約400年と伝えられる しだれ松があります。中へ入ると、昔の生活感が残されたままになっています。

一休寺で精進料理を体験

禅宗においては、食べることも修行のひとつ。そんな食事の修行を体験することも可能です。

本格的な精進料理が味わえる

肉、魚を一切使わない四季それぞれの旬の食材を使った本格的精進料理です、ただ食べるのではなく、これも修行のひとつ。日常に感謝しつつ、心を落ち着けて静かに、ゆっくりとひとつひとつの素材の味を確かめながら食べ進めていきましょう。

この精進料理体験は予約制です。予約は2日前まで電話で受け付けてくれます。メニューは森女弁当、一休寺弁当、松花堂弁当、一汁九菜精進膳の4種類から選ぶことができます。色使いがきれいで、豪華に見えながらヘルシーな精進料理は女性におすすめです。

一休さんのエピソードが光るぜんざい

一休寺では精進料理以外にも食事を楽しむことができます。その代表格がぜんざいです。ぜんざいを漢字で書くと善哉となりますが、由来は一休宗純禅師の言葉。ぜんざいを食べた際、善き哉この汁といったことからこの漢字が当てられたと伝わっています。気軽に頂きたいのであれば庫裏売店のぜんざいがおすすめです。

数百年伝わる一休寺納豆をお土産に

一休寺納豆は、一休宗純禅師から伝授された製法を数百年守り通し、お寺で製造しているものです。肉食をしない僧侶にとって貴重なたんぱく質補給の栄養源として、また、保存食として重宝されてきました。独特な塩味で、お茶漬けにすると美味と評判の一品です。

一休寺へのアクセス

車での行き方

京都からは、堀川通りを南下し阪神高速京都線に乗って、そのまま第二京阪、新名神高速道路、京奈和道路と進み、田辺西ICで降ります。大阪からの場合は、第二京阪道路の枚方学研ICで降りすぐに右折。どちらの場合もそこから307号で京田辺市町へ出て、市役所前を左折して約5分です。左手に一休寺の大きな看板があります。一休寺の有料駐車場が隣接しています。

電車での行き方

京都方面からの場合、近鉄新田辺駅下車後、タクシーで約5分。大阪からの場合は、大阪駅からJR環状線で京橋駅、学研都市線へ乗り換えJR京田辺駅下車後、タクシーで約5分です。

バスでの行き方

京都駅八条口から京阪バス直通急行に乗車し約45分。難波OCATから京阪バス直通急行で約1時間10分。どちらも一休寺バス停で下車、徒歩約5分です。

住所|〒610-0341 京都府京田辺市薪里ノ内102
営業時間|9:00~17:00
定休日|なし
電話|0774-62-0193
公式サイトはこちら

まとめ

一休寺へで巡り会うのは大人の一休宗純禅師。戒律や形式よりも本当の美しさを求めた、禅の悟りの境地である風狂(ふいきょう・フウテンなど同意語)にたどり着いた一休宗純禅師。四季折々の美しい木々、広い境内にある静かなたたずまいを見せる建物は、禅の静けさを感じさせます。一休寺を訪れると、飾る必要などないという教えが聞こえてきそうです。