クライストチャーチ大聖堂の荘厳さにだれもが抱く尊敬心

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北海道出身。得意なエリアは北海道全域や東北エリア、海外ではオーストラリアやニュージーランドです。一人旅や女友達と温泉巡りや美味しい食べ物を探して旅行するのが好きでしたが、最近は子育てを全力で楽しんでいるため、子どもと一緒に楽しめるスポットも紹介していきます。

格調高き大聖堂の歴史と造形美そして復興への願い

地球儀や世界地図を見れば、大洋と島の存在ですぐにわかる南半球ニュージーランド。はるかな海の真ん中に位置する国だからこそ、長い歴史と世界との関係が息づく地、それを象徴する街がここクライストチャーチでしょう。その代表的存在と言えるのが、厳粛さと高貴さで長き世にわたり人々から崇敬される大聖堂です。

クライストチャーチ大聖堂と切り離せないアイルランド

もともとニュージーランドという国は、イギリスから独立したアイルランドの影響を強く受けています。毎年3月17日はアイルランドにキリスト教を広めた「聖パトリックの祝日」としてニュージーランドでも祝い事が行われているほど。

それもあってクライストチャーチ大聖堂は、アイルランド国教会の南部大教区における大聖堂と位置付けられています。司祭の任命式や、神に生涯を奉げる聖別の儀式などが行われ信仰の中心となる一方で、市民奉仕的な重要行事も定期的に開かれているのです。

クライストチャーチ大聖堂は今では有名観光地

アイルランドの首都ダブリンに2ヶ所建つプロテスタント教会の1つで、クライストチャーチ市の中心部にある聖公会の大聖堂です。

さらに、クライストチャーチ教区とされるアオテアロア・ニュージーランド・ポリネシア聖公会をまとめる主教座聖堂でもあります。


今ではニュージーランドを象徴する観光名所となった大聖堂には、年間70万人を超える人々が訪れ、神に深く祈りを捧げます。

この地に最初に聖堂が建設されたのは1670年で、以後350年以上の間に何度か建て直されて現在に至ります。

現在の大聖堂は5代目で、イギリスやアイルランドからの移民により1864年に建設が開始。経済面など様々な困難にぶつかりながら1904年に完成の時を迎えました。

特に地下室の構造は、ルーツとなるイギリスやアイルランドで11世紀頃に採用された、最も古い建築様式とされています。

イギリスの造船職人が手掛けた伝統の建築様式

大聖堂はもともと木造建築で、建設にあたっては造船職人が多く参加しました。マホガニー製と呼ばれるアーチ型の天井付近は船底と同じ木材組みが成され、そこに彫刻が施された梁を渡すというもの。

イギリス人建築家のジョージ・ギルバート・スコットの原図をもとに、同じイギリス人建築家のベンジャミン・マウントフォートが主導して作業が進められました。

この2人の建築家は、かつての建築様式を復興させる「ゴシック・リヴァイヴァル様式」の中心人物でもあります。当初は木造建築が行われた大聖堂ですが、後にクライストチャーチ近郊で上質な石材が発見されてから現在に至るまでは石造建築に。内部は多くのステンドグラスや彫刻品で装飾され、高級感と荘重感が感じられます。

大聖堂では交響楽コンサートに葬儀も行われる

荘厳な大聖堂の中では大小の礼拝や宗教儀礼が定期的に行われ、多言語による礼拝も実施されています。

さらに、クライストチャーチ交響楽団主催による大聖堂シリーズのコンサートホールとなる他、オートバイ設計者のジョン・ブリッテン氏や、政治家ロッド・ドナルド氏の葬儀が執り行われたことでも有名です。

聖なる空気を盛り上げる大聖堂合唱団

大聖堂の空気を荘重にする大聖堂合唱団。1526年の創立以来ずっと歌い継がれ、その美声を響かせています。

ここはイギリスオックスフォード大学クライストチャーチカレッジの礼拝堂としても大きく役割を果たしており、同大学の聖歌隊は世界各地でコンサートを開催するほど有名に。

12世紀イギリスのノルマン朝時代の誕生とされる身廊や主塔にステンドグラスが、聖歌隊をより美しく高貴にさせています。

地震に消えた大聖堂の復活を多くの人々が願う

クライストチャーチ大聖堂はその長い歴史の中で、1881年・1901年・2011年と3度の大地震に襲われました。2011年2月におきたニュージーランド地震では北側尖塔部分をはじめ、正面のステンドグラス窓や西側の壁などの70%以上が崩壊したのです。

修復工事を行うには多額の費用が必要となり、さらに今後も強い地震が発生する可能性が高いことから、残念ながら修復は断念され2012年に解体が決定しました。そして解体後も当初の姿で建て直すのか、または新たな聖堂を建設するのか意見が二分し、再建への道は閉ざされたままです。

日本人建築家が建てた紙の仮設大聖堂

そのような中で2013年、崩壊した大聖堂付近に紙管(しかん)とコンテナを主建材とした、700人収容可能な仮設大聖堂がオープンしました。

宗教儀式が行われる他、数多くのイベントやコンサートの会場としても使用されており、これから当面はこの仮設大聖堂が主聖堂として運用されるようです。

実はこの仮設大聖堂は、日本人建築家の坂茂氏によって手掛けられました。坂氏はニューヨーク州登録の建築士。アメリカで建築を学んで以降、特殊加工された紙管やコンテナを使用しての仮設住宅や教会などを開発し、世界各地の災害支援活動で知られています。

1995年1月の阪神淡路大震災で焼失したカトリック鷹取教会に代わり、紙管素材によって現在のカトリックたかとり教会(紙の教会)を建築。2000年にドイツで開催されたハノーヴァー万博日本館の建築、東日本大震災では避難所でのプライベートを守る間仕切りを考案開発したことで有名です。

大聖堂周辺にもクライストチャーチの見所はいっぱい

 クライストチャーチ中央図書館は最新技術にリニューアル

市内最大規模の中央図書館は、2011年に発生した大地震の影響で大聖堂広場に移転し、2018年にリニューアルオープンしました。

木の温もりあふれるスタイリッシュでモダンな5階建ては、図書館だけでなくコミュニケーションセンターとしての役割も大きく、多くの市民の憩いの場となっています。

リニューアルオープンした大型図書館には18万冊におよぶ書籍や200席のシアターがあります。さらにはレンタル可能な個別会議室に各種セミナールーム、子ども用のプレイスペースなどを完備しています。

そしてメインは画面を操作してクライストチャーチの地理や歴史を学べる、全長7mの3Dタッチスクリーン壁でしょう。他にも3Dプリンターやミュージックビデオ制作スタジオなど、最新テクノロジーを存分に体験できます。

住所| 60 Cathedral Square,Christchurch Central,Christchurch 8011 New Zealand
営業時間|8:00-20:00(月曜日から金曜日)、10:00-17:00(土曜日と日曜日)
定休日|なし
電話|+64-3-941-7923
公式サイトはこちら

カンタベリー博物館でニュージーランドの歴史を学ぶ

創立は1867年という長い歴史を誇るカンタベリー博物館。クライストチャーチ市内を走る名物トラム(路面電車)も博物館前で停車します。

かつてニュージーランドに生息していた巨鳥モアの卵をはじめ、固有種の野鳥が骨格標本などで多数展示されています。

先住民マオリ族の生活やヨーロッパからの移民など、ニュージーランドの歴史を物語る展示や資料も多く、また南極大陸に近いこともあって南極探検に関するエリアもあります。

特に日本人として初めて南極へ上陸した探検家、白瀬矗中尉に関する展示は必見です。

住所| Rolleston Avenue Christchurch 8013 New Zealand
営業時間|9:00-17:00(4月から9月)、9:00-17:30(10月から3月)
定休日|なし
電話|03-366-5000
公式サイトはこちら

クライストチャーチ大聖堂へのアクセス

2011年におきた地震被害の影響もあり敷地内には駐車場がないため、アクセスするには徒歩・タクシー・バスとなります。バスを利用する場合はクライストチャーチプレイス駅バス停が最寄の停留所。ホップオンホップオフ観光バスでもアクセスできます。

住所| Christchurch Pl.Wood Quay.Dublin8
営業時間|月曜日から土曜日は9:30-19:00(4月から9月)、9:30-18:00(3月と10月)、9:30-17:00(11月から2月)。日曜日は12:30-14:30と16:30-19:00(4月から9月)、12:30-14:30と16:30-18:00(3月と10月)、12:30-14:30(11月から2月)
定休日|なし
電話|+353-1-677-8099
公式サイト|なし

まとめ

ニュージーランドの歴史とともに歩み、その歴史を目の当たりにしてきたといっても過言ではないクライストチャーチ大聖堂。地震で崩壊しても人々の崇敬の想いは変わりません。日本人建築家が建てた仮設大聖堂が確かにその役割を継いでいる今、クライストチャーチに足を運び、復活と復興を願う人々の想いにふれてみませんか。