金剛峯寺は高野山真言宗の総本山。見事な襖絵や石庭など見どころがいっぱい

公開日:2019/2/14 更新日:2019/12/2

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出身は東京都。幼少からの歴史好きから、歴史スポットやお寺・神社を巡るのが趣味に。関東地方を中心に、主にひとり旅でのんびり回っています。有名無名問わずに、気になった寺社を回っています。風景写真を綺麗に撮れるよう、写真は勉強中。
金剛峯寺は元々は高野山全体のことだったんよ

高野山真言宗の総本山としても知られる金剛峯寺。歴史の教科書でその名前を知った方は多いのではないでしょうか。かつては高野山全体が金剛峯寺でもあり、非常に大きな影響力を持つお寺でもありました。ここでは、金剛峯寺の見どころや楽しみ方、アクセス方法などを徹底解説しましょう。

金剛峯寺はどんなお寺

和歌山県高野山に建つ金剛峯寺は、高野山真言宗の総本山として知られます。名前の由来は、金剛峯楼閣瑜伽瑜祇経というお経から。高野山は日本仏教の聖地であり、平安初期に弘法大師空海によって開かれました。

1869年には青巌寺と興山寺が合併して金剛峯寺と改称します。かつては金剛峯寺は高野山全体のことを指していたのも驚きポイント。境内はかなり広く、4万8295坪もあります。

高野山は一山境内地

今でこそ一寺院を指す名前となっていますが、かつては高野山全体を指す言葉でした。金剛峯寺だと一つのお寺を指し、総本山金剛峯寺だと高野山全体を指します。紛らわしいですが、背景を知ると興味深くなるでしょう。一山境内地が高野山の考え方であり、山全体を境内として捉えていました。

金剛峯寺で一番古い正門

正門は金剛峯寺に属する建物の中ではもっとも古く、1593年の再建だと言われています。この門をくぐることができる人は限られたごく一部の人であり、それは天皇や皇族、高野山の重職に就いている人だけでした。まさしく狭き門といえます。

右のほうには小さなくぐり戸が設けられており、一般の僧侶たちはそこから出入りしていました。このように、出入り口一つ取っても非常に厳しいルールが存在したのです。

二つの玄関と二つの寺門

豪壮な主殿(本坊)は1863年に再建されたものです。山内最大規模の建物であり、大きな檜皮葺屋根は東西54メートル、南北63メートルにもおよびます。主殿には2つの玄関があり、正門同様に厳しいルールが設けられていました。画像中央の大玄関からは天皇や皇族、高野山の重鎮のみが出入りでき、小玄関は上級職の僧侶、一般僧侶は裏口でした。

寺紋も二つ

通常は一つだけですが、金剛峯寺には二つの寺紋があります。画像に向かって右が三頭右巴で、左が五三の桐という紋です。五三桐は豊臣秀吉拝領の青厳寺の寺紋で、三頭右巴は高野山の鎮守 丹生都比売神社の紋。そのため二つの寺紋があるのです。

屋根の上には天水桶

金剛峯寺の屋根の上に乗っているのは天水桶(てんすいおけ)。普段から雨水を溜めるために設置され、火災が生じたときには屋根にまいて、少しでも延焼を食い止めました。

金剛峯寺の屋根は檜皮葺(ひわだぶき)のため、火に弱いのが難点。実際、高野山は過去に幾度となく火災に悩まされてきた経緯があります。失火はもちろんですが、高い山の上なので落雷による火災もありました。現在ではスプリンクラーなど消防設備が整っているので、天水桶は現役ではありません。

優美な襖絵の美術館

金剛峯寺の内部にはとても優美な世界が広がっています。見事な襖絵をたくさん目にできますし、まるで美術館の中にいるような気持ちになれるでしょう。ただ、襖絵のある部屋は写真撮影は禁止大広間は重要な法要や儀式が行われるところで、常楽会や仏生祭なども行われます。見事な襖絵はよそではまずお目にかかれないものなので、この機会にじっくり拝んでおきましょう。

かつて天皇や皇族が滞在し、現在では高野山の重要な儀式が執り行われている上段の間も見どころ。総金箔張りになっているのが特徴で、非常にきらびやかな空間です。悲劇の大名として知られる豊臣秀次が自害した柳の間にも、見事な襖絵があります。歴史ファンにとってはいろいろな思いをはせられる場所。

新別殿で一休み

新別殿は参詣者の接待所として新設された場所で、1984年に完成しました。91畳と78畳の大広間で、二つを繋げて使うこともあります。参拝者の休憩所として使われており、ここでお菓子やお茶をいただけます。僧侶の法話を聴けることもあるので、タイミングがあえば聞いてみましょう。なお、お茶やお菓子はセルフ方式となっています。

龍のいる蟠龍庭

日本最大級の大きさを誇る石庭、蟠龍庭(ばんりゅうてい)は2340平方メートルにもおよびます。雲海の中で龍が対峙しあい、奥殿を守るかのように表現されているのが特徴。龍を表している石は、空海の出身地と伝わる四国の花崗岩を、雲海を表す白川沙は京都のものを使用しています。

生活感の残る巨大な台所

江戸時代には、ここでたくさんの僧侶に食事を作っていました。現在では日常的に使っていません。約7斗の米(1斗は約18L)を炊くことが可能な大釜が三つも並んでいて壮観です。一度に2000人分の米が炊けるとのことなので、驚きですね。台所の神様といわれる三宝荒神を祀っています。

境内の見どころ

境内にはたくさんの見どころがあります。真然大徳廟と、青巌寺の鐘楼は特に見ておきたいポイント。

真然大徳廟

真然大徳廟は金剛峯寺の裏にある小高い丘の上にあります。空海の甥である真然大徳(しんねんだいとく)を祀っています。空海の後継者としていくつもの偉業を成し遂げ、実質的に高野山を完成させたのは彼なのだとか。なお、大徳とは立派なことを成し遂げた僧侶の敬称です。

青巌寺の鐘楼

門をくぐった右手に見える大きな鐘楼が、金剛峯寺となる前は青巌寺にあった鐘楼です。かつて火災によって焼失しましたが、1864年に再建されました。和歌山県指定の文化財にも指定されている、大変貴重な鐘楼です。

周辺の見どころ

六時の鐘は、金剛峯寺の正面左側にある鐘楼。高い石垣の上にあるのですぐ分かるでしょう。戦国武将として名をはせた、福島正則が1618年に母の菩提を弔うために奉納しました。一度焼失しましたが、その後正則の子である正利によって再建。現在でも偶数の刻を知らせる鐘として機能しています。

御朱印と御朱印帳

霊験あらたかな高野山。どのような御朱印と御朱印帳があるのでしょうか。高野山ならではの御朱印と御朱印帳は、手元に置いておくことでご利益を得られそうな雰囲気が感じられます。

御朱印はこちら

右に写っているのは奥の院弘法大師の御朱印となり、左は金剛峯寺の御朱印です。ほかに御詠歌の御朱印もあるので、集めている方はコンプリートしておきましょう。入り口の拝観受付において御朱印をお願いできます。

オリジナルの御朱印帳も

高野山には100以上のお寺があるため、御朱印もたくさんあります。御朱印集めをしているのなら、ぜひ行ってみたいですね。オリジナルの御朱印帳の種類も豊富なので、お気に入りの一冊が見つかるかもしれません。画像は高野霊木を用いた御朱印帳。高野霊木は森林管理の一環で生産される木材で、ある時だけ限定的に作られます。

金剛峯寺へのアクセス

電車での行き方

金剛峯寺の最寄り駅は南海高野線極楽橋駅です。その後、南海高野山ケーブルを利用して高野山駅に到着します。



バスでの行き方

海高野線極楽橋駅からは徒歩でもアクセスできますが、バスの利用がおすすめです。バスに乗車して、最寄りの金剛峯寺前停留所で下車しましょう。そこから金剛峯寺までは徒歩圏内です。

Address 〒648-0294 和歌山県伊都郡高野町高野山132
Hours 8:30~17:00
Closed 無休
Tel 0736-56-2011
Web http://www.koyasan.or.jp/

まとめ

日本仏教における聖地でもある高野山。山全体が神聖な空気をまとっているので、訪れるだけでも価値のある場所です。金剛峯寺にも見どころがたくさんありますし、100以上のお寺があるため御朱印集めがしやすいのも嬉しいポイント。お寺の中では美しい襖絵も見学できますし、見どころがたくさんあります。