クロンシュタット要塞で歴史をめぐる旅へ

公開日:2019/4/23 更新日:2019/6/10

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外語大を卒業した後に東欧身の外国人と国際結婚し、国内外を問わず知らない国や地域に訪れるのが好きです。一眼写真が趣味の主人と現地で出会う人との会話や食事、地域に根差す文化を自由に楽しむ無計画旅行がメインスタイルです。出身である神奈川県を中心に、関東周辺やヨーロッパに関する記事を執筆しています。
古都を守るクロンシュタットと日本の意外な繋がりをご紹介

ロシア第二の都市であるサンクトペテルブルクにはクロンシュタットという要塞島があります。日本ではあまり知られていない観光地ですが、美しい海の大聖堂や軍港など、町の至るところに歴史が息づく魅力あふれるスポットです。今回はそんなクロンシュタットの見どころをご紹介いたします。

ロシアの古都・サンクトペテルブルク

ロシア第二の都市と呼ばれるサンクトペテルブルク

18世紀初頭、西欧との交流の窓口として栄えたサンクトペテルブルクは埋め立てによってつくられた人工の都市です。当時、ロシアの新たな首都として建設されました。

街にはロマノフ王朝時代にピョートル大帝やエカテリーナ2世によって建てられた宮殿や貴族が暮らしていた邸宅などが残っており、当時の栄華を感じる事ができます。ドストエフスキーやプーシキンといった名だたる文豪の博物館やゆかりの地がある事でも有名です。

古都を守るクロンシュタット要塞

世界遺産に登録されている要塞の町

そんなサンクトペテルブルクの中心からおよそ30キロ離れたフィンランド湾に浮かぶコトリン島には、クロンシュタットという町があります。ドイツ語で「要塞の町」という意味をもつクロンシュタットは、その名の通り要塞としてつくられた都市です。歴史的価値の高さから1990年に、サンクトペテルブルクと周辺地域の歴史的建造物群は世界遺産に認定されました。

主要都市を守るクロンシュタット

クロンシュタットのはじまりは、1703年にフィンランド領だったコトリン島をロシアが占領したのがきっかけです。その後、当時の首都であったペテルブルク(現サンクトペテルブルク)を守るため、ピョートル大帝の命によって開発されました。そして1704年に要塞の原型が完成したのです。

バルチック艦隊が見られるぺトロフスキー公園

クロンシュタットの南側には緑豊かなベトロフスキー公園があります。フィンランド湾に面しているので、爽やかな潮風が感じられる公園です。園内にはクロンシュタットを建造したピョートル大帝の像が建てられているほか、公園の先にある港ではバルチック艦隊の軍港を見る事ができます。歴史や戦艦が好きな人にはたまらないスポットです。

町に残る要塞の軌跡

町の至るところで見られる軍事設備

町を歩いていて驚くのが、至るところに大砲や高射砲があるという事。1720年、クロンシュタットはバルチック艦隊の主力基地として使用されていたため、当時使用されていた軍事設備がそのまま配置された状態になっているのです。クロンシュタットの島の先端部は要塞として堀で囲まれています。町の中を歩いてみるだけでも戦争の歴史を肌で感じる事ができそうです。

戦没者のための海の大聖堂

1913年に建てられた海の大聖堂は、ロシア海軍の戦没者たちを弔うための教会です。白、水色、金の繊細な装飾が美しいビザンチン様式の建築は観光名所としても人気で、至るところに海洋生物のモチーフが施されています。教会内部の壁には、戦没者たちの名前が刻まれています。

Address Yakornaya Ploshchad', 1, Sankt-Peterburg, 197762
Hours AM10:00 – PM7:00
Closed なし
Tel +7 921 379-29-93
Web http://kronshtadtsobor.ru/


バルチック艦隊を指揮したマカロフ提督の像

海の大聖堂の前にある広場には、バルチック艦隊を率いたマカロフ提督の像が建てられています。マカロフ提督は、水雷艇を使った作戦や海上戦術の知識をもつ第一人者。日露戦争の際は、ロシア太平洋艦隊司令長官を務めていました。しかし、マカロフは中国の旅順で日本軍の敷いた機雷によって爆沈し、将兵500人とともに戦死しました。

クロンシュタット歴史博物館で知見を広げよう

より詳しくロシアの戦争史を知りたいなら、クロンシュタット歴史博物館がおすすめ。本館と別館で2棟に分かれており、バリエーション豊かな展示物の数々により知見を広げる事ができます。

本館では300年以上の歴史があるクロンシュタットの町や港、要塞に関する展示物を見る事ができ、これらはすべて18世紀から20世紀頃のものばかりです。別館ではフィンランド湾に沈んでいた艦隊や、貿易船から引き揚げられた数々の展示物を見る事ができます。

Address Kronshtadt, Jakornaja Square 2a
Hours AM11:00-PM6:00
Closed なし(冬季は水曜日定休)
Tel +7 (812) 435-08-73
Web http://en.visitkronshtadt.ru/mik

日本との歴史的な繋がり

ロシアの要人たちが旅立った歴史的軍港

クロンシュタットの軍港は、戦争をはじめさまざまな歴史的瞬間と関わりの深い港。これまで多くのロシアの要人たちがこの港から旅立って行きました。1826年に世界周航航海を決行した探検家のフョードル・リトケは、この軍港から出発し12の新しい島を発見しています。また、1855年に調印された日露和親条約の際も、ロシア側の代表者であったプチャーチン海軍中将はこの港から山口県の下田へと出発しました。1904年の日露戦争で使用されたバルチック艦隊36隻が日本へ向けて出航したのもこのクロンシュタットです。

ディアナ号の船員たちと日本人の絆

日露和親条約が締結された際、思いがけない事件が起こりました。帰路に着いたプチャーチン中将らを乗せたディアナ号が、地震によって発生した津波に呑み込まれ大破してしまったのです。その時、船員らが帰国するため造船に協力したのが、伊豆にあった戸田村(現在の沼津市)の人々でした。皆の協力によって戸田村で完成した船はヘダ号と名付けられ、船員らは無事にクロンシュタットの港へと帰り着く事ができました。

クロンシュタットにある日本語の記念碑

クロンシュタットには、このディアナ号の一件について紹介された記念碑があります。そこにはディアナ号の船員らが無事に帰国できた事や戸田村の人たちへの感謝の言葉が、ロシア語と日本語の両方で記されています。これは日露友好150周年の記念として2005年に日本・ロシア協会によって設置されたもので、これと同様の記念碑がディアナ号とゆかりのある下田、富士、戸田にもあるのです。

クロンシュタットの聖イオアン

クロンシュタットには、聖イオアンというロシア正教会の司祭と務めた聖人がいました。彼はクロンシュタットの住民たちへの慈善活動を精力的に行い、職業訓練所や、孤児院、学校などをつくり、住民たちから厚い尊敬を受けた人物です。日本の正教会に対しても聖イオアンは物資支援を行い、1903年には京都ハリストス正教会に福音経を寄進しました。

サンクトペテルブルクの観光地



世界屈指の規模を誇るエルミタージュ美術館

サンクトペテルブルクを訪れたらあわせて観光したいのがエルミタージュ美術館。1754年にピョートル大帝の娘・エリザヴェータ女帝の命によって建てられたエルミタージュ美術館は世界四大美術館の一つと称されています。同美術館には300万点を超えるロマノフ朝時代の財宝や国有のコレクションが展示されています。

レオナルド・ダ・ヴィンチの「べヌアの聖母」や「リッタの聖母」をはじめ、ルノアール、モネ、ゴッホなど世界の名だたる芸術家たちの作品を鑑賞する事ができます。美術館の名前のエルミタージュとは隠れ家の意味です。

Address Palace Square, 2, Sankt-Peterburg, 190000
Hours AM10:30-PM6:00(火、木、土、日曜日)、AM10:30-PM9:00(水、金曜日)
Closed 月曜日
Tel +7 812 710-90-79
Web https://www.hermitagemuseum.org/wps/portal/hermitage/?lng=ru

女帝権力の象徴エカテリーナ宮殿

エカテリーナ宮殿も、1756年にエリザヴェータ女帝によって建てられたロシア・バロック調の豪華絢爛な宮殿です。この宮殿は、江戸時代にロシア領アリューシャン列島へ漂着した船頭の大黒屋光太夫が、エカテリーナ2世に帰国の許可を得るため訪れた場所でもあります。現在、エカテリーナ宮殿は一般公開されており玉座の間や琥珀の間は必見です。宮殿に併設された学習院は、ロシアの国民的詩人として有名なプーシキンを輩出しており、プーシキンは第1期生としてこの学校で6年間学んでいます。

Address Garden St, 7, Pushkin, Sankt-Peterburg, 196601
Hours AM12:00-PM5:00
Closed 火曜日
Tel +7 812 466-66-69
Web http://www.tzar.ru/

クロンシュタットへのアクセス

電車・バスでの行き方

まずは飛行機に乗って、モスクワまで向かいます。成田空港からモスクワのシェレメチェヴォ国際空港、またはドモジェドヴォ空港まで約11時間ほどで到着です。モスクワからは、それぞれ国内線に乗り換えてサンクトペテルブルクのプールコヴォ空港まで約1時間半で着きます。クロンシュタットへは、サンクトペテルブルク市街からミニバスのマルシル―トカに乗って1時間弱で到着します。

まとめ

いかがでしたか。かつてロシアの中心地として栄華を極めたサンクトペテルブルクには、要塞島として重要な役割を果たしたクロンシュタットの町がありました。クロンシュタットでは海の大聖堂や軍港などのほかに、当時使われていた大砲や高射砲も町中で目にする事ができます。意外にも古くから日本とゆかりの深い地でもあるので、きっと興味深い旅になるはずです。ぜひ一度訪れてみてください。