戸定邸は内部を見学できる貴重な徳川家のお住まい

トラベルパートナー: Fuzuki

千葉県出身。主に国内のお出かけスポットや観光スポットが得意です。メインは千葉県、東京都、神奈川県などの関東地方とよく訪れる宮崎県です。他にも国内であれば多くの観光スポットに訪れます。旅行は家族と訪れることが多く、博物館や歴史に関するスポットを巡るのが好きです。家族や友達と楽しめるスポットを中心にご紹介できればと思っています。

戸定邸の敷地内は散策にもぴったりな緑に囲まれた場所だよ!

昔の建築物は風情があり、その当時の背景を感じる事ができるため、多くの人が魅力的に感じる観光スポットとしても人気です。千葉県松戸市には徳川家最後の将軍である慶喜公の弟・徳川昭武が実際に住んでいた戸定邸が残されています。明治の風情を感じるだけでなく、行事も楽しめる歴史スポットとして人気です。

徳川昭武が後半生を過ごした戸定邸

戸定邸は千葉県松戸市に現在も残る、徳川家最後の将軍となった徳川慶喜の弟である昭武が後半生を過ごした明治初期の邸宅です。

現在は当時よりも敷地が狭くなってしまっていますが、面影がしっかりと残る貴重な場所として国指定重要文化財にも指定されています。邸宅はヨーロッパに留学していた昭武ならではの和洋折衷な造りが特徴的です。

唯一公開されている徳川家の住まい

戸定邸は現在唯一公開されている将軍家関係者の住まいとして保存されています。当時使われていた邸宅がそのままの姿を残しており、再興された場所も書物や残された写真から忠実に再現しています。

広々とした日本家屋には西洋風のランプが使われているなど、和洋折衷が織り込まれている戸定邸は明治初期の建築物としても非常に高い評価を得ています。

慶喜公も訪れていたと伝えられている

昭武の16歳年上の異母兄弟である徳川慶喜も戸定邸に訪れていたと伝えられており、実際に訪れた際に昭武と共に過ごす様子が写真に収められています。

昭武と同様に徳川慶喜公も写真を撮ることが趣味の1つであり、兄弟仲睦まじく写真を撮ったりお話をして過ごしたと言われています。

また小話として、昭武の生母に昭武を育ててくれていることを感謝しにやってきた慶喜ですが、将軍の地位まで上り詰めた慶喜に対し、昭武の生母は終始緊張気味に、言葉も江戸言葉に直して会話をしていたとあります。

ひな祭りには可愛らしいイベントが開催!

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戸定邸ではシーズンごとに毎年多くの行事が催されています。季節ごとに旬の草花を鑑賞したり、記念撮影イベントなど、大人から子どもまでが参加できる多くの行事が開催されています。

中でもひな祭りの時期に開催されるイベントは、可愛らしい雛人形や飾りを風情溢れる戸定邸内で楽しむことができ、普段とは異なる日本ならではの行事を戸定邸に残る明治の香りと共に楽しむことができます。

当時の面影が残る戸定邸内に潜入

既になくなっていた場所も近年、写真などの資料を基に当時の姿を忠実に再現したため、昭武が住んでいた頃の戸定邸がそのまま残っている状態まで復元されています。

実際に邸宅の中を見学し、昭武がどのような思いで過ごしていたのかを想像してみましょう。

再び復元された使者の間

入ってすぐ左に進むと、来客者のお付きの方が使用する使者の間と呼ばれる部屋があります。この使者の間を使用するお付きの方のための裏玄関も用意されており、当時の使用風景を想像しやすいです。

元々移築のために撤去された部屋でしたが、移築された印西市で当時使われていた木材なども発見され、今の戸定邸に再び移築されました。

欄干部分にはこうもりの形の彫刻が施されており、こうもりには福が舞い込むという言い伝えがあります。これは全国的に見ても珍しい模様です。

想像膨らむ階段付きの内蔵

表玄関を入って直進すると厳重に守られた大きな内蔵が埋め込まれています。内蔵の中には2階へと続く階段もあり、使われていた当時はこの2階部分に刀などの貴重な品を保管していたと考えられています。

内蔵の裏側に隠されている金庫はテレビ番組でも紹介され、開けてみたところ、昭武の娘の物と思われる当時の通帳が発見されました。

大正天皇も訪れた書院造りの客間

10畳もの広々とした客間からは美しい庭園が眺められ、天気が良い日には富士山を望むことができることも。現在は高い建物が建ってしまっていますが、当時は何もなく、遠くまで一望できたようで当時撮影された写真も残されています。

客間には最高級とも言われる材木が使用されており、欄干には多くの徳川の家紋が彫られています。昭武や慶喜は天皇家とも交流があったため、大正天皇も戸定邸に訪れることがありました。

昭武の後妻が使用した八重の間

本邸客間の奥に位置する八重の間は、昭武の後妻である斎藤八重が使用していたと伝えられている部屋です。

元々は主である昭武の部屋として造られた場所でしたが、昭武が自分の妻に使わせたという話が残っており、妻である八重に対する愛情が窺えます。

また八重の間の丸窓から見た内庭は風情がありとても美しく、SNS上でも多く投稿されています。見学する際にはぜひ覗いてみてください。

生母が使用した秋庭の間

昭武の母である秋庭が使用していた部屋が、本邸から伸びている廊下の奥にある離れに残されています。文化人だった秋庭が和楽器や華道、お茶などの趣味を楽しめるよう、素朴ながらも和の美しさを感じられる造りになっています。

また秋庭は万里小路(までのこうじ)家出身であり、京都でも身分の高いお家柄の女性でした。秋庭の部屋の欄干には万里小路家の家紋である小鳥の彫刻が施されていますので、そちらも見落とさないようにしましょう。

戸定邸の庭園は国指定名勝にも登録

戸定邸の客間に面している庭園は国指定名勝にも登録されています。この庭園はヨーロッパに留学していた昭武らしい和洋折衷を感じる造りになっており、実際に昭武が指示し、手入れしていたと言われています。

写真を趣味としていた昭武と慶喜が一緒に庭園で過ごす様子が写真に残されており、非常に貴重な場所でもあります。

5の倍数の日には庭園見学が可能

普段は客間から眺めることしかできない庭園ですが、毎月5の倍数の日は戸定の日とされており、庭園に下り散策を楽しむことができます。

昭武が住んでいた当時、昭武がこの庭を自分で手入れし大事にしていたと考えながら散策すると感慨深いです。

当時の写真から木々などをそのまま忠実に植え直しているため、非常に近い形で再興されたところも必見です。

絶景が望める東屋庭園も美しい姿で復興

客間からも遠くに見える東屋庭園も当時の姿を再現しており、素朴ながらも美しい庭園です。東屋庭園はいつでも散策することができ、綺麗に整備されているため気持ち良く散歩ができ、東屋庭園だけならば無料で入ることができます。

東屋庭園は客間に面した庭園と共に、2年という長い年月を掛けて2018年に復元されています。

東屋庭園にある東屋からは江戸川周辺を一望することができます。スカイツリーも眺めることができ、現在のスカイツリー付近には当時、慶喜が住んでいたと伝えられているため、その点も踏まえて絶景を楽しみましょう。

徳川昭武の遺品が公開される戸定歴史館

戸定邸の敷地内に入ってすぐの場所に戸定歴史館があります。館内には戸定邸の主であった昭武に関する資料や遺品が多く展示されており、より昭武について理解を深めることができます。

当時、昭武が自分で撮影した写真なども多く残されており、趣味を楽しんでいた様子がとても微笑ましいです。昭武のプライベートの様子が写真や文書などで多く残されていますので、戸定邸と共に楽しみましょう。

戸定邸へのアクセス

電車でのアクセス

松戸駅から戸定邸までは看板で案内が出ているため、初めての人でもわかりやすく、徒歩10分ほどでアクセスすることができます。

イトーヨーカドー前の道を真っ直ぐ進み、案内の通りに進むと戸定邸までの入り口道が見えてきます。不安な方は松戸駅東口から出発しているバスに乗車し、戸定歴史館バス停で下車しましょう。

車でのアクセス

車でアクセスする場合、松戸ICから10分ほどで到着します。戸定邸のすぐ脇には駐車場が完備されており、駐車場は乗用車46台分が入る広々としたスペースです。わかりやすいので迷う心配はないでしょう。

住所|〒271-0092 千葉県松戸市松戸714番地の1
営業時間|9:30~17:00
定休日|月曜日、年末年始
電話|047-362-2050
公式サイトはこちら

まとめ

戸定邸は徳川家最後の将軍である徳川慶喜の弟・徳川昭武が住んでいた邸宅です。当時の邸宅がそのまま残っているため、当時の面影をそのまま感じる事ができます。イベントも開催されているので、友達と、家族と、恋人とぜひ訪れてみてください。