箸墓古墳は百襲姫の御陵!また呪術で国司る卑弥呼の墓とも伝わる

公開日:2019/6/17 更新日:2020/1/14

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私の出身地は大阪です。在職中は国内各地を仕事でまわりましたが、今は気のむくままに向かう小さな旅先で出会う風景写真を撮り楽しんでいます。新緑映える山尾根歩きや古人訪ねる歴史探訪の旅が気に入り面白いです。
箸墓古墳ん規模から纏向遺跡地は女王卑弥呼ん邪馬台国跡と感ずる

かつて女王卑弥呼のお墓であるといわれていた、箸墓古墳。女王卑弥呼についてその詳細な実像に迫る事は難しいですが、当時を偲ばせるよすがとして、箸墓古墳や弥生文化を知る旅に出かけてみませんか。

2世紀末の文化と古代日本の伝説を今に伝える、箸墓古墳と纏向遺跡地の魅力に迫ります。

箸墓古墳とは

三輪山背景にひっそりと佇む箸塚古墳

古代の日本で政治の中心であった時期が長かった事もあり、比較的良い状態の古墳が数多く残る、奈良県。そんな奈良県には三輪山を背景にしてひっそりと佇、箸塚古墳があります。

箸塚古墳は古墳群で最も古く、3世紀中期頃に造られたとされている目立って大きい前方後円墳です。

のどかな田園風景の池沿い 箸墓古墳

以前箸墓古墳に隣接した池の水抜きに、一時的に注目が集まった事がありました。テレビの特別番組の企画で、1700年前のお宝眠ると銘打ち、池の水抜きの目的が宝探しであるかのように宣伝されたのです。

本来の目的である溜め池の掃除をねじまげ、宝探しとして放送される事を懸念した市の担当者から放送の承認が得られず、放送は中止となりました。

箸墓古墳の宮内庁立札

箸墓古墳の拝所に宮内庁が立てた立札によると、埋葬されているのは百襲姫命(モモソヒメ)であるとされています。それは、日本書紀にある三輪山の大物主神と巫女モモソヒメの神婚譚という伝説に登場する巫女です。

箸墓古墳はかなり大きな古墳で、水平位置から見るには大きすぎて全体像をつかみきれませんが、高い位置から見渡せればそのスケールの大きさに魅了されるはずです。

箸墓古墳に伝わる女王卑弥呼について

祭祀中の女王卑弥呼の想像姿

現在では、箸墓古墳に埋葬されているのは百襲姫命(モモソヒメ)であるとされていますが、以前には女王卑弥呼ではないかともいわれていました。女王卑弥呼とは倭国王卑弥呼の事を指し、中国史書である魏志倭人伝に書かれた、邪馬台国という2世紀末にあった国の女王です。

弥生時代は、銅鐸や国内の争いに使用する武器をも青銅製に進化させた日本史の戦争起源といわれています。それにしても、ジオラマ展示に登場する女王卑弥呼は、遠い昔にそんな女性がいたわけはないだろうに、と思わずにはいられないほどの八頭身ある現代風の美人でした。

女王卑弥呼の住む館イメージ

ジオラマで展示されていた卑弥呼の館は、掘立柱の建物や竪穴住居で人々が生活する環濠の集落です。のどかな原日本的風景の卑弥呼の館では、卑弥呼の治めていた100程ある国の内の30を束ねた中心国が形になっています。

卑弥呼の生きていた弥生時代には米作りの農作業に人が集まって村ができ、国が生まれていったのです。

箸塚古墳周辺にある埋葬者不明の纏向石塚古墳

纏向石塚古墳は墳丘墓か古墳時代初期の前方後円墳

田舎の風景の中にポツンとある丘陵が、前方後円墳として最も古いといわれている纏向石塚古墳です。纏向遺跡エリアは、古墳のマニアたちが好む古墳時代初期頃に造られた前方後円墳のスポット。

前方後円墳における成立の過程を調べるための貴重な古墳も、一般人には草が生い茂る空き地に過ぎません。



注目の石塚古墳は国指定史跡

纏向石塚古墳の埋葬者は不明で、纏向石塚古墳が墳丘墓なのか前方後円墳になるのか、その判定は微妙です。墳丘墓は数人の死者を弔うために造られ、前方後円墳は国の権力者一人を弔うために造られた古墳で、その用途は大きく異なります。

弥生時代に造られた、土や石を丘のように盛り上げて造った墳丘墓は、死者を弔うためのものでした。それは、一昔前の土葬のイメージと重なるものがあります。

纏向遺跡地周辺の古墳マップ

纏向古墳群があるのは、JR桜井線の巻向駅から歩いて30分以内の場所です。纏向遺跡辺りには、古代国家が存在のした証拠とも思える前方後円墳が点在しています。纏向古墳群の全長は100m級です。

前方後円墳の石塚古墳の他にも、見落としやすい古墳が4ヶ所あります。

箸墓古墳と同時代と思われる纏向遺跡

JR桜井線の巻向駅前にある纏向遺跡辻地区

のどかな田舎風景の中にボツリとあるのがその昔、邪馬台国の土地であったと推測される纏向遺跡です。三輪の山々が見える纏向遺跡地は、傍目には駅前にある味気ない更地に柱跡だけが残された空き地に過ぎません。JR桜井線の巻向駅前に広がる纏向遺跡辻地区は、そんな纏向遺跡の中枢地区です。

ヤマト国家発祥の地として注目されている纏向遺跡ですが、平日はローカル路線の駅前らしく閑散としています。

纏向遺跡地のヤマト王権発祥当時イメージ図

田園沿いに立っているヤマト王権時代の発祥地についての案内板は、幻のような古代都市図となっています。古代都市に立っていた建物の跡から出土したのは、3世紀前頃に使われた呪術用とおぼしき桃の種です。

古代都市図を見ると、神殿にて桃を使って女王卑弥呼の祭祀している呪術姿がたやすく空想できます。

箸墓古墳に行く前に見学したい弥生文化博物館

弥生時代がわかる府立弥生文化博物館

弥生時代について関心の高いマニアの方ならいざ知らず、前知識がない状態で行って楽しめるかどうかは不明です。できれば事前にかいつまんだ説明などを見てから行った方が楽しめるのではないでしょうか。そんな事前のリサーチに、府立弥生文化博物館をおすすめします。

弥生文化博物館は、弥生時代中期とされる池上曽根遺跡隣りの国道沿いにあります。館内の展示品は、弥生時代の特徴があらわれている稲作農具に青銅の武器や銅鐸、絵模様の土器です。博物館では今に似通った原日本の生活が展示から見てとれ、弥生時代がノスタルジックで親しめる時代だと学べます。

卑弥呼の存在が書かれた魏志倭人伝

古代日本の人物で、現代でも名の知られた人物の一人としては、女王・卑弥呼があげられます。卑弥呼は日本の史書に記録がありません。あくまで伝説上の人物という扱いです。しかし、朝鮮史料や中国の魏志倭人伝では公式の文書でありながら、女王・卑弥呼についての記録が残っています。

また、中国史書である魏書東夷伝記録に残っているのは、卑弥呼の統治する邪馬台国と狗奴国という国の争いについてです。弥生文化博物館の館内展示では、三角縁神獣鏡を使い呪術によって祭祀を行う女王卑弥呼のジオラマを見る事ができます。



弥生時代の庶民生活ジオラマ

再び、ジオラマを見ていきましょう。弥生時代を生きた家族の様子や、稲作作業と卑弥呼の館にある展示ジオラマが並んでいます。竪穴式住居生活のジオラマでは、囲炉裏を囲む子供が二人の家族で作られており、まるで会話も聞こえてきそうなリアルな感じが伝わってくるのです。

小さなジオラマからは、弥生人の稲作の風景や井戸水を汲む様子、豚を飼う生活など懐かしい風景がうかがえます。

Address 〒 594-0083 大阪府和泉市池上町4-8-27
Hours AM09:30-PM17:00
Closed 毎週月曜日
Tel 0725-46-2162
Web http://www.kanku-city.or.jp/yayoi/

箸墓古墳周辺で一息できるカフェ

箸墓古墳の箸中大池沿いカフェひみこの庭

箸墓古墳の散策でひと息つきたくなったら、カフェひみこの庭に行ってみましょう。カフェひみこの庭は、案内看板を起点として池沿いにJR桜井線に向かって歩いて200mほどの所にあります。メインのメニューはドリンクだけです。

そのかわり事前の予約をしておけば、日替わりで提供されるおむすびランチなども一緒に食べられます。池沿いにあるカフェのテラステーブルからは、湖畔に浮かぶ箸墓古墳の景観を楽しめます。

湖畔沿いレストラン店内は解放感ある雰囲気

カフェ・ひみこの庭の店内にある工房では、糸魚川産の翡翠で勾玉制作の体験ができます。店内に展示されている美しい勾玉は、古代日本の装身具の一つです。その翡翠の勾玉は、祭祀にも使われていました。

カフェ店内にあるテラス前から見えるのは、箸墓古墳の三輪の山々と二上山や葛城山に包まれた情景です。

Address 〒633-0074 奈良県桜井市箸中772-1
Hours AM10:00-PM17:00
Closed 毎週水曜日
Tel 0744-46-0570
Web https://him-sakurai.localinfo.jp/pages/2008202/page_201806141152

箸墓古墳へのアクセス

電車での行き方

箸墓古墳の最寄りの駅は、JR桜井線、またの名を万葉まほろば線と呼ばれる路線の巻向駅です。JR桜井線は、奈良駅から高田駅間の平日ダイヤは1時間に1本か2本しかありません。移動時間に余裕を持たせておかれるのがおすすめです。

巻向駅で下りて、駅前の纏向遺跡辻地区を線路沿いに1km弱、歩いて約20分ほどで箸墓古墳に着きます。

車での行き方

車で箸墓古墳に行く方法は、2つあります。1つはカフェひみこの庭の無料駐車場まで車を走らせるルート、2つ目は大神神社の無料駐車場まで車で行くルートです。

カフェひみこの庭の無料駐車場まで行くなら、国道169号線の箸中交差点を曲がって箸中古墳沿いに車を走らせます。カフェひみこの庭から箸墓古墳までは近いです。大神神社の無料駐車場に行く場合、大神神社に参拝したあとで無料駐車場から箸墓古墳までは歩く事になりますが、だいたい40分ほどで着きます。

40分というと、遠く感じられるかもしれませんが、無料駐車場から歩いて行くのは、散策するのに気持ちよい山辺の道です。

Address 〒633-0072 桜井市箸中
Hours なし
Closed なし
Tel 0744-42-9111
Web http://www.city.sakurai.lg.jp/kanko/isekibunkazai/kashiramoji/hagyo/1395214364761.html

まとめ

三輪山を背にしてひっそりと佇む、箸塚古墳。弥生の時代には栄えていたであろう纏向遺跡地は今となっては見る影もありません。それでも、手がかりのように遺された遺跡やその周辺に設けられた施設などから歴史に思いをはせる事はできるのです。

纏向遺跡地で、弥生時代にタイムトリップしてみませんか。