勝竜寺城公園は細川氏ゆかりの城跡公園!園内で歴史を感じよう

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生粋の京都人。京都愛が強く、得意エリアももちろん京都。 1人か女同士で出かけることが多く、移動は電車と徒歩がほとんど。趣味のカメラは必需品。コーヒーやスイーツが好きなので、出かけた先でカフェを見つけては、まったりしてます。

明智光秀の娘・細川ガラシャのお輿入れで有名なお城やで

平安京に遷都されるまでの10年間、都があった京都府長岡京市。その東部に、勝竜寺城公園という城跡公園があります。ここでは、勝竜寺城公園で見られる貴重な城の遺構や、アクセス方法などについてご紹介します。

勝竜寺城の歴史を知れる公園

勝竜寺城は、京都府長岡京市に南北朝時代から江戸時代初期まで存在していた城。現在は模擬櫓が建てられ、勝竜寺城公園として整備されています。城の遺構や資料展示室があるなど、勝竜寺城の歴史を知れる公園です。

勝竜寺城の深い歴史

勝竜寺城は、戦いやお輿入れなどさまざまな歴史を見てきた城です。築城されてから廃城になるまで、どんな歴史を辿ってきたのでしょうか。

築城から細川氏が入城するまで

勝竜寺城を築城したのは、鎌倉時代から南北朝時代の武将・細川頼春だと伝えられています。その後、軍事施設として利用された時期を経て、戦国時代末期には三好三人衆の岩成友通が城主をつとめていました。

1568年には、岩成友通の籠もる勝竜寺城を織田信長が家臣に攻撃させ、勝竜寺城の戦いが勃発。この戦いに勝利した織田信長は、細川藤孝に勝竜寺城を与えました。そして、それからの13年間は細川氏の城となります。

細川ガラシャのお輿入れから廃城まで

勝竜寺城は、1578年に細川藤孝の長男・忠興のもとへ、明智光秀の三女・玉(細川ガラシャ)がお輿入れをした城としても有名です。夫婦は約2年間、ここで幸せな新婚生活を過ごしたと伝えられています。

1581年に細川藤孝が丹後へ入封した後は、明智光秀や豊臣秀吉が入城した時期もありましたが、一度荒廃。その後、永井直清が入城し修築を行いましたが、1649年に完全に廃城となりました。

休憩室と展示室が入る立派な模擬櫓

南門を入ってすぐのところに、立派な模擬櫓があります。この建物は公園の管理棟であり1階は休憩室、2階が資料展示室になっています。休憩室だけではなく資料展示室も入場無料なので、気軽に入ってみましょう。

1階の休憩室はガラス張りなので、模擬櫓の前にある池やその周りに広がる緑を眺めながらゆっくりできます。自動販売機やトイレがあり、座るところもたくさんあるので落ち着ける場所です。

また、2階の資料展示室には細川家ゆかりの品々や、勝竜寺城跡から発掘された出土品が展示されています。どれも貴重なものばかりなので写真も撮りたくなりますが、展示室での写真撮影は禁止されているので注意しましょう。

園内のあちこちに遺構が

公園として整備されているとはいえ、園内を巡るとあちこちに勝竜寺城の遺構を見ることができます。当時の様子を想像しながら、歴史に思いを馳せてみましょう。

休憩室になっている多聞櫓跡

公園の北東角の少し小高くなっているところに、屋根付きの休憩所があります。ここは元々、多聞櫓という城の外を監視するための建物があった場所です。多聞櫓には、弓矢や鉄砲などの武器も納められていました。

近くには、1988年の発掘調査時の写真を使った説明板が立てられています。説明板の写真を見ながら、城が栄えていた頃の様子をイメージしてみましょう。

明智光秀が脱走した北門の跡

公園の北西角には、かつて北門がありました。高さ2mの石垣があり、門は敵が簡単に城の中へ入ることができないよう、複雑な構造になっていました。山崎の戦いで追い詰められた明智光秀が脱走したのは、この門だと伝えられています。

高さ10mもある土塁の跡

公園の西のほうには、高さ10mの土塁の跡が残っています。この土塁の西側には沼田丸という曲輪があり、そこには細川藤孝の正室の実家・沼田氏に与えられた屋敷があったといわれています。

ちなみに、現在沼田丸は広場になっています。当時は土塁に本丸から沼田丸まで渡るための通路がありましたが、現在は残念ながらありません。広場へ行く場合は、一旦公園の外に出てから行くことになります。

ただし、土塁には階段があるので頂上に登ることは可能です。頂上にはベンチがあり、公園内や周辺を見下ろして一休みできます。当時の様子を想像しながら、風に吹かれてゆっくりしてみてはいかがでしょうか。

勝竜寺城公園と水の縁

井戸が発掘されたり、美味しい地下水が飲めたり。勝竜寺城公園は、水に恵まれた場所でもあります。

細川藤孝の時代からあった井戸跡

発掘調査の時に、公園内から井戸が4つ見つかりました。細川藤孝は勝竜寺城を与えられるとすぐに改修をしましたが、この井戸を含んだ3つはその時からのものだとされています。

直径0.9m・深さ2mの、太い木や石を使った立派な井戸で、発掘調査時にも水が湧いていたといいます。現在は復元されており当時のものとは違いますが、こちらも横に写真付きの説明板があるのでイメージしやすいです。

地下水100パーセントのガラシャおもかげの水

園内には水道もあり、そこから出る水は「ガラシャおもかげの水」と呼ばれています。細川ガラシャが勝竜寺城で忠興と新婚生活を過ごしている時に、水面に姿を映したであろうことからこの名前が付きました。

地下水100パーセントの水道水で、飲むことも可能です。勝竜寺城公園を訪れる際は、この水を汲むためにペットボトルを持参してみてはいかがでしょうか。ただし、持ち帰りは1人20リットルまでとされているので、厳守しましょう。

毎年11月には長岡京ガラシャ祭というイベントが

毎年11月には、長岡京ガラシャ祭というイベントが開催されます。長岡第六小学校から勝竜寺城公園までの約3kmの道のりを、細川ガラシャの輿入れの様子を再現した行列が練り歩くというものです。

行列巡行のほかには、勝竜寺城公園を中心にステージショーやフリーマーケットなども行われます。市外や府外からも多くの人が集まる、とても活気のあるイベントです。

春には桜のライトアップも

勝竜寺城公園は桜の名所でもあり、春になると園内にソメイヨシノや枝垂れ桜が咲き乱れます。そして、夜には桜のライトアップも。模擬櫓も光に照らされ、とても幻想的です。

勝竜寺城公園は、日本の歴史公園100選にも選ばれている公園です。そんな歴史の深い公園で、桜を楽しむのも一興なのではないでしょうか。是非、桜を見に足を運んでみて下さい。

勝竜寺城公園へのアクセス

電車・バスでの行き方

勝竜寺城公園の最寄りの鉄道駅は、JR東海道本線長岡京駅です。駅の東口を出てガラシャ通りを南下すると、徒歩10分で公園に到着します。2番目の最寄り駅・阪急京都線長岡天神駅からは徒歩18分です。

また、阪急バスの停留所・勝竜寺城公園前からだと歩いてすぐです。JR長岡京駅東口からなら勝竜寺城公園方面の阪急バスが出ているので、駅から歩くのがつらい場合などはそちらを利用しましょう。ちなみに、バスに乗ると2分で到着しますよ。

車での行き方

勝竜寺城公園には、無料の専用駐車場があります。しかし、あまり多くは駐車できません。駐車スペースがなかった場合は、JR長岡京駅近くの長岡京駅西駐車場にとめましょう。こちらの駐車場は有料ですが、収容台数が300台以上と多いです。

車で勝竜寺城公園へ行く場合は名神高速道路、または京滋バイパスの大山崎ICを利用しましょう。大山崎ICからは府道211号経由で約5分と、アクセス抜群です。

住所|〒617-0836 京都府長岡京市勝竜寺13番1号
営業時間|AM9:00-PM6:00(4月~10月)、AM9:00-PM5:00(11月~3月)
定休日|12月28日~1月4日
電話|075-952-1146
公式サイトはこちら

まとめ

勝竜寺城の戦いや山崎の戦い、そして細川ガラシャのお輿入れ…とさまざまな歴史の舞台にもなった勝竜寺城。公園として整備された現在も、勝竜寺城公園に行けばその歴史を感じることができます。戦国武将になった気持ちで、公園を散策してみてはいかがでしょうか。