池上・曽根遺跡は弥生時代に生活する村人の息遣い感じる史跡公園

この記事の情報提供者

トラベルパートナー: bee

私の出身地は大阪です。在職中は国内各地を仕事でまわりましたが、今は気のむくままに向かう小さな旅先で出会う風景写真を撮り楽しんでいます。新緑映える山尾根歩きや古人訪ねる歴史探訪の旅が気に入り面白いです。

漁で蛸壺使い捕ったタコは酒ん肴に食べた海も近か村社会ん弥生人

池上・曽根遺跡は、大阪府和泉市池上町から泉大津市に南北1.5キロ、東西600メートルに広がる弥生時代中期遺跡です。1976年に国の史跡に指定された、周囲に堀をめぐらせた環濠集落(かんごうしゅうらく)と称される遺跡の総面積は、60万平方メートルと広大な大集落遺跡。そんな池上・曽根遺跡を紹介していきます。

池上・曽根遺跡とは

池上・曽根遺跡のシンボル高床式大型建物いずみの高殿

池上曽根遺跡は、竪穴式住居ふたつと大型堀立柱建物を実際にみる事ができる史跡公園です。南北に約1.5キロ、東西600メートルと集落は村以上で町の規模。総面積600平方メートルと、ほかの集落とは比較にならないスケールをもつ集落遺跡です。

弥生人の生活を感じる竪穴住居

弥生遺跡を代表する吉野ケ里遺跡や纏向(まきむく)遺跡と並ぶ、巨大環濠集落の池上・曽根遺跡。生活井戸がある竪穴式住居は床が地表から数十センチ低く、適温で快適な住居は12畳ほどの広さです。この竪穴式住居と大型堀立柱建物がある住居区域は、安全を確保するため堀に囲まれています。

池上曽根史跡公園内にある池上・曽根遺跡

移籍を中心とした池上曽根史跡公園。園内には、2000年前の大型堀立柱建物と竪穴式住居などの集落遺構が復元されています。復元された住居などの建物は、外観の見学限定。公園となっていますが、子供たちが遊ぶ遊具はありません。あくまでも遺構を見学するための、遺跡広場です。

池上・曽根遺跡は風土に恵まれた集落跡

展示地図の池上・曽根遺跡は近畿代表の環濠大集落跡

環濠の堀で囲まれた大集落遺跡の池上・曽根遺跡。弥生時代中期の大阪泉州位置は、自然に恵まれた地域で順調な水稲農耕(すいとうのうこう)により村人も増え集落も活況したといわれています。水稲農耕により縄文から弥生に進んでいく環濠大集落化は、西日本から東へと広まっていた当時の産業革命を象徴するものです。

展示資料図から恵まれた風土の池上曽根環濠大集落

当時や河川と起伏に富んだ地形だったと、展示資料から想像される池上・曽根大集落。海まで約2キロ、信太山丘陵からも近く、集落は海と山に囲まれた恵まれた環境にあり。米だけでなく漁業でも栄えた事がうかがえます。

池上・曽根遺跡から見つかったおもな出土遺物

いずみの高殿の前に有った日本最大の井戸枠

河川から水を取り込む木枠の生活井戸の丸太くりぬき井戸が、2000年前の姿のまま保存され見学する事ができます。当時の生活の跡がみられる大井戸は、樹齢700年のクスノキによる一木造。大きさは直径約2メートルあり、池上・曽根集落の規模を想像させてくれます。

イイダコ漁に使った出土品の蛸壺

人類の豊かな文明化を示す、創造道具のひとつ蛸壺(たこつぼ)。網漁や蛸壺漁で使用した渡来の管状土錘(かんじょうどすい)が出土しています。水田稲作と漁労食料により、当時の食生活が現代社会とそれほど変わらない事を伝えてくれる出土品です。

讃岐岩(さぬかいと)の石剣や料理に使う石包丁

生活利用だけでなく、矢じり石刀など戦道具にも利用された讃岐岩(さぬかいと)。祭祀の場にも置かれた事からも、古代人の生活に不可欠で重量な石器材料だった事がわかります。石包丁の材料は緑色片岩で、和歌山の紀川流域のものが使用されていたようです。

弥生時代の村社会は今に通じる原日本生活の郷愁

弥生時代の農耕作業生活ジオラマ

米作りにより食料が安定した事から、集落生活を送っていた弥生時代の人たち。その農耕風景を、バーチャル的な生命感が伝わるジオラマで伝えてくれている展示物。漁労と狩猟の縄文から、米の生産収穫に変わる日本人の夜明けの時代が表現されています。

大型環濠集落の始まりは北九州にある吉野ヶ里遺跡

池上・曽根集落のルーツとなったのは、北九州に遺跡として残る吉野ケ里集落です。狩猟生活中心から、農耕生活に変わる弥生の食生活革命の象徴的な遺跡といってもいいでしょう。この村社会による生活が始まった事で、戦と貧富差が生まれていきます。現在に通じる、人間社会の原点はここにあるようです。

池上・曽根遺跡行く前に立寄りたい弥生文化博物館

見どころ多い弥生文化博物館は池上・曽根遺跡横隣り

池上・曽根遺跡の出土品が、弥生文化資料とともに展示されているのは弥生文化博物館。学習見学の小学生でにぎわう、国内唯一の弥生時代をテーマにした博物館です。レプリカやジオラマにより、当時の生活を身近に感じられよう展示されています。

館内展示の祭祀行う女王卑弥呼レプリカ

展示品の中で、もっとも人気があるのは卑弥呼のレプリカ。巫女姿で権威の象徴の銅鏡を高らかに掲げ、権力を国内外にアピールしている姿がモチーフになっています。銅鏡100枚と金印は、魏志倭人伝の魏皇帝から親魏倭王に贈られた友好の証とされるものです。

館内展示の多種多様な銅鏡

神像と動物文を鋳出(いだ)した、神獣鏡の展示品は女王卑弥呼に贈られたものです。変色した銅鏡が、歴史の深さを感じさせます。卑弥呼が祭祀や呪術に用いた事から、価値が高い銅鏡。もっとも有名な三角緑神獣鏡(さんかくえんしんじゅうきょう)は、魏皇帝から貰った銅鏡100枚の中のものといわれています。

住所|〒594-0083 大阪府和泉市池上町4丁目8-27
営業時間|AM9:00-PM17:00
定休日|毎週月曜日(休日の場合はその翌日)
電話|0725-46-2162
公式サイトはこちら

池上曽根史跡公園周辺のお薦め食事処

カレー味楽しめるインド料理スラジュ和泉店

国道26号線(第二阪和国道)沿いにある、池上曽根史跡公園から徒歩10分ほどで着く本場のインド料理が味わえるスラジュ和泉店。1階が無料駐車場となっている、遺跡公園からも見える目立つ看板が目印。ひとりからファミリーまで、どんな訪れ方でも安心して入れるお店です。

お薦めコスパメニューにお昼の魅力ランチ

ドリンク付きのA、Bランチがあるお昼のメニュー。ともにインドカレーが主役で、マンゴーラッシーとアイスコーヒーやウーロン茶などからドリンクが選べます。デートで訪れた2人には、カップルランチという特別メニューもあります。

住所|〒594-0083 大阪府和泉市池上町3-14-65
営業時間|AM10:00-PM15:00(ランチ) PM17:00-PM23:00(ディナー) (土日祝日はAM11:00-PM23:00)
定休日|元旦
電話|0725-43-7765
公式サイトはこちら

池上・曽根遺跡へのアクセス

車でのアクセス

大阪の中心地からは、阪神高速15号堺線から国道26号(第二阪和国道)経由で約45分。池上町北交差点と池上曽根遺跡前交差点の間に池上曽根史跡公園の入り口があります。通りから直接入れる池上曽根史跡公園の無料駐車場、池上・曽根遺跡隣りの弥生文化博物館の無料駐車場も利用可能です。

電車でのアクセス

JR阪和線信太山駅から公園内の池上・曽根遺跡まで約12分、公園までは約7分です。南海本線松ノ浜駅を利用の場合は、徒歩約25分となります。

住所|〒594-8501 大阪府和泉市池上町213-1
営業時間|AM10:00-PM17:00
定休日|毎週月曜日(月曜日が祝日の場合は火曜日)
電話|0725-41-1551
公式サイトはこちら

まとめ

弥生時代の人々がどんな生活をしていたかが、遺跡と資料館によりわかる池上曽根史跡公園。とくに池上・曽根遺跡のスケールの大きさは、当時の繁栄を教えてくれます。また資料館では、弥生時代の人々の食生活が今とそれほど変わらない事がわかります。太古の昔の遺跡を見るだけでなく、食文化も伝えてくれる史跡と資料館を併せ持った場所です。