寺田屋は幕末の歴史の舞台になった旅館!見学だけも可能

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生粋の京都人。京都愛が強く、得意エリアももちろん京都。 1人か女同士で出かけることが多く、移動は電車と徒歩がほとんど。趣味のカメラは必需品。コーヒーやスイーツが好きなので、出かけた先でカフェを見つけては、まったりしてます。

館内には龍馬に関するものがいろいろ展示してあるねん

京都・伏見にある寺田屋は、幕末の歴史の舞台となった幕末ファン必見の場所です。今回は、幕末に起こった2つの寺田屋事件についてや現在の寺田屋の見どころ、そしてアクセス情報などをご紹介していきます。

幕末に寺田屋事件が起こった場所

幕末や坂本龍馬ファンなら行っておくべし

寺田屋は、京都市伏見区にある旅館。幕末に、かの有名な寺田屋騒動や寺田屋遭難が起こった場所であり、中には坂本龍馬に関する史料が展示されています。幕末や坂本龍馬のファンなら、ぜひ訪れておきたいスポットです。

寺田屋の歴史

安土桃山時代に創業された船宿

寺田屋は元々、1597年(慶長2年)に百姓の伊助という人物が創業した船宿でした。当時淀川には京都と大阪の間を結ぶ水運が栄えており、寺田屋のすぐ近くにも船着場があったため、たくさんの人に利用されたといいます。

2つの寺田屋事件

1862年(文久2年)には、薩摩藩士の有馬新七らが関白・九条尚忠と京都所司代・酒井忠義の殺害を計画し寺田屋に結集。それを良く思わなかった島津久光が粛清しようと家臣を派遣し襲わせ、結果有馬新七らが殺害されたという事件が起きました。

そして1866年(慶応2年)には、坂本龍馬が寺田屋で三吉慎蔵と飲んでいるところを伏見奉行所の捕方に襲われる事件も。1階でお風呂に入っていた龍馬の恋人・お龍が異変に気付き、全裸で階段を駆け上がり知らせたことで龍馬は難を逃れました。

どちらの事件も寺田屋事件と呼ばれていますが、区別するために前者は寺田屋騒動、後者は寺田屋遭難と呼ばれることもあります。大きな事件が2度も起こった寺田屋は、幕末ファンにとって欠かせない場所だといえるでしょう。

現在は見学したり宿泊したりできる

寺田屋の館内は有料で見学可能

当時の寺田屋は、1868年(慶応4年)に起こった鳥羽伏見の戦いによって焼失しました。したがって現在の建物は、1905年(明治38年)にかつて寺田屋があった場所の西隣に再建されたものです。

町家づくりの建物の中には、坂本龍馬に関する史料が展示されており、有料で見学することができます。また、事件当日にお龍が入っていたお風呂や全裸で駆け上がった階段、事件の時についた刀傷などが再現されているのも見ものです。

旅館としても営業中

現在も旅館として営業している寺田屋。2階にある梅の間以外の5部屋に、宿泊することが可能です。宿泊する1ヵ月前より、電話で予約できます。せっかくなら見学するだけではなく、宿泊してみてはいかがでしょうか。

寺田屋の隣にあるお庭も必見

坂本龍馬の像や碑がある

寺田屋の東隣のかつて寺田屋があったといわれる場所には、現在お庭があります。中を見てみると坂本龍馬の像や碑、維新当時の井戸などさまざまなものが。ベンチがあるので、座って休憩もできます。寺田屋へ行った際は、ぜひお庭も見ておきましょう。

寺田屋の女将が祀られるお登勢明神

お庭の中には、お登勢明神という小さな神社もあります。神社に祀られている寺田屋の女将・お登勢は、坂本龍馬とお龍を結びつけた人物。このことからお登勢明神は、良縁成就の御利益があるとされています。

神社の横にある絵馬掛けには、願い事が書かれた絵馬がたくさん。お登勢明神の絵馬には、坂本龍馬が描かれています。良縁を結びたい人や龍馬に願いを託したい人は、ここで絵馬に願い事を書いてみてはいかがでしょうか。

寺田屋へのアクセス

電車・バスでのアクセス

寺田屋は京阪本線中書島駅より徒歩6分、伏見桃山駅より徒歩8分のところにあります。また、近鉄京都線桃山御陵前駅からは徒歩11分です。京都市バスの京橋停留所が歩いてすぐのところにあるので、バスを利用するのも便利です。

車でのアクセス

車でのアクセスは、名神高速道路京都南ICより約12分です。寺田屋の目の前に無料の専用駐車場がありますが、2台しかとめることができません。空いていない場合は、近くにコインパーキングがいくつかあるのでそちらを利用しましょう。

住所|〒612-8045 京都府京都市伏見区南浜町263
営業時間|AM10:00-PM4:00(PM3:40受付終了)
定休日|月曜不定休
電話|075-622-0243
公式サイト|なし