円泉寺は聖徳太子を祀る堂がある真言宗の仏教寺院!

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トラベルパートナー: Nana

北海道出身・東京在住で、歴史を感じられる観光名所が大好き。本州をメインに一人旅をする事と、城や寺院など建築物を見る事が好きなので各名所の見どころや魅力を多くの方々にお届けできればと思っています。

聖徳太子を祀る堂である太子堂は地名の由来にもなっている!

東京都世田谷区太子堂三丁目にある円泉寺(えんせんじ)は、日本初の憲法と言われる十七条憲法を制定した聖徳太子を祀る真言宗豊山派の寺院です。また聖徳太子を祀る太子堂という御堂の名称は、この付近の地名となっています。今回は世田谷の教育発祥の地とも言われ、さらにケヤキ並木が美しい世田谷百景でもある円泉寺の魅力を紹介していきます。

聖徳太子が祀られている円泉寺の歴史をご紹介

円泉寺は夢によって建てられた寺院

円泉寺は東京都世田谷区太子堂三丁目の住宅街にある、真言宗豊山派の仏教寺院です。文禄5年に大和国久米寺から聖徳太子像と十一面観音を背負い、関東に下向した賢恵僧都により創建されました。当時布教活動をしていた賢恵僧都がこの土地で一泊した際、霊泉が湧いていたこの地で祀られることを聖徳太子が夢の中で望んだため建てられたと言われているようです。

 

聖徳太子を祀る円泉寺の見所をご紹介

安置されている聖徳太子像は弘法大師作

円泉寺には聖徳太子が祀られている太子堂と呼ばれるお堂があり、この付近の「太子堂」という地名はこのお堂に因んでいます。太子堂に安置されている聖徳太子像は、真言宗の開祖である弘法大師(空海)の作と言われているようです。また境内の本堂から向かって右側には弘法大師の像が、静かに辺りを見守るように立っています。

 

世田谷の教育発祥の地でもある円泉寺

明治4年(1871年)には世田谷区内では初となる、郷学所と呼ばれる学校が境内に建立されました。世田谷の教育界において大きな影響を与えた宮野芟平を教師として平等な教育を行ったことで、円泉寺は世田谷の教育発祥の地と言われているようです。境内には教師として活躍した、宮野芟平氏の頌徳の碑が当時の面影を残して佇んでいます。

 

ケヤキの根元に注目!庚申供養塔

円泉寺山門の向かって右側には、根元が空洞になった大ケヤキが植えてあります。この空洞には元々門前に安置されていた、大変貴重な二基の板碑型庚申塔が安置されており神聖な空気が漂っているように感じられる場所です。手前の庚申供養塔の下には三猿の絵が彫られているので、細かな所も見てみると面白い発見があります。

 

古くから信仰され続ける子育延命地蔵尊

円泉寺の境内に入った左側には、寛政3年に造立された子育延命地蔵尊があります。縁日本尊として広く信仰を集めていて、昭和43年5月21日に三軒茶屋地区から遷座されて以降も篤い信仰が寄せられているようです。また境内には子供を思わせる、それぞれ違う表情をした可愛らしい小僧さんの石造が何体も置かれています。

 

玉川八十八ヶ所霊場巡拝の第51番霊場

玉川八十八ヶ所とは多摩川に沿った地域の寺院を辿る巡拝路で、弘法大師ゆかりの旧刹八十八ヶ所の巡拝路に構成されています。川崎大師平間寺を一番寺として第51番霊場にあたる円泉寺は、開創以来現在に至るまで多くの人の「心の寄る辺」となっているといいます。またご朱印をいただく際には、本堂右手にある庫裡でいただく事が可能です。

境内にある大きな銀杏の木

小高い階段の先には聖徳太子を祀った太子堂があり、住宅街の中心である事を忘れてしまうような神聖な雰囲気が漂う円泉寺。せたがや百景にも選ばれている円泉寺は道沿いに並んだ大きなケヤキの見どころとなっていて、さらに境内にある大きく力強い銀杏の木も見どころです。秋には真っ黄色な葉を揺らめかせ、世田谷が農村だった頃の面影を感じられます。

 

円泉寺へのアクセス

車をご利用の場合

15台駐車可能な駐車場が境内に完備されています。

電車をご利用の場合

田園都市線三軒茶屋駅から徒歩15分、東急世田谷線西太子堂駅から徒歩12分で行くことが可能です。

住所|〒154-0004 東京都世田谷区太子堂3-30-8
営業時間|なし
定休日|なし
電話|03-3414-2013
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