二ヶ領用水が豊かな川崎を形成。その歴史と魅力をご紹介!

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トラベルパートナー: Nicola

外語大を卒業した後に東欧身の外国人と国際結婚し、国内外を問わず知らない国や地域に訪れるのが好きです。一眼写真が趣味の主人と現地で出会う人との会話や食事、地域に根差す文化を自由に楽しむ無計画旅行がメインスタイルです。出身である神奈川県を中心に、関東周辺やヨーロッパに関する記事を執筆しています。

昔は農工業のため、今は人々の憩いのためには欠かせない存在です。

日本有数の古い農業用水として造られた歴史的にも貴重な二ヶ領用水。網目のように設けられたこの用水を中心に地域共同体が形成され、今の川崎市の骨格ができ上がりました。今回は二ヶ領用水の成り立ちとその魅力をご紹介いたします。

400年以上の歴史を誇る文化財

高度な分水技術を用いて設計!

2011年3月に竣工400年を迎えた二ヶ領用水は、川崎の人々に寄り添って潤いと活気を与え続けてきました。当時の高い分水技術を示した二ヶ領用水久地円筒分水は国登録有形文化財となっています。

現在の姿は一部工業用水として使用されるとともに、沿川は住宅が多く立ち並んでいることから憩いの場としても親しまれています。二ヶ領用水では季節限定で実施される楽しいイベントも豊富。

日本有数の大規模な人口用水路

江戸時代から現在まで残る史跡

多摩川を主流とし複数の河川を水源とする二ヶ領用水は、川崎市内の多摩区から幸区を流れる全長32kmの人口用水路です。江戸時代に、農業用水として水を引くために整備が着手されました。

二ヶ領用水という名前は、当時の川崎領と稲毛領の二つの領にまたがって流れていたことに由来しています。

二ヶ領用水の歴史と人々の暮らし

二ヶ領用水のはじまり

1590年の江戸時代に多摩川が大洪水を起こし、流路が大きく変わってしまいました。そして1597年に江戸近郊の治水と水田開発を目的として、徳川家康が用水奉行の小泉次大夫に命じて造らせました。

多摩川に二ヶ所の堰(上河原堰と宿河原堰)を設けて取水し、二つの用水路はJR南武線の久地駅近くで合流し川崎市全域に枝分かれして流れるようにしました。しかし、現在は平間浄水場までしか残っていません。

二ヶ領用水に関する諸問題

完成してから二ヶ領用水は稲作の生命線となり、その利権をめぐって大小さまざまな騒動が起こりました。1821年には溝口水騒動が勃発。干ばつにより、上流の名主が水をせき止めたとして下流の農民約1万4千人が襲撃事件を起こしました。

昭和に入ると、急激な都市化により多くの生活排水が流入し悪臭や水質悪化が問題となりました。しかし、現在は下水の整備と、市民の清掃活動により水質は大幅に改善されています。

二ヶ領用水の魅力をご紹介

憩いの場としての役割

農業用水から工業用水へ、そして現在は地域住民の憩いの場として、都市部を流れる二ヶ領用水は少しずつ改修が重ねられています。子供達にとっても自然と触れ合い郷土川崎を知る学習の場となっています。

遊歩道の整備が進んでいる箇所もあり、散策しながら美しく生い茂る草花を楽しめる場所です。鯉やカモがのんびりと泳いでいるところは至る所で見られ、子供たちがザリガニとりをしてる風景はとてものどかで癒されます。

春はお花見へ行こう!

二ヶ領用水は桜の名所としてもたいへん人気のスポットです。川を挟んだ両側にある数百本の桜が満開になる様子はとても美しく、散り落ちた花びらが川を流れていくさまは風情があります。

特におすすめなのはJR南武線宿河原駅近辺。二ヶ領用水沿い2kmに約400本の桜の木が並び春を彩ります。日中に開催される台和桜まつりだけでなく、提灯のあかりに灯された夜桜も綺麗です。

夏の終わりには魚つかみ!

夏休みが終盤に近付く頃になると、子供たちに大人気の魚つかみが開催されます。かわさき水辺の楽校と多摩区こどもの外遊び交流委員会が共同で開催するイベント。用水内に入って思い切り遊べる貴重な機会です。

ウグイ、コイ、フナといったたくさんの魚が放流され、毎年多くの子供たちが網をもって魚とりに挑戦しています。ただし、小学2年生以下の場合は保護者の同伴が必要となっています。

二ヶ領用水(二ヶ領せせらぎ館)へのアクセス

電車での行き方

JR南武線・小田急線「登戸駅」から徒歩8分

住所|〒214-0021 神奈川県川崎市多摩区宿河原1-5-1
営業時間|10:00~16:00(5~8月の土・日・祝日は9:00~16:00)
定休日|毎週月曜日(祝日の場合はその翌日)、第1・3水曜日
電話|044-900-8386
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