1600年も首都だった「イスタンブール」世界遺産となっている歴史地区の歴史まとめ

wondertripでは日々絶景を紹介していますが、古き時代の「歴史地区」にも絶景写真がたくさんあります。ただ美しいと鑑賞するのみならず、その歴史的背景を知っておくことで、もっと旅行を楽しむことができるのではないでしょうか。本日は、1600年もの間首都で在り続けた「イスタンブール」の歴史をご紹介します。

イスタンブールってこんなところ

イスタンブールってこんなところ
イスタンブールを左右に分ける「ボスポラス海峡」と、そこに掛かる「ファーティフ・スルタン・メフメト橋」。
この海峡を挟んでアジアとヨーロッパを分けています。
トルコおよびイスタンブールは、アジアとヨーロッパに跨る国なのです。
海峡を挟んで向こう側がヨーロッパ…様々な思いを巡らせる、すてきなカフェ時間になりそうですね。
「トルコランプ」も有名ですね。

Istanbulの住所・アクセスや営業時間など

名称 Istanbul
住所 Istanbul, Turkey
営業時間・開場時間 24時間
利用料金や入場料 無料
参考サイト http://howtoistanbul.com/
最新情報は必ずリンク先をご確認ください。

1600年首都として君臨したイスタンブール歴史地区の始まり

1600年首都として君臨したイスタンブール歴史地区の始まり
アジアとヨーロッパの2つの大陸にまたがるイスタンブールは、ローマ帝国、ビザンティン帝国、オスマン帝国と3代続いた大帝国です。
紀元前660年ごろ都市を設立したメガラのビザス王の名前にちなみ、ビザンティオンと呼ばれました。
ペルシアやマケドニアの支配を経て、前196年頃にローマ帝国がビザンティオンを占領し、その属領となりました。

330年にはローマ皇帝コンスタンティヌス(在位306-337年)が首都をローマからこの地へ遷都し、皇帝の名前よりコンスタンティノポリスと改名しました。
前からあった城壁の2km先にコンスタンティヌスの城壁を築き領域を拡張して、皇帝のいる首都にふさわしい大都市を建設。
360年には初代アヤ・ソフィア大聖堂も完成しました。

ビザンツ帝国時代

ビザンツ帝国時代
395年にはローマ帝国が分裂するとビザンティン帝国(東ローマ帝国)が誕生し、この頃には水道橋やアヤ・ソフィア大聖堂の再建など建設ラッシュとなり、優れた建造物が建てられています。
413年には大城壁を築いて教会や大浴場なども建設されています。
527~565年はコンスタンティヌス1世の統治下時代も絶頂期で、人口は100万人に達していたようです。

1204年には第4次十字軍コンスタンティノポリスが占領しました。
一時はラテン帝国の首都になり栄えましたが、ビザンツ帝国は徐々に衰退しました。
一旦断絶したものの1261年にコンスタンティノポリスを占領し復活しています。

オスマン帝国皇帝、メフメト2世の戦略による勝利

オスマン帝国皇帝、メフメト2世の戦略による勝利
1299年にアナトリア半島の一角にオスマン帝国が誕生しました。
第7代目オスマン帝国皇帝のメフメト2世(在位1444年-1446年)の登場で、大帝国へと発展していきます。
これまでの失敗を教訓に、巨大な大砲を使い城壁を壊し、20万人もの兵を率いて一気に叩き潰す作戦です。
また、海路の金閣湾内への侵入が絶たれていたので、400隻の船を陸に上げ山を越えて湾内に船を入れるという荒業をやってのけ勝利を勝ち取りました。
メフメト2世率いるオスマン軍の海陸からの攻撃を受けたこの戦いで、1453年にコンスタンティノポリスが陥落し、ビザンティン帝国は滅亡しました。
その後オスマン帝国の都となり、メフメト2世がイスタンブールと改名しました。

東方最強国家となったオスマン帝国の繁栄時代

東方最強国家となったオスマン帝国の繁栄時代
1520~1566年にかけてオスマン帝国は東方全域で最強国家となりエジプト、シリア、北アフリカ、ハンガリーを手に入れ、地中海制海権も手中に収めました。
この頃がオスマン帝国の全盛期です。

1557年には高さ約53mのドームを持つ巨大なスレイマニエ寺院が、1616年には美しいブルー・モスクともいわれるスルタン・アフメット寺院など優れたトルコ・イスラム建築物が完成しています。

16世紀のスレイマン1世(在位1520-1566年)の時代にオスマン王国の全盛期を迎えています。
特にスルタン・アメフット寺院はイスタンブールを代表するモスクといわれ、アフメット1世が7年もの歳月を費やして作らせたもの。
6基のミナレットの内部には青いイズニック産のタイルが2万枚も使用され、外光を取り入れる窓は260もあり荘厳な雰囲気を見せています。

スルタン・アメフット寺院の内部。
美しい景観がいまも保護されています。

オスマン帝国滅亡とその後

オスマン帝国滅亡とその後
イスタンブールはオスマン帝国が繁栄するとともに都市化が進み、市街地はどんどん広がっていきました。
イスラム勢力の中心地として君臨していましたが、1914~1918年に起こった第一次世界大戦で、ドイツ側に立ち連合軍と戦ったオスマン軍は敗北してしまい帝国は亡国の危機に陥ります。

1923年のトルコ共和国の樹立により、オスマン帝国は滅亡しました。
その後は、ケマル・パシャが初代大統領になり、首都はアンカラに移されました。

旧市街地にはローマ時代の城壁に囲まれ、現在もかつて栄えた帝国時代を思い起こす雰囲気を残しています。

トルコの首都はアンカラに譲ったものの、定着した市民や、そこで商売をしている人々はイスタンブールに息づき、いまもイスタンブールは人口1410万人を擁する大都市として君臨し、これは都市人口として世界ランキング上位に位置します。

つい最近まで1600年首都で在り続けた奇跡

3つの帝国に跨がり、激動の歴史の中で要所として存在感を発揮し続けたイスタンブール。
トルコ旅行も人気ですが、そのような歴史的背景を知って赴くと、また見る目も変わってきますね。
イスタンブールへの旅行もぜひご検討ください。