ザビエルの眠る聖堂!?インドの「ゴアの教会群と修道院群」ってどんなところ?

今回は、インドにある「ゴアの教会群と修道院群」をご紹介します。イギリスやオランダの統治下ではなく、ポルトガルの統治下にあった為なのか個性的な文化を持つゴア州。ちょっとインドっぽくない雰囲気が漂うゴアの教会群と修道院群を、写真と動画を交えてご紹介します。

ゴアの教会群と修道院群とは?

「ゴアの教会群と修道院群」は、インド最大の都市「ムンバイ(ボンベイ)」南方のゴア州に現存します。
1498年にポルトガルの「バスコ・ダ・ガマ」がインド航路を発見した12年後の1510年、ポルトガル軍がインドの「ゴア(現オールド・ゴア)」を占領し、以来、ポルトガルのアジア貿易拠点となり、また、アジアにおけるキリスト教布教の拠点として繁栄しました。

写真は、ゴアの教会群と修道院群の1つ「パナジ教会」で、極めて初期「1541年に建てられた教会」だそうです。

100以上を数えるゴア建造物群の中で最大の大聖堂は

インドのゴアは1961年にポルトガルの支配を脱したのですが、それまでの間に町には多くのキリスト教の建物が建てられていました。
町に点在する教会と修道院の遺跡は100以上を数えるといわれるそうですが「セ・カテドラル」写真の建物)は、1562年着工、1619年に完成したといわれ、現存する最大の聖堂になります。
こちらの大聖堂は、天井一杯に描かれたフレスコ画が見ものです。

セ・カテドラル中庭、インドにいるのを忘れそうな雰囲気ですね。

フランシスコ・ザビエルの遺体が安置されている聖堂

ボム・ジェズ・バシリカ聖堂には、この地で没した「フランシスコ・ザビエル」の遺体が安置されていることで有名です。
亡くなった当初、ザビエルの遺体は石灰を詰めた棺に入れられて、海岸に埋葬されたのですが、ゴアへと移され「聖パウロ聖堂」で拝観できるようになりました。
ところが、足の指をかみ切られるという事件が起こった為、専用の棺が作られて、ボム・ジェズ・バシリカ聖堂に安置されることになったそうです。

聖堂内には、金箔をはった豪華な木製の祭壇があり、銀製の棺が納められているのですが、その中で眠るザビエルの姿は10年に一度しか拝むことができないそうです。
その代わりに、16世紀当時のザビエルの遺体の様子を描いた絵画やミイラ化している現在の遺体の写真などが展示されています。

廃墟となった聖アウグスティヌス修道院

聖アウグスティヌス修道院跡。
1835年に閉鎖されて以来、廃墟となってしまい再建される気配もないという「聖アウグスティヌス聖堂」。
長年放置されていた為、聖堂部分のほとんどが形を残さず、現在は46mあると言われる塔だけがかろうじて立っている状態だそうです。

100以上もあると言われる教会群と修道院群にある建造物の中には、聖アウグスティヌス修道院跡のように、管理されることなく廃墟と化している建造物があるようで、観光客の多くも、主にボム・ジェズ・バシリカ聖堂、セ・カテドラル、パナジ教会をみて去っていくようですが、これはこれで、雰囲気があるので立ち寄ることをおすすめします。

アッシジの聖フランシスコ修道院と聖堂

アッシジの聖フランシスコ修道院と聖堂は、1517年にフランシスコ会の修道士によって建てられた小さな聖堂を拡大したものだそうです。
破壊され再建したという歴史もあるようで、現存しているのは、1661年に建てられたものです。

観光ガイドには載らないこともある教会

聖セバスチャン教会は、可愛らしい小さな3階建ての教会です。
ゴアの教会群と修道院群に登録されている建造物ですが、こちらの教会も含め、観光ガイドには載っていないことがある教会や修道院が多いそうです。
先に紹介した「廃墟となった聖アウグスティヌス修道院」同様に、ガイドには載っていなくても見どころが多いのが「オールド・ゴア」の魅力です。

インド/ゴア・パナジ&オールドゴアの教会群 ガイド動画

オールド・ゴアと呼ばれる地がどんなところか、雰囲気が伝わりましたか?

さあ、旅に出かけよう!

今回は、インドにある「ゴアの教会群と修道院群」をご紹介してまいりました。
インドなのにインドっぽくない、そんな独自の文化があるのがここオールド・ゴア。
当時ポルトガル領であったこの地は、ポルトガルの首都である「リスボン」をモデルに作られて「東方一の貴婦人」という異名もあったそうです。
日本人にも耳馴染みのある「フランシスコ・ザビエル」が眠る地でもありますし、せっかくですからインドを訪れた際にはぜひお立ち寄りください。