天空の城ラピュタの世界観を感じるスリランカ「古代都市シギリヤ」

wondertripでは世界の絶景を紹介していますが、歴史地区や古代都市などの絶景スポットは、その歴史を少しでも知ることでより観光が楽しめます。今にも残る世界遺産のストーリーは、知識欲も刺激されますね。本日は「古代都市シギリヤ」をご紹介します。

古代都市シギリヤってこんなところ

古代都市シギリヤってこんなところ

シギリヤの住所・アクセスや営業時間など

名称 シギリヤ
住所 Sigiriya
営業時間・開場時間 24時間
利用料金や入場料 無料
参考サイト http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%83%A4
最新情報は必ずリンク先をご確認ください。

天空の城ラピュタのようなシギリヤ

天空の城ラピュタのようなシギリヤ
ジャングルが鬱蒼と茂る、500年の歴史を持つ「輝きの島」と称されるスリランカ。
その中央部にある、シンハギリ(獅子の山)と呼ばれる、高さ200mほどの楕円形の巨岩があります。
まるで、ジブリ映画の「天空の城ラピュタ」を、そのまま持ってきたような世界が広がっています。
かつて11年間だけここに王都が置かれ、岩山の頂上に宮殿が築かれました。
中腹にある洞窟の岩壁にはフレスコ画の天女とその周りには、500人もの女人像が描かれていました。
修行の邪魔になると削り取られたと伝わっていますが、現在も色鮮やかな美しく微笑む美女18体だけ残っています。
1500年もの前のフレスコ画が残っているなんて神秘的ですね。

狂気の王が造った天空の宮殿

狂気の王が造った天空の宮殿
この城の起こりは477年に即位したシンハラ朝第65代カッサパ1世(在位477-495年)が、7年もの月日をかけて484年に築いたものです。
岩山の頂には宮殿や側近の住居、庭園、池、聴衆ホールなどが建設されています。
山の麓には市街地、宮殿の入り口にはかつて数十mもあったライオンの像の跡があり、現在は前足だけが残っています。

要塞(宮殿)に行くには巨大なライオンの喉を通っていたようですが、その威圧感は相当なものだったのでは? このような僻地に宮殿を造ったのか?という伝説が残っています。

側室の子で長男だったカッサパ1世は、王である父を家来に殺させ王位を奪い、正妻の生んだ弟モッガラーナを追放しました。
カッサパ1世は熱心な仏教徒で、仏教国では父殺しは最大の罪とされていました。
王位は継承したものの親殺しという後悔と弟の復讐を恐れ、その罪から逃げるようにしてジャングルの中の岩山の頂上に宮殿を建てたとの説です。

国を遷都した首都シギリヤ

国を遷都した首都シギリヤ
この宮殿を作るのには約1万人もの人々が携わったといわれ、当時カッサパ1世がどれだけの権力を誇示していたかがわかるような気がしてきます。
カッサパが王だったころのシギリヤは複雑な市街と防衛機能を併せ持つ都として発展していました。
ここにはワニが放たれた城壁を取り囲む蓮の水路、頂上まで約1202段続く階段、ライオンの像やコブラの岩など、何かに恐れ、必死に防御していたような気がしてきます。
ここの見どころの一つで、スリランカを代表する芸術といわれる「シギリヤ・レディ」。
この美女のフレスコ画は、亡き父の霊を鎮めるために作ったといわれています。
魅惑的な美女のフレスコ画こそが、スリランカの古都シギリヤの名を世界に広めたのです。

ここにある王カッサパが残した遺構を見ていると、彼は王の座を手に入れ、国も豊かで権力も我が物にしていましたが、本当は孤独と戦っていたのではないかという気持ちにさせられます。

弟の復讐とシギリヤの滅亡

弟の復讐とシギリヤの滅亡
追放から4年間南インドに亡命していた弟が復讐に立ちあがります。
援軍を率いてこの宮殿を攻めたのです。
最初優勢だった兄のカッサパでしたが次第に逆転され破れてしまいました。
これによりカッサパ1世は異母弟の復讐により、喉を掻っ切り自害して果ててしました。
これと同時にシギリヤは陥落。
王位は弟のモッガラーナが継承します。
その後、弟モッガラーナは兄を篤く葬った後、シギリヤの岩山を仏教僧の修業の場としました。
そうしてやっと、モッガラーナは首都をアヌラーダプラに戻しました。
その後シギリヤは13~14世紀まで修道院として存在しました。
しかし徐々に衰退し、16~17世紀にキャンディ王国がこの地を利用するようになりました。
しかし、この王国も滅び放棄され忘れ去られてしまいました。

シギリヤ遺跡の発見とその後

シギリヤ遺跡の発見とその後
建設から1400年後のイギリス統治下時代に、神秘的なフレスコ画「シギリヤ・レディ」が、イギリス人に発見され一躍有名になりました。

ここには、王の狂気と孤独を語る美女のフレスコ画と宮殿、貯水池、兵舎跡や玉座、ダンスホールなど山の上に造られた王の悲しみを持つ王宮跡が残っています。
しかし、現在ここを訪れると王の罪が許されたような癒しを感じる人が多いようです。

頂上から見渡す景色は360°緑のジャングルに包まれた、勇壮な景色にうっとりさせられます。
また、鏡のような光沢をもつミラーウォールと呼ばれる王が姿見のために造った遺構は現在もここを通る人々の姿を映し出してくれています。
この姿見こそが「シギリヤ・レディ」の存在を発見させたのです。

雄大な大自然の景色と一代で築いたこの都市がいかに繁栄していたかを物語る貴重な遺産です。

壮大な歴史を感じて旅をしよう

いかがでしたか。
ただ息を呑む絶景に心焦がすだけではなく、その背景にある歴史を簡単にでも理解することで、世界遺産巡りはより楽しくなります。
「古代都市シギリヤ」への渡航をぜひご検討ください。
photo by iStock