激動の歴史を目の当たりにした美食の街、フランス「リヨン歴史地区」の歴史

wondertripでは世界の絶景を紹介していますが、歴史地区や古代都市などの絶景スポットは、その歴史を少しでも知ることでより観光が楽しめます。今にも残る世界遺産のストーリーは、知識欲も刺激されますね。本日は「リヨン歴史地区」をご紹介します。

リヨン歴史地区ってこんなところ

リヨン歴史地区ってこんなところ

Historic Site of Lyonsの住所・アクセスや営業時間など

名称 Historic Site of Lyons
住所 Vieux Lyon, France
営業時間・開場時間 24時間
利用料金や入場料 無料
参考サイト http://whc.unesco.org/en/list/872
最新情報は必ずリンク先をご確認ください。

リヨンの街の始まり

リヨンの街の始まり
古代ローマ共和国の将軍カエサルの部下によって、フルヴィエールの丘に築かれた「ルグドゥヌム」という基地がリヨンの起源です。
現在のフランス一帯は当時ガリア地方と呼ばれていて、カエサルはこの地方の征服をもくろんでいました。

カエサルの征服後、ガリアはリヨン州、アキテーヌ州、ベルギー州の3州にわかれていましたが、紀元前43年にルグドゥヌムはこの3つの州の首都に定められたことから大きく発展していきます。
首都になった後、紀元前15年には現在も残るローマ劇場が建設されています。
この劇場では毎年「フルヴィエールの夜」というイベントが開かれていて、その建築の見事さを今に伝えています。

キリスト教の普及と街の発展

キリスト教の普及と街の発展
2世紀には、ガリア地方としてはもっとも早くキリスト教が普及し、宗教の面からもガリアの中心地となっていきます。

ローマ帝国が滅びたあとも、各地の交易路の交わる場所としてリヨンは発展し続けます。

5世紀頃になると、人々はフルヴィエールの丘の上から降りてソーヌ川沿いに住みはじめます。
ここが世界遺産のリヨン旧市街(ヴィユー・リヨン)です。

リヨン大司教の領地として、さまざまな教会や修道院が建てられますが、なかでも15世紀に完成したサン・ジャン大司教教会は、ゴシック建築の傑作として有名な観光地となっています。
この教会の正面にある青いバラ窓は、白い壁面に映えてとても印象的ですね。

銀行と絹の街として

銀行と絹の街として
リヨンは14世紀にフランス王国に併合され、新たな時代を迎えます。
15世紀に入るとフランスで最初の商取引所が開かれ、金融業が盛んとなります。

16世紀のフランス王フランソワ1世の時代になると、リヨンは王国の政策によって絹織物交易の中心地となります。
また、アルプスを越えてやって来たルネサンスと呼ばれる文芸復興文化もいち早く取り入れて、フランス・ルネサンスの発信地にもなりました。
この頃になると旧市街の東側、ソーヌ川とローヌ川に挟まれた半島状のプレスキル地区が街の中心地になっていきます。

太陽王ルイ14世の時代には 62000㎡もの広さがあるベルクール広場が完成し、現在のリヨン市街地の原型が作られます。
今も広場にはルイ14世の銅像がたっています。

フランス革命とリヨンの大虐殺

フランス革命とリヨンの大虐殺
1789年に起きたフランス革命は、リヨンの歴史にとって暗いものとなりました。
当時、リヨンでは絹織物で成長した裕福な階級と貧しい労働者たちとの争いがパリよりも激しかったといわれています。
革命の波はリヨンにも押し寄せますが、リヨンの支配者たちはパリの革命政府に対抗し、過激な革命家を処刑してしまいます。
これに怒った革命家のロベスピエールを代表とする革命政府はリヨンの街を徹底的に壊し、リヨンの名を残さないことを宣言します。
派遣されてきた政府の役人は約3ヶ月のうちに人口の10%にあたる2600人もの人々を処刑します。
のちに「リヨンの大虐殺」と呼ばれる大事件となります。
都市名も「ヴィル・アフランシ(解放の街)」と変えられてしまいます。

その後ロベスピエール自身が処刑されると、都市名はわずか半年あまりでリヨンに戻されています。
激動の時代だったことがうかがい知れますね。

リヨンはグルメの街

リヨンはグルメの街
リヨンは美食の街としても有名です。
時代は中世にさかのぼります。
フランソワ1世の時代、皇太子アンリとイタリアのフィレンツェを支配していたメディチ家の令嬢カトリーヌの結婚式をリヨンのサン・ジャン大司教教会で行います。
他国にさきがけてルネサンスが発展し、ヨーロッパの先進国だったフィレンツェと協力関係を結んでおこうという政略結婚だったといわれています。
当時は、フィレンツェを含むイタリアの都市国家と、フランス王国と、今のドイツにあたる神聖ローマ帝国が三つどもえの戦争をしていました。
結局戦争 に勝ったのは神聖ローマ帝国でした。
イタリアにいづらくなったフィレンツェの貴族たちはこぞってフランスに逃げ込みますが、真っ先にたどり着いたのがリヨ ンです。
最先端のイタリアの文化に触れたリヨンは、今に繋がるフランス料理の始まりの地にもなっています。

各地から来たさまざまなモノが行き交うリヨンの地は、文化を生み出すにはぴったりな土地だったんですね。

壮大な歴史を感じて旅をしよう

いかがでしたか。
ただ息を呑む絶景に心焦がすだけではなく、その背景にある歴史を簡単にでも理解することで、世界遺産巡りはより楽しくなります。
「リヨン歴史地区」への渡航をぜひご検討ください。
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