世界遺産である「古都奈良の文化」財の絶景&歴史まとめ

wondertripでは世界の絶景を紹介していますが、歴史地区や古代都市などの絶景スポットは、その歴史を少しでも知ることでより観光が楽しめます。今にも残る世界遺産のストーリーは、知識欲も刺激されますね。本日は「古都奈良の文化財の歴史」をご紹介します。なお、古都奈良の文化財としては、東大寺、唐招提寺、興福寺、元興寺、薬師寺、春日大社、春日山原生林、平城京跡が含まれているそうですよ。

古都奈良の文化財ってこんなところ

古都奈良の文化財ってこんなところ

古都奈良の文化財の住所・アクセスや営業時間など

名称 古都奈良の文化財
住所 奈良県奈良市
営業時間・開場時間 施設による
利用料金や入場料 施設による
参考サイト http://www.city.nara.lg.jp/www/contents/1147422226008/
最新情報は必ずリンク先をご確認ください。

平城京遷都1300年のいにしえの古都、奈良

奈良って藤原京から平城京に遷都されたのが初めての都だと思っていませんか?色々諸説はありますが、実は卑弥呼の時代(3世紀前半)から奈良が日本国の中心だったとも言われています。

この説からいくと古墳時代から聖徳太子が生まれた飛鳥時代、平城京の奈良時代まで長岡京に都を移すまで全てが奈良時代ということになります。
今回、ご紹介する8世紀ごろの奈良時代に花開いた天平文化「古都奈良の文化財」の歴史以外にも、「法隆寺地域の仏教建造物」と「紀伊山地の霊場と参詣道」も奈良にまつわる世界遺産です。

 

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“Kofukuji Temple in Nara”

NARA, JAPAN – NOVEMBER 16: Kofukuji in Nara, Japan on November 16, 2013. Established in 669 by Kagami-no-OkimiIts. Original site was in Yamashina (present – Kyoto) and moved to Nara in 710

こうして考えると日本を代表する古都の「京都」と「奈良」では、その史実の長さもあって、なんだか奈良の方がすごいように感じますね。
古くから栄えた1300年のいにしえの奈良に比べ、京都は時代が新しい分、雅なイメージもあるでしょうか。

世界遺産に登録される建物は、東大寺、興福寺、春日大社、元興寺、薬師寺、唐招提寺、平城宮跡、春日山原始林の8つです。

世界に誇る都を目指し造られた平城京

世界に誇る都を目指し造られた平城京
710年の元明天皇の時に平城京に遷都されました。
710~784年まで74年もの間、日本の首都として政治、経済、文化の中心として栄えた平城京。

都が置かれた奈良県奈良市は、天皇の憧れだった唐の都長安をモデルに造られました。
中国の風水思想に基づいた条坊制という碁盤の目に沿った左右対称の都市づくりだったことが分かります。
平城京だけでなく、長岡京、平安京の都市設計にもこの影響が残っているようです。

この頃は遣唐使の派遣によって、唐の優れた政治システムである律令や朝鮮との交流による日本文化の原型ができ始めていたころでした。
日本の風土や国風が芽生えたのも奈良時代のことです。
日本国の力が強くなってくるとそれにふさわしい都市建設が必要になり、他の国々に威厳を示すために新しい都をと、このような平城京が造られました。

平城京の風景はこんな感じ!

平城京の風景はこんな感じ!
東西に4.3km、南北に4.7kmの広さを持ち幅約85mの朱雀大路を南北に走らせました。
内裏(皇居)を中心とした大内裏(平城宮)は朝廷の儀式を行う大極殿や朝堂院などたくさんの建物が並んでいます。
街の中には柳が植えられ、唐風の緑の屋根や貴族の屋敷、日本風の朱塗りの柱に白壁という板葺きの建物も備わっていました。
西の市と東の市といわれる市場も開かれ平城京内で一番の賑わいでした。
飛鳥にあった多くの寺院が平城京に移され、都市景観を華やかに彩りました。
ナント(710年)美しい平城京ってもしかしたらここからきているのかも?実は庶民の暮らしは苦しいものでした。
人身売買が行われているころで、農民たちは「租庸調」の重税に苦しんでいたのです。

疫病に反乱など不安定な平城京

724年に第45代聖武天皇(在位724-749年)が即位しました。
729年に長屋王の変が起こります。
左大臣の任を命じられた長屋王は藤原4兄弟の反感を受けて、反乱を企てたとされ長屋王親子3人は服毒自殺へと追い込まれた事件です。

その後、光明子が立后し藤原四卿政権が樹立されました。
737年に天然痘や災害が流行り、この疫病で藤原四卿は亡くなっています。
政治の混乱を抑えるため、仏教に根差した国家体制をつくることが急務でした。
743年に廬舎那仏(大仏)の建立を命令し、鎮護国家を目的とした東大寺が造られることに。
752年に完成しました。

740年には藤原広嗣が九州大宰府で挙兵し、官軍によって鎮圧。
この乱を恐れた聖武天皇は平城京を捨て恭仁京(山城国)に移り、その後は遷都を繰り返します。
741年に国ごとに国分寺と国分尼寺建立の詔がだされました。
742年には、聖武天皇の離宮「紫香楽宮」が、742年に大阪の難波京に遷都しました。

東大寺建立と奈良時代の反乱そして長岡京への遷都

奈良時代の仏教上忘れてはならない人物が、玄奘三蔵の教えを汲んだ道昭の弟子行基と754年に来日し日本に戒律制度を確立させた鑑真です。
745年には墾田開発や橋、貯水池工事を行って指示を集めた行基が大僧正となり、大仏づくりに抜擢。
747年には東大寺で大仏鋳造がはじまります。

都は745年に平城京へと戻りますが、聖武天皇は大仏の完成を待たずに亡くなりました。
749年に孝謙天皇(女帝)が即位しています。
758年には淳仁天皇が即位しますが、藤原仲麻呂の乱がおこり称徳天皇(孝謙天皇)が再び即位。
この頃万葉集が出来上がっています。
781年に桓武天皇が即位し、平城京の地理的弱さと仏教を保護した結果その存在が勢力となり国を脅かすのを恐れ長岡京へ遷都しました。
これにて奈良時代は閉幕します。

古都奈良の文化財とローマの歴史地区は類似しているところがあるといわれています。
政治や文化の中心で、特定の時代に反映し独自の文化を持ち現在の国の基盤となっている点です。
こうやって海外と日本の歴史を比べてみるのも面白いかもしれませんね!

壮大な歴史を感じて旅をしよう

いかがでしたか。
ただ息を呑む絶景に心焦がすだけではなく、その背景にある歴史を簡単にでも理解することで、世界遺産巡りはより楽しくなります。
「古都奈良の文化財」への渡航をぜひご検討ください。
photo by PIXTA and iStock