イギリスになる前のスコットランドの姿がここに…「エディンバラの旧市街」の歴史

wondertripでは世界の絶景を紹介していますが、歴史地区や古代都市などの絶景スポットは、その歴史を少しでも知ることでより観光が楽しめます。今にも残る世界遺産のストーリーは、知識欲も刺激されますね。本日は「エディンバラの旧市街と新市街」をご紹介します。

エディンバラの旧市街と新市街ってこんなところ

エディンバラの旧市街と新市街の住所・アクセスや営業時間など

名称 エディンバラの旧市街と新市街
住所 The Old Town of Edinburgh
営業時間・開場時間 24時間
利用料金や入場料 無料
参考サイト https://worldheritagesite.xyz/edinburgh/
最新情報は必ずリンク先をご確認ください。

スコットランドの伝統と文化が息づくエディンバラ

「北のアテネ」と称される、中世の古き街並みを残すスコットランドの首都エディンバラ。
毎年8月にはエディンバラ国際フェスティバルと呼ばれる芸術の祭典や年末年始のエディンバラズ・ホグマニーなどイベントが行われるフェスティバル・シティーとして、イギリスではロンドンに次ぐ観光都市です。
歴史的建造物がたくさん並ぶ旧市街地と18世紀後半から計画的に造られたニュータウンが調和する、エレガントという言葉がぴったりの都市。
街の中心を東西に走る線路によって分けられた、2つの市街地がそれぞれ個性的な都市景観をつくり出し、ヨーロッパでも珍しい光景は世界遺産に登録されています。
エリザベス女王の避暑地としても有名です。

世界有数の美しい街、エディンバラのはじまり

1707年に統合されてグレート・ブリテン連合王国になるまで、イングランドとスコットランドは全く別々の国でした。
11世紀のマルカム・カンモアと敬虔なカトリックの信者で王妃のマーガレットが、エディンバラを一望できる岩山の上にエディンバラ城を築きました。
二人の息子デイヴィッド1世が12世紀に溶岩が固まった斜面の麓に母を祀りホリールード修道院(ホリールードハウス宮殿)を造ったことがエディンバラの始まりといわれています。
この2つの歴史的建造物が結ぶ約1マイルの石畳の一本道は、中世の王族が馬車で往来していました。
現在は、「ロイヤル・マイル」と呼ばれる旧市街地の目抜き通りとなっています。
この道に堂々と建つ9世紀に建てられた聖ジャイルズ大聖堂もホリールード修道院と同じころに再建されています。

イングランド統治からの独立

1290年ごろのスコットランドは王位継承でもめ、イングランド王エドワード1世(在位1272年-1307年)に目をつけられます。
エドワード1世が王権を握ったころは過酷な統治が行われていました。

民衆の抵抗運動が激化し1297年にウィリアム・ウォレスとの戦いでイングランドに勝利し、ロバート・ブルースがスコットランド王ロバート1世(在位1306-1329年)に即位しました。
1307年にエドワード1世が崩御します。
後を継いだエドワード2世と1313年にバノックバーンの戦いでスコットランド軍が勝利し、エディンバラ・ノーサンプトン条約により、イングランドはスコットランドの独立を認めました。

15世紀には大いに発展し、周辺諸国はエディンバラを次第に首都とみなすようになってきます。
1492年にはバースでスコットランド王のジェームズ1世が暗殺されたことにより、首都がバースからエディンバラに遷都されます。
同じ年にスコットランド議会が創設されました。

メアリー王女の悲劇

エディンバラには王位継承に翻弄された王女がいるのをご存知でしょうか?生後6日で父の病死により王女に即位したメアリー。
翌年の1543年にはスターリング城で盛大な戴冠式が行われました。
15歳でフランスの王子フランソワと結婚。
即位してすぐ夫が死亡し、13年ぶりに祖国に帰還。
22歳で従兄弟のダーンリ卿と再婚したことから人生の歯車が狂い始めます。
メアリーと秘書のリッチオとの関係に嫉妬した夫が、ホリールードハウス宮殿でリッチオを殺害。
夫も後にボスウェル伯爵に暗殺されました。

夫を殺したボスウェルと再再婚するもメアリーも共犯としてロッホ・リーヴェン城に幽閉。
リッチオが殺された時にお腹にいた、1歳のジェームズ6世に王位を譲りました。
幽閉された城から逃げ、イングランドに逃亡したのがまたまた運に見放され、「暗殺計画の陰謀に加担していた」と、1587年にイングランドのフォザリンゲイ城で処刑されました。

この時44歳でした。
悲しすぎる王女の運命に涙がでてきます。
スコットランドではメアリーの亡くなった日に、メアリーの涙とも呼ばれる紫色のアザミが花を開くという伝説が今でも語り継がれています。
(地球の歩き方より抜粋)

エディンバラの荒廃と新市街地の開拓

1603年にはメアリーの子ジェームズがイングランドの王ジェームズ1世として即位。
エディンバラの重要性は低下し、1707年にはイングランドに統合され、スコットランド議会も解散。
その後も、かつて強固な城壁といわれた城砦と街並みは保存され、旧市街地のエレガントな中世の雰囲気が残っています。

18世紀前半のエディンバラは貧富の差が激しく、ヨーロッパでも有名な人口が過密した不衛生な都市となっていました。
貧困層の暮らす地域にはペストが流行し、貧しい人を地下に閉じ込めたまま生き埋めにするという恐ろしい事件が起きています。
これが数多くあるエディンバラのミステリースポットの一つ、「リアル・メアリー・キングス・クローズ」です。
旧市街地に見切りをつけた富裕層は、日の当たる新天地を求め、18世紀後半に新市街地を造りました。
新市街地の様子を今に伝えるアパートメントジョージアン・ハウスも観光名所の一つです。

18~19世紀には文学の都エディンバラと呼ばれるようになります。
W・スコットやスティーブンソン、コナン・ドイルなどが有名です。

古めかし教会や歴史建造物や石畳のエレガントなメインストリートロイヤル・マイルなど歴史ロマン溢れる町を歩き、パブパイプやタータンキルトを見ながら、最後までイングランドに抵抗し独立を保った誇り高きエディンバラに訪れてみてください。

壮大な歴史を感じて旅をしよう

いかがでしたか。
ただ息を呑む絶景に心焦がすだけではなく、その背景にある歴史を簡単にでも理解することで、世界遺産巡りはより楽しくなります。
「エディンバラの旧市街と新市街」への渡航をぜひご検討ください。
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