タイ初の王朝であり、今日のタイの原形となった「古代都市スコタイ」がかなり綺麗に残っててしかも絶景

wondertripでは世界の絶景を紹介していますが、歴史地区や古代都市などの絶景スポットは、その歴史を少しでも知ることでより観光が楽しめます。今にも残る世界遺産のストーリーは、知識欲も刺激されますね。本日は「古代都市スコタイ」をご紹介します。

古代都市スコタイってこんなところ

Historic Town of Sukhothaiの住所・アクセスや営業時間など

名称 Historic Town of Sukhothai
住所 Sukhothai 64000, Thailand
営業時間・開場時間 24時間
利用料金や入場料 無料
参考サイト http://whc.unesco.org/en/list/574
最新情報は必ずリンク先をご確認ください。

タイ最古の王朝スコタイ

バンコクの北約450kmにある、1238年に築かれたスコタイ王朝の古代都市。
現在はスコタイ史跡公園として整備されています。
園内は、東西1.8km南北1.6kmの城壁に囲まれた旧歴史地区を中心に、200もの遺跡が置かれています。
また、隣接するシーサッチャナーライ歴史公園や、カムペーンペット歴史公園2つの公園と合わせて世界遺産として登録されています。
この2つの遺跡は特にスリランカやクメール、ミヤンマーの影響も受けています。
タイ初の王朝であり、現代へと繋がるタイの原型を築いたスコタイ王朝とはどんな王朝だったんでしょうね!中国の揚子江の南に住んでいたタイ族が南下して国家を造り小さな国が各所で起こってきます。
現在のタイ周辺まで南下したところで、クメール王朝を追い出し、そこにタイ族初の王朝スコタイ王国を造ったのが始まりです。

140年も続いたスコタイ王朝のはじまり

当時のカンボジアのクメール王朝といえば、超有名な世界遺産のアンコールワットなどを建設した勢いのある王朝でしたが、ジャヤバルマン7世の死後急速に衰退してしまったのです。
ラートの小タイ族領主のポークン・パームアンと、バーヤーンの小タイ族の領主のポークン・バーンクラーンハーオと共に挙兵しクメール王朝を打ち破り、1238年にスコタイ王朝が建国されました。
タイ人による初めての独立国の誕生です。
このスコタイ王朝は9人の国王により統治されています。
スコタイ王朝の初代王はポークン・バーンクラーンハーオ(在位1220-1238年)が王に就き、名前をシー・インタラーティットとしました。
一説によると、挙兵した二人の領主は同一人物だったといわれています。

文化と芸術が花開く理想都市スコタイ

スコタイ王朝の魅力はタイ初の王朝という事だけではありません!スコタイ、シーサッチャナーライ、カムペーンペットなどに代表されるタイ独自の建築様式を確立したことも魅力です。
13世紀に花開いたスコタイ様式とは、クメール遺跡を元にスリランカの様式を加えたもの。
これを仏教技術として築き上げ後世に名を残すこととなりました。
美しい仏教技術はスコタイ王朝の宝であり、スコタイ王朝の中心地として儀式を行った「ワット・マハタート」やクメール時代に最も重要な聖域でスコタイ王宮だったとの説も残るスコタイ最古の寺院「ワット・プラ・パイ・ルアン」などの寺院遺跡が点在しています。

タイ文字を碑文に浮き彫りした石碑が2つ発見されており、王朝最大の権力者ラム・カムヘーン王(在位1279-1300年)が刻ませたものといわれています。
一つはクメール語、もう一つは古代シャム語(タイ語)で書かれています。
歴史ロマンをたっぷりの遺跡を実際に見るとどんなに素敵でしょう。

大王と呼ばれたラム・カムヘーン王

9人の王の中でたった一人大王と呼ばれた王がいます。
それが、建国者シー・インタラーティットの3男、第3代ラム・カムヘーン王です。
この時代は最も活気に満ちた時代で、スコタイ王朝を一地方政権から広大な領域を持つ大国に発展させた功績をもち、マハーラート(大王)と呼ばれ人々から尊敬されていました。
彼は外交能力にも長けていました。
近隣諸国とは同盟を結び、敵対する国家には中立化させていました。
北はラオスのルアンパバーン、南は現在のシンガポールまで領地を広げていたようです。

スコタイの文明の華を開かせたことでも知られ、クメール文字を改良したタイ文字を考案したと考えられています。
他にもスリランカの小乗仏教を取り入れ、中国との貿易も行っていたため中国陶芸を基に独自のサワンカロク焼を考案するなど、文化や芸術についても力を発揮した王です。
この碑文からは、スコタイは豊穣な土地を有する牧歌的な国家だったと書かれています。

スコタイ王朝の最後

黄金時代も彼の時代が過ぎると衰退していきます。
第4代のルータイ王(在位1323-1341年)の時代に入ると、同盟国はどんどん離反していき小国となりました。
第6代目のリタイ王(在位1347-1368年)の時代になるとい既に没落の兆候を示し、民衆に新仏教の三界論を著し仏教の理解を示すことで権力を誇示したと考えられています。
しかし、この結果王権思想の一つの仏法王を確立することになりました。
奈良の大仏様を作って、天皇の地位を高めた聖武天皇のようですね。
1351年になるとアユタヤ王朝が起こります。
創設者はラーマーティボーディー1世(在位1351-1369年)。
この王朝が起こったのはタイ中部。
北にはスコタイが隣接していたものの、スコタイ王朝の国がどれだけ小さくなっていたかということも分かります。
このアユタヤ王朝が起こる前には他の王朝があったのでは?との説もあります。
歴史ロマンがますます広がりますね。

約100年後の年に細々と続いていたスコタイ朝は第9代マハータンマラーチャー4世(在位1419-1438年)に後継ぎがなかったため、スコタイ王家の親戚だったアユタヤ王朝のラーメースワン王子(後のボーロマトライローカナートアユタヤ王。
在位1448-1488年)が後を継ぎ吸収されなくなってしまいました。

壮大な歴史を感じて旅をしよう

いかがでしたか。
ただ息を呑む絶景に心焦がすだけではなく、その背景にある歴史を簡単にでも理解することで、世界遺産巡りはより楽しくなります。
「古代都市スコタイ」への渡航をぜひご検討ください。
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