絵のように美しい街並み!スイス「ベルン旧市街」の絶景&歴史まとめ

wondertripでは世界の絶景を紹介していますが、歴史地区や古代都市などの絶景スポットは、その歴史を少しでも知ることでより観光が楽しめます。今にも残る世界遺産のストーリーは、知識欲も刺激されますね。本日は「ベルン旧市街」をご紹介します。

ベルン旧市街ってこんなところ

ベルン旧市街ってこんなところ

Old City of Bernの住所・アクセスや営業時間など

名称 Old City of Bern
住所 Bern, Switzerland
営業時間・開場時間 24時間
利用料金や入場料 無料
参考サイト http://www.bern.com/de/stadt-bern/sehenswuerdigkeiten/unesco-weltkulturerbe
最新情報は必ずリンク先をご確認ください。

中世の街並みを今に伝えるスイスの首都ベルン

中世の街並みを今に伝えるスイスの首都ベルン
スイス最大の都市チューリヒやジュネーブに押されて影の薄いベルンですが、実はここがスイスの首都。
ヨーロッパ一の回廊都市と呼ばれています。
湾曲するアーレ川に、北、東、南の3方を囲まれた街並みは、西に向かって発展しました。
1405年に大火に襲われたベルンですが、15世紀末には石造りで再興され現在の基礎が造られました。
中世末期から地中海で流行ったアーケードはベルンの旧市街地にもあり、ヨーロッパ随一の石造りのアーケードといわれています。
メインストリート以外も併せると6kmに及ぶ長さです。
この町に彩を添えるのは道に点在するモニュメント。
噴水は100以上もあり、特に16世紀に造られた11の噴水は必見です。
デザインやまつわるエピソードも数多くあり、覚えて行くと散策もより楽しめそうですね!質の高い美術館や博物館も見逃せません。

絵のように美しい街並みを誇るベルンのはじまり

絵のように美しい街並みを誇るベルンのはじまり
ベルンはツェーリンゲン家のベルヒトルト5世によって1191年に創設されましたが、子供がなく1218年に絶えました。
家領はキーブルク伯に継承されましたが、領土は皇帝に返還。
神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世(在位1220-1250年)により、貴族支配を受けないローマ皇帝直属の自由都市を許されたのです。
キーブルク家は相続で大きくなりましたが繁栄期も短く、1264年に断絶。
所領の多くは姻戚関係にあったハプスブルク家に与えられました。
この頃はザンクト・ゴットハルト峠道の開通により、ベルンは急速に発展を遂げていました。

1218~1220年にかけて建てられたと伝わる街のランドマークのツィットグロッゲ(時計塔)。
クラム通りとマルクト通りの境に位置し、町を囲む城壁の西門として建てられました。
スイスで最も古い時計塔の一つ。
からくり時計として現役の時計塔は、1405年に大鐘が取り付けられ、現在の手動式のぜんまい仕掛けになったのは1530年ごろです。

スイス盟約者団の時代

スイス盟約者団の時代
この頃にヨーロッパ全域でペストが大流行し、人口が減少。
労働力を確保できなくなっていました。
弱小領主はベルンの圧力に耐えきれず、197あった都市は95にまで減少しました。
1339年にベルンがブルグントやハプスブルク領の貴族を相手にラウペンの戦いで勝利し、西スイス貴族の反発を退けました。
ベルンの領域はウンターヴァルデンまで広っています。

1291年に原初三州にウリ、シュウィーツ、ウンターワルデンによる、永久同盟が設立されました。
1332年にルツェルンが、1351年にもチューリヒが同盟に参加。
1353年にはベルンも同盟に参加し、八州同盟(農村邦が5州、都市邦が3州)が成立しました。
新しい国家の主導的なメンバーとなる西スイス同盟の成立は深い意味を持っていたのです。
この同盟は1481年まで続きました。

北へ勢力を広げるベルン

北へ勢力を広げるベルン
1415年は教会大分裂(シスマ)の時代でした。
ルクセンブルク家の皇帝ジギスムント(ローマ皇帝在位1410-1437年)は教皇ヨハネス23世(在位1410-1415年)と戦っていました。
教皇派の支持者ハプスブルク家のフリードリヒ4世(在位1382-1439年)を討つため皇帝はスイス諸邦にハプスブルク領のアールガウ(スイスの北部の州)を攻撃。
最後にはグルデン(オランダの通貨)を払って支配下に置き、スイス北部ではじめて共同支配領地が誕生しました。

この間の1405年の大火災で、ベルンの木造建築物の3分の2が焼失し、その後石造りの強固な街へと再建されました。
1421年には400年もの時をかけてスイス最大のゴシック建築の大聖堂が建てられています。
見どころは正面入り口の上にある、エルハント・キュンクの彫刻による『最後の審判』です。
神によって天に召される人と地獄に落ちる人の234人が描かれています。
内部のステンドグラスも必見!

宗教戦争と諸州の対立時代

宗教戦争と諸州の対立時代
ベルンとジュネーブが1526年に同盟を結びました。
ベルンが1536年に勢力が弱くなっていたヴォー地方をはじめ、フランス領となっていたシャブレーとジェックスを征服し、ベルンはアルプス以北で最大の都市国家となりました。
西にベルンが領土を拡大した時期と初期宗教革命の時期が重なっています。

1798年のフランス革命では、ヴォー州の行政官フレデリック・セザール・ド・ラ・アルプが、ベルン勢力を追放するための援助をフランスに求めたのです。

盟約者団の中でもフランス軍に抵抗したのはベルンのみ。
最初は勝利したものの、1798年3月のクラウホルツの戦いで、惨敗し盟約者団は崩壊。
1831年に、ベルン州の州都となり、1848年にはスイス連邦の首都となりました。

高さ100mのベルン大聖堂の塔の上からは赤い屋根をもつ美しいベルリン市街を一望できます。
世界的な物理学者アインシュタインが暮らした街ベルンは、中世にタイムスリップしたような街並みを残し、アルプス観光の拠点としても人気の観光地です。

壮大な歴史を感じて旅をしよう

いかがでしたか。
ただ息を呑む絶景に心焦がすだけではなく、その背景にある歴史を簡単にでも理解することで、世界遺産巡りはより楽しくなります。
「ベルン旧市街」への渡航をぜひご検討ください。
photo by iStock
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