チェコにあるキュートな歴史街を発見!チェスキー・クルムロフ歴史地区

wondertripでは世界の絶景を紹介していますが、歴史地区や古代都市などの絶景スポットは、その歴史を少しでも知ることでより観光が楽しめます。今にも残る世界遺産のストーリーは、知識欲も刺激されますね。本日は「チェスキー・クルムロフ歴史地区」をご紹介します。

チェスキー・クルムロフ歴史地区ってこんなところ

チェスキー・クルムロフ歴史地区ってこんなところ

Český Krumlov Castleの住所・アクセスや営業時間など

名称 Český Krumlov Castle
住所 Zámek 59, 381 01 Český Krumlov, Czech Republic
営業時間・開場時間 季節、ツアーにより異なる
利用料金や入場料 ベーシックガイドツアー大人250 Kč 子供 6 – 15 years 160 Kč 学生 15 – 26 years 160 Kč シニア 65+ 200 Kč
参考サイト https://www.zamek-ceskykrumlov.eu/en
最新情報は必ずリンク先をご確認ください。

わずか人口1万4千人の小さな町に大きなお城

わずか人口1万4千人の小さな町に大きなお城
13世紀後半に建てられたクルムロフ城を中心に、チェスキー・クルムロフの町は手工業と交易により発展し、16世紀には色彩豊かなルネッサンス様式の建物がたくさん並んでいました。

しかし19世紀になると城はあるじ不在となり、主要な鉄道網から外れていたため町も工業化にのりおくれ衰退しはじめたのです。
この町の歴史を見ると今の日本でなぜ政治家が新幹線の建設に力を入れ、北陸新幹線の開通でなぜ金沢がにぎやかになったのかがよくわかりますね。

第一次世界大戦が終了するとこの町はチェコスロバキア領となり、正式な名前もチェスキー・クルムロフと定められました。
ところが1938年多数派のドイツ系住民の権利が侵害されていると、ヒトラーがこの地方を併合したのです。
そのため第二次世界大戦が終わると逆にドイツ系住民が追放され、空き家がふえたのです。
さらに1948年の共産主義化によりお城などは封建時代の産物として見捨てられていました。

その後1989年からチェコの民主化が進められるにつれ建造物の修復がすすめられ、人口も流入し、観光地としての繁栄をとりもどしてきました。
この町を歩いていると長い歴史のうつりかわりのなごりを感じることができます。

世界でも2つしかない宮廷オペラ劇場

世界でも2つしかない宮廷オペラ劇場
シュヴァルツェンベルク侯がバロック時代の1766年に作ったオペラ劇場は、バロック劇場とも呼ばれ年2回ろうそくのあかりでオペラを上演しました。
この劇場は今でもバロック時代の仕掛けで動く舞台装置を残しており、当時とおなじ方法でオペラを上演することができるのはここ以外にはスエーデンのドロットニングホルムの宮廷劇場だけです。
お城から深い谷の上にかけられた石造りの橋を渡ると劇場につきます。
この劇場には300にもおよぶ背景のパーツが今でも残っており、13の基本的な情景を再現でき、舞台背景の構成により舞台の奥行きがあるように見えます。
観客席は椅子が無くベンチだけの平土間のシンプルな構造になっており、2階はロイヤルボックスを中心に舞台に対し半円形ののつくりになっています。

一度は見ておきたい歴史遺産ですが、時期的に見学できるか事前にご確認するようおすすめします。

エゴン・シーレアートセンターで現代芸術を味わおう

エゴン・シーレアートセンターで現代芸術を味わおう
20世紀造形美術界を代表するエゴン・シーレの名前をつけたこの美術館は、町の歴史地区の中心部にあります。
もとはビール醸造所だった建物を改装し、二つの三階建ての建物を回廊でつなぎ、彼の絵を中心に若手芸術家のための広い展示スペースをもうけました。
その若手芸術家とのつながりから生まれた建物外部の貼り絵などが、ここを芸術と身近な町にしています。

エゴン・シーレはオーストリアのウイーン近郊で生まれ、ウイーン工芸学校でクルムトと一緒に学びました。
死と性行為をテーマとする作品を描き、タブーに挑戦しました。
31才のときこの町に移住し、美しい自然に創作意欲をかきたてられましたが、裸体モデルの娼婦が出入りしていると騒がれ、すぐにこの保守的な田舎町を去ることになりました。

その後もわいせつな絵が警察に没収されたり経済的にも苦労しましたが、ようやく1918年にクリムトの主催した展覧会で有名になり、絵が高く売れるようになりました。
ところがまもなく彼はスペイン風邪でこの世を去ることになりました。
生前貧乏で苦しい生活をしていた彼の1枚の絵が、最近ニューヨークのザザビーの競売で44億円の値がついたそうです。
人生は皮肉なものですね!

クルムロフ城主が移り住んだチェコ一美しいフルボカー城

クルムロフ城主が移り住んだチェコ一美しいフルボカー城
クルムロフ城主は13世紀に建てられたフルボカー城を、19世紀になってイギリスのウインザー城にならって改装し、移り住みました。
ところが、1948年になるとこの城にもチェコの共産化の波が押し寄せ、他の城と同じく国有化されてしまい、手入れが行き届かなくなりました。
さいわい民主化後の1990年にどの城ももとの所有者に返され、それぞれの地区で観光に力を入れて整備され、中でもフルボカー城はチェコで一番美しい城といわれています。

ちょっと足をのばして学術・文化・ビールの町プルゼニへ

ちょっと足をのばして学術・文化・ビールの町プルゼニへ
プルゼニは1295年にボヘミア王から特権を与えられた町となり、交通が便利だったことで発展し、さらに20世紀後半にはヨーロッパ有数の巨大工業グループ「シュコダ」の本社ができ、チェコ西部の中心地となりました。

13世紀に世界で最初のビール醸造所と地下ビール貯蔵所ができ、14世紀から18世紀にかけて各家庭の地下食料貯蔵庫と次第につながって14キロ以上の地下通路ができました。
第二次世界大戦でここにドイツ軍の拠点がおかれたために激戦地となりましたが、この地下通路のおかげで人々は戦火を避け、食べ物を分け合って生きのびることができたのです。

聖バルトロメイ教会は13世紀後半に建設されたゴシック様式の大聖堂で、チェコで一番高い102メートルの尖塔があります。
尖塔は一般公開されており、301段の階段を上った先には周囲を見渡す絶景があります。
ちなみに日本の歴史遺産で現存する一番高い塔は京都の東寺の五重塔で、約55メートルですからそのスケールの大きさがよくわかります。
一度登ってみたいものですね!

壮大な歴史を感じて旅をしよう

いかがでしたか。
ただ息を呑む絶景に心焦がすだけではなく、その背景にある歴史を簡単にでも理解することで、世界遺産巡りはより楽しくなります。
「チェスキー・クルムロフ歴史地区」への渡航をぜひご検討ください。
photo by iStock
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