東ヨーロッパ随一の都市景観「ドナウ河岸、ブダ城地区」の美しい街並み

wondertripでは世界の絶景を紹介していますが、歴史地区や古代都市などの絶景スポットは、その歴史を少しでも知ることでより観光が楽しめます。今にも残る世界遺産のストーリーは、知識欲も刺激されますね。本日は「ドナウ河岸、ブダ城地区の美しい街並み」をご紹介します。

ドナウ河岸、ブダ城地区の美しい街並みってこんなところ

ドナウ河岸、ブダ城地区の美しい街並みってこんなところ

Budapest, including the Banks of the Danube, the Buda Castle Quarter and Andrássy Avenueの住所・アクセスや営業時間など

名称 Budapest, including the Banks of the Danube, the Buda Castle Quarter and Andrássy Avenue
住所 Budapest, Hungary 
営業時間・開場時間 24時間
利用料金や入場料 無料
参考サイト https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%80%E3%83%9A%E3%82%B9%E3%83%88%E3%81%AE%E3%83%89%E3%83%8A%E3%82%A6%E6%B2%B3%E5%B2%B8%E3%81%A8%E3%83%96%E3%83%80%E5%9F%8E%E5%9C%B0%E5%8C%BA%E3%81%8A%E3%82%88%E3%81%B3%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%82%B7%E9%80%9A%E3%82%8A
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東ヨーロッパ随一の都市景観

東ヨーロッパ随一の都市景観
ドナウ河岸、ブダ城地区の美しい街並みは東ヨーロッパの国ハンガリーの首都ブダペストの代表的な観光スポットです。

ドナウの真珠、東欧のパリなどその名を讃えるいくつもの呼び名があるブダペストの見所は、ブダ城、セーチェニくさり橋をはじめとする3つのドナウ川に架かる橋、マーチャーシュ聖堂など、数え上げるときりがないほどです。
いくつもの戦乱の舞台となり被害にあってきたため、建造物自体はそれほど古くありませんが、その苦難の歴史を頭に入れておくとより重みが感じられますね。

ブダペストの街の起源は、現在のオーブダ地区にあったローマ帝国の低パンノニア属州の首都アクィンクムという都市です。
ローマ帝国が滅んだ後、東方から移住してきたマジャール人が10世紀までにドナウ川の西岸に位置する現在のペスト地区に定住し、後に成立するハンガリー王国の主要な都市となっていきます。

ハンガリー王国の首都として

ハンガリー王国の首都として
ブダ城は、ハンガリー独立の苦難のシンボルとしてブダの丘に立ち続けています。
その歴史は破壊と再生の繰り返しで、ブダペストの歴史そのものといっても言い過ぎではないでしょう。

ブダ城は1242年にモンゴルの襲撃に備えハンガリー王ベーラ4世がペストのドナウ対岸の丘に石造の城を築いたことに始まります。

1361年にハンガリー王国の首都になり、ブダは最初の繁栄を迎えます。
当時のハンガリー王ジギスムントによってゴシック様式の城に改築され、15世紀後半にルネサンス様式で改築されます。

しかし、16世紀になるとハンガリー王国はオスマン・トルコ帝国に征服されます。
ブダ城も1541年に占領され火薬庫として使われていましたが、爆発事故により廃墟となってしまいます。

ハンガリーの苦難の歴史の象徴

ハンガリーの苦難の歴史の象徴
ブダ城はその後も歴史の荒波に揉まれていきます。
18世紀までにオスマン・トルコから領地を回復しますが、オーストリア帝国に併合されることになります。
1770年、女帝マリア=テレジアの命でブダ城は再建され第二の黄金期を迎えますが、1848年革命で再び損壊します。

1904年にネオ・バロック様式で建てなおされ、これが現在のブダ城の原型となっていますがそれ以後も戦災での被害が絶えず、現在見られるのは1980年代に復元されたものです。

城のそばにあるマーチャーシュ聖堂は、歴代のハンガリー王の戴冠式が行われた由緒ある聖堂です。
15世紀に改築したマーチャーシュ1世の名にちなんでいます。
オスマン・トルコの占領時代にはモスクとして転用されていましたが、19世紀にネオ・ゴシック様式で修復されています。

「ブダペスト」は橋が作った

「ブダペスト」は橋が作った
ブダペストは、おおまかにドナウ川を挟んで西のブダ地区と東のペスト地区に分かれています。
長い間、ブダとペストに橋を架ける計画がありましたがことごとく挫折していました。

1849年にセーチェニ・イシュトバーン伯爵が私財をなげうって、吊り橋を架けることに成功しました。
この橋は彼の名をとってセーチェニくさり橋と呼ばれています。

この橋の開通で初めて両地区が結ばれ、街の統合の機運が高まります。
そして、1873年にブダとペスト、ブダの北側のオーブダが合併し、「ブダペスト」という都市が誕生しました。
続いて1876年にマルギット橋、1902年にはオーストリア=ハンガリー帝国皇后から名前をとったエルジェーベト橋が完成し、ドナウの両岸は現在見られる形になりました。

「ドナウの真珠」として輝き続ける

「ドナウの真珠」として輝き続ける
第二次世界大戦ではドイツ軍の侵攻を受けて街全体に大きな被害が出ました。
ブダ城、マーチャーシュ聖堂、ドナウ川に架かる橋など、主要な建築物が破壊されてしまいます。

戦後には社会主義国ソビエト連邦の衛星国となりまたもハンガリー民族の精神的な独立が妨げられます。
1956年には民族的独立を求めるハンガリー動乱が起こりますが、ソ連軍の砲撃にあいブダ城が更なる破壊にあいます。

1989年にソ連の影響を抜け出し社会主義政権が倒れるとブダペストの市民は解放を喜び、セーチェニくさり橋の上を赤、白、緑の三色旗を手に取って渡り、新たな時代を迎えます。

ペスト側から見るセーチェニくさり橋とブダ城の夜景は、ヨーロッパ随一の夜景として多くの観光客を集めるようになりました。
どこを切り取っても絵になるブダペストの街は、第三の黄金期を迎えているのかもしれませんね。

壮大な歴史を感じて旅をしよう

いかがでしたか。
ただ息を呑む絶景に心焦がすだけではなく、その背景にある歴史を簡単にでも理解することで、世界遺産巡りはより楽しくなります。
「ドナウ河岸、ブダ城地区の美しい街並み」への渡航をぜひご検討ください。
photo by iStock
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